アランのテスト 作:匿名
魔王閣下の死から75年後。北側諸国、デッケ地方。
立木もまばらな森の中で、少年と男が相対していた。
先程まで降っていた雪はいつの間にか止んでいたが、この寒空の中で場違いな雑談を少年に仕掛けている男はそれに気づいた様子はない。
肩に積もった雪を払う素振りもしない少年も気づいていないだろう。表情が凍りついているのは寒さからではない。
「この地方の冬は一等厳しいと言うのは言うまでもないことだ。これはその土地に住む人間たちにとっては是非無くなってほしいデメリットのはずだ。だが何故かこの地方に居住する人間たちはそのことを時には暖炉の前で、時には酒場の端っこで、どこか誇らしげに語ることが多いと俺は実感している。特に彼らは必ず一つの決まり文句を使う。それは、『魔王軍との戦いで最も人間を殺したのは北側諸国の冬である』。この単なる事実のどこに人間たちはどのような魅力を感じているのか。俺の考えるところによると三つの理由が挙げられる。少し長くなるが、この推論には自信がある。損はさせないから聞いてもらおう。
まず一つ目の理由は、魔族と戦っているにも関わらず、当の人間の死因が魔族による殺害ではないという意外性が人間に面白がられている。ギャップを楽しむ感性というのは、
二つ目の理由だが、この決まり文句を額面通りに受け取れば、自然の方が魔族より強いとも取れる訳だ。彼らはこの発言を繰り返すことで、自然の凄まじさに比べれば魔族なんぞちっぽけなものだぞ、と人間たちが溜飲を下げているのではないか、という点だ。人間には種として溢れる知性があり、魔族よりも優れた感情の制御にも知性を発揮して誤魔化しをするユーモアがある。まあ、この説について、俺はそこまで自信がない。実際のところ、自分の実力に自信のある無頼を自慢にしている傭兵なんぞが言うときは、単にケレン味を感じているだけの場合も多いからな。
そして三つ目だが、人間には、自身ではどうにもならないものに美を見出す感性があるということだ。彼らは、知で処理できないものをそのまま口に出すことが心地よいと感じている。これは
愚にもつかないことを喋り続ける男が、目の前にいる少年の様子を見て話すのをやめ、首を傾げる。
(予想していた反応と違うな)
男は、何度か酒場に通って他人と何度も雑談を交わした経験から、今の話の面白さに確かな自信を持っていた。
少年の無言には、彼が男の話の興味深さに聞き入っているか、よしんば話に興味がなかったとしても男のことを慮って聞くふりをしてくれているかのどちらかの理由が適用されていると推論をしていた。
だが実際のところ、少年の顔は当初よりさらに血の気がひき、恐怖に歪んでいるのみだ。
もしかしたらまだ状況が理解できていないのかもしれない。
男は作戦を変え、少年に反応《レスポンス》を求めてみることにした。
「ところで、これは参考に聞きたいんだが」
そこで一旦言葉を切り、少年を伺う。少年の彷徨っていた視線が僅かに男の方を向く。
「先程の通り、戦いにおいて一番に人間を殺したのは冬である、と言うのはこの地方の鉄板の話題だ。しかしながら、それに類似した話題を人間は全くと言っていいほどしないんだが理由がわからない。つまり、『魔王軍との戦いで二番目に人間を殺したのは何か』? これも議論に用いるにはかなり面白いテーマだと思うのだが、ふむ、やはり人間というのは二番目にはあまり興味がないのかな? 君はどう思う?」
「……」
「君はどう思う?」
「……えっ、ヒッ、俺!?」
「いや君しかいないだろう。他は全員もう喋れないし」
