アランのテスト   作:匿名

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後編

「魔王閣下の死から75年が経ち、我々もついにこのような北の端にまで追いやられた」

 

 アランが北の端に集った魔族の集団に入り込んで一ヶ月。

 彼の目の前ではフードを被った女魔族が腕を振り上げながら声を張りあげ、仲間の魔族に対してアジテーションを行なっていた。

 

「人間たちは日々力をつけ、我々のような弱い魔族は最早淘汰される運命にあると言っていい!」

「我々には未来はないのか? 否! 断じて違う! 状況は変わりつつあるのだ!」

「この山を降りた先、人間の領地にて七崩賢『断頭台のアウラ』様が作戦行動中である!」 

「我々もアウラ様に同調し、巻き返しを図るときではないのか!? どうだアラン!」

 

 何かを期待する目でアランに問いかける女魔族の様子を見て、アランは前もって用意していたセリフを返す。

 

「そうだ。俺たちはただ消えゆく種族ではない。我々は魔王様の後を継ぎ魔族の勢力を広げる! 俺たちこそ誇り高き種族、魔族だ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 自分で言っておきながら『誇り高き』って具体的に何と言われたらどうしようと、内心焦りながら盛り上がる同種たちを見ていたアランはちょうど良いと思った。口には出さず。

 

 

 

 

 

 

 ことは一ヶ月前に遡る。

 いつものように村で過ごしていたアランは、自身の逗留する村からかなり遠い森の中でいくつかの魔力の塊が蠢くのをかすかに感じていた。

 こう言うとき、普段ならアインが真っ先に魔族の接近に気づくのだが、このところアインはグラナド伯爵領の方で発生したらしい大きな魔力をずっと警戒し続けているらしい。彼はとっくの昔にアランの感知能力を超えた力を手にしている。

 その彼に会うたびに目元の隈が深くなっていくのは少し面白く、試しに『大きな魔力』の正体を確かめに行こうとしたところ万が一ソイツにアランが殺されたら村の人たちに顔向できない、と説得されたのでアランはグラナド伯爵領に行くのをやめた。

 おそらく、その正体とアランが協調路線に入られたら本当に困る事態になる、とアインは思っているのだろう。

 そこでアランは一旦そちらを置いておき、森の中で蠢く魔力の真相を確かめるべく、極寒の夜の中、村のかなり遠くの方で立ち上る魔力の塊へと向かった。

 こちらの様子を伺っているくせにできる限り魔力を制限したくない、と二つの主張の妥協点を探したかのような中途半端な魔力の制限から推測するに、その魔力の主は魔族だと推測できたが、こちらが近づくほど、相手の魔族が困惑するようにその場から離れてみたり、近づいてみたりと一貫した行動を取らないことが不可解であった。

 

 一時間ほど歩き続け、彼らの元に辿り着いたアランはまず驚いた。

 

(こんなところにいる割にやけに強いな)

 

 一見して彼らはこの寒空の中で肩を寄せ合っている魔族の集団であった。魔族の希薄な仲間意識を考えれば8人と言う集団が何もせず集っているのはおかしい。考え得るとすれば、彼らは一人では生きていけないほどの弱い魔族が仕方なく群れているといったものだが、その割には魔力の質が高い。

 相手を選べば食うには困らない程度の実力あるように伺えたし、特にリーダー格の女魔族にはカリスマ性があった。

 彼らも『村の魔族』の存在は認識していたため、急にこちらに接近してきたアランの待遇を決めかねていた。

 だが、最初は偶然を装って。次には『手土産』を持ってアランが彼らに何度か接すると、たった半月で彼らはアランに気を許してしまった。

 そして彼らが何故ここにいるのかをアランが満を持して聞いた時、急に女魔族が宣言を始めたのであった。

 最初は女魔族が自身たちの境遇を敢えて貶すように話し、ついでその現状が打破されると根拠付きで話す。一般的な扇動術を心得た魔族らしい女だった。その能力を魔族相手に使うところも柔軟さがあってよろしい。

 

「素晴らしい……このような情熱を持った魔族が今までいたでしょうか!」

 

