俺はフォンテーヌ生まれ稲妻育ち 作:残雪侍
1.
「ルド、今日も外には出ないのかい?」
本を読んでいると、優しい声で名前を呼ばれる。俺が顔をあげるより先に大きな手が頭を撫でた。父さんだ。
俺は父さんが好きだ。暖かくて、俺の事を大切に思ってくれている事がわかる手が好きだ。自然と頬が緩んで、しかしすぐに気分が落ち込んでくる。
「…………外に出ても、誰も俺に近づかないし」
俺はちらりと窓の外を見た。分厚い雲がかかり、絶えず紫電が走る不気味な空……。今でこそ異常であると分かる空の色が、幼い俺にとっての世界だった。
外は苦手だ。自分が周りにどう思われているのかを示すこの目が嫌いだ。村の人間が俺を見る目は拒絶と恐怖のものばかり、自分が物語に出てくる怪物のような気分になってくる。
それなら、洞窟に籠る怪物らしく、自分のテリトリーでじっとしている方が誰も傷つかなくていい。そんなことを言うと、父さんはすこし寂しそうに笑みを浮かべた。しまった、そんな顔をさせたい訳じゃないのに。
「……僕はルドが怪物だなんて思ったことないよ。お前は少し気を使いすぎだね」
「──へへ、嘘だよ。今のはこの本に出てくる怪物の心境を考えて言ってみただけ」
「なんだって!? 悲しそうな顔まで全部演技とか、将来は役者だなっ!」
よくも父さんをだましたなー! なんて言いながら、父さんは俺を押し倒して脇腹をくすぐってくる。色の濃い金色の髪をぐしゃぐしゃに、かけていた眼鏡が吹き飛ぶくらい全力なその姿があまりにも可笑しくて、俺は大きな声で笑って憂鬱だった気分をすっかり忘れてしまった。
世界でたった二人だけ。俺に触れてくれて、肯定してくれる温もり……外で感じていた疎外感は、この家の中でだけ忘れる事ができたのだ。
2. 稲妻 離島沖
「……朝からいい夢見ちまったなぁ」
ココ最近は見なかった両親の夢だ。現実逃避にはもってこいな、幸せだった頃の夢である。
昨夜はフリーナにとんでもない爆弾を投下されたせいでよく眠れなかった。これで見たのが彼女関連の夢だったら俺はきっとフォンテーヌに帰るまであいつの顔をまともに見れなかっただろう。良かった。本当に良かった。
予定通りの航路なら、今から船室を出て朝飯を食べている間に稲妻……その玄関口にあたる離島までたどり着くはずだ。おそらく向こうも俺の到着を今か今かと待ち構えていることだろう……考えるんじゃなかった。
俺は憂鬱な気分を紛らわせるように鼻歌を歌いながら、部屋に取り付けられた小さな洗面所で身だしなみを整えた。うーむ我ながら青々としたいい目だ。この曇りなき眼を見て尚、俺を『剣鬼』などと呼ぶやつは居ないだろう。
「…………?」
……少しの違和感。なんかおかしくね? と思ったが、鏡に映るこの顔はいつも通りである。
俺が百面相を浮かべつつ唸っていると、扉がノックされ外からよく通る声が聞こえてきた。フリーナだ。
「おーい、ルド。起きているかい? 朝ごはんだよー」
「おぉ、早いなフリーナ。今開け……ッ!」
俺はドアノブを握った状態で硬直した。今の俺は本当にあいつの顔をまともに見られる精神状態なのか? 俺は大丈夫でもフリーナはどうだろう。
外から聞こえてくる彼女の声はいつも通りだ……昨日俺にあんなことをしたくせに! 意識しているのは俺だけなのだと考えると、急激に馬鹿らしくなってきた。
「どうしたんだい? 早く出ておいでよ」
「…………おう、今開ける」
俺は観念して扉を開けた。いつも通りだ、何もかもいつも通り。俺はフリーナの良き友人として、これからも仲良く───
俺の網膜を強烈な光が焼いた。別にフリーナが爆発とかした訳じゃない。イメージの話な。なんで彼女こんなに輝いて見えるんですか?
「……えへへ、おはよ、ルド」
「お、はよう」
ふにゃり。とフリーナの顔が綻ぶ。意識している状態でこの笑顔は刺激が強すぎる!
俺はなるべく顔を直視しないように彼女の一歩先を歩いた。さぁ飯だ飯!
「そんな露骨に意識しちゃうんだ? 君、女性経験豊富ですって顔して意外と初心だよね」
「うるせー純情な男子を弄ぶな。というかそんな顔した覚えはねぇぞ」
くそ、顔は見えないがニヤニヤされているのは分かる。俺の隣に追いついたフリーナのぴこぴこ揺れるアホ毛がうるさいな。
「あのな? 俺にはこれからいろいろと厄介事が控えているわけだ。神経を研ぎ澄ませている最中に不意打ちであんなの貰ったら誰だってこうなるわ」
「……不意打ちじゃなかったら、意識してくれないのかい?」
…………いやするけどさ。
だが、決戦を前に幸せな未来を想像すると良くないことが起こるというのは小説じゃ鉄板ネタだ。特に男女の関係……「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」とかそういうやつな。前門の将軍、後門の最高審判官の狭間で俺は特大の死亡フラグを立てたことになる。行きたくねーし帰りたくねぇ!
「とにかく、貰った分の責任はちゃんととるから。普通に、いつも通りで頼む。剣が鈍ってお前を守れなかったりしたら嫌だしな」
「責任……ふふん。そこまで言うのなら仕方ない。君が大事なところで失敗しないように、からかうのはここまでにしてあげよう」
「助かる……て待て、やっぱりからかってやがったな!?」
てめーッ! 俺はフリーナの髪をモフった。そうだ、お前はそうやって「わあぁ!」と情けない声をあげていればいいんだ!
……あの、俺の両手を掴んで自分の頬に持ってくるのは何の意味があるんですか?
「もう、いま髪を触るのはだめ……頬で我慢してくれ」
「え、あぁ……うん?」
俺は謎の強制力でフリーナの頬をむにむにした。当然だが髪を触るのとはまた違った感触で気持ちがいい。しかし、それが罠だと気づくのにそう時間はかからなかった。
「ふふ、ルドは悪い子だなぁ。頬を触られるのは初めてなのに……まるで恋人みたいじゃないか。でも、これも契約に入っているから仕方ない、よね」
「おまッ!? そういうのずるいんじゃねえかなっ! 悪かったすぐ離れ──うぉ!?」
ぐい、と俺の両腕が引かれ、バランスを崩した身体がつんのめる。フリーナを壁に追い込む形になった俺の腰に腕が回された。視界には昨夜と同じように彼女の顔があって……。
「ルドならいいよ。この髪も、頬も君の好きなようにしてくれて構わないし……」
「あわ……あわわ」
「そうだ。今いちばん君が意識してる
ぱんっと脳の内が弾ける音がして、俺の頭は
3. 稲妻 離島 船着場
「……よっと。ほらフリーナ、手ぇ出せ」
「うん、ありがとう」
俺は桟橋にかかったスロープから降りるフリーナの手を取って補助した。一回キャパオーバーしたおかげか、頭の中はすっきりしている。護衛対象の顔すらまともに見られない状態ってのは致命的だから助かったぜ。ちなみにキャパオーバーの理由は思い出せない。気がついたら朝飯も食べていたし、船は稲妻に着いていた。俺の身に一体何が……?
「ここが稲妻……もっと空気がピリついていたり、曇り空ばっかりだと思っていたけど」
「俺がこの国から出る時はそんな感じだったけどな。長年の問題が解決して緊張がとけたってわけだ」
旅人様様だな。船着き場には稲妻では見ない造りの船が停泊し、まさしく人種の坩堝と言うに相応しい賑わいを見せている。あの人が稲妻を変えなければ見ることの出来なかった光景だ。
「おぅルド! お前朝は弱えーんだな! 反応はねぇし白目むいてて面白かったぜ。さすがに目は覚めたかよ」
「おはよう親分。短い船旅だったけど世話になったな。あと、朝の俺どんな感じだったか教えてくれる?」
後ろから背中をバシバシ叩いてくるのは積荷を下ろすために降りてきた荒瀧親分だ。がっはっはと大笑いしながら朝の俺の奇行の断片を教えてくれる。うん、まさしく廃人といった具合だったらしい。死にたくなってくるね。
「俺様たちはしばらく稲妻に居るからよ、お前らの用事が一段落したらまた遊ぼうぜ? まだ紹介してねえメンバーも居るしな!」
「あぁ、もちろん。楽しみにしてる」
俺は親分とがっしり握手をした。困ったことがあれば荒瀧派を頼れとも言われたし、いざという時には頼りにさせてもらおう。
互いにブンブンと腕を降って荒瀧派一行と別れを告げ、俺たちは商人や観光客でごった返す列に並んだ。
「すごい行列だね。まずはこの列に並んで許可証を発行してもらわないといけないんでしょ?」
「鎖国が解けて緩くなっても規則は規則だからな。ま、時間はあるんだしのんびり待とうぜ」
稲妻本国にして俺たちの目的地である稲妻城に行くためには、まずは通行証を発行してもらう必要がある。商人ならば書く項目も増えるだろうが、こちとらフォンテーヌからの使者だ。名前を出せばすぐに使いが飛んでくるだろう。
行列は確かに多いが、規制が緩くなったのもあって列は滞ること無く進んでいく。これならあと五分もせずに……おや。
「ルド、手続きが終わったら少し離島を探索してみないかい? ほら、あっちの方とか色んな国のお店が──ルド?」
「そうだなフリーナ。でも離島の視察は後回しになりそうだ。迎えが来たみたいだぜ」
「失礼。フォンテーヌからの使者殿とお見受けする」
まるで海が割れるように人混みが裂け、現れたのは完全武装した鎧武者の集団。全員どう考えても武闘派なのが見るだけで分かる。この雰囲気、後方にも何人か潜んでいるな。なんで使者を迎え入れるだけでそんな血の匂いが染み付いた槍だの刀だのをぶら下げる必要があるのかね。
問題が解決して緊張が解けただとか、空気がピリつかなくなったとか全て撤回させてもらおう。俺自身の問題は全く解決していない。全身に突き刺さる警戒と殺気の気配が、それを証明していた。