少年は男がコミュニケーションを図ってきていたことに今更ながら気づき、そのあまりのショックに正気に戻った。常識で考えればあり得ないことだ。
ただし、正気とは言っても、状況的には恐怖に人格が押しつぶされていた精神が、恐怖をはっきり認識したという違いしかないわけで、彼の身体は脳で考えるよりも先に逃避を選択し、ほぼ自動的に踵を返そうとした。
ただし、もうそういう余裕がある状況ではとっくにないというところまでは頭が回らなかった。
寒さと恐怖で緊迫した筋肉はチャンスを簡単にふいにし、足をもつれさせた少年はその場に倒れ込んでしまった。自身にかろうじて残った熱が、濡れた地面が服に染みていく水分と引き換えに奪われていくのを感じる。
ただの水ではない。服越しにも感じる、まだらに生暖かく、ぐちゃぐちゃとした感触。少年はそこを見ないことに全神経を費やした。
地面には、まず雪が降り、その上に男が殺した人間たちの温かな血肉が散乱し、それらが渾然一体と混ざりあった赤い泥が撒き散らされていた。周辺には異臭すら漂っている。
自分の皮膚に何が張り付いているのかを意識しないようにしながら上体を起こした少年の目に、男がさっきまで屠っていた男たち、食い詰めの野盗を適当に端の方に片付けている男の様子が見え、少年の喉が笛のように鳴る。
男が振り返って少年に実に気遣わしげな声色で言う。
「大丈夫か? せっかく『命が助かった』のにつまらないことで怪我をするのは損だと俺は思うが」
彼我の間に男が作り上げた血溜まりを全く避けもせず、地面をぱしゃ、ぱしゃ、と踏み荒らしながら少年に近づいてくる男。
少年はせめてもの抵抗で後ずさるが雪がぐずぐずに溶けて体が埋まっていくせいでどうにも上手くいかない。先に恐怖で凍死しそうだと言わんばかりの悲痛な少年の顔を認識した男は少年に手を伸ばした。
まるで少年を心配しています、とばかりに寄せた眉が白々しい。
しかしながら、男の言動は少年を騙すための嘘というわけではなかった。
驚くべきことに、少年の目の前で虐殺されたその盗賊たちはまさしく少年を攫うために森の中を追いかけており、さらに信じられないことに、男は本当に彼のことを助けるために現れたのであった。
まあ、少年からすれば今の状況は命が助かったと言うよりも、死ぬ順番が盗賊の次になっただけのように思えたのだが。
人間、命乞いの言葉は頭が回る状況でなければ出てこないと言うことを少年は初めて知った。口からは本音だけが出てくる。
「怖い……」
その言葉に反応して男は片眉を挙げる。
「なぜ怖い? 君を襲っていた野盗は私にもう全員殺された。危険は排除された。いや、確かに敵とはいえ同族を目の前で何人も殺されれば本能的な恐怖が煽られるのは当然か。ふむ」
男は言いながら少年の身体をねめつけるように観察した。蛇に睨まれた蛙のように少年の心臓が硬直する。
少年を見て男は何を思いついたのか。よし、とわざわざ感動詞を口に出した後、男が少年に語りかける。
「君の年齢はみたところせいぜい11、2歳と言ったところだろう。今、現実に君を襲ってきた物理的な恐怖に比べれば、人生で一度も見たこともない魔族が目の前にいることなんて怖くない、と思いたまえ。
魔族なんて、おそらく君の住んでいる共同体の中で先達につまらなくなるまで聞かされた脅し文句ぐらいでしか出てこない存在だろう」
それとも口調か? それとも話の内容が面白くなかったのか? と次々に的外れな気遣いを始めた男の台詞は少年の耳には入ってこない。