 アランは彼女の台詞を聞き終えると、感極まったような声色を出し、感動に打ち震えるように両手で顔を覆った。そうしてまるで屈辱を搾り出すような声色でぽつりぽつりと言葉を一定のタイミングでつっかえさせながら話し始めた。

 

「この私めも、魔王閣下がご崩御されて後は、寄るべもなく、こ、このように人間に友好的な振りをしてまで生き延びるのが精一杯でした……。私の惨めを是非お笑いください」

「ふん、役者め。その魔力のブレ、人間は騙せても魔族たる我々は騙せん。いざとなればその村などいつでも出ていけるだろうに──。そして村を出ていくのは今だぞアラン」

「おお……、ついにあの村を出ていく時が来たのですね。あの屈辱の日々から!」

「そうだともアラン! 君も人間に傅くのをやめ立ち上がるのだ!」

 

 女魔族はまるで旧来の友のようにアランの肩を抱き励ました。彼女からすれば、アランを取り込むことに成功したと舌なめずりしているところだろうが、本来仲間意識の薄いはずの魔族が、たった一ヶ月で完全にアランの言うことを信用し切るなんてことがあり得るだろうか。

 まるで魔法にでもかけられたかのようではないのか? 

 そうして彼らは『人間を殺してきたことを改心し、人を食べないことを誓った魔族』と言う設定をアランが村人たちに信じ込ませると言う作戦でもって森を出て、村へ向かった。

 ここまで慎重に森の奥で機を待っていた彼らのなかに、何故かこの杜撰な作戦に疑いを持つ魔族は一人も居なかった、と言うことにすら疑問を持たずに。

 

 ちなみにこの一ヶ月で有る事無い事を言い連ねた結果アランの居た村は、『一人だけ強力な魔法使いがいるが故に』『魔族をペットのように扱い』『毎日媚び諂うアランのことをただの村人ですら一段下の存在として見下す』といった雑にも程がある特徴づけがなされている。

 

 

 

 

 

 

 

 そして今。

 

 8人の集団として村に入り込んだ魔族は、村人たちの魔族を嘲るような視線、魔族を殺せるとは思えない素人丸出しの動き、村の反対側にのみ一人だけいる大きめの魔力反応を見て自分たちが完全に人間を騙せていると確信し、村の広場にたどり着いた瞬間に5人が魔力の染みになり、2人が村の一番大きな通路の中途で雪と泥に混ざって水たまりになった。

 

 唯一残った女魔族は必死に村の入り口に向かって逃げていた。

 彼女に向かって、家の屋根から、窓の隙間から、降り積もった雪の中から一般攻撃魔法の雨が降り注ぐ。彼女は自身の強大な魔力によってなんとかそれをいなしてはいる。

 だが、彼女にとって村民が放つ『一般攻撃魔法』、を改悪したそれはほとんど経験がない未知の事象であった。明らかに速射性を上げ、威力を犠牲にしたそれにどうしても一瞬防御が遅れ、致命傷は避けているものの少しずつ身体に傷が増えていくばかりであった。

 彼女の心中は嵐である。

 

(一般人のふりをした傭兵の集団か何かなのかこいつらは!?)

 

 いや、それは無い。と女魔族は口には出さず自答した。

 魔族が人間を欺くのが得意なように、人間も大概魔族を欺くのが得意な方だが、それでも限度というものがある。足の運び、筋肉のつき方。村人たちは明らかに『村人』の体格をしていた。

 それにほとんど全員が一般攻撃魔法を使えるというのも矛盾している。例えアランが彼らにこの魔法を数年指導したからといって、それで全員がまともに魔法が使えるようになるというのなら、  

 魔王様が討伐された時点で魔族の運命は決まっていただろう。

 必ずカラクリがあるはず。そしてそのカラクリを女魔族に仕掛けたのはあいつしかいない。

 

「どうして私を裏切った、アラン!」

 

 

 

 

 

 

 そして、その女魔族を村まで手引きしていた当のアランは。

 

「感情が少ない魔族が相手だと誘導が楽で良いね」

 

 人間が魔族を匹で数える気持ちが分かる気がするよ、と魔族らしく的の外れた人間評をアイン相手にぶちながら自分の家で人間の白干しを肴にエールを飲んでいた。

 くぅ〜っ! と実にうまそうに酒を煽る様子は、ちょうど立ち上げたばかりの酒場で金を落とさせるために用意されたサクラ染みてアインを少しだけ不快にさせた。

 

「こんな時まで人間の振りとは殊勝な奴だよアンタは」

「こんな時まで村に入り込んだ魔族の監視をしてる奴ほどじゃないね」

「で、なんでこんなことをしたんだ」

「『テスト』だよ」

「『テスト』?」

「そう、この村が魔族の襲撃に耐えられるほど強くなったのか、ひいてはワシの魔法がどこまで完成に近づいたかのテストというわけじゃな」

 

 アインは首を傾げ、そのままアランに話の続きを促す。アランは静かに興奮しているらしく、またころころと一人称が入れ替わっている。

 

「最近さあ、魔族がここら辺に何人かうろちょろしていてね、ちょっと仲間の振りをして話を聞いて来たんだが」

「アンタも魔族だろ」

「魔族にそういう素朴な同族意識は特にないんだなそれが。冬の山なんて餌のないとこで野犬同士が出会っても殺し合いになっちゃうでしょ」

「じゃあどうやったんでしょ」

「そりゃこうでしょ」

 

 アランはフードを被った。

 

「……成る程」

「いい手でしょ」

 

 アランはまた下手くそなウインクをしたフードの奥でした。

 アインの目にはフードの下に妖しげ浮かぶ気色悪い笑みと共に、アランの体から立ち上る魔力が不安定に揺れ動く様子が見えていた。魔族は意味もなく魔力を制限したりはしない。

 裏を返せば、アランがこの村に逗留していることに、『何かやまれぬ事情があってのこと』とさえ思わせれば、魔族に対するファーストインプレッションは完璧なものになる。

 アランの自己演出は魔族にも及ぶのだ。

 

 

「意外と強いけど強すぎない、ちょうどいい魔族だったんだよね」

「どういう評価なんだよ」

「会った感じそんなに弱いとは思えない魔力量してるのは君も気づいてるよね?」

「まあそれは」

「あれくらいの魔力量だったらそこら辺の人間の兵士くらい不意を打てば狩れるはずなんだよ」

 

 言いながらアランは後ろを振り向き、山の向こうへ目をやりながら言った。

 

「私には全く感知できない距離だが、キミの優秀な察知能力が捉えていたと言う山向こうの大きな魔力の正体の裏が取れたよ。それはアウラ様っていう500年以上生きている大魔族だ」

「まあそいつにビビってたら近くの魔族を見逃してたわけなんだが……」

「そう自分を責める必要はないよアラン。アウラ様は魔族として本当に上澄みの化け物だ。使う魔法もほとんどインチキの域だしね。でさ、ある程度強いなら普通そっちに合流するもんじゃない? 後々一党に加わろうと考えているなら、先に入ればより発言権の高い地位につけると考えるのが自然なはず。でもさ、アイツらはアウラ様が街を掌握するまでは見に回る選択をした。つまり?」

「あの魔族たちは人間相手に勝ち切る自信がない」

「正解。きっと山の中で人間を避けて過ごして修行してたタイプでございましょう。一般攻撃魔法への反応の遅さで裏も取れたしね」

 

 アランはそこまで言ってあくびをして、窓の外に向かって顎をしゃくった。

 アインが家の扉を開けると、罵声が飛び込んできた。

 

「貴様ぁ!」

「で、そいつがアウラ様が街を掌握するまでこんなところで油売ってたノロマってわけ」

 

 アランが親指で指差した先には、騙された女魔族が息も絶え絶えに立っていた。服はほとんど細切れになり、歩いてきた道筋が分かるほど血が滴っている。

 

