俺はフォンテーヌ生まれ稲妻育ち   作:残雪侍

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幕間 快晴・大海原の真ん中で

 

 

 1. 璃月稲妻間 洋上

 

 

「「わーっはっはッ!」」

 

 ガァン! とジョッキが打ち付けられ、中にある赤紫の液体が飛沫をあげる。

 俺たちはそれを勢いよく喉へ流し込み、空になったジョッキをテーブルに叩きつけ、一言。

 

「「ジュースだこれ!」」

「お客さんはともかく、親分は仕事中だからな」

 

 さて、前回不穏な感じで終わった俺とこの鬼族の青年が、なぜ同じテーブルを囲んで仲良くジュースを飲みかわしているのか皆さんも不思議に思ったことだろう。

 乗船してから早数時間。周りに陸地が全く見えなくなったこの大海原で、俺はジュースのおかわりを注いでもらいながらこれまでの戦いを思い出した。

 

 

 2. 甲板 開口一番メンチ切り

 

 

「おうおうおぅ! 俺様が泣く子も黙る『荒瀧派』の大将、荒瀧一斗だ! 『剣鬼』がなんぼのもんよ!!」

「でけー図体に見合った声と自信だな? なんだって? 白滝派ァ!?」

「荒瀧だ!」

 

 ぬぎぎぎ……! 初対面から失礼なヤツめ。俺たちは互いに額を打ち付けてメンチを切った。

 しかしこの青年、荒瀧くんにはそこまで悪感情を抱けない。要はこの人、自分こそが一番でいたいだけみたいだ。俺が極悪非道の『剣鬼』であることより、稲妻で有名なのが気に食わないだけっぽいな……。

 その証拠に、俺の隣にいたフリーナは同じく荒瀧くんの隣にいた『荒瀧派』のナンバー2である久岐忍さんと向こうに行ってしまった。止めなくても大丈夫ということなのだろう。「申し訳ないが、うちの親分と遊んであげてくれ」 そんな視線も貰ってしまったので、俺も全力で相手をしてやることにした。

 

「気に食わねぇ……! 稲妻ではどこもかしこも『剣鬼』『剣鬼』! 顔も名前も知れ渡ってるお前と! 」

「荒瀧派の名前はまったく広がらず、しまいにゃガキの躾に使われる俺様……がーっ! 寝てなくても菓子なら正々堂々勝負して奪うっての!」

「奪うなよ……」

 

 なるほど、彼が稲妻でどういう扱いなのかよくわかった。近所の悪ガキ、その大将って感じな?

 というか、俺って稲妻では未だにお尋ね者扱いなのか? 先行きに不安しかないんだが……。

 

「てなわけで、勝負だ勝負! ここでお前をぶっ倒して、稲妻での評判をひっくり返す!」

「大きく出たな! 正直俺のことはさっさと忘れ去られて欲しいが、それはそれ。勝負ってんならボコボコにしてやるわッ!」

 

 俺は大きな体躯の荒瀧くんに対抗するように大きく腕を広げた。勢いでラスボスみたいなこと言ったけど勝負の内容はどうするつもりなんだろうか?

 俺の腰につけたポーチがチカチカと光り出す。これは……荒瀧くんも察したようでニヤリと笑った。適当な木箱と樽をテーブルと椅子に、即席のバトルフィールドを展開する!

 

「「決闘(デュエル)ッッ!!」」

 

 俺たちは秘典の箱を取り出し、決闘の宣言をした。

 

 

 3. 決着

 

 

「あ、じゃあこれでトドメ……」

「がああ! なんで勝てねえんだぁ!?」

 

 俺の宣言を受けて荒瀧くんが吹き飛んだ。これで五戦五勝……三回目から何とか負けようと手加減してこれだ。圧倒的なセンスの無さ……愛すべき弱さである。

 しかしこの後も六回、七回と同じ戦いを挑まれるとさすがに疲れる。俺は勝負の変更を打診した。

 

「なぁ、もっと色んな種類の勝負をしようぜ? 一つだけで勝敗が決まるなんてつまらねえだろ」

「ぐ、うぅ……それもそうだ。七聖召喚はやめだ! 稲妻人なら稲妻人らしい勝負にするべきだろ!?」

「俺はフォンテーヌ人な。んで? 何するんだよ」

 

 俺は荒瀧くんのカードも一緒に片付けてやりながら彼の言葉を待った。自信満々に取り出されたのは、仄かに甘い香りを放つ一匹の虫。これは……っ!

