俺はフォンテーヌ生まれ稲妻育ち   作:残雪侍

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今回後半ちょっぴりシリアス寄りです


海灯祭の章・第四幕

 

 

 1. 璃月 璃月港 旅館『白駒逆旅(はっくげきりょ)

 

 

「…………んぁ」

 

 ちちち……と小鳥の囀る音で俺は目を覚ました。うちの煎餅布団とは比べ物にならないくらいふかふかの布団から身体を起こすと館内着が何かに引っぱられて右肩からずり落ちた。見ると裾の部分を白い手が掴んでいる。

 

「すゃ……」

 

 この光景も見慣れたもんだ。俺は自分の布団からこちらに潜り込んだフリーナの寝顔を見てそう思った。

 昨日の晩、予想通り怖くて寝れないだのなんだの。一晩たったら偽物に入れ替わってるだの泣きついてきたフリーナを宥めるのは苦労した。旅館の女将さんに生暖かい目で見られながら布団をもう一つ敷いてもらったのが一番しんどかったな。

 

「……クラバレッタさーん」

 

 俺の小声の呼び掛けにもぞっとフリーナの布団からカニさんが這い出てくる。最近はフリーナの掛け声じゃなくてもサロンメンバーが出てきてくれるようになった。誰の元素スキルだよと突っ込まれそうだが、元素生物とも仲良くしておくもんだな。

 俺はクラバレッタさんに手伝ってもらって裾を掴んだフリーナの手を……手をっ!

 無理だったので館内着を脱ぎ捨てていつもの服に着替える。上下が別れてるタイプで助かったぜ。

 帯に刀と剣を、ベルトに神の目を取り付けたら準備完了。ちらりとフリーナの方を見ると、俺の抜け殻をこねこね抱いてまだ夢の中のようだ。朝飯は下階の瑠璃亭で食えるらしいし、書き置きを残して行けば問題あるまい。

 

「……んじゃ、行ってくる」

 

 ビッ! とハサミを挙げたクラバレッタさんにこちらも右手をパッとして、俺は部屋を出た。今日のじゃんけんは俺の負けだな。

 

 

 2. 璃月 璃月港

 

 

 気が重てェ〜……。旅館を出た俺はとぼとぼと街を歩いていく。元を辿れば全部師匠のせいだ。ヤベー奴に目をつけられるような流派と刀を寄越しやがって。

 往生堂の客卿、鍾離…………仙人すら跪くような気配をもつ彼は、我らがヌヴィレット様のような上位者の風格があった。人間の印象ってのはあやふやなもんなのに「自分はこういう人間です!」みたいな雰囲気をハッキリ出されると隠し事があると言ってるようなもんだろう。不気味だぜ……。

 まさか岩神かとも思ったが、あれはもうお隠れになって璃月に居ないらしいし、もし生きてるなら気高い神がなんで葬儀屋の客卿やってんだって話になる。

 

 なんにせよ、こんな一般フォンテーヌ人に何の興味を抱いたのやらだ。師匠関連であることは間違いないし、『剣鬼』の方に突っ込まれたら俺には弁明のしようがない。

 どうしよう……酷い目に会う前にバックれるか……? いや、見つかってさらに酷い目に会いそうだ。良くない想像がぐるぐると頭の中を回る。

 というかこの刀、俺の流派名と同じく無銘なんじゃなかったのかよ。仲の良かった幼馴染が実はいいとこの坊ちゃんだったような感覚だ。

 

 旅館から往生堂へはそんなに遠くない。どれだけ足を重くしてもそう時間をかけずに着いてしまった。行きたくねぇ!!

 うだうだしながら足を進めていると、扉の前で人影を見た。あれは?

 

「あっ! お待ちしておりました!」

 

 中性的だが理知的な印象を持つ声を弾ませ、濃い藍色の髪を後ろで結び、それを子犬のしっぽのようにぴこぴこさせながら俺の所にたどり着いた少…………年は、頬を上気させてまるで憧れの人物に会えたかのように俺を見上げる。

 

「やった……ようやく会えたっ!」

「えーと……」

 

 やべーな全く覚えてない。どこかで会ったことがあるのだろうか……? 立ち振る舞いからしてなかなかの手練、線は細いが成長性も感じる。フリーナに負けず劣らずのいい足だ。筋肉的な話をしています。

 俺は正直に謝ることにした。

 

「ごめんな。どこで会ったのか覚えてない……」

「ぇ……っ」

 

 おわー!? なんて顔してやがる!! 俺はわたわたと手を振って泣きそうな顔をした少年に謝罪した。ごめんなぁ……っ! 色々思い出したくない半生だが人の名前と顔だけは忘れてないと思うんだけど!

 

「まぁ僕が一方的に知ってるだけなので、知られてたら怖いんですけどね」

「おい……」

 

 こ、こいつ……ッ! イタズラっぽく笑いやがって。年齢からして胡桃の同年代、往生堂で待ってたって事は知人だろう。このからかいっぷり……胡桃とタッグになったら二人の友人は全身の血が吹き出るレベルでぶちギレそうだな?

 

「ん、おにーさん。おはよ! 鍾離さんが待ってるよぉ!」

 

 がっちゃんと玄関の扉が開かれ、隙間からぽんっと胡桃が飛び出す。

 鍾離さんなぁ……俺は気が重くなっていることを思い出した。

 案内されるままに往生堂に入り、胡桃と少年が楽しそうに話しているのを聞いている。んで、この少年は誰なのよ?

 

「申し遅れました。僕は行秋……貴方と同じく義侠に生きる者です」

「よろしくな行秋くん。義侠って小説に出てくるやつ?」

 

 俺はそんな高尚なもん持ってないんだけど……そう言うと行秋くんはにこりと笑って否定する。

 

「ルドさんほどの任侠心を持った人はそう居ませんよ!あの日、宝盗団から商会の荷馬車を守り抜いた技巧に一切の報酬を受け取らない無償の奉仕! あの頃から僕は……っ!」

「なーんか行秋ぼっちゃんはおにーさんのファンになっちゃったみたいなんだよねぇ。周りを変な人にばっかり囲まれるのって大変じゃない?」

「その変な人筆頭に言われるならそうなんだろうな。心配ありがとう」

 

 しかしなるほど、合点が言った。確かに一度、璃月の郊外で宝盗団に襲われている飛雲商会の荷馬車を助けたな。ちょうど璃月を出たあたりの頃だ。邪魔になるものは貰いたくなかったからそそくさと離れたけど、それを見られていたのか。

 

「…………ところで、なんで行秋くんも往生堂の中に入ってるんだ?」

「私が話したんだよ。そしたらぼっちゃんもルドさんと稽古したーいって」

「俺の意思は?」

 

 ただでさえ気が乗らないんだぞてめー。俺はげんなりした。まぁ戦闘力の向上はフリーナを守る上で無駄にはならないし、やらなきゃ別の意味で死にそうだしなあ

 

「…………やっぱり、迷惑ですよね。憧れの剣士と技を磨けるいい機会だと思ったんですが」

「…………」

 

 …………しょーがねぇなあ!? 俺は承諾した。俺は俺の事を慕ってくれる人には優しくしたい男なのだ。後ろで胡桃達が作戦成功! みたいな感じでハイタッチしているのは気づいていない振りをしよう。

 

 

 3. 璃月港 往生堂 地下道場

 

 

「ここに入るのも四年ぶりか……」

 

 ここは往生堂の地下、歴代堂主が一子相伝の槍の技を鍛える場所だ。俺はここでお爺さんと稽古する幼い胡桃をよく見ていた。

 

「……来たか」

 

 道場の中心に、存在感を放つ人物を確認する。全く隙のない立ち姿にこちらの身が震えてくるね。今からあんなのと稽古するのかよ。

 

「鍾離さーん! 先にぼっちゃんをおにーさんと稽古させてあげてもいい? いいよね!」

「……それは構わないが、次からは事前に教えてくれると助かるな」

 

 さすが胡桃、相手が誰であろうと我が道を突き進む姿は堂主にふさわしい。人を嘗めている空気を読まないデリカシーがないとも言えるな。

 

「よし、じゃあやるか」

 

 鍾離さんに場所を譲って貰って俺と行秋くんは向かい合う。地下空間は自由自在に走り回れるほどに広く、しっかりとした作りの石畳は多少強く戦っても崩れることはないだろう。

 

 行秋くんには全力で戦ってもらうように言ってある。余力を残してちゃ稽古にならないしな。俺も、どうせ鍾離さんに見せる刀だ。最初から抜かせて貰おう。

 

「──じゃあ、行きます」

「はいよ」

 

 鎺から水の刃を形成して刀を下段に構える。行秋くんの神の目は水元素……どういう戦い方をするのか楽しみだな。

 

「──ふッ!」

 

 一息で行秋くんが俺のところに飛び込んでくる。まだ成長途中で身体も細く軽い。それを上手く活かした強襲である。

 俺はまっすぐ突き出された剣を横から滑らせるように刃を合わせる。静かな金属音と共に剣が逸れ、こちらの攻撃チャンスがッ!?

 

 ドドドッ! と俺が飛び退いた場所に水元素の小剣が突き刺さる。体勢を立て直した俺の前には四本の小剣を浮かせた行秋くんがいた。

 いいイメージをしているな。彼の流派と神の目の技術、それを最大限に引き出す形だ。

 

「近づくと反応する小剣のバリアか。なるほど厄介だな」

「まだまだッ!」

 

 今度はこちらからも距離を詰める。彼の流派は恐らく、神の目があって初めて形になるような型だ。そういう使い方を行秋くんがしているのかもしれないが、元素の操作や体捌き含めてひとつの技として完成させている。

 

 小剣を弾き、本体の剣を躱す。こちらとの体格差を上手くカバーして空中も使った三次元的な剣戟。十ほど攻撃をやり過ごす頃には、もう俺の心にげんなりとした感情は無くなっていた。

 楽しい。これほどの練度をこの年齢で! 素晴らしい才能だ。俺が同じ年齢の時、ここまで強くなれていなかったぞ。

 さて、避けてばかりでは勝てないし、そろそろ観察も充分だ。ここからは攻勢に出るべきだろう。俺はふわりと着地した行秋くんに姿勢を極限まで低くして勢いよく突っ込む。足が地に着く時の隙は理解しているのだろう。彼は小剣を構えて油断なく対応する。

 

「神の目も無かったし、見てるだけなら知らないよな。俺の流派名」

「……っ!?」

 

 俺は襲い来る小剣を弾いた。刀で、じゃない。

 周囲に展開させた小刀が小剣を弾いたあと砕けて霧散する。やっぱり見よう見まねだと形も持続時間もダメダメだな。だが、隙を作るにはこれでいい。

 俺の穿つような突きを剣で受け止めた行秋くんが吹き飛ぶ。受け身に失敗したか、これは勝負ありだろ。

 

「俺の流派は『無銘』。時に速く、時に強く。変幻自在の剣」

 

 そして、再現できそうな技なら流れに取り込んでしまう無法の刃である。

 

 

 4. 『古華派』と『無銘』

 

 

「……凄いな、たった数回刃を合わせただけで盗られるなんて」

 

 普段の俺なら、技の模倣にもう少し観察が必要なのだが、彼の技は俺と同じ元素に綺麗な理論で形成されていた。型があるならこちらとしても模倣しやすい。こればっかりは相性の問題だな。

 大きく距離が空いた先で、よろよろと行秋くんが立ち上がった。ガッツがあるねぇ。でもちょっと必死に見えるな。そこまで頑張らなくても良くない?

 まだ彼から闘志は消えていない。呼応するように神の目が輝いている。元素爆発を使うつもりか。

 

「まだ、足りない……」

「僕は……貴方の技を見た。あの流派を取り入れれば『古華派』は、僕はッ!」

 

 ……これは。つい最近、同じような事があった。

 一瞬、行秋くんの神の目に違和感を覚える。

 後ろで見ていた鍾離さんの気配も、鋭くなる。

 

「──『▇▇』『栽雨留虹』ッ!!」

「───胡桃ッ、柱の影に隠れろっ!」

 

 それは、もはや豪雨だった。

 

 広い空間を覆い尽くす数え切れない小剣郡。刃の部分はねじ曲がり、貫通力を高めたような凶悪な形のそれが一斉に降り注ぐ。柱を抉り石畳を砕く剣の雨。俺は胡桃に避難指示を出してそれと向き合った。

 あぁクソっ! やるしかねえか! 俺は思い切り手首を切り裂いた。吹き出した血をエネルギーに変換して無理やり神の目を輝かせる。

 

「『鬼神演戯』ッ!」

 

 呼び出せたのは二体。翁と鬼の面の分身を使って小剣を切り払っていく。おいおいやべーな!? 防御が間に合わない。分身を最大まで増やした所で数が数だ。全て弾き落とすのは無理だろう。俺の身体に細かな傷が作られていく。胡桃は隠れられただろうか。鍾離さんは無事か? 自分の身を守るので精一杯だ。確認が出来ない!

