俺はフォンテーヌ生まれ稲妻育ち 作:残雪侍
1.璃月 璃月港 往生堂
「あっははは! おにーさん。私が本気で泣いてると思ってたんだ? 本当に感情豊かになったよね!」
「くそ……久しぶりだったから油断してあたふたしちまった。フリーナ、こいつの話は真面目に信じなくていいものばかりだからな」
「う、うん……」
どうしたフリーナ、そんなきょろきょろするもんじゃないぞ。まぁそうなるのも無理はない。
俺たちが今いるここは璃月港の中でも大通りから逸れた場所にある葬儀屋『往生堂』だ。雰囲気のある暗めの部屋に揺れるロウソク……なのにひんやりとした空気が漂う素敵空間だ。おばけでも出てきそうだが俺はそういう霊現象に遭遇したことは一度も無いので安心して欲しい。
「──む? ふん! びょんびょんびょーん……」
「お前そのクセまだ治ってなかったのか、なんにも無い所を見て掴むフリしたって俺たちはビビらんぞ。なぁ?」
「えっ!? えっ……あ、あはは! そうだね」
胡桃はたまに何も無い所をじっと見つめたり、何かを触るような動きをすることがある。恐らく俺に対するイタズラで、不安を煽って楽しもうという魂胆なのだろうが俺には効かないのだ。
フリーナにもこんな子供騙しは通用しないだろうと思っていたのだが、ビクリと肩を震わせたフリーナは俺と胡桃を交互に見て曖昧に笑った。何その反応?
「あれれ〜……? フリーナ。あなたもしかして」
「わあぁ! そ、そうだ。胡桃って怪談にも詳しかったりしないかな!? 最近ホラー物の脚本を作ろうと思っててさ、参考にさせて欲しいな〜って」
お前そんなこと考えてたのかよ。ホラーねぇ……ビビりのフリーナには厳しいジャンルだろうに。今まで彼女がそういう小説を読んでいる所を見たことは無いし、読んだら読んだで夜眠れなくなること間違いなしだ。怪談は思い切った提案だがきっかけとして悪くない。
…………聞く相手を致命的に間違えたことは、今更指摘しても遅かろう。
「まっっかせて! 私が今まで集めた至高の怪談! 詩の作成から友達のネタ作りまでなんでも活用できちゃう話が沢山あるんだ! なんなら実際の葬儀で使うセットもおまけでつけちゃうよ? じゃあ私の部屋に行こ!」
「うぇっ!? ま、待って……まだ心の準備がっ! る、ルドー!!」
俺はピッと片手を上げて連れていかれるフリーナを見送った。胡桃達は隣の部屋に入っていったようだ。やることも無いし俺はここで凧のアイデアでも考えるとしよう。
「お茶をどうぞ……」
「ありがとう。お姉さんも久しぶり」
従業員のお姉さんが俺に茶をいれてくれた。葬儀屋という職場上勘違いされることが多いらしいが、皆堂主と同じく優しい人だ。
堂主と言えば、ここについてからお爺さん……胡堂主の姿を見ていない。あの人の性格なら玄関先で待ち構えて再会を喜んでくれそうなもんだが、仕事があったりで忙しいのだろうか? フリーナが戻ってきたら挨拶に伺うとしよう。
隣で微かに聞こえてくる怪談を背景に聴きながら、俺は紙に筆を走らせた。
2. 怪談 ダイジェスト
以下、あくまで怪談に対するフリーナの反応である。
「ひっ! なんで鍵を閉めるんだい……? やだ! やめてくれ!」
「そんなとこ見ないで! 汚いからっ」※心霊スポット
「あっ、あっ! 舐めたらっ、だめだよ!」※登場人物が幽霊のことをなめ腐っているらしい
「嫌だっ、何か来ちゃうから触らないでっ! 絶対だめぇ!」※祠
「ぇ……そんな、そんなに大きいの、入るわけ」※工具登場
「もっ、だめっ! 壊れるっ! 壊れちゃうから!」※祠破壊
「あぁあっぁあ!!」
「なんでっ、ちゃんと言うこと聞いたのにっ! やだ、やだやだぁ! 」※…………。
「ごめんなさいっ! ごめんなさ──ひぅっ!?」
