俺はフォンテーヌ生まれ稲妻育ち 作:残雪侍
1.スメール スメールシティ
フリーナと二人でてってこ聖樹を降りていく。外周に沿って作られたスロープは緩やかながら数が多くて結構膝に来るな。登山なんかもそうだがこういう坂道は登りより下りの方が疲労感があるとか何とか。
あと、手すりが低くて見晴らしがいいのは結構だが、ちょっとヒヤヒヤする。フリーナさんや、好奇心旺盛なのは良いけどあまり端の方に行くなよ。ふらっと落ちそうで怖い。
「んー……? ルド、あそこは何だろうね。活気があるみたい」
「おぉ……あそこはトレジャーストリートだな。スメールシティの中でも一番賑わってる場所だ。美味い屋台や特産品なんかはあそこに行けばだいたいある……なになにどした?」
ぐいっとフリーナが俺に顔を近付けてくる。最近の彼女は一体どうしたんだ? やたらと距離を縮めたがるというか……。
「うーん……うん! ルド、何か不安なことがあるようだね」
「…………あぁ、ある」
「ふふん。隠さなくとも僕には───えぇ!? る、ルドが素直に認めるなんて……」
「俺がわかりやすいのは嫌という程理解したからな。否定する時間が無駄だろ」
残念だったな名探偵。自首してしまえばお前の推理を披露するターンはやってこないぞ。ちぇーっと頬をふくらませたフリーナは諦めきれないのか俺の不安の内容を当てようとしているようだ。ま、さっきの話を聞いていれば大体予想はつくだろう。
「……そんなに嫌なことをされたのかい? 彼女、ナヒーダの使者に」
「いや、どちらかと言えば自己嫌悪だな。お前が大変なことになるって言われた時、我を忘れて本気で斬りかかったんだ」
ナヒーダの使者。あの少年について悪感情はそんなに無い。傭兵団に強い発言権を持っていてすんなり俺を解放できるほどの権力者の使者だ。あんなお粗末な挑発、直ぐにハッタリだとわかる。普段であれば問題なく受け流せただろう。
それなのに俺はあろうことか頭に血を登らせて本気の殺意をぶつけてしまった。精神を乗っ取られて好き勝手されていなくても、お前の本質は
「……え、と。それって、君は僕のことになると我を忘れるくらい怒ってくれるってこと?」
「ん? そう言ってるだろ。だから困ったもんだと思ってさ、他の人の名前が出ていたらこんなことには……」
剣を振るう以上、そこに衝動があってはならない。乱れた心で力を使えばあの頃に逆戻りだ。そして、その衝動にフリーナを使ってしまったことが一番恐ろしい。確かに彼女は大切だが、剣を振る理由に使うのは守るためだけにしたいものだ。
……フリーナのアホ毛がぴこぴこしている。どうした?
「ふーん……えへへ。こほんっ! ルド。いいかい? 今の君は僕の護衛だ。するべき仕事はあくまで依頼人を守ることであって敵の排除ではないよ」
「そうだな。冷静じゃなかった……すまん」
「でも、僕の事が大切すぎてそうなってしまう気持ちもわかる。ふふ、本当に仕方ないなルドは! それなら、君が守りやすいように傍にいてあげないとね」
「───。そりゃ、ありがたいことで」
変に嬉しそうなフリーナがぴとっとくっついてくる。とりあえず落ちる心配が無くなったのはいいことだ。しかし引かれる覚悟で理由を言ったはずなんだけどな。なんで上機嫌になるのか分からない。
「さっ! 早く行こう。君のいいところは切り替えの速さなんだから、いつまでも難しいこと考えてないで楽しもうじゃないか」
「わかった、わかったから袖を引っ張るな……!」
簡単に言いやがる……。でも、フリーナがそう言うならそうなのだろう。俺は切り替えた。せいぜいこの浮かれきった依頼人がスリにでも会わないように護衛させてもらおう。
2.スメール スメールシティ グランドバザール
「どうしてこうなった……っ!」
俺は頭を抱えた。ここはグランドバザール。聖樹の根元に位置する地下空間で、工芸品や民芸品の出店や人気の踊り子が所属している『ズバイルシアター』があるスメールシティの芸術中心の区画だ。
俺がまだ十代の少年だった時、一時期ここでお世話になったことのある思い出の場所でもある。商売の手伝いをするために算術を覚えたり色々勉強させてもらったものだ……。久しぶりに会ったというのに皆俺の事を覚えてくれていたようで、親戚が帰ってきた時のように歓迎してくれた。あったけぇ。
そして、その暖かさによって今俺は頭を抱えることになっているのである。
「ルド! 帰ってきてくれて凄く嬉しい! 私ね、あなたに褒めて貰えるように沢山踊りを練習したんだ! また頭を撫でて欲しいな……」
「ルド。この子は誰なんだい? 随分と仲がいいみたいだね。是非紹介してよ……詳しく、ね」
頭を抱えて丸テーブルに突っ伏す俺を挟んで座る二人。片方はおなじみフリーナと、鮮やかな赤い髪を揺らして俺に迫るのは、俺が特に世話になったと言っても過言ではないズバイルシアターの人気踊り子……ニィロウだ。
一つ断っておくが俺は彼女に対して何かした訳ではない。グランドバザールで生活していた頃、たまたま……そうたまたまふらっと立ち寄ったこの場所で踊りの練習中だったニィロウを褒めて、『無銘』の足さばきをちょろっと披露する見返りに飯を提供してもらっただけだ。つまりこの二股がバレたクソ野郎みたいな構図は全くの誤解であることをわかって欲しい。
「フリーナ。この子はニィロウ、俺がスメールにいる間にお世話になった一人だ」
「えっと、よろしくね? フリーナ……さん。ルドをここまで連れてきてくれてありがとう!」
「あぁ、よろしく。随分と彼を助けてくれたみたいだね。感謝するよ……でも、今は僕がいるから安心してくれ」
ばちばち。と両者の眼光から稲妻がぶつかり合う幻覚を見た。この場に雷元素の神の目を持つ人間は居ないのだが……。この二人は仲良くなれそうだなぁと思っていたんだけどな。この空気はなんだい?
はっ、ズバイルさん! ズバイルさんが俺を見ている……っ! シアターの柱の影からこちらを覗く人物。ニィロウの所属する『ズバイルシアター』の支配人、ズバイルさんが俺を見てコクっと頷いた。流石だぜ、この状況を打破する策を持っているらしい。彼には何度も助けられたからな! 今回もきっと俺を助けてくれるはずだ。
「まぁまぁ二人とも、そんなに彼を追い詰めるものじゃない。ルドも困っているだろう」
「ズバイルさんの言う通り! 再会を喜んでくれるのは嬉しいけどニィロウは興奮しすぎだぞ。フリーナもそんなに威嚇するなよ。仲良く、仲良くな」
「ズバイルシアターで揉め事が起こった時のルールは知っているね? フリーナさんも相当できるようだし……お互い、秘めた思いはダンスに込めるといい!」
「第四回! ズバイルシアターダンスバトルの開幕だ!」
「あんた一体何言ってんだ!?」
俺か!? 俺のせいなのか! 久しぶりに再会した人達のテンションがおかしなことになっているのは! というか過去に三回あったのか……。
ばばっと飛び出したシアターの従業員達が目にも止まらぬ早業でステージを整え、チラシと看板を作って外に出ていく。あわわ……!
「ダンスバトル……面白いじゃないか。フォンテーヌを魅了した僕の名声を、このスメールにも轟かせるとしよう」
「わ、私だって! いつかルドに再会した時に沢山褒めて貰えるように頑張ってきたから……っ! 負けないよ!」
ワイワイと集まってきたギャラリー達。俺はニコニコ笑顔のズバイルさんに審査員席に連れていかれた。俺に芸術方面の目利きはないんだけどな! どっちが優れているかとか分からんぞ!
かくして、何を解決する為なのかも分からないダンスバトルが幕を開けたのだった。
3. 先攻 ニィロウ
まずステージに上がったのはニィロウ。こうして見ると背が伸びたんだな……。俺がいた頃はいつもステージの裏で練習している幼い少女だったのが、今やスメールシティの中でも一二を争う人気踊り子とは、感慨深いものである。
そんな彼女のダンスは俺の記憶より格段に上達していた。音楽に合わせて楽しそうに舞うニィロウに、観客も思わず感情を同調させていく。しなやかさ、美しさ。表現力……芸術に疎い俺でもそのレベルの高さがはっきりと分かる。
隣に座るズバイルさんも満足そうに頷いている。お父さんなの?
しかしちょくちょく俺の方に流し目を送ったりウィンクをぱしっと決めるのはアピールなんだろうか。ズバイルさんのこちらを見る目が怖くなってきたのでやめて欲しい。
音楽が最高潮に盛り上がり、ニィロウの舞が激しくなっていく。観客は彼女の作り上げる物語に惹き込まれるように思わず前のめりになる。俺もその一人だ。とてつもない才能……天才と言うべき他ないだろう。
ダンスが終わり、舞台が静寂に包まれる。一拍おいて割れんばかりの拍手と歓声が鳴り響いた。滲む汗すらキラキラと反射させるニィロウは完全にこの場を味方に付けたようだ。満面の笑みを浮かべてステージから降り、俺の方に振り向く。そしててててっと走って来て角飾りの着いたベールを取った。そんな期待するような目で見られてもな……。
「前に見た時よりずっと上手くなってる。頑張ったんだな」
「〜〜〜っ! えへへ……あなたに捧げるための感謝の舞。ずっと練習してきて良かった」
俺はここでニィロウに初めて会った時のように頭を撫でてやった。良いものは良いと言ってやるのが大切なことなのだ。たとえ隣のズバイルさんの顔がすごいことになっていようとな!
頭を撫でられて満足したのかニィロウが俺の隣に座る。さて……お次は我らがフォンテーヌの大スター。フリーナの番だ。
ステージの上に上がったフリーナがこちらをじっと見つめている。えっと……? とりあえず手を振ってみた。
あれは前も見た笑顔ッ! 相変わらず何を考えている顔なのか全くわからん!
「─────」
すぅっと息を吸い込む音が聞こえた。フリーナが歌い出す。
第一声から、大きな波が砂を攫うように全てを呑み込んだ。
4. 後攻 フリーナ
これ……は……っ!
ニィロウとはまた違った
最初の発声でニィロウの側に着いていた観客の殆どを引き剥がし、優雅なステップはその目を一身に引き受ける。
囁くように、しかし次の瞬間に力強く。波のような歌声はグランドバザールの外にまで響いたのだろう。続々と観客が増えていく気配がする。
これ程なのか。ニィロウは確かに天才だ。だが、彼女はまだ発展途上……荒削りな部分もあるのだろう。それに比べてフリーナは一種の極地に至っている。面白いのはそれで勝敗が確定した訳では無いことだが。
「わぁ……」
隣のニィロウが声を漏らしたのを聞いた。彼女の目はステージのフリーナに釘付けになっているようだ。一挙手一投足を見逃さないように、目に焼き付けているのだろう。憶測で話すのは、俺もフリーナから目が離せないから。
綺麗だ──と、そう思った。フォンテーヌの民が劇場に足を運ぶことをステータスだと思うのもわかる。気の毒なのは、ほかの役者がフリーナと比べられることだな。
惜しまれつつ音楽がなりやむ。何だこの人だかり!? ズバイルシアターはどこを見ても人で溢れかえっていた。ニィロウとフリーナの相乗効果恐るべしである。
投げ込まれたモラを躱しながらフリーナが俺たちの所まで降りてくる。真顔も真顔。まっすぐに俺の方に歩いてくる彼女の感情を俺は掴み損なっていた。
「ルド」
「っ! おぉ、フリーナ。凄かったな、えーと……」
「……ん」
フリーナが頭に乗った帽子をとり、ずいっと頭を近付けてきた。ふむ? こういう時どうしてやるのが正解だろうか。
「やっぱりお前は最高だ。大スター!」
「……ふふん」
ニカッと笑ってふわふわとしたフリーナの髪を撫でてやる。満足そうな顔しおってからに……。これで正解だったようだ。
おっとニィロウさん? ふるふる震えてるけどどうされた? よく分からないまま始まったダンスバトルの勝敗は謎のままだが、さすがに肉弾戦はご法度だぞ。
「すごいっ! 凄い凄いよ! フリーナ!」
「ニィロウも、あんなに心を揺さぶられたダンスは久しぶりに見た!」
ニィロウとフリーナが手を取り合ってぴょんぴょんし始めた。やはり俺の目に狂いはなかったのだ。俺の存在がノイズだっただけで、この二人は仲良くなれそうだという予想は当たっていた。
楽しそうに今のパフォーマンスの感想と賞賛を話し合う二人を見ながら、俺とズバイルさんは腕を組み首がちぎれんばかりに頷いた。残像が見える。
5.スメール スメールシティ グランドバザール
人でごった返した会場はお祭り騒ぎだ。そこに勝ち負けは無く、ただ喜びだけがある。いいなぁこういうの……。勝ち負けが絶対にある武術大会じゃ見られない光景だな。
きゅぽんっと音が鳴ったので横を見るとズバイルさんが高そうな瓶を開けていた。まだ昼なんだけど?
「ルド、改めておかえり。旅の途中でもまた顔を見せてくれて俺はとても嬉しいよ」
「……へへ、ただいまズバイルさん。一杯貰っても? 俺、酒が飲める歳になったんだぜ」
「はは、高い酒なんだぞ。欲張りなヤツめ」
お酒を注いでもらってグラスを軽く打ち付ける。
いくつになってもズバイルさんから見たら俺は子供なんだろうな。なんだかこそばゆい気持ちだ。そうだ、お土産は各地域の酒にしようか。帰ったら『湖の光』のおやっさんとも乾杯するんだ。きっと喜んでくれるだろう。
楽しげな音楽とそれに合わせて踊る人達を見ながら俺たちは再会を祝うことにした。