俺はフォンテーヌ生まれ稲妻育ち 作:残雪侍
1. 稲妻 離島
「それで? 随分と物騒な出迎えじゃないか。なにか理由があるのかな」
「もちろん、鎖国が解けたとはいえ、稲妻はまだ乱れています。重要な客人を安全に将軍様の所まで送り届けるのが我らの使命。どうかご容赦を」
「さすがに桟橋付近で立ち話は邪魔が過ぎる」ということで俺たちは鎧武者に囲まれながら移動を開始した。この出迎えはフォンテーヌからの客人であるフリーナに対してのものなので、俺は余計な事を言わないように黙っていた。
治安が悪化しているのは事実である。今の稲妻は鎖国と目狩り令が終わったばかり。戦が終わって食いっぱぐれた浪人は徒党を組んで盗賊行為を働くだろうし、稲妻城に向かう金のありそうな旅行者なんて格好の餌食だ。客人を安全に送り届ける、というのは理解出来る。
じゃあこの刺すような視線はどう説明するんだよ。警戒するなら外だろうに、周りの武士の注意は俺に向いている。もはやガン見だ。一人は俺の真後ろに立ってぶつぶつ何か言っているし、背中には
今の俺は恐ろしい『剣鬼』では無いのだが、黙ってるから分からないのかな。俺はにっこり笑顔を浮かべた。仲良くなる基本は笑顔からだ。
「…………申し訳ないフリーナ殿。お連れの方の変顔を辞めさせて頂きたい。部下が困惑していますので」
「ああもうツッコミ待ちなのかなっ! 皆一度ルドから距離を置くんだ! すごい顔になってるじゃないか!!」
俺はフリーナに顔を揉まれた。引きつっていた顔が元に戻っていく。不安げに揺れる彼女の瞳にこちらもアイコンタクトで問題無いと応えるが、とにかく落ち着かない。これなら来た瞬間罪人扱いで簀巻きにされていた方がよっぽど良かったな。
「……『剣鬼』にあんな簡単に触れるなんて」
「あんな細い指、食いちぎられるんじゃないか……?」
食わねーよぶっ飛ばすぞ。じろりと目を向ければ、それだけで彼らの顔が強ばるのがわかった。こんな道のど真ん中で今すぐ俺を斬る気はないようだが……。
しかしこの鎧武者の集団、悪目立ちするな。俺としては稲妻城までフリーナと観光しつつのんびり行きたかったのだが、離島の商人たちは目を丸くして俺たちに注目している。フリーナは鎧武者の集団に遮られて見えないため、必然的に俺の顔が良く見える。普段とは違う完全武装の鎧武者に囲まれる金髪蒼眼と来たら、頭の回転が速い彼等はすぐに俺の正体に気づくだろう。
『剣鬼』『剣鬼』『剣鬼』……周囲から聞こえてくるのはその呼び名。やはり俺の悪名は稲妻に広く知れ渡っているようだ。暴れ回って迷惑かけたのは事実だから甘んじて受け入れよう。なので文句を言いに行かなくていいぞフリーナ。俺は彼女の肩を掴んで止めた。
「こちらで少々お待ちを」
そうこうしているうちに離島の出口にたどり着いた。遠目に見える馬車を見るに、あれに乗り込んで稲妻城まで行くのだろう……立てられた旗と、装飾に使われている家紋に見覚えしかないけど気のせいだな!
気のせいじゃなかったわ。戻ってきた武士の隣に立つ女を見て、俺は思い切り顔をしかめた。
「──来たか。久しぶりだなルド=ウィーク」
「どうも久しぶり九条さん! 出迎えてくれたところで悪いけど、やっぱり俺たちは二人で稲妻城に行くことにするよ……な、このっ! 放せッ!!」
俺は逃げ出そうとして後ろの武士に羽交い締めにされた。ひぃー!放せッ! なんか当たってるんだよッ!
