俺はフォンテーヌ生まれ稲妻育ち 作:残雪侍
1.スメール 森林地帯
「あっつい〜……うぅ、なんだかべとべとしてきた」
「砂漠と違って湿気があるからな。暑さはマシだが不快感は段違いだ」
フリーナを駄獣にのっけて旅は続く。水元素で作った鞍は彼女の旅を快適にしてはいるが、この暑さばかりはどうしようもないな。
砂漠も危険ではあるが表立った脅威は熱さだけだった。あの直射日光は肌を灼くが、上から布を纏ったりすれば対策できるからな。しかし密林の危険は暑さだけじゃない。湿った根っこは足を乗せると滑るし、そこかしこから聞こえてくる鳥だか獣だかの鳴き声を警戒する必要がある。
どこか遠くの方でモラを愛しモラに愛されるような甲高い歌声が聞こえてくるが……これは空耳だろう
「…………ねぇルド、何か聞こえない? 調子ハズレの歌声みたいな」
「フリーナ! 水は足りてるか? 熱中症は怖いからな、また水筒に入れておいたから飲んどけよ!!」
「う、うん。ありがとう?」
空耳だって言ってんだろ! 俺はフリーナに水筒を渡して黙らせた。この密林はやはり危険だ。さっさとテリトリーから脱出せねば旅費が消滅させられることになる。独特なリズムで放たれる営業トーク、ランプから飛び出るスライム、巻き上げられるモラ……! うっ頭が
俺の意識そらしは上手くいったようでフリーナの興味は別に移った。周りにそびえる大きな樹木や、その傍らで戯れるキノコン達を興味深く観察している。マシナリーやメリュジーヌが可愛いと言うよく分からん異界生命体と違って生きてるって感じがしていいよな。フォンテーヌでも一時期キノコンの魅力を伝えに来た人がいたらしい。旅人さんが言っていた
「大きな木だなぁ……ねぇ、あのキノコすっごくふかふかしててベッドにしたら気持ちよく寝られそうじゃない?」
「あー、あのキノコな。飛び乗ったらよく跳ねるんだよ。ぴょんぴょんキノコとか呼ばれてて冒険者協会の依頼でも使われるらしいぞ」
「それ、なんの意味があるの?」
なんなんだろうな? 俺は試しにキノコに乗ってぴょんと跳ねてみた。おぉ、ちょっと視界が高くなって面白いぞ。それだけだ。冒険者協会の依頼って何のためなのか分からないの多いよな
「……! フリーナ、雨合羽がマジックポケットに入ってるから羽織っておけ 」
「え……?」
ぴょんぴょん跳ねていた意味はあったようだ。空を覆い尽くさんばかりの森の中、その隙間から怪しい雲を発見した。あれは来るぞ
「冷たっ! あぁ、雨が降り出したんだね。ただでさえジメジメしてるのについてないなぁ」
「少し急ぐぞ、密林の雨はフォンテーヌのそれとは全く違うからな!」
──そら来た!
激しい雨が地面を叩き始める。地面がぬかるみ、道をそれた場所で遊んでいたキノコン達も一目散に地面に潜って逃げ始めた。
「……ぁ」
「いててて! あぁそうそうこんな感じだったなスコールってやつは! フリーナ。駄獣にちゃんとしがみついて……フリーナ?」
フリーナの様子がおかしい。なんだ? 彼女は空を見つめて固まっている。上に乗せた人間の異変に気づいたのか駄獣も止まってしまった。賢いなこいつ……
「雨、予言……っ皆が!」
「───フリーナッ!」
あぁそういうことね! 俺は完全に理解した。フォンテーヌじゃこんな雨はまず降らない。激しい風と痛みすら伴う豪雨なんてもってのほかだ。ただ一度、フォンテーヌの全てを呑み込み流したあの日を除いて。
駄獣くんからフリーナを抱き降ろす。軽い上に小さく縮こまった彼女はどこか消えてしまいそうな儚さを帯びていた
「あぁ、沈んで、皆が溺れて……消えてっ」
「こんな雨で沈むかよ! ……あぁくそ、どこか屋根のある場所は」
「モ!」
「駄獣くん!?」
フリーナが降りた事を確認した駄獣くんが走り出す。契約終了ってこと!? 薄情だなおい、俺のあげた夕暮れの実の恩を忘れたのか!
どうやらそうでも無いらしい。彼が走った先には木の幹をくり抜いて作ったような家があった。思い出した……前にここを通った時もあそこで雨宿りしたんだっけか
2.スメール 森の家
とりあえず走ってそこまでたどり着く。幹を叩く雨音が一層強くなった。視界の悪い中であのまま迷ってたら二人とも風邪を引いてたな。一仕事終えたようにふんすと鼻を鳴らした駄獣くんは家の前にある根っこを屋根にして寝転んだ……お前〜!
誰かを招くために用意されたような切り株にフリーナを座らせて、ここまで案内してくれた駄獣くんに密林で採取したばかりのザイトゥン桃を振る舞う。疑ってごめんよ、沢山食ってくれよな。
「……っ、ふ……ぅ」
「フリーナ。水だ……一口含んでゆっくり飲み込め」
俺は水筒を開けてフリーナに握らせた。青い顔をして震える彼女はそれでも一口水を飲んでくれる。よしよし
フリーナの特徴的なまつ毛が何度も震え、恐らく雨だけでは無い雫が瞼の縁から流れる。映影祭の時もそうだが克服したように見えてトラウマってのは根深く彼女の心に突き刺さっているらしい。当然だ
「安心しろ、予言は終わったんだよ。お前は役目をちゃんと果たして皆を救った……もう全てが水に沈むことなんて無いんだ」
「僕は……っ何もできなくて」
「お前が行動したことに意味があるんだ。何もできなかったなんて悲しいこと言うな」
「ルド……ルド、手を握ってて。消えないように、溶けないように……お願いだ」
俺はフリーナの濡れた手袋を外し、冷えた手を握った。痛いくらいに力を込める。ここにお前も俺もちゃんといる。簡単に水に溶けたりなんかしないと伝えてやるように
「……ちょっと、痛い」
「あぁ悪い……これくらいでいいか?」
「うん、そのまま……」
少し強さを弱めてやると、フリーナが指を絡めてきた。俺が握った後がうっすらと赤く彼女の白い手に残っている。
激しい雨音以外何も聞こえないと思っていたが、これだけ近くにいて向かい合っていると、互いの息遣いが聞こえてくる。俺の手を通してフリーナの鼓動まで感じられた。少し脈が速いが少しづつ正常に戻っていってるな。
よく考えると近い! 目を瞑ったまま俯いているフリーナと、跪いてそれを真正面から見る俺の図だ。意識すると途端に気恥ずかしくなってきた。いや、こいつを落ち着かせることが護衛としての仕事であってだな……できる護衛は心も護る! みたいな?
「ねぇ、ルド……」
「なんだよ」
まずいな。今の俺がどんな顔をしているか分からん。フリーナが目を開けないことを祈るが、どうやら目を開けた彼女は俺を見ていないようだった。俺が見えないのか? こんなに近くにいるのに
「誰か来てるよ」
「……は?」
(アランナラの家で男女がふたり。それにこちらが見えるナラ。珍しいこともある)
俺はばっと振り向いて銀の剣を抜きかけた。完全に振りぬかなかったのは、声の主を見つけられなかったからだ。
フリーナに手をほどいて貰って鯉口を切ったままじり……と警戒を続ける。
「……どこだ、気配はある。声もした……透明になれるのか」
「こんにちは。ここは君の家なのかい? ごめんね、お邪魔させて貰っているよ」
(気にする事はない。ここの雨は直ぐに止む……それまでゆっくりするといい)
人が警戒している対象と談笑するんじゃねぇ! と、いつもの俺なら叫ぶだろうが今のフリーナは弱っているし声の主の声色に敵意はない。俺が人を見る目のあるナラで良かったな。ナラって人って意味であってます?
フリーナが自己紹介し始めたので俺も仕方なく剣を納める。ナラフリーナと彼は呼んでいるので人って意味であってそうだ
「察するに精霊……隠れ潜んでいるタイプの生物か。フリーナには見えてるのか?」
「うん。丸くて緑色で、ふかふかだ……可愛い」
「ほーん……」
(そちらのナラは声だけ聴こえるのか)
んだよ。どうせ心の綺麗な人間にしか見えませんって奴だろ。俺の心は長い放浪の歴史で汚れきっているからな。一欠片残った僅かな善性で声が聞こえるなら、元の俺の心は相当澄み渡っていたのだろうよ
(アランナラは大人には見えない。夢を信じる子供の前でのみ、姿を現せる)
「じゃあ僕は子供だってこと?」
(夢を失っていない特別な人間もまた見れる。声だけ聞こえるそこのナラは精神が──ガキ)
「てめこら見えてないからって煽るんじゃねえぞ」
誰がナラガキだ。フリーナの視線からお前の位置は把握してるんだからな。今膝の上に座ってるだろ、何ちゃっかりいい思いしてやがる!
まぁ、思わぬ家主の登場でフリーナのトラウマが治まったようなので良かった。正直あのまま向かい合っていると心臓が持ちそうに無かったからありがたい
俺は雨の降り続ける外を警戒することにした。雨は今がピークってところか、もう数十分もすれば止むだろう。
「君の名前はなんて言うんだい? アランナラ……というのは種族名だろう」
(アランナラでいい。子供も、特別なナラでも別れを告げれば直ぐに思い出せなくなる。これまでそうだった。これからもそうだ)
なーんか悲観してるな。どうせ忘れるから教えなくてもいいってか……子供の前に現れる精霊にしてはスレてるぞこいつ
「やい精霊よぅ。フリーナはお前の思う百倍は特別だ。名前くらい教えてやってもいいんじゃねえのか」
「ルド、そっちに彼は居ないよ。後ろだよ」
だーもう動くんじゃねぇ! 俺はフリーナの視線から奴の位置を探る。どうやら小さな足でちょこちょこと動いているな。そういう動きだ
「そこだッ!」
「ふふ、外れたね。もう僕のところに戻ってきているよ」
フリーナ……!? 視線は嘘だったのか。裏切ったな! 俺は愕然とした。余程間抜けな顔だったのだろう。くすくすと彼女が笑う。クルミが机の上で転がるような音はまさか、笑ってやがるのかアランピリリカ! あ?
「アランピリリカ、それが君の名前?」
(ナラガキのくせに思い出すとは……)
「ナラガキ言うんじゃねぇ。でもそうだ、前にここで雨宿りした時も緑の謎生物と喧嘩して変なあだ名をつけられたんだった」
まさかの顔見知りだった。相も変わらず姿は見えないが、俺の記憶には確かにフリーナの言った特徴を持った精霊がいた。
名前を思い出し、記憶を蘇らせた所で姿は見えないらしい。あぁ、そりゃ悲観的になるよな。俺はかつて彼のことを忘れることは無いと宣言していた。それを名前どころか約束ごと忘れていたのだから
アランピリリカ……そこにいるんだよな。悪い、全てを忘れていた。俺は膝を突いて目線を合わせるように謝罪した。床に着いた手にモフっとした感触が乗る
(子供達も、大人も皆アランナラのことを忘れていく。これは仕方の無いことだ……それでも、お前は思い出してくれた。ナラフリーナも、きっとアランピリリカを忘れることは無いと思う。お前の連れてきた友人は本当に特別なようだ)
「ふふん、安心してくれよ。ルドがまた忘れるなら、僕がその度に思い出させてやるとも。ジェントルマン・アッシャーはそういうことも得意だからね」
物理的に思い出させるのは勘弁な。しかし冗談が言えるくらい元気になったのなら何よりだ。なに、冗談じゃあない? ははは
(雨が止んだな。行く所があるんだろう)
「おぉ、本当だ。今回も世話になったな……ありがとう」
窓の外から覗く空はすっかり雲が通り過ぎ、午後の日差しが部屋に入り込んで来ていた。
駄獣くんも立ち上がって準備万端だな。またフリーナの旅を助けてやってくれ
(なぁ、その後……お前の願いは見つかったのか)
アランピリリカがそんなことを聞いてくる。残念ながらまだ探している途中だと伝えた。そうだな、それを次の約束にでもするか。願いを見つけたら報告に行くよ。フリーナも一緒に聞いているので今度は忘れることは無いと思う
外に出て駄獣くんに鞍を取り付けてフリーナを乗せる。感謝と別れをアランピリリカに告げて森の中を出発した。この時間だと遅くにヴィマラ村に到着するな
(ナラルド。お前の旅に幸運を)
思わず振り返ると、先程までいた家の窓から緑色のふわふわした精霊が一瞬見えた気がした。
3.スメール ヴィマラ村
「お若いの、よく来なさった。何も無い村ではあるが、好きな空き家を使って休んでいってくれ」
村長のアマディアさんに出迎えられて旅の中継地点であるヴィマラ村に到着した。駄獣くんも少し疲れ気味だしフリーナは鞍の上で寝ている。おんぶした時もそうだけどよくそんな所で爆睡できるよな。
一応起こしてみたが効果もないので先程やったように抱き降ろす。軽い……が、消えそうな程じゃない。間抜けな寝顔だ
藁と木を組み合わせたような簡素な作りの空き家に入ってフリーナをベッドに寝かせる。部屋にある調理器具は好きに作っていいとの事だったので俺用の夜食と明日彼女が食べる朝飯を作っておいた。
……うん、レシピは覚えていたからな。スメールと言えばピタだろ、俺はじゃかじゃかじゃーん! とピタを作った。音がうるせぇ
ピタを頬張りながら外に出る。空には星雲がかかり、下を見れば村を二つに分けるように大きな河が流れていた。あの河を上がって行った先に見えるでっかい木がスメールシティだ。下流に進めばオルモス港もある。
……そうだ。そうだな、俺の頭の中にひとつのアイデアが浮かんだ。
熱い砂漠を超えて盗賊に襲われ、さらに密林の雨にトラウマを刺激された……なんて旅はハプニングが勝ちすぎだ。俺は刺激的な旅をあいつにして欲しいのであって辛い旅をして欲しいわけじゃない。
そうと決まればヌヴィレット様に手紙を書かないとな。旅の醍醐味は寄り道にありってやつだ! 俺は紙と筆を取って最高審判官様に向けた手紙を書くのだった