 

「ち……ッ!!」

 

 鬼の面の分身がちぎれとんだ。防壁を大きく破壊された後にくるのは死だ。終わりを意識したせいか、時間がゆっくりと流れるように感じる。小刀はこの土壇場を切り抜けるだけの強度が足りない……俺はせめて水元素を操作して盾を作った。気休めにもならないが、この包囲網を抜けて行秋くんを止めるしか助かる道はない。

 

「───おぉぉおッ! …………ぁ?」

 

 刀を盾に、捨て身の特攻を仕掛けた俺だったが、いつまでたっても小剣が来ないことに気付いた。上を見ると、雨はその全てを壁のようなものに阻まれて止まり、消えていく。

 俺は行秋くんの方向を見た。壁の出現と同時に弾き飛ばされたのか、力なく道場の壁にもたれかかっている。いややりすぎでは!?

 俺は行秋くんに駆け寄って容態を確認した。かなり消耗している……が、命に別状は無いようだ。

 

「うひゃー、すごかったねぇ」

「おぉ、無事だったか胡桃……良かった」

 

 横からひょっこりと胡桃が覗き込んでくる。行秋くんが無事なのを見てほっとしているようだ。俺は胡桃に彼を任せて後ろを振り向く。

 黄金の輝きを放つ壁。それを作り出した人物は一人しか居ない。

 こつ、こつ、と石畳を歩く音が響く。気配はどんどんと威圧感を増していく。

 

「胡堂主。すまないが、行秋殿を連れて部屋を出ていてくれないか」

「…………やだ」

「胡桃、俺は大丈夫だから、行ってくれ」

 

 珍しく真剣味を帯びた声色の胡桃に俺は安心させるように声をかけた。今は俺の心配より行秋くんの方を優先すべきところだ。彼女は俺と行秋くんを交互に見た後に、小さく息を吐いて行秋くんを抱えて道場を出ていく。

 重い扉が閉まる音と同時に、俺は立ち上がった。

 

「…………で、もう隠す必要はないんですかね? 神気ダダ漏れなんですけど」

「あぁ、もう必要ないだろう。お前は勘が鋭いようだからな」

 

 こんな神秘をばしばし感じたら、どんな馬鹿でも気付くはずだ。全く胡桃もお目が高い。なんてもんを雇ってやがる……。

 フリーナは論外。ナヒーダ様は知性的で優しかったが、神なんてのは本来そういうもんだ。

 圧倒的な神秘を放って凡人をすり潰す。やり方は感電死か圧死かの違いだけ。その目に一切の慈悲はない。琥珀の目が俺を貫く。目線の高さは同じくらいなのに、遥か頭上から見下ろされている気分だ。

 

「お前の流派は俺の知っているソレと似ているが違う。しかし刀は間違いなく奴の得物だ」

「改めて問おう。お前は何者で、何故ここにいる」

「…………」

 

 鍾離さんがどこからともなく槍を取り出す。俺も折れた刀身から改めて水の刃を形成した。

 稽古にしては随分と死闘感がすごいが、俺はまだ死ねない。相手が神だろうがなんだろうが、俺はッ!

 

「俺はルド……『無銘』のルド=ウィーク」

「師匠から受け取った刀と技を使って、己の罪と向き合い精算するためにここにいる。稲妻の孤島、そこにいる翁と決着をつけるために」

 

 四年前とは逆なのだ。俺は稲妻にたどり着くまで死ねない。師匠が馬鹿なことをしでかそうとして俺の周りに迷惑をかけているなら、止めるのは弟子である俺の役目だ。

 

「…………そうか」

「──は」

 

 目の前に一瞬にして飛び込んできた鍾離さんと目が合う。

 一切の音が遮断された世界で、宙に舞う鮮血を見た。

 俺の首が、飛んでいた。

 

 

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