「私たちを騙したな!」

「魔族なら騙し騙されはお互い様でしょ」

「なんかこの魔族は随分感情が豊かなんだが。魔族が悪意を理解しないってアランの嘘でしょ。アラン以外の魔族って本当は感情があるんじゃないのか?」

「僕だって感情豊かだろ!」

「こいつ嘘しかつかねえな」

「何故貴様は魔族でありながら人と共に暮らすと言うのだ! それ程の魔力を持ちながら! 何故媚びる! 何故人に魔法を教えた! 何故」

「スゴイ、疑問ばっかりだ」

 

 彼女はアランを視界に入れた瞬間、荒い息を整えもせず思わずと言った様子で叫び、それで体力を使い果たしたのか彼女はその場に崩れ落ちてしまった。

 ここになんとか逃げて来るまで、彼女の中にいくつもの疑問が渦巻き心をかき乱していた。

 女魔族の一種の賞賛を含んだ言葉の羅列にアランは実に気分良さそうな反応を返し、目を瞑ってその言葉に沁み入った。

 アインにはその二人の様子を見比べ、目の前で這いつくばる魔族の気持ちがよく分かり同情した。彼女は何故、何故とずっと繰り返し続けている。

 

「何故魔族でありながら魔族を積極的に殺す、何故隣の人間と親しそうにする! 何故魔力を制限するという屈辱を自ら受け入れる!」

「魔力を制限? してないけど?」

 

 どれでも良かったはずなのに、女魔族のその言葉だけをわざわざ拾ってわざとらしくきょとんとして見せるアランに、魔族の女が虚を突かれた顔をする。アインはこの先の展開を察して辟易とした。

 

「何を言うんだ……。その魔力の揺らぎ、周りの人間を騙せても魔族は騙せまい」

「私たちは魔族ですよ? そんな気分の悪いことしてもしょうがないでしょ」

「何を、言っているんだ?」

「逆なんだよ」

「逆……?」

 

 一言喋るごとに口調がコロコロと入れ替わるアランに若干の気味悪さを感じ始めたらしい女魔族がなんとも哀れで、アインはつい助け舟を出してしまった。

 逆、逆、逆……。と何度か小さく繰り返した女魔族が急に目を大きく見開き、次の瞬間には激発した。魔族にとって魔力を制限すると言うことは必要がない限り卑怯の誹りを免れない行為だ。

 

 だが、アランはその程度の想像の範疇にいる卑怯者ではない。

 

「『逆』だと……!?」

「うふ! うふふふふふ!」

 

 俄かに動揺し始めた女魔族の様子を見て、アランはまるで少女が道端の野花に零すような微笑みを返す。ひとしきり笑った後、一つ咳払いをしてアランは話し始めた。

 

「うん、僕は別に自分の実力を隠して村に潜伏してたってわけじゃない、俺はただ自分の魔力を不安定に揺らがせていただけだぜ」

 

 アランは足元の雪がじゃり、と音を立てるのを聞いて冬は寒い、と言うことを急に思い出したらしい。両手を口の前に持っていって息を吐いて温める動作をした。

 そうしているうち、不安定な出力に揺らいでいた魔力がだんだんと落ち着いていき。

 そしてその魔力の量は一切の増加を見せなかった。

 

「それを貴公らは勝手に過剰評価しただけであるわけである」

 

 ネタバラシをするアランのテンションは最高潮に達し、もはや人格の統一性すらが怪しいほど口調が目まぐるしく変化していっている。ね、良い手でしょ、とアランはアインに向かって下手くそなウインクをした。『仲間の振り』の話の続きのつもりだったのだろう。それを受けてアインはつまらない手品の、さらにその種明かしをされた時にしかしないピンポイントな感情を込めた舌打ちをした。それを見てケラケラと笑うアラン。

 だが魔族の女にとってはよほど衝撃的だったらしい。魔族にとってのあまりの侮辱に感情が決壊したのか、強く噛んだ唇からは血を流し、嗚咽までし始めた。

 

「な、なんでこんな……こ、こんな酷いことを私にするんだっ」

 

 アラン曰く、魔族には人間に比べて感情がいくつか少ないらしい。が、幾つもの感情が同時に表出する時、その混ぜこぜになった感情が人間の抱く『何か』に擬似的に達することがあるのだろう、とアインは名も知らぬ女魔族の精神状態が手に取るように分かった。今、彼女は悪意という感情に爪の先が引っかかっている。だがその先に進めないから魔族なのだろうが。