少年はただ男の額から前に伸びた、斧の刃先のようとも、鳥の翼のようとも形容できそうな薄く鋭利な角を見て震えていた。
男は魔族であった。それは角を見ずとも周囲の惨状を見れば一目瞭然だったが。
「ああ、『これ』が怖いのか?」
魔族は、少年が自身の角に恐怖の視線を向けていることにやっと気づくと、帽子のつばを持つように角を触って、歯が痒いような顔をした。
少年はゾッとした。この顔ですらどうも演技くさい。
「これは取れないしな……、よし」
「もっと面白い話をしよう」
魔族は、気を取り直したように手を打って少年に言った。
ついでに、自信の着ている服を割いて地面に積むと、枯れ木をその周りに集めた。
それに向かって男がかざすと、何か魔法的な力を使って布に火をつけ、何度か失敗しつつも焚き火を作り出した。
おそらく、少年に襲いかからない演出の一環として、男は少年との間に焚き火が挟まるような位置に移動してから、少年にも火に近づくように促した。
焚き火のほのかな暖かさが少年の血の巡りを取り戻し、伴って思考力が戻っていく。
ふと、もう自分が村を出てから随分と時間が経ち、日が落ちかけていることに気がついた。もはや、目の前の魔族が自身を殺さないことに賭けなければ家に帰ることはできないことに思い至る。
「じゃあまず、今から俺が〇〇とかけて〇〇と解く、と言いますから、そうしたら君は『その心は』と言ってください」
「へ?」
「魔族とかけてフランメの作った結界魔法と解く」
「……」
「『その心は』と言ってもらってもいいでしょうか?」
「そ、その心は……?」
「どちらも人間に『カンショウ』せん」
「……」
「……」
「今のは『感傷』と『干渉』と言う同音異義語をだな」
「へ、へへ」
「!面白いか!?そうだろう」
少年は、フランメが誰かなんぞ全く知らなかった。そもそも相手が魔族だとかも関係なく普通につまらない冗談であった。
だが笑った。少年は『ここで笑わなかったら二度と笑う機会は今後訪れないぞ』という確信があったためだ。
少年は日に何度も訪れた死線を潜り抜けるために俄かに神経が研ぎ澄まされていった。その観察力が目の前の魔族はこちらを笑わせるために冗談を言っているわけではなかったと気づかせた。
少年は人生で最も真剣に『笑い』を試みた。そう言う演技の才能がなかったらしく結果として相手に媚びるような何とも気持ち悪い笑いが出力されてしまったが、魔族にはそこまでの機敏を感じ取る能力がなかったようで無邪気に喜んでいるように見える。
(いや、こいつは俺に本当にそう思っていることを求めてない……)
少年は魔族からただよう心の薄っぺらさを感じ取りながら気味が悪いと思いながらもひとまず凍りつきかけの胸をほっと撫で下ろした。
その一瞬の気の緩みが、魔族が今までの薄っぺらい態度ではない、『彼自身の笑み』を一瞬浮かべていたことに彼は気づかせなかった。
この瞬間、彼の運命がまずは半分捩れた。
男が矢継ぎ早に言う。
「今笑ったよね! よかった、今のジョークには自信があったんだよね! 昔出会った人間から教わった素晴らしい冗談の一つなんだ!『ナゾカケ』と言うらしい」
「そ、そうか」
「そうだ! 君もだんだんと肩の力がほぐれてきたじゃないか。冗談を言い合って雑談もしたと言うことは俺たちはもう友達みたいなものだ、そうだろう?」
「そ、そう思う」
少年は何度も相槌をうって同意を示した。彼の適当あん(かつ命がけの)相槌に手を叩いて喜び、口調を細かく切り替えながらべらべらと喋る魔族の様子が少年に吐き気を催させる。
この魔族は人格すら口調や身振りから作り出すものだと思っているのか?
