俺はフォンテーヌ生まれ稲妻育ち   作:残雪侍

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海灯祭の章・第二幕

 

 

 1.璃月 璃月港 法律相談事務所 応接室

 

 

「では、久しぶりにお前の相談を聞こうじゃないか。少年?」

 

 薄暗い部屋。中央に置かれた長テーブルには書類がうずたかく積まれ、その隙間から覗くのは青緑色の瞳。俺の事を少年と呼ぶ彼女は興味深いものを見るように口元を歪め、側頭部から生えた明らかに人間の特徴ではない乳白色の角を撫でながら俺の言葉を待っている。

 

「最初に断っておくが、あくまで無料なのは相談までだぞ? 本格的な依頼であれば割と高額な料金を払って三ヶ月以上の予約を待ってからだ。そんな多忙な私が時間を作ったのは、相手が可愛い教え子だからということを忘れるんじゃあないぞ」

 

「さぁ! 聞かせてくれ、ペットに水神の名を付けてしまったのか? お前の仕事の宣伝文句に誇張表現があったのか? さぁさぁ!」

「……俺の聞きたいことはたったひとつだ、煙緋先生」

 

『先生』俺にそう呼ばれた事に何かくるものがあったのか、彼女はさらに笑みを深めてウンウン頷く。テイワットで群を抜いて法律に精通していると言っても過言ではない彼女なら、俺の抱える悩みもきっと解決するはずだ。俺は重い口を開いた。

 

「…………『隣人泣かせすぎ罪』の条件と謝罪で済ませられる回数を教えてくれ! このままじゃ俺、海に還っちゃう!!」

「なにそれ知らない」

 

 俺は泣いた。

 

 

 2.経緯説明

 

 

 経緯も何も無い。あの後宿に荷物を置いた俺はフリーナに断ってここ『煙緋法律事務所』に相談にやってきていた。先生は俺がフォンテーヌに行く際、そこで暮らしていく為の法律を叩き込んでくれた恩人である。表向きは挨拶と世間話ということにしているので、フリーナには部屋の外で待ってもらっている。

「まず最初から説明しろ」との事だったので、俺の脳内空間であったことを先生に説明した。元々朧げな記憶だが要点は伝わったはずだ。

 

「ふぅむ。夢の中で怪しげな妖怪共に告発され、自決しようとする所でそちらの最高審判官に判決を下されたと……夢じゃないのか?」

「夢ならあの人がわざわざ手紙で書かないだろ! どこで観測されてるのかも回数超えたら何が起こるのかも分からない。もうどうしたらいいのかっ!」

「名前の通り、君の隣人を泣かせないようにすればいいのでは?」

「俺からフリーナをからかう事をとったら何も残りませんよ」

 

 俺は大真面目に答えた。先生は苦笑いだ。元気になった俺を喜ぶべきか、変な方向にズレてしまった事を指摘するべきか迷っている顔である。失礼だな?

 

「……うん。お前の癖はどうあれ、興味深い事には変わりない。私の知る限りフォンテーヌにそんな罪は無いはずだ。そもそも、謝罪が罰となるなら法廷など要らない。罪と名付けられた時点で罰は下り、それは懲役や罰金として現れるものだ」

「……じゃあ、本来罪でもなんでもないものをヌヴィレット様が罪にして俺に判決を下したって事か。なんの意味があって?」

「その通り、ならば罪状の内容より、なぜそうする必要があったのか? を考えるべきだな」

 

 なぜ……なんでだ? うちの最高審判官様は真面目な顔して大ボケをかましてくることがあるのでこれも実は盛大なジョークだったりするのかな。

 俺が馬鹿なことを考えている間に煙緋先生はひとつの仮説を見出したらしい。余裕そうな笑みの口元はそのままに、若干目付きが鋭くなっているのは彼女が仕事モードに入ったことを意味する。

 

「少年、お前の頭の中で起こった出来事は夢と言っていいものだ。その中で出てきた告発や契約をバカ正直に守る必要は無い……しかし、お前はそれを受け入れ命を絶とうとしたんだったな?」

 

 そうだ。あの時俺は自分の終わりを受け入れて刃を突き立てようとしていた。だってそのまま死ぬと思ってたし、あそこで復活しても合わせる顔が無かったし……。うにゃうにゃとそんな事を言えば睨まれた。ごめんなさい!

 

「覚えておけ。どれだけ無茶苦茶な内容でも、一度同意した契約を取り消すのは簡単じゃない。ましてお前は凡人、相手が得体の知れない人外なら尚更だ」

「……」

 

 記憶の中の翁面が笑う。あの柔和な笑みを、目の奥の深淵を思い出す。

 もし、あのまま俺が諦めたままで、ヌヴィレット様が判決を下しに来なければどうなっていたんだろうか? 身体はフリーナが治したとして、中身は果たして俺のままだったんだろうか。

 

「見えてきたみたいだな? やはりお前は頭がいい」

「『隣人泣かせすぎ罪』の真意は別にあり。師匠は俺を見逃す代わりにヌヴィレット様と何か契約した可能性があると、そしてまだ俺は狙われている……そういう事だな?」

「仮説だよ。なんにしても、忠告の意味をよーく考えて行動することだな。私としても、せっかく元気になったお前が無茶をやらかして傷つくのは見たくない」

 

 相談は終わりだ。と煙緋先生はいつもの調子に戻った。これ以上詳しく聞くなら相応の料金と時間を支払う事になるだろう。

 …………カッコつけてみたが結局は、フリーナと仲良く楽しくやっていけって事だ。どうせならもうちょっと深刻そうな名前にしろよな。

 

「あ、おかえりルド。随分と長話だったね」

 

 煙緋先生に礼を言って部屋を出ると、待合室になっているフロアで寛ぐ雇い主を見つけた。長話をしたつもりはないんだが?

 

「フリーナねぇね! コーヒーのおかわりはどう……あれ、お話はもう終わったの?」

 

 ぴょこんと角から飛び出る小さな人影。動く度に頭の横についた鈴がちりんと音を鳴らす。この子は……!

 

「───まさか、煙緋先生の隠し子゛ッ!?」

「阿呆」

 

 後ろから法典で殴られた。

 

 

 3.璃月 璃月港

 

 

「ね、ね! ルドにぃに、チ虎魚焼きは美味しい? 熱いから気をつけて食べるんですよ〜」

「あぁ、美味いよ。でもなヨォーヨ、そんなにじっと見られると食べにくくてな」

「あ、お口にタレが付いてる。ヨォーヨがとってあげるね!」

「聞いてる?」

 

 拝啓煙緋先生。なぜ俺はこの幼い少女に甲斐甲斐しくお世話をされているのでしょうか? この状況、いつ通報されて千岩軍が飛んできてもおかしくはないが、そうならないのは隣にフリーナが居てくれるからだろうか。

 

「楽しそうじゃないかルド。この中原のもつ焼きも美味しいよっ!」

「もごッ……ッ!?」

「あっ、そんなにいっぺんに食べると消化に悪いのに……」

 

 口の中を灼熱の串が支配する。棒状になっているものを人に突きつけるのはやめような! 俺はすぐさま水を生成しようとしたが、それより早くヨォーヨが水筒を差し出してくれる。用意が良いねぇ。

 

「じゃなくて! 一体どういうことなんだよ。ヨォーヨは俺を世話するように誰かに頼まれたわけじゃないんだろ?」

 

 生憎と俺は小さな女の子にお世話されて喜ぶほど終わってない。横で聞いてるフリーナもそうだそうだと言っています。

 やっと俺の言葉を聞いてくれたのか、ヨォーヨは両頬に手を添えてうっとりと俺を見つめた。ひぇ……っ!

 

「煙緋ねぇねから聞いてたんだぁ……少し目を離すと消えちゃいそうで、隣に人が居ないとダメそうな人がいるって。想像してた感じとは違うけどこれはこれで……」

「なぁフリーナ。俺ってそんなにヒモ適性あるの?」

 

 俺は真顔でフリーナの顔を見た。あっ、おい! 目をそらすんじゃない! 裏切られた俺の左手を小さな手が握る。子供体温でぽかぽかしてて肌触りもいい。これで頭でも撫でられたらさぞ……はっ!? 俺は何を!?

 

「安心してね。ヨォーヨが今までの分沢山お世話してあげますからね〜……」

「いやいや、大丈夫だ。俺はこう見えても故郷でちゃんと定職についててだな……!」

「そ、そうだよヨォーヨ。ルドはこのままでも十分上手くやっていけるとも!」

「フリーナねぇねもだよ?」

「へ?」

 

 おっとぉ〜? ヨォーヨのまん丸とした瞳がフリーナを捉える。ほう、さっき俺を待ってる間に相当甘やかされたと……お世話され慣れてるもんなフリーナは。

 俺は小さくなって背中に隠れたフリーナと共に後ずさろうとした。しかし握られた手を振りほどくことができないっ! い、良いのか……? 俺はここでヨォーヨに育てられるのが一番の幸せなのでは無いかと思い始めていた。

 

「あっ、もうこんな時間だ。今日はこの後師匠の所で槍のお稽古だから、また遊ぼうね! あと、明日は奥蔵山で閑雲おばちゃんの凧作り教室があるから来て欲しいな。またね〜!」