 

「分からない!」

「何が?」

「意味が、意味が分からない!」

「意味か……」

 

 その言葉を最後にアランから表情が抜け落ちた。アインはアランのこの顔を見るたびに背筋に氷柱がいれられたかのように感じる。

 アインがアランに恐喝されたあの日に一瞬だけ浮かべていた顔。アランの本性がそこには出ていた。アランはぽつりぽつりと誰に向けるでもなく言葉をこぼし始め、アインが言葉を拾った。

 彼らのやり取りの異様さに女魔族は呆然としている。

 

「俺は魔族だ」

「そうだな」

「俺は自身の魔法を生涯をかけて探究したい」

「魔族はそういうものなんだろ?」

「俺は魔法を探求するために長生きがしたい」

「まあ、そう考えるのが自然だ」

「俺は長生きをするために人間と敵対したくない」

「そういうものか?」

「ああ。そして、人間と敵対しないってどういうことだろうか」

「そりゃあ人間と仲良くするってことじゃないか?」

「俺はそうじゃないと思う。現に俺は人間のことが別に好きじゃないが、もう800年は人間に討伐されずに生きてるからな」

「ええ……、こんだけ人間と接しておいてそれは」

「嘘だ……少なすぎる」

 

 アランが言った彼の年齢に女魔族が呆然と言った。彼女の視線はアランから漏れる魔力の柱に向けられている。アランはかすかに苦笑して返答した。

 

「そうだな。俺は恥ずかしいことに800年間ほとんど魔力の修行そのものをしてこなかった」

 

 本当に恥ずかしそうにするアランは、すぐに咳払いをして気を取り直す。アランは「その代わり」と短く言葉を切り、女魔族に向かって軽く指を振った。

 

『デモシャテラ』

 

 魔法。アランが彼女に向かって魔法をかけた瞬間、何とか立ちあがろうとしていた女魔族がまた地面に這いつくばって身じろぎもできなくなっていた。しかし話せないというほどでもないようだ。

 

「貴様何をした!」

「魔法を掛けた。まあ安心してください。死にはしないよ」

「嘘を言うな!」

「嘘じゃないって」

「毎日嘘ばっかり言ってるからだぞ」

「うーむ、本当なんだが」

 

 アランは気まずげにツノを撫でてアインからのしらっとした目線を誤魔化した。

 これも自己演出か? アインは思った。

 

「俺の魔法は、本人の意思の有無に関わらず、特定の状況で特定の行動を起こさせる魔法だ。それだけ聞いて分かるだろ? 弱いんだよ滅茶苦茶。できるなら君を自害くらいさせられればいいんだけどね。とにかく融通が効かない。魔法を相手にかけたところで、相手がしたくないことは全く命令できないし、内容をしっかりと厳密に設定しないと全然発動しない。今君が動けないのは体が怪我だらけで心から動きたくないと思っているからに過ぎない。しかも生まれてから300年くらい経ってから件のアウラ様が操る『服従させる魔法』って完全な上位互換が出てきて参っちゃってね」

 

 話しているうちにアランはどんどんと遠い目になって勝手に喋り続けていく。

 久々にアインはアランが掛け値なしに本当のことを喋っていることに驚愕し、女魔族はもう状況に全くついていけていない。

 

「それで自分の魔法に悩んでいた頃に他の研究者気質の魔族に話を聞きにいったりとか、迷走してた時期に何度かやらかして人間に追われるようになっちゃったわけ」

「アラン的には人間に魔法教えて同族殺させてるのは『やらかし』に入らないのか」

「いや……、まあ」

「おいおい」

「で、ああもう死ぬ! って時に一人の人間に助けてもらったんだよね」

「ソイツに人間から匿ってもらったのか? 聖人か何かか?」

「全然逆。ソイツ快楽殺人鬼だったから」

「はあ?」

「偽の角つけて魔族のふりして手配を免れながら人間を殺し回ってたカスだよソイツは」

「ええ……」

「で、色々あってソイツとは友達になったんだけど」

「その色々をこそ話せよ」

「マジで色々あったから後でね。で、そいつマジで人間としてはやばい奴で、ああ、こんなんでも人間なんだと思った時、俺はこう思った。『こいつより俺の方が人間に近くない?』って。その瞬間俺は人間との共存を確信したわけ」