「前と後ろからなんて! むりっ! むりだよぉ!」
「やだっ、ぎゅってされたら怖いの逃がせな……っ、うあぁあ!?」
「はぁ……ふ、ぁ……っ、まだこんなに……? もうおなかいっぱい、入らないよぉ……っ」
───集中できるか馬鹿ッ!! 俺は紙に筆を叩きつけた。全く作業が進まない。これは怪談……そう怪談だ。聞こえてくる胡桃の楽しそうな声がそれを証明している。変なことを想像するのは俺の心が汚れているからだ。心頭滅却……! 俺は瞑想をしようとして視覚を遮断すると聴覚がフリーナの声をさらに拾うのに気づいてやめた。
胡桃の怪談は続く。不気味なものから直接的な恐怖を叩きつけるもの。どれもただ怖いだけでなくしっかり話として面白い。怖さの度合いを巧みに操ってフリーナの新鮮な反応を引き出し続けるのはいいが、そろそろ俺が限界だ。しかし先に限界を迎えたのはフリーナの方だったらしい。
「うわあぁん、ルドーー!」
がちゃん!どたどたバターンっ! と俺の部屋が開け放たれフリーナが俺に飛びついてくる。派手に泣かされちゃってまぁ……俺は彼女の背中をさすって落ち着かせることにした。
「うっうぅ……聞いてよルドっ! 胡桃が酷いんだっ、仲のいい人に成り代わって数を増やしていく怪物が僕の周りにも沢山いるってっ!顔が無いから誰にでもなれるって」
最後の怪談の話だな。二人きりになった瞬間を狙って相手を食い殺して全く同じ分身を生み出す泥人形……。記憶もそっくりそのままだからもしかして貴方の隣人も? みたいな話だ。
「おーおー……そりゃ怖かったな。大丈夫。俺はここにいるぞ〜」
「うんっ……ルドは絶対僕から離れたらダメだからね、絶対だよ!」
「任せろ任せろ……ところで」
「……? ルド?」
「そイつって、こんな顔だっタ?」
不思議そうに顔を上げたフリーナに俺は自分の顔を模した水元素のお面を作って、それをでろでろに溶かして見せてみた。泥人形が対象を捕食するシーンの再現である。
「─────きゅう」
「あっ!?」
気絶された。びっくりさせるのって難しいな……。
3. 璃月港 往生堂
「ぅーん、ルドぉ……。顔が、ゼリーになってるよぉ……っ」
「ごめんフリーナ。後でお菓子沢山買ってあげるから、カウントだけは勘弁な……!」
「はー楽しかった! おにーさんの鬼畜な所も見れちゃったしね」
部屋のソファにフリーナを寝かせると、けらけらと胡桃が笑う。怪談を聞きたいと言ったのはフリーナで悪ノリしたのは俺なのでぐうの音もでないが、鬼畜とまで言われる筋合いは無いと思う。
「さて、胡桃。悪いんだけどフリーナのこと見ててくれないか? 俺は胡堂主に挨拶してくるよ」
「ん? 挨拶ならもう終わったでしょ?」
……? 俺は首を傾げた。既に会ってる? どういうことだ。胡爺は筋骨隆々のお爺さんだ。あんなでかい爺さんを見落とすはずも無いのだが。
「──なぁ、今の往生堂の堂主って」
「うん、私だよ。往生堂第七十七代目堂主!」
あぁ、そうだったのか。胡桃が被っている帽子、どうりで見覚えがあるわけだ。
胡桃の祖父にして俺の恩人のお爺さんは、俺が旅立った後すぐに病気で亡くなったらしい。そんな素振り一切無かったと記憶しているのだが、上手いこと隠されていたのだろう。
「死に近くなってる人はどうしたって誘われちゃうから、絶対におにーさんには教えるなって言われててさ、全然気づかなかったでしょ?」
……どこまで行っても俺は守られてばかりだな。
胡桃はなんてことなさそうに笑う。初葬儀は完璧にこなして今は堂主として認められているし、お爺さんも既にこの世に居ないことを受け入れているとの事だ。それにしたって……。
「ごめんな、そんな大変な時期に一人にしちまって」
「ぜーんぜん! 私にしてみたら、おにーさんが気力を取り戻して、故郷に帰ってくれたことの方が嬉しいの。こうして元気になってまた会いに来てくれた。それで十分」
……の割には俺を何度か
「だって酷いじゃない? おじいちゃんは自分の人生を最期まで立派に生きようとしてるのに、まだ生きられる人が人生終わりって顔して腐ってるんだもん。聞くくらい許してよ」
「…………」
「でもね、あなたはずっと生きようとしてた。顔に出なくたっておにーさんの胸の炎は消えてなかった。私がやってたのはその炎を大きくする為のイタズラだよ!」
「そうか。当たりどころが悪ければ即お陀仏になる楽しいイタズラをありがとう。俺の身体能力の高さに感謝しろよな」
俺の皮肉を胡桃は笑顔で受け取る。笑い事じゃないんだが?
「と、こ、ろ、でぇ…………」
「!?」
ソファの縁に腰掛けた俺の頬を長いツインテールがくすぐる。俺に抱きついてきた胡桃は首筋に顔を埋めて何か確かめるようにすんすんと数回鼻を鳴らした後、熱の篭った声色で俺の耳元に囁いた。
「おにーさん。死の匂いが濃くなってるけど、一回死んだりした?」
「こえーよ何だよ死の匂いって!? 」
俺はババっと胡桃から距離をとって自分の体を嗅いでみた。安直に枯れ木とか線香のような死を連想させる匂いはしていない。
俺は観念して胡桃にも説明した。元素爆発を使って死んだこと、その先で師匠との再会。最高審判官様とフリーナによる蘇生……死者を送る専門家である胡桃なら何か気づくことがあるかもしれない。
「ぜんぜんわかんない!」
「わかんないかー」
わかんなかったらしい。主観の話なんてそんなもんだ。しかし今日だけで二回もあの日のことを思い出したのだから、今までの情報から察するものもある。
「なぁ、そういうのは死にかけた人間からずっとする訳じゃないんだろ。なら俺は……また死神からお誘いを受けてるのか」
「……にひ。どうかな〜?」
胡桃はにやっと目を細めるだけで否定も肯定もしない。だが、顔を見れば彼女が俺の事を心配している事くらいは分かる。なんだかんだ優しいやつなのだ。四年前の
「……おにーさんの葬儀、予約取っておく? いまなら木札一つ、おまけで付けるけど……?」
「いらんいらん。そうやって心配の方向がおかしいから誤解されるんだろうに……、ありがとな」
ぐいぐい木札を押し付けてくる胡桃をあしらいながら、俺は傍らで寝ているフリーナを見た。失神から昼寝に変わった寝顔は悪夢を見ている様子もなく、もうすぐ起きるだろう。
「うわー、見たことない優しい顔……自分で気絶させたとは思えないね!」
「うっせ。後で謝るから良いんだよ」
「そっか〜……おにーさんにも大切な人ができたんだねぇ。ほんと、四年前とは大違い」
なんなんだ。ニィロウといいこいつといい、俺とフリーナを見ては成程と。そんなに贔屓しているわけではないと思うのだが? 俺はフリーナの乱れた前髪を直してやった。
……けど、そうだな。こいつは大切なお隣さんだ。この先俺の身に何かあったとしても、フリーナだけは護ってやらないと。
「んん……」
おお、起きたのかフリーナ。
むくり、と身体を起こしたフリーナはまだ状況が読み込めていないらしい。どうやら怪談の途中で気絶したのだと思っているようだったので俺はそれに乗っかった。隣の胡桃の視線が痛え。
「そうだったかな……? ルドが何かなってたような気もするんだけど……」
「俺はいつもと変わらんだろう。そうだ、叫び疲れただろうし甘いものでも食べに行こうぜ!」
「……君が不自然に優しい時は悪いことを隠したい時だと思うんだよね」
結局、日頃の行いのおかげで全てを思い出したフリーナにポコポコ叩かれながら俺達は玄関に向かった。胡桃さんや、痛ってぇからなんか鋭利な杖でつんつんしてくるな。半分はお前の怪談のせいでもあるだろ!