 

「これが俺様の相棒、『赤紅一杵』! 今度は稲妻人らしく虫相撲で……ってどどどどうした!?」

 

 慌てふためいた荒瀧くんの言葉で俺は自分の変化に気がついた。頬を伝う雫。泣いているのか? 俺は……。

 昔、一度だけ村の子供たちが遊んでいるのを見たことがある。島にはオニカブトムシは少なくて、あの時は林の隙間から眺めることしかできなかった。そうだ……本当は俺、虫相撲で遊びたかったんだ。

 

「おい、大丈夫なのかよ。なんか嫌なこと思い出したのか……?」

「てめぇ貴重なオニカブトムシにジャム塗りたくってんじゃねぇぞ!!」

 

 俺はキレた。なに大切な俺の思い出を赤く染めてやがるんだ。テンションのぶっ壊れた俺に荒瀧くんは一瞬気圧されたものの、直ぐに言い返してくる。

 

「かっこいいだろうがっ!それより、お前も稲妻人なら当然オニカブトムシを持ってるだろ? 出して俺様たちと戦いやがれ! 」

「俺はフォンテーヌ生まれ! オニカブトムシは持ってねえよ」

 

 俺は正直に話した。相手が居ないのなら虫相撲はできない。困ったように眉を下げた荒瀧くんと相手がいないのに取り出された赤紅一杵は所在無さげにツノを上下に動かした。

 俺はオニカブトムシを持っていない。ですが……なんと、今回に限り……!

 

「お、おぉおお!?」

 

 赤紅一杵さんの目の前に、それと対になるような水色のオニカブトムシが降り立つ。俺のひとり遊び歴を甘く見るなよ。ディテールから性能。気性の荒さまで水元素で再現可能! 今回は赤紅一杵とほぼ同格の個体を作り上げた。

 

「……待たせたな。お前とその相棒の力、見せてみろ」

 

 

 4. それは人生の縮図、男の浪漫!

 

 

「いけェ! 俺の『サファイア・ブルー・レプリカント』!」

 

 威嚇(チャージ)は三回。一対一、小細工は無しだ! 俺の指示した突進を赤紅一杵は飛び退くことで回避する。

 今までの動きと違う……稲妻に生まれて、稲妻で育って。そこで良きライバルと出会ったのだろう。荒瀧くんの虫相撲には数え切れないほどの戦いから来る独自の戦略と戦法があった。

 俺のサブレ(略)の攻撃は躱され、強烈なカウンターが襲う。下顎の当たりを思い切り突き上げられ、大きく弾き飛ばされた。今のでかなり耐久値を削られたか……っ!

 

「へへっ! どうよ? 俺様と赤紅一杵のコンビネーションは!」

「あぁ、強い……。だが、まだまだッ!」

 

 攻撃をいなし、強烈なカウンターを喰らわせる。それが虫相撲の基本戦略……なるほど俺の得意分野だ。サブレのツノが地面に着くように下げられ、ジリジリと距離を調整する。飛びかかった赤紅一杵のツノをすくい上げるように弾き、がら空きの胴体に強烈な突進を繰り出した。『無銘』痛そうな悲鳴を上げて吹き飛んだ赤紅一杵を追いかけるように、サブレに突進を指示した。

 

「赤紅一杵ッ! 次が来る、踏ん張れ!」

「サブレ、これで決めるぞッ!」

 