「それ、勘違いじゃないか?」

「どうかな? 少なくとも俺は『人間との共存』と言うテーマを得てから今まで、自身の魔法を研鑽し続け、自身の仮説を証明できる日がいつか来るとは考えているよ」

「おっと、『デモシャテラ』」

 

 アランは急に自身にデモシャデラを掛けたが、何も起こらない。

 

「今のは?」

「自分が殺人鬼、という言葉を発想とした瞬間に一回だけ黙るようにした、物騒なことあんま言わない方がいいかなって」

「お前、もしかして急につまんないジョークとか言うのって」

「全部オートで設定してるだけだけど……」

「怖〜」

「ちなみに村のみんなが同士討ちしないのもデモシャデラのおかげね」

「……怖」

 

 もう女魔族なんて全く目に入っていなかった。いや、アランは普段は何も見ていないのだ。何百、何千と自分に掛けたデモシャデラに導かれ自動で動き続ける虚な人形──。

 

「ツーといえばカーと言おう、魔法を望まれれば魔法を教えよう、人が転べば助け起こそう」

「人に接する正解を引くたびにそれを覚え、自分自身に命令し続けるんだ」

「人間を理解する必要なんてない。ていうか人間もあのさっ」

「ど、どうした?」

「殺人鬼のことを理解しているわけじゃないだろう」

「お前人生窮屈じゃない?」

「本当に楽しいよ、特に最近は考えていることがあってね」

 

 楽しい、と言った瞬間アランは爽やかに笑った。その目には全く感情が載っていない。

 アランは狂っていた。アランは女魔族に向かって言った。

 

「デモシャデラが完成したとき、現存するすべての魔族にそれを掛けたら人間と共存できるか気になるよね?」

「お前は……」

 

 女魔族が体から火を立ち上らせ、その勢いで宙に飛び上がった。

 

「お前は、ここで殺さなければダメだ!」

 

 アランの一方的な独白を聞いた女魔族の心に、同胞のために何かをしなければいけない、と言う特殊な使命感と怒りがない混ぜになった何がが宿った。それは彼女に掛けられたデモシャデラを解くほどの意思の力で彼女を立ち上がらせ、アランに火球をばら撒かせた。

 アランは自動でその火球を撃ち落としたが、火球が地面の雪を一瞬で蒸発させ、彼の視界を塞ぐ。その隙にアインを自身のところまで引き寄せ、アランに向かって何かを言おうとした。

 

「貴様は、この世に居ては」

「あっ」

 

 女魔族は、アランから伸びた光線に消し飛ばされ、一瞬芽生え掛けたその感情と共にこの世から消えた。

 

「そういえば魔族の前で三分以上喋ったら自動で攻撃するようにしてたんだった」

「今俺が生き残ったの絶対運だろ」

「まさか、実力でしょ」

 

 アランは、アインの不安定に揺らぐ魔力を見ながら言った。

 

 

 

 

 

 その後、荒らされた村の道とかを直したりと後処理に一週間ほど掛けた後、アランは村から忽然と消えた。一言だけ書かれた手紙を残して。

 

 

「旅に出ます、探さ()ないでください」

 

 

 村人たちがその手紙の言い回しに首を傾げている中、耳の長い魔法使いの一団が村の入り口をくぐったのを家主のいなくなった小屋の前で村の子供達は見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者ヒンメルの死から28年後。北側諸国、デッケ地方。

 

 

 

「アウラを倒した魔法使い、村をスルーして真っ直ぐこっちに向かって来てるみたいだが……」

「なにっ『デモシャデラ』! 足が棒になっても走って逃げるぞ」

「素で拷問まがいのことをするのをやめろ」

 

 彼らは常にエルフの魔法使いから一歩先んじて逃げ続ける。最北端に着くまで。彼らの考える天国をこの世に現出させるために。

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