 

 ここまで来て育児放棄だと!? 俺は風のように去っていくヨォーヨを涙ながらに見送った。

 

「それよりフリーナ。聞いたか? 凧作り教室だってよ」

「うわっ、急に正気に戻らないでよ……。奥蔵山って確か仙人が住む山じゃなかったっけ?」

「そう、仙人だ。覚えてるか? いつかのカラクリ仕掛けのテント、それにヨォーヨが背負ってた籠の中にいたうさぎちゃんをよ!」

「……?」

 

 小首を傾げたフリーナに俺は説明した。あのうさぎ、ただのぬいぐるみじゃなかった。まるで生きているかのような毛並み、精巧な技術が詰め込まれた一級のカラクリだ。この二つの作品は同一人物が作り上げたものでは無いだろうか? 人間離れした技術も作者が仙人なら納得が行く。

 

「なら、凧作り教室に行ってみるかい? 仙人は気難しい性格をしているとも聞いたけど……」

「そうだな、目指すのはお友達価格でのカラクリ入手だ。時間をかけてじわじわ仲良くなる為にも、参加してみるのが良いかもな」

「僕は諦めた方がいいと思うけどなぁ……」

 

 なんてことを! 俺は再び思い描かれたワクワク野宿計画をしっかりと抱きしめた。もう手放さねぇぞ。

 しかし相手が仙人なら相応の準備がいるだろう。手土産は必要だろうか? 下界のもので釣ろうなどと……とか言われたら嫌だしどうしたもんか。とりあえず俺はフリーナの手を取りつつ立ち上がって旅館に戻ることにした。凧のイメージも固めなきゃだしな。

 

「えっ……おにーさん?」

「ん?」

 

 ふと、懐かしい呼び名を聞いて足を止めてしまった。声の主に覚えはないから人違いかもしれないが、とりあえず呼ばれた方向を見る。

 まるで喪服のような黒装束に、頭の上に乗るのはどこか見覚えのある帽子。長い黒髪をツインテールにまとめた少女が大きく目を見開いてこちらを見ていた。梅の花によく似た瞳がふるふると震えている。

 

「……あぁ、胡堂主のお孫さんか! 久しぶり。大きくなったな!」

「ねぇルド、紹介してよ。()()()()()。ねぇ」

 

 スンっと表情が抜け落ちたフリーナにガクガク揺さぶられながら俺は紹介した。璃月港の葬儀屋である往生堂、堂主であるお爺さんとその孫に当たる胡桃は俺を一年間客卿として住まわせてくれたのだ。特に教えられるものも無い俺をお爺さんは豪快に笑って受け入れてくれたし、小さく無邪気に動き回る彼女のイタズラは無気力だった俺に多くの刺激を与えてくれた。

 しかし今の彼女はなんというか、落ち着きがある少女に成長したな? 俺の予想とは少し外れたが往生堂の次期堂主になるならそういう礼節も大事なのだろう。

 

 あれ、えっ、ちょっと!?

 

「……ぐす」

「あ、あの胡桃? どうした何で泣いてんだ!?」

「ル、ルドっ! 何したのか知らないけど謝ろう!? こういう時はだいたい君が軽率なことしてたり思わせぶりな態度してたパターンじゃないか!」

 

 俺を女と見ればすぐ粉かける最低野郎に仕立てあげようとするんじゃねェ!!

 しかしこの状況はまずい。胡桃は涙ぐんだかと思えばその両目から大粒の涙を流して子供のように泣き出した。こんな道の真ん中で大泣きする女の子とか絵面がやばいし今までこの子が泣いた所を見たことがないのだ。俺何かしたっけ? 特に何事もなく円満に旅立ったと思うんだけど実はやらかしてたのか!?

 

「胡桃、ゆっくりでいいから理由を教えてくれ。俺が原因なら謝るから」

「ルドは変な行動ばっかりしてるけどちゃんと謝ってくれるよ。謝らなくても僕とクラバレッタさんが謝らせるから安心してくれ」

「おにーさん……おにーさんがぁ……っ」

 

 涙で潤んだ瞳が俺を見た。やっぱり俺が原因なのか……フリーナに脇腹を小突かれながら俺は謝罪の用意をした。

 胡桃が大きく息を吸い込む。

 

「おにーさんが! 私のお客さん候補が、すごく元気になっちゃってるーーッ!?」

 

「てめーッ! やっぱり俺のことそういう目(ほぼ死人)で見てたのか!!」

 

 前言撤回。この往生堂のお嬢さんは何一つ昔と変わっていなかった。イタズラっ子でことある毎に俺にいつ()くのかと聞いてくる炎のような危ないヤツ……それが胡桃という少女である。

 

 

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