 この大きな隙を見逃すほど体力的に余裕はない。この一撃で決める! 突進しながらツノに力を込める。溢れた水元素がドリルのように渦巻いた。赤紅一杵も闘志が荒瀧くんと合わさったのだろう、最後の力を絞り出してサブレを迎え撃つ。

 

 サブレの突進が赤紅一杵をフィールドの外に弾き出すのと、赤紅一杵のツノがサブレをただの水飛沫に変えるのは、ほぼ同時だったように思う。

 

 

「はぁ、はァ……。引き分け、か?」

「……みたいだな。なぁ、まだ……やれるよな?」

 

 さすが鬼族は体力が凄まじいな。再びフィールドに乗せられた赤紅一杵も興奮気味にツノを震わせている。

 俺もニヤリと笑って、もう一度サブレを作り出した。

 

「もちろんできる……決着はしっかりつけないと、『剣鬼』を倒したことにならないもんな」

「あァ? 何言ってやがる。互いの全力をぶつけあったんだ。もうあんたはダチだろ! 『剣鬼』なんてどうでもいい。俺様はダチのお前と遊びてぇ!」

「……! くっ、はははっ! そうか、もう俺たち友達か!」

 

 めちゃくちゃだ。『剣鬼』だからと喧嘩を売られたはずが、今となっては十年来の友人というように距離を詰められ、話が纏まってしまった。

 

「今日からお前も『荒瀧派』だ! ルド、お前の最初の任務は俺様と魂でぶつかり合うこと……準備は良いなっ!!」

「了解だ親分。負けが重なっても泣くんじゃねぇぞッ!」

 

 うおおおぉぉ! 俺たちは互いにオニカブトムシを繰り出し──!

 

「一斗ォ!! てめーいつまで遊んでやがんだッッ!!」

「ごへッ!?」

 

 荒瀧親分が船長らしき人物に襟首と赤紅一杵を掴まれて船内に消えていくのを見送って、この任務は終了となった。

 

 

 5. 夜更け 客室

 

 

「体力どうなってんだよ親分。なんなんだよ『荒瀧・徳量寛大・大大富豪大会』ってよ……」

 

 大が多いんだよ。スケールのデカさはフリーナといい勝負かな。

 あの手のゲームはフリーナと忍さんが強い。俺と親分が馬鹿やってる間に仲良くなった二人は手を組んだらしく、俺はフリーナに手の内を読まれ、親分は勝手に自爆して辛酸を舐めさせられた……。

 しかし持ち前の体力で泣きの一回を無限に繰り返す親分の前にフリーナは寝落ちし、慣れている忍さんは適当に負けてお開きになった。諦めの悪さで勝ちをもぎ取る……荒瀧派恐るべしだな。

 

 俺も自室に戻って熱の篭った頭を冷やしているところだ。武装の手入れも終わって微睡んでいると、船が波を切る音に紛れて歌が聞こえてきた。

 稲妻で聞くような歌じゃない、これはフォンテーヌの……故郷の歌だ。

 

「────」

 

 引き寄せられるように甲板に出ると、月明かりをスポットライトにして歌うフリーナを見つけた。寝落ちなんてするから変な時間に目が覚めるんだ。

 ステップ、ターン。ステップ……広い甲板を舞台にフリーナは踊る。水元素も共鳴しているのか、辺りにふわふわと水滴が集まりだした。映影に残したくらい幻想的だ。お、気づかれた。

 

「───ん、なゃ!? る、ルドっ! いつからいたんだっ!」

「お前の歌が聞こえだしてからずっとだよ。気になって出てきちまった」

 

 そんなに大きな声で歌ってたかな……? と俯いたフリーナの近くまで歩く。どうせ目が冴えてるなら少し散歩でもどうだろう。

 

「……どしたよ。何故そっぽを向く?」

「別に……君が日中、僕を放って稲妻の彼と仲良くしてたのを気にしてなんかいないよ」

 

 気にしてんじゃねえかよ。大富豪での狙い撃ちはその腹いせか!?