観念して開放された俺の前に呆れ顔で仁王立ちするのは、俺の苦手な稲妻人ランキング上位に食い込む烏天狗のお姉さん。『天領奉行』九条裟羅さんだ。
2. 稲妻 路上 馬車内部
「さて……『剣鬼』ルド=ウィーク。貴様その目はどうした」
「矢を顔に突きつけられたら話せるものも話せないんだが? 大事な客人に対する態度じゃないよな」
「たわけ。我々の客人はそちらのフリーナ殿だけだ。貴様は将軍様に召喚された執行猶予付きの罪人……ついでで乗せてやってるんだ。あまり調子に乗るな」
「そうだろうと思ってたけどもう少し歯に衣着せてくれよ」
現在俺たちは馬車に乗り込み、稲妻城に続く街道をゆっくりゆっくりと進んでいた。ひとまずの目的地は、離島と稲妻城の中間地点にある紺田村のようだ。
天領奉行が出迎えたのならこの鎧武者の集団も納得である。今も馬車の外では十人以上の武士が警護に当たっている。いくら何でもここに突っ込む度胸がある宝盗団や野伏衆は居ないだろう。
そして俺は馬車の中で絶賛尋問中だ。進みがゆっくりなのは俺を質問攻めするためだったらどうしよう。
「話を逸らそうとするなルド=ウィーク。将軍様の封印はどうした」
「はっ! あんな封印元素爆発使ったら外れたよ。 全く、どいつもこいつもこの澄んだ瞳を見てまだ俺を『剣鬼』と……あ!?」
俺は船を降りる前の違和感に気がついた。
彼女達にとって俺の目の色は濁った曇り空でなければ、将軍の力が首輪となっていなければおかしいのだ。
この蒼の両目は、戦場に現れて高笑いと共に暴れた獣としてこの場の人間に刻まれているということ。『剣鬼』大復活と受け取られて斬られてもやむなしといったところだな。
九条さんの顔が睨むだけで俺を殺せそうな怒気に染まる。しかし、冷や汗をかきながら愛想笑いを浮かべる俺の顔を見て、苦々しい顔をしつつも矛を納めてくれた。
「ふん……安心しろ。神里家当主から既に危険性は無いとの報告は受けている。妙な真似をしない限り、我々が貴様を害する事はない」
「さっすがお兄様っ!」
マイナスにマイナスを足したような俺の評価を保留にまで回復させるなんてなかなかできることじゃないからな。必ずお礼をしに行かなければ! 歓喜の表情でガッツポーズをする俺を見ながら九条さんが「こんな腑抜けた奴に我々は苦しめられたのか」という顔をするが気にしない。
「それより貴様、将軍の封印を
「急にキレんな怖いんだよ──痛ってェ!? おい矢を降ろせ! そりゃもう素晴らしい封印でしたッ! ふ、フリーナ! 援護を頼む!」
「…………君たち実は仲良しなんじゃないのかい?」
「「仲良くはない!」」
仲良しな奴は急に命を狙わねぇんだわ! 俺は前方の九条さんをいなしつつ、隣の席でふくれっ面になったフリーナを宥めた。くそ! この中に俺の味方はいないのか!
「仲がいいと言えばお前達の方だろう。危険人物を使者と一緒に連れてくるという連絡が来た時は何事かと思ったが、どんな手を使って取り入ったんだ?」
「む、僕と彼の仲を疑っているのかな? ルドにそんな知恵があるわけないじゃないか!」
「そうだそうだ! 俺にそんなこと考える頭があるわけねえだろ! 事実なんだけどフリーナは後でデコピンな」
後で絶対泣かせてやる……ッ! 俺の復讐心を他所に、フリーナは九条さんにフォンテーヌで俺とどう過ごしてきたかを語り出した。ご丁寧に初対面のエピソードからだ。気の毒に……これは長くなるぞ。
彼女が語り終わる頃には中継地点まで着くだろう。俺はよく通る声をBGMに、窓の外に流れる景色を眺めた。
3. 稲妻 紺田村
「ルド=ウィーク……約束も無しに早朝から淑女を叩き起すのは『剣鬼』とかそういう問題抜きに人としてどうかと思うぞ」
「そうだな悪かったよっ! フリーナお前、どうして俺の印象を悪くするエピソードばかり言うんだ!?」
「君と過ごしていると、印象深いエピソードがそうなっちゃうのはどうしてなんだろうね?」
何も言い返せない。俺はうなだれた。もっと心温まるエピソードがあっただろうと記憶を探ってみても、思い当たるのは俺がフリーナをからかってる所ばかりだ。どうしようもないなこいつ。
九条さん達が中継地点に選んだここ、紺田村はいかにも農村といったのどかな村だ。こんなところに鎧武者集団は異質じゃないかと思うが、稲妻城に向かう一本道なだけあって慣れたもんなのだろう。皆大して気にしていないようだった。
「私は少し外すが、くれぐれも余計なことはするなよ。有事の際は部下の言うことに従って動くように! いいな?」
「へいへーい」
馬車から降りて背伸びを一つ。関節と筋肉がほぐれていくのを感じていると、同じように伸びをしていたフリーナが何かを見つけたようだ。ここまで来たら嫌でも目に入ってくるよな。
稲妻城。天を衝く天守閣と、そこに連なる城下町が特徴的な稲妻の中心地。朦朧とした意識で引っ張ってこられた記憶しかないが、今度はちゃんと見て回れるといいな。
だがその前に……俺はあの天守で、雷神と対峙しなければならない。『剣鬼』は居なくなったことを証明して、逆に問うてやるのだ。あの
「……それにしても、城のデザインはそそられるんだよなぁ」
あの顔はなんで着いてるんだ。変形か? 変形するんだろ。うちのメロピデスだって負けