俺はフォンテーヌ生まれ稲妻育ち   作:残雪侍

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旅道の章 終幕

 

 

 1.スメール スメールシティ トレジャーストリート

 

 

「ぐ……うぅ。なんか腹の中から砂漠化が進んでいる気がする」

「ルド、大丈夫かい? 欲張って一人で食べなくても良かったのに」

「いやぁ、特性はともかく味は割と好きでな。はは……」

 

 デーツナンはその特性からしばしば拷問などに使われたりはするが(俺調べ)味自体は素朴な甘さで俺は好きだ。しかしせっかく集まったフリーナの幸福ゲージをわざわざ下げることもないだろう。興味があるのなら今度料理上手と噂の旅人さんに作ってもらうといい。

 干からびていたせいであっという間に時間は過ぎ、時は夕刻。俺たちはニィロウを送るためにグランドバザールの方向へと足を進めていた。トレジャーストリートを彩る屋台は品物を変え、酒やそれに合う軽食が立ち並ぶ。ここで少々引っ掛けてそのまま近くの『ランバド酒場』に客を吸い込む戦法みたいだ。よく出来てる。

 

「ルド、今日の宿はもう決まってるの?」

「ん? いやまだ決めてないよ。この時間ならお前を送ってからでも充分取れそうだしな」

 

 今の時期のスメールシティは大きなイベントも無いし、土壇場で宿が取れませんなんてことは無いだろう。璃月の海灯祭目当ての観光客達だって、わざわざ砂漠越えルートを通る物好き以外はスメールに立ち寄らないしな。

 俺はテイワット観光ガイドのおすすめホテルの一覧を見てみた。うーむ……この辺はフリーナと相談して彼女の気に入る宿を見つけるのが良さそうだ。

 

「それなら! おすすめの宿があるから、そこに泊まるのはどうかな」

「ニィロウの? いいじゃないか! ルド、僕はそれに賛成だよ」

「ふむ……フリーナがそれでいいなら、おいこっち見ろよ」

「さぁ行こうニィロウ! 案内よろしく頼むよ」

 

 相変わらずフリーナと目が合わないな? さっきからずっとこんな感じだ。疑問は残るがニィロウが先導を始めたのでそれに着いていく。外国からの観客もよく来るらしい彼女のことだ。どの宿が良かったとかの情報はすぐ入ってくるのだろう、これは期待が持てそうだぜ。

 

 

 2.スメールシティ グランドバザール 『アヌンナ寄宿』

 

 

「俺の下宿先じゃねぇか!!」

 

 俺は吼えた。眼前にそびえたつのはかつての俺の住処。金なし宿無しトゲトゲだった根無し草を受け入れてくれた暖かみハウスである。少し年季の入った木組みの家だが、内装はしっかりとしているので不便ということはない。しかしだな……。

 

「ここってほぼ民家だったろ、シーズンで予約した時だけ開けていたような。急に押しかけて大丈夫なのか?」

「ここの女将さんがね、ルドがいつでも帰って来れるようにって部屋をそのまま取ってくれてるんだ。部屋の空きはあるからフリーナも泊まれるよ!」

「そんなこと言われたら泊まるしかねえだろ……!」

 

 ただいまおば様っ! 俺は扉を勢いよく開け放って玄関先の受付にいる女将さんに駆け寄った。あの頃より三割増で元気になった俺を見て女将さんも嬉しそうにしてくれ……たのだが、俺の後ろにいるフリーナを見て雷に打たれたかのような顔になった。どうした?

 

「ちょっとニィロウちゃん……!」

「うん、 ルドがついにね……っ!」

「おい、二人でこそこそ話すのはやめてもらおうか。分かってると思うが部屋は別だからな!」

 

 油断も隙もねぇ! 俺は前回借りてた部屋を、フリーナはその隣の部屋な!! 俺は宿帳にそう記入した。嫁入り前の女子を同じ部屋に詰め込もうとするんじゃない。

 

「ほらフリーナ、部屋の鍵。俺は部屋に荷物置いたらニィロウを送るから、自由時間にしていいぞ」

「う、うん。ありがとう」

「……? なぁ本当に大丈夫か? カフェの時から様子が変だが──」

「だ、大丈夫っ! なんでもないんだ!」

 

 なんでもないならその反応はないだろう。もしや体調が優れないのかと熱を測ろうとしたが逃げられた。なぜ?

 俺が何かを言う前にフリーナはそそくさと部屋に向かっていった。伸ばした手が行き場を失って宙を彷徨う……。

 

「……ねね、ルド。帰る前にズバイルシアターによってもいいかな」

「そりゃいいけど、ニィロウは何か知らないか? フリーナの様子がさっきからおかしいんだが」

「着いたら教えてあげるね」

 

 ニィロウはフリーナの変化に心当たりがあるらしい。なら、俺もさっさと荷物を置いてこよう。あまり遅くなってもニィロウの家族が心配するしな。

 

 

 3.スメールシティ グランドバザール ズバイルシアター

 

 

「……おぉ、真っ暗だ。あんなに賑やかだったのに撤収が速いんだな」

「今日は特別。ズバイルさんに頼んでおいたんだ」

 

 グランドバザールの最奥、大きなステージを中央に構えるズバイルシアターはすっかり灯りを落とし、不気味さを覚えるほどにしんと静まり返っていた。

 

「ここに照明の装置が……よし」

「…………薄々分かってたが、忘れ物をしたってわけじゃないんだな」

 

 ジジ……と音がなり、ステージに最小限の灯りがつく。舞台袖の装置を操作したニィロウがステージの上に立ち、それを俺が見上げる構図だ。さすがはステージの照明、光は弱くとも舞台に上がる役者を良く見せている。

 

「この光景前にも見たな。ニィロウと初めて会った時と同じだ」

「そうだよ。私とルドの最初の思い出、この後は憶えてる?」

 

 俺は舞台に続くスロープを歩き、ステージの縁に腰掛けた。俺の隣に座ったニィロウが嬉しそうにする。合っていたらしい。

 

「フリーナからね、色々聞いたんだ。ルドがフォンテーヌで無茶してること」

「うぐ、聞かれちゃったか……無茶は確かにしたけど、あれは必要な事だったんだよ」

「大丈夫だよ、フリーナは責めてるわけじゃなかったし、私はちょっと嬉しいんだ」

「嬉しい?」

「昔のルドは誰かの意思で動く人形みたいだったんだよ? お願いはなんでも聞いて、多分悪い事を命令されてもそういうものって流してたでしょ」

「…………」

 

 それはまさに雇われ決闘代理人時代の俺だな。あのまま善悪の判断を相手に委ねていたら、そしてあの依頼人の少年が居なければ今頃良いように使い潰されて要塞の中ってのも充分有り得る話だった。ちなみにあの子は今でも俺に手紙をくれる。あの後養子に貰われて、今度留学に行くそうだ。頑張って欲しいね。

 

「今のルドは自分で考えて決断してる。その結果が無茶なのはちょっと心配だけど、ちゃんと生きてるって感じがして嬉しいんだ」

「昔の俺そんなに死人だった? どんな気持ちで一年一緒にいたんだよ」

 

 おかしいな? 俺の記憶では今とそう変わらない愉快なお兄さんだったと思うんだけど……話を聞く限り誰がどう見ても要介護者だ。主観ってのは当てにならないもんだな。

 さて、このまま思い出に浸るのも悪くないが、まだ聞きたいことを聞けていない。フリーナの謎行動について聞かせてもらおうじゃないか。

 

「あの子には自分の気持ちに正直になってもらったの」

「なんじゃそりゃ……? 」

「だって、そうじゃないと諦めきれないでしょ?」

 

 諦め……。何をどう諦めるのか、それがフリーナとなんの関係があるのか。俺の中にいくつも疑問符が浮かび上がる。

 

「ねぇルド、あなたにとって私は何かな?」

「どうした急に? もう言ったと思うけど、恩人で、妹みたいに大切な存在だよ」

「うん、そうだよね。私が言ったんだもん『家族になろう』って」

「ニィロウ?」

 

 立ち上がったニィロウは俺に背を向けてステージの中央へ向かう。月明かりのように僅かな照明が彼女を照らした。

 

「ルド、聞いて。私ね……あなたの全部が欲しい」

「私だけ見て、私にだけ声をかけて、頭を撫でて欲しい」

「兄妹じゃない『家族』になって欲しいな」

 

 それは俺が旅立つ前日に彼女に言われた『家族』の真意だった。

 俺はどうやらとんだ勘違いをしていたらしい。妹分などと、家族ごっこの延長線のものとして彼女の告白を扱ってしまった。

 この告白をどう受け止めるべきなのか……俺の答えは決まっている。

 

「…………それは、できない」

「……」

 

 親愛、友愛は確かに感じている。恩義ももちろんある。しかしそれは家族愛とか呼ばれるものに近い。彼女の気持ちに応えるには圧倒的に足りないだろう。

 ニィロウが力無く数歩後ろに下がる。慌てて俺も立ち上がった。駆け寄る? 傷つけた原因の俺が? 分からん……! 謝るべきなんだろうか? こういう時どうしたらいいのか分からずおろおろしている間に、俯いて表情の見えないニィロウがふるふると震える。

 

「んんん〜……っ!」

「!?」

「よし───喧嘩しよ。ルド」

「……はっ!?」

 

 ニィロウが虚空から元素を束ねて剣を取り出す。剣舞に使うには少しゴツくない? 鈍器のようなそれを軽々と、数回振り回した彼女と目が合った。

 

「見て、私はここまで頑張ったよ」

「──っ!」

 

 彼女の舞う花神の舞。ここで過ごした間毎日のように見続け、つい先刻も披露して貰ったはずの動きは、新たに合流してきた流れを受けて変質する。

 独特の歩法、水流のように不規則な体捌き……見覚えのありすぎる型に俺は思わず身構えた。

 

「手加減は無しだよ。私の積み上げてきたもの、責任取って全部受け止めてね!」

「待て待て! さっきまでのしっとりはどこいった……っうおぉ危ねぇ!」

 

 飛んでくる水月をさっと半身になって躱す。そういやニィロウが神の目を戦闘に使っている所は初めて見た。俺は帯から銀の剣を鞘ごと抜いて、すっぽ抜けることのないように紐で縛り付ける。溜まりに溜まった不満をぶつける兄妹喧嘩ということなら、甘んじて受け入れてやろう。『無銘』を使う兄弟子として、負けてやるつもりはないけどな!

 

 

 4. グランドバザール ズバイルシアター

 

 

「はああぁ!!」

「ふっ!」

 

 ニィロウは本当に才能のある子だ。水月をたたき落としながらひしひしとそう思う。一度見せた『無銘』を記憶だけで再現し、反復……それを自分の本職の舞と掛け合わせて昇華するとかとんでもないな! 結果、三方向から同時に襲い来る水の斬撃を受け流す羽目になっている。左右と前方、後ろに下がる選択肢は無い。前方の攻撃をやり過ごして距離を詰める。

 

「甘い……っよ!」

「んな!?」

 

 叩き割られる小瓶に、突如生み出される草原核。爆発するまでタイムラグがあるはずのそれは俺の記憶より大きく、即座に起爆する。

 鞘を盾に、硬い実の破片をやり過ごして距離を離す。庇いきれなかった頬から血が滴った。

 

「元素反応はずるだろ……その瓶の持ち主に覚えしかないし」

「私の神の目をみたドリーさんから貰った草元素の濃縮瓶だよ。ルドにはこれくらい余裕でしょ?」

 

 ……余裕そうなのはあの爆発の中心にいて傷一つないニィロウの方だと思うんだが。長期戦は間違いなくこちらが不利だな。

 血を拭って再度構えをとる。遠距離は水月。近寄れば草原核……。どうしよう普通に強いぞ?

 

「私はあなたに相応しい人になる。隣で一緒に戦えるくらい強く……!」

「気持ちは嬉しいけど……っ! そんな強さはあんまり! いらないぞ!」

 

 弾いて、受け流して、躱す。ニィロウのステップは淀みなく、『無銘』と通常のリズムを切り替えながら回る。飛んでくる水月さえなければ綺麗でずっと見ていたいが、鞘に括りつけた紐が切れそうだ。さっさと決めなければ怪我をさせてしまう。

 

「手加減しないで……っ! どうしてそんなに優しくするの! もっと怒ったり、叱ってよ! フリーナにするみたいに……!」

「ぐ……っおおォ!」

 

 縦横無尽に迫る水月を無理やり叩き落として前に出る。少しくらい切り刻まれても痛くも痒くも無いね。なんだかよく分からないことを言われているが、昔の俺にそんな無茶ぶりでもしていたのだろうか? 俺の記憶のニィロウはずっといい子だったけどな。まさかデーツナンのこと言ってる? あんなのは可愛いもんだろう。こちとら手首の関節外されたり溺れさせられたりしてるんだぞ!

 

「───ニィロウっ!」

「ううぅ! 『波の花と共に……舞を』!」

 

 ニィロウの目の前まで肉薄した所で、彼女の神の目が光る。元素爆発……水の花が開くように、周囲を激流が支配する。花弁の一つ一つに水月が飛び、瓶から飛び出た草原核が場所を選ばず炸裂した。

 

「──はっ、は……っ」

「……お前に『無銘』は似合わないよ。ニィロウ」

 

 自爆技とでも言うように炸裂した草原核を自分と合わせて四つの刃で切り払い、ぴたりとニィロウの首筋に鞘を当てる。喧嘩は俺の勝ちだ。

 ……怪我は、無さそうだな。俺の服はズタボロになったが、お互い怪我が無いようで何よりだ。俺は分身を消して鞘を帯に戻した。

 

「……ぁ、る、ルド。私……っ!」

「てい!」

「あいたっ!」

 

 俺は我に返ったように瞳が揺れるニィロウのデコを小突いた。涙目になって蹲るニィロウと一緒にしゃがみこみ、頭を撫でてやる。

 

「あのなぁ、我儘までいい子すぎるだろ。俺に普通に接して欲しかったんなら、もっとめちゃくちゃに困らせて貰って良かったのによ」

「だって、ルド……今にも壊れそうで、消えちゃいそうで……っそれなのに無理して笑ってて。そんなこと」

「そうだった……じゃあ今日からだな。ニィロウには感謝してるし、これくらいの癇癪ならデコ小突いてちゃんと叱ってやるよ」

 

 兄貴だからな。と笑いかけてやれば、ニィロウの目から大粒の涙がこぼれ、俺にもたれかかってわんわん泣かれてしまった。これも罪になったりしないだろうか……? ちょっと怖くなってきたな。

 

 さて……、ニィロウをあやすように背中を擦りながら、辺りを見回す。最後の彼女は明らかに興奮状態だった。あの目を俺は映影祭の時にも見ている。

 そして、ステージの隅、舞台袖の暗闇にそれを見つけ睨みつけた。

 

「決着は必ずつける。大人しく稲妻で待ってろよ」

 

 ニィロウに聞こえないように小声で呟く。

 虚空に貼り付けたように浮かび上がる翁面が笑っているかのように震え、消えていった。人の妹分に手を出したんだ。覚悟しておけよ。

 

 

 5. グランドバザール 『アヌンナ寄宿』

 

 

 あの後落ち着きを取り戻したニィロウを無事家まで送り届けて、俺は宿まで戻ってきていた。女将さんによるとフリーナはもう入浴等を終えたようで、俺もさっさと風呂に入る。

 今日はもうフリーナとは話せないだろう。というかズタボロの服を見られる訳にはいかない。使うなって言われた天賦も使っちゃったしバレたらやばいのでな!

 明日はいよいよ璃月に向かうんだ。疲れもあるしさっさと寝ちまおう。

 

「……おかえり」

 

 隠蔽難易度爆上がりである。部屋を開けるなり、こじんまりとした部屋の隅に置かれたベッドの上に我が雇い主を見つけた。もこもこしている割に防御力が低そうなパジャマ姿は大変可愛らしいが、お腹冷やすぞ。

 

「鍵かけてたはずなんだけどな?」

「女将さんがマスターキーを使ってくれたのさ。頼んでみるものだね」

 

 何やってんだ女将さァん!! 俺は心の中で叫んだ。気が緩んだのが良くなかったのだろう。するりと手に持っていたズタボロの服がハサミによって掠め取られる。しまった!