 顔を背け続けるフリーナを追いかけるようにぐるぐると回る。ウザ絡みは失礼と判断されたらしい。俺はジェントルマン・アッシャーに関節を決められた。すみませんねほんと。

 

「だだだだ……ッ! お、お前も忍さんと話してただろっ! 協力するくらい仲良くなっちゃって……何話してたんだよ」

「忍とどんな話をしていたかなんて、君が一番分かってるだろう」

 

 ジトっと互い違いの目が俺を貫く。トラブルメーカーに振り回される苦労人同士話が合うってこと? 誠に遺憾であるが、この状況を見られると反論の余地がねぇ。

 タコ足から解放され、甲板の縁に座り込んだフリーナの隣に座る。三角座りで膝に頬をつけたフリーナは、髪で隠れた濃紺の瞳を俺に向け、いじけたように続ける。

 

「ふん、いいじゃないか荒瀧派。ルドも親分親分って楽しそうだし。フォンテーヌ派は僕だけじゃないか! とか全然思ってないさ」

「この船、純フォンテーヌ出身はお前だけだもんな。それで疎外感感じちゃったわけな?」

 

 全部言わなくてもいい! と、肩に衝撃。そのままフリーナが何かを探すように頭を動かし始めたので少し深く座ってやると、いい場所を見つけた彼女は俺の肩にもたれかかった。

 

「君がやりたかったこと、君の願いを見つける手伝いをするのは僕なのに。虫相撲がしたいなんて一言も……荒瀧派だって勝手になってるし」

「悪かったよ。でもこのまま荒瀧派新人として稲妻に残るわけじゃないんだ。どこにいたって俺は必ずお前の隣に戻ってくるから機嫌直してくれ」

「むう……君はすぐ調子のいいこと言って。なら、約束できるよね」

「……? ななっな!?」

 

 細い手が俺の右手を掴んだと思えば、右腕全体をやわらかい感触が覆った。掌を包み込むように挟んでいるのは……っ! 俺は指一本動かさないように硬直した。

 脚まで使って俺の右腕を抱き抱えたフリーナのせいで身体が傾く。肩にあったはずの彼女の頭は俺の耳元に移動していた。

 

「約束だよ。君が言ったんだからね。稲妻で、何が起こっても……ぜったいに僕の隣に戻ってくるんだ。いいね?」

「〜〜─〜─ッッ! わかっ、わかった! おぉお前の隣にずっといるからッ 」

 

 ぎゅううう……っと腕に力が込められ、温もりと柔らかさはもちろん、心音まで聞こえてくる状況に俺は思わず了承の言葉を口に出した。混乱してるせいで変な言い方になった気がする。訂正させてほしい。

 

「よしっ、これで契約は完了だ。破っちゃダメだよ」

 

 俺の右腕が解放された。柔らかな温もりが離れていく……。何を名残惜しいと考えているんだ俺はッ!? これは新手の美人局(つつもたせ)だ房中術だ! こ、こんな契約は──ぁ

 

 

「…………ひとつ言っておくけど、演技でもこんな事したことないから」

 

 ──おやすみっ! そう言い残してフリーナは船内に戻って行く。一瞬の出来事。今起こったことが夢でないことを証明するのは、右腕に残った微かな温もりと……。

 俺はずりずりと甲板に倒れた。唇には時間が止まったように熱が燻り続け、視界を遮ったフリーナの顔が鮮明に頭を巡る。

 

「……はあぁぁ」

 

 とんでもない対価を貰ってしまった。貰った以上は覚悟を決めよう。この契約は命をかけて全うしなければならない……。

 俺はこれから稲妻に行って己の過去と向き合い、師匠と決着を付ける。そして──

 

「法廷で会いましょう最高審判官殿……ッ!」

 

『隣人泣かせすぎ罪』の意味が変わったことを認識した俺の決意を、月だけが見ていた。

 

 

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