──と、ぎゃーぎゃー騒ぎながら外に出たのが良くなかった。
「おっと」
「おわっ! すみませ──ッ!?」
胡桃の杖をやり過ごすために後ろを向いて歩いていた俺は玄関から入ってきた人物とぶつかってしまった。咄嗟に謝るために振り向いて顔を見る。
顔を、見た。
胡桃の怪談なんて目じゃないくらいに背筋が凍り、俺は思わず後ずさった。こんな人間が、居るはずがない。
仕立ての良い服装に身を包んだ歳若い男。見た目の割に経験豊富そうな雰囲気を漂わせている。今見た彼の印象だ。
俺には人を見る目がある。一目見れば大抵の人となりは把握できると自負している。
だが、数瞬前の彼からは何も読み取れなかった。スケールが違うと言うべきなのだろう。剣のような岩肌を持つ巨大な山を見上げているような、そんな感覚だ。仙人……どころじゃないな。もっと上位の──。
切れ長の目から琥珀の瞳が俺を見た。呼吸が浅くなり、神経が研ぎ澄まされていく。無意識に刀に手を伸ばすのを我慢しながら、しかし何時でも対応できるようにする。
「すまない。驚かせたか」
「……っ」
「ルド……?」
俺はフリーナの心配そうな声で我に帰った。少なくとも彼から敵意は感じない。警戒するのは失礼だろう。
こちらも改めて謝罪すると、胡桃から紹介が入った。彼の名前は鍾離さん。往生堂が新しく雇った客卿だそうで、なんでも知っているらしい。
「お前のことは堂主からよく聞いている。俺もよく財布を忘れることがあるから仲良くできそうだと思っていたんだ」
「ちょい、どこの部分で親近感覚えてるんだ?」
胡桃は俺をどんな奴として話したんだ。ここにいる間に俺のイメージを回復させなければ一生ヒモ人間として扱われそうだな……いや目の前の鍾離さんがヒモだとは言ってないぞ?
「それじゃ、俺達はこれで。胡桃、フリーナの取材に付き合ってくれてありがとな」
「いいよいいよ。セットに使う道具はまたフォンテーヌに送ってあげるからさ、また遊びに来てね!」
雑談もそこそこに、いい時間なので俺達はお暇することにした。明日は午後から凧作り教室だし、午前中は全く進まなかった凧のアイデアをまとめるとしよう。最高の海灯祭をフリーナに体験させるために! 決意を新たに俺は歩き出した。
…………後ろからぽんと肩を掴まれている。それだけで柱に身体を縫い付けられたように動けないんですけど、これは一体どういう事です? 鍾離さん!?
「ルド殿、実は先程から気になっている事があってだな」
「な、なんでしょう……」
「その刀……どこで手に入れたのか、詳しく教えてくれないか? 堂主からは巧みな技を持っているとも聞いているし、とても興味深い。どうだろう? 明日一つ稽古でも」
「………………も、もちろん。ヨロコンデ……」
鍾離さんが稽古なんて珍しい〜! と呑気そうに言う胡桃の声が遠くなっていく。なんてことだ。俺の明日の予定は、人間の皮を被った得体の知れない上位者に乗っ取られてしまった。表面上はニコニコしているがとても怖い!
もしかして、俺の死って明日だったりするのかな?