 

「君、これ! ニィロウと話をしただけじゃ無かったのかい? この傷の深さ……まさか!」

「…………はい、ごめんなさい。使いました」

 

 俺は白状した。しっかり正座して頭を下げる。ぽこぽこと叩かれながら俺はこれまでの経緯を説明した。つまり何もかも師匠が悪い! そういうことにしようぜ?

 

「いや……これは僕のせい、かな」

「なんで?」

「ジェントルマン・アッシャー!」

 

 フリーナの言葉に端で待機していた紳士が俺を触手で持ち上げてベッドに叩きつける。ベッドに腰かけたままのフリーナがそのままの姿勢で飛び跳ね、俺の肺が無理やり押しつぶされて変な声がでた。

 

「が……っは、フリーナ、何を……!?」

「あぁごめん! そんなに強くするつもりじゃっ!」

 

 すぐに歌い手さんが呼ばれて俺を癒し始める。じんわりとした快感が全身を包んで瞼が重くなっていく。もう寝ちゃおっかな……疲れたし。

 

「よいしょっと」

「まて、何をいそいそと俺の隣で寝ようとしてやがる」

 

 眠気スっとんだわ。お前さ、「男はみんな狼なのよ」とかナヴィアさんあたりに教わってないワケ? ヌヴィレット様はどういう教育をしてらっしゃるのかしら……っ! 焦って支離滅裂なことを言いながら俺は精一杯端によって逃げた。くそ、壁際の方に叩きつけられたせいで抜け出せねぇッ!

 

「ニィロウから全部聞いたんじゃないのか……っ、僕が……その」

「正直になるようにとは聞いたけど、何に対してだよ、まさか俺を社会的に殺すこととか!?」

「違うよ!」

 

 背中に身体が押し付けられる感触。今の俺は感覚が研ぎ澄まされているせいで体温から柔らかさまで鮮明に感じ取れる。

 脇から手が周り、俺の胸で早鐘を打つ鼓動を確かめるように固定された。おぉお落ち着け! フリーナに動揺していることを知られるのはなんか嫌だ!

 

「ルド、こっち向いてよ。話しにくいじゃないか」

「耳元で喋るなこそばゆい。向き合って欲しいのなら少し離れろ……っ」

「ふぅん……? やっぱりそのまま聞いててよ。顔を見れなかったのは、意識した途端恥ずかしくなっちゃったのが原因で、決して君を嫌っているとかそういうのでは」

 

 耳が熱い。フリーナがなにか話す度に、ぎゅうぎゅう身体を押し付けられるわ息継ぎの吐息が嫌にはっきり聞こえて死にそうだ。

 熱に浮かされたようにぼーっとフリーナの言葉を聞き流す。こいつ、本当に綺麗な声してるな……。あぁそう。嫌われたわけじゃないなら良かった。

 

「それで、つまり……僕はっ」

「…………フリーナ」

「ひゃっ」

 

 胸に当てられた手を握って、その場でくるりと寝返りをうつ。なんだよ、俺を手玉にとって余裕そうなのかと思ったけど真っ赤じゃないか。

 

「『それ』はもう少し待っててくれ。俺達はまだ旅の途中で、そういうのはちゃんとお互い万全の状態の時にな……」

「ぅ……うん」

 

 よし。俺は力尽きてベッドに全体重を預けた。どっと疲れと眠気が帰ってくる……。こんな状態で聞くような話じゃ無さそうだからこれが正解だ。

 

「…………自分の部屋に戻らないのか?」

 

 ぽすっと俺の胸に頭が預けられた。アロマのような香りが鼻腔をくすぐってさらに眠気を加速させる。言葉は無いが、ぐりぐり頭を押し付けてベストな位置を探している辺り、そういうことなのだろう。

 ……猫みたいだな。俺はふわふわの髪を数回撫でて、意識を手放した。

 

 

 6. スメール オルモス港 船着場

 

 

「ほんっ……とうにごめんね! 昨日の私、どうかしちゃっててっ!」

「ニィロウのせいじゃ無いから安心しろ。全部うちの師匠が悪い」

 

 翌日。スメール観光を終えた俺達はまたスクリューを唸らせて川を下り、スメール璃月間の便が出ているオルモス港までやってきていた。

 事前に伝えていたのでニィロウも見送りに来てくれている。遠くにいるのはグランドバザールの人達か。仕入れのついでに見送りに来てくれたんだな。あったかファミリーめ……。

 

「フリーナ。ルドのこと、よろしくね」

「うん。任せてくれ」

「それで、昨日はちゃんとできた? 同じ部屋に入る作戦までは上手く──」

「わあぁ! そ、その件はまた手紙で相談するから、ここではやめてくれ!」

 

 フリーナとニィロウがよく分からん話をしているのを横目に乗船手続きをしに行く。女の子同士の会話に挟まるのも自殺行為だからな。

 ぱぱっと手続きを終えてフリーナ達の所に帰ろうとすると、目の前に見慣れた笠姿が立ち塞がる。お、お前はっ!

 

「笠っちじゃん。何、お使いか? 偉いな」

「……君、僕のことをなんだと思っているんだ?」

 

 そりゃお前、切れるナイフのような飛行少年だろ。今更生中の……まで言って思い切り睨まれた。だがそれも一瞬で、ため息をついて彼が続ける。

 

「……使いというのは間違ってはいないよ。神からの言伝を預かっている」

「ほう? 」

「これから先、君の流派絡みで何が起きても気をしっかり持つように、だってさ」

「……知ってるよ。師匠だからな」

 

 昨日の件だけじゃない。何かしら俺に関わりを持った人間の心の隙間に干渉してそれを増幅させたりなんだりをできるのだろう。目的はわからんが、油断はできない。

 俺は忠告に感謝して通り抜けようとしたが、笠っちはまだ何か話したいことがある様子。なんだよ?

 

「……悪かったね。いきなり襲いかかって」

「!? 驚いた。お前そういうの言わないタイプだと思ってたぞ。草神様の教育の賜物だな」

「謝罪の言葉くらい茶化さず受け取りなよ……!」

 

 なははは。

 と、そうだ。俺はまだ彼の本名を聞いていないことを思い出した。どう考えても偽名の笠っちより本当に名乗りたかった名前があるんじゃないのかい? 悪いと思うなら教えろよぅ。とだる絡みすると、本気で俺を鬱陶しそうに見ながら耳を貸せとジェスチャーされる。

 

 …………ほうほう。ふーん?

 

「んだよ、そっちのがいい名前じゃん」

「……うるさいな、用は済んだ。さっさと行きなよ」

 

 ぶっきらぼうに見えて内心すごく嬉しそうだな。本人も気に入っているのだろう。そういう顔だ。

 辺りが慌ただしくなってきた。そろそろ乗船の時間だ。改めて感謝を伝えてフリーナと合流する。どうやらそっちの話も終わったらしい。

 

「そんな顔しなくても、また会いに行くよ。手紙も送るしな」

「……うん」

 

 寂しそうな顔をしたニィロウの頭を撫でた後、船に乗る。デッキに乗り出したフリーナと一緒に手を振ると、涙は浮かべつつも満面の笑みで彼女は手を振り返してくれた。

 船が出航する。短い滞在期間だったが楽しいスメール旅行だった。

 

「……君、先に聞いておくけど璃月にもニィロウみたいな仲のいい女の子、作っていないだろうね?」

「何をおっしゃるフリーナさん。そんな人…………居ないぞ?」

「絶対いる顔じゃないかー!」

 

 ぽこぽこと叩かれながら俺はこれからの事を考えていた。璃月に着いたらまずは観光と、旅人さんがいるなら合流してみるのもいいな? あの人のことだ、また面白そうなことになっているに違いない。決して変形テントの作者を聞き出すためでは無いぞ。

 璃月にも世話になった人がいるからな。そうだ、やたらと俺の事を興味深そうに見ていた物好きな少女は元気だろうか? あの子とそのお爺さんには特に世話になった。時間を作ってお礼を言いに行くべきだろう。

 

「やることいっぱいで楽しいなフリーナ!」

「わわわっ、なんだい急にっ! 」

 

 ともあれ、俺の最優先事項はフリーナを楽しませることだ。どれだけ楽しい旅行レポートを提出できるかによって、俺がフォンテーヌに戻った時の命運が決まるからな。

 波を掻き分け船は進む。どうか璃月では真っ当に面白いことが起こりますように……。

 

 




寄り道編はこれにて終幕。次回からは璃月海灯祭編の始まりです。
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