さて、とまた一呼吸置いてから目の前の魔族が急に話題を変えた時、少年の脳裏にある予感が閃いた。
「そうだ、まだ名乗っていなかったな。失礼……。 俺の名前は、『アラン』だ。以後よろしく頼むよ」
(偽名だ)
少年は魔族が名前で嘘をついたことを看破したことで、さっきの予感が言語化されていくのを理解した。
この魔族は俺が盗賊に襲われたところから、それを助けて打ち解けるような会話をしたところまで何かの結論を通達するために行なっている。
「君の名前を教えてくれ?」
「ア、アイン」
「アイン、そうか! アインね。俺と似た名前だな。やっぱアランじゃない方が良いかな?ああいや後でいいかそれは。で、アイン、君にお願い事が一つあるんだが」
「い、嫌だ」
「まだ何も言って……、いや、アイン。君は俺がこれから何を言うのか分かっているのか!」
ばんばん、ばんばんと冷え切った体の中で心臓だけが早鐘をうち、血が先ぼそった血管に運ばれて身体中から苦痛が押し寄せてくる。
冷や汗が顎から滴り、歯がガチガチと鳴る。
少年が魔族を『理解』した時、アランと名乗った魔族は今度こそ笑みを浮かべてみせた。それは彼自身が喜んだ時に思わず出す、動物的な笑みであり。
少年は『それ』すらも魔族がわざと出しているに過ぎないことに即座に気づいて呆然とした。
魔族が表情を消して言う。口調も平坦になったが、それと反比例するように発言は掛け値なしの賞賛であった。
「アラン。君、本当に凄いぞ。俺は君と友達になりたい」
だがそれも一瞬のことで、すぐに顔には薄っぺらい笑みを浮かべなおし、力なく首を振る少年を半ば無視して先ほどのセリフを繰り返した。
「さて、お互い名前も知って友達になったことだしアイン。君にお願い事が一つだけあるんだが」
「人間のコミュニティに入りたいんだ」
「協力してくれるね?」
「い、嫌だ」
「今日のところは駄目だ。『デモシャテラ』」
少年の体が勝手に立ち上がったことに気づいた少年は思考を絶望に染めた。
そうしてアランと名乗る魔族が、アインと名乗らされた少年の手引きで人間の村に入りこんでから4年後。
「おはようアラン」
「おはようロントヴェクおばさん」
「また朝帰りかい、若いねえ私より年寄りのくせに」
「生涯現役なんですよおばさん、どうです、私と朝帰りでも」
「なんだい、二人で一つになりましょうって?魔族ってのは人間の年齢の区別もつかないのかい」
「まさか、二人を一人にしませんかって話でさあ」
「魔族ジョークは冗談じゃなくて嫌だねえ。遠慮しておくよ」
あっさりアランはコミュニティの成員として受け入れられていた。アランはロントヴェクから今日のパンを受け取ると、誰も周りにいないにも関わらず、これあんまり好きじゃないんだよな、と呟きながらパンを齧った。
徹底した自己演出である。そこに遠くから斧を持って近づいてくる青年が一人。アランはその顔を見て目を輝かせた。やはり徹底した自己演出である。
「おばさんも相変わらず怖いもの知らずだな……」
「おはようアイン」
「おはようアラン、また人を殺してきたのか?」
「もちろんでさぁ、人間我慢は体に毒ですぜ」
「また口調変えてるよ……大体お前は人間じゃないだろうが」
「へへ、水臭いこと言いなさる」
「お前は血生臭いんだよ」
「お、上手い」
ぴぴっ、とアランが手を払うと固まってこびりついていた血が幾つか地面に飛んだ。アランは以前殺し尽くしたはずの野盗がここ最近また増え始めた、と嬉しそうにアインに言った。
この恐ろしい魔族がいかにして村の成員となれたのか?
アインはこの4年間を振り返ってこう結論づけた。
(おかしいのはアランではなくうちの村ではないのだろうか)
「どうかしたか?」
「いや、どうかしてるのはこの村だと思う」
大前提として、アランは村の入り口についたとき、『武器を持って入り口に集まれ』、『この村の一員であるアインが外で盗賊に襲われた』、『自分は魔族であり、できる限り近づかないこと』と自身に不利なことを大声で宣言し、警戒する村人たちの前でアインを『魔族の変身でないかどうか』をよく見聞させた上で無防備に帰った。まずは誠意というわけだが、その後最初の一年は村の周りで魔物を刈り、盗賊が近辺に出れば書置きなどで伝え、村人が遠出しなければならない時には他の人間に気取られる限界まで護衛をした。ここまで根気よく丹念に下積みをすることにアインは引いた。
今思えばこれは長寿である実に魔族らしいやり方だと理解できるのだが、当時のアインはアランが何を考えているのか全く分からず、アラン本人に何を考えているのかをわざわざ聞きに行った。
その際に、駄目なら次に行くつもりのアランと、駄目ならさっさとここを出ていって欲しいアインは話し合って、以下のような作戦を考え実行することにした。
まず、村人がアランに絆され始めたタイミングを狙って、あえて自身が『人殺しに抵抗がないこと』など自身が人間にとって都合の悪い存在であることを立て続けに伝えさせた。
アインが必死に考えたアラン向け自己演出メソッドである。
アインはアランに、村人たちの目の前ですら人殺しであることを隠させなかった。
これは『人を殺さない特殊な魔族』などという寝言を信じさせるよりも、『文句の出にくい人間を選んで殺す程度には話の通じる魔族』と見せかけたほうがむしろ警戒されにくいだろうという発想に基づいた作戦だった。
当初はアランとアインの間で殺して良い人間の範囲に僅かな齟齬があったものの、今は村人が不快になるような行為と、アランの魔族としての本能との間にお互いが見て見ぬ振りがてきる程度の妥協点を見つけることに成功していた。
(正、この方法には『人殺しは村に居させたくない』と村人がうまいことアランを追い出してはくれまいかと考えたアインの意図が隠れていた)
もちろん、アランは正義感や、村への帰属意識から周囲の野盗を殺害しているわけではない。単なる殺人欲の発散を目的としたそれは、しばしば周囲の悪人を狩り尽くしてしまうことがあり、アインは焦った顔で何とか殺していい人間や魔物を探そうと山を三つ超えたアランに同行したことさえあった。だが、結果的にアランの殺人は周辺の治安を向上させ、一見、村人にアランというリスクを抱えさせてなお安全という利益をもたらした。
この頃から、
「俺たちを殺す気ならもうとっくにしているんじゃないか?やっぱり魔族と人間は共存できるのではないか?」
という言葉がしばしば村内で議論されるようになった。村人たちには魔族は人間と対立していただけで、状況が許せば仲良くできるのではないか?という気の緩みが生まれ始めていたのだ。
この段階に至ってなお、アランはさらに自身に不利な行為を繰り返した。『魔族』が危険な存在だが、『アラン』は危険な存在ではないのではないか?そういう見解をわざわざ崩しに行ったのである。
例えば、ある時には殺した野盗をわざと持ち帰り、腸から動物のように貪り食ってみせた。調理してさえ見せたことすらある。その上で『魔族への対抗手段』として村の子供たちに魔法を指導し始めたのだ。
アランの圧倒的な虐殺能力を何度も目の当たりにしているアインからすれば、アランが指導している魔法の虚しさに笑いすら込み上げてくるが、
村人たちからすればいざアランが自分たちを裏切ったとしてもアランに一矢報いれるのではないか、何なら勝ててしまうのではないかと錯覚しているらしい。勿論村人心の底ではどこかアランに空恐ろしいものを感じているだろうが、アラン自身が村の外で殺人を犯すとき、わざとボロボロになるまで怪我をしてから帰ってくることで自身を過小評価させることでバランスをとってしまっていた。
村人たちの中でも有望な子供たちは魔法使いとして成長すればアランに実力で並べると無邪気に信じているのだ……。
その茶番に最も長く付き合ったアインは、アランの指導によって、
「異常だ」
と言わしめるほどの察知能力を身につけていた。アインの目には、アランの体から立ち上るオーラが
そして何よりも。
アランは人に合わせるのが異常なほど上手かった。相手の警戒心を解く喋り方、わざと隙を見せる動き。好き嫌いや癖などといった『人間らしさ』を完全に模倣してしかも一切の隙を見せない。さっきだって、パンの好き嫌いなんか一切ないくせにわざわざパンの種類ごとに好き嫌いを設定し、相手がいない場所ですら感想を独り言で言う徹底ぶりである。
そのせいで、もはやアランの本性を疑っている村人はアイン以外存在しない。魔族は危険な存在だが、アランは唯一の特別な魔族である、と村人たちは完全に信じ込んでいる。アイン1人だけを除いて。
「アラン、お前の作戦は完璧だ。もう村の人間でお前のことを疑っている奴は誰もいない……」
「アインと一緒に考えた計画だろう、賞賛は半分返すよ」
「人間をよく裏切りましたっていうのは通常侮辱だと思う」
村外れに建てられたアランのための小屋で、二人は向かい合って何度も話をした。
一応、魔族を外からでも監視するためとの名目で高い金を払って設えられた大きめのガラスの向こうでは、村に魔族が入り込んでいるとは思えないほど長閑な風景が広がっている。
「君個人の能力を誉めているだけで他意はないっス」
「何度も言うが、俺は」
「脅されて仕方なくやってるだけだって?4年もかい、もう俺よりも魔法が上手いだろうに」
「そう言う、息をするように嘘をつくのはやっぱり魔族だと思い出せるからもっとやってくれ」
「やだね、アイン以外とこーいう話してもつまんねーし。これ本音ね」
「こいつマジで嘘しかつかねえな」
アインがひらひらと手を振るのをアランは楽しげに見つめる。
「本当だって、ワイはこのために生きているんやから当たり前なんや」
「またそれ?『魔族は生涯をかけて自分の魔法を研鑽する』。この村じゃなくてもできることだろう」
「まさか!俺は『デモシャテラ』をより高次元の魔法にするためにこの村にいるんだ、ここが良いんだ。君がここにいる、ね!」
アランの下手くそなウインクを受け、アインは吐き気を催すジェスチャーを返した。
アランは苦笑いをした。
「まあまあ」
窓の外には雪で何かの遊びをしようと子供たちが集まっているのが見えた。こんな時にまで自己演出を忘れないアランにアインは頬を引き攣らせた。
「まあ、魔法がどうっていうことだけは信じるけどな」
「君って信じる機能が備わっていたのか?」
「やっぱ出てってくれないか?」
「ここは俺の家だが」
「村からだが」
「それはいやだ」
4年前。アランがアインに『デモシャテラ』をかけ、村に案内させた日から4年。アインが魔族についての知識を備えていくにつれ、一応アランが魔族としての本能である殺人欲を抑えてまで人間と積極的に関わる理由に、彼の『魔法』が関わっていると言うことには一応納得した。納得はしたが、意味は分からなかった。
アランは『そこ』にすら嘘をついているからだ。
(いや、嘘ではないか)
おそらく、アランは魔法の精度を上げることそのものが目的なのではない。その魔法を使って何かがしたくて魔法を鍛えているのだ。
アインが、アランに「どうして人間のコミュニティに馴染もうとするのか?」と質問をすると、目の前の魔族からは必ず同じ答えが返ってくる。
「私はこのために生きていますから」
アインは、アランと過ごしてもう4年目になるのに、いまだにアランが何者なのかが見えてこない。だからこそアインはいまだにアランに対する警戒を解かない、解けない。
アインがアランについて確信していることは、アランは人間とは相容れない種族、魔族であるということと、アインがアランのことをそう思っていること自体をなぜかアランが気に入っているということぐらいだ。
そのアランが最近、村人たちに気が付かれないように夜な夜などこかに消えていることに気づいた時、アインは心臓が凍りつくのを感じ、すぐにアランを問い詰めに彼の家へ赴き、朝に帰ってきた魔族はあっさりと白状した。
「ああ、最近ここら辺に魔族が何人か来ていたから村に招待しようと思って」
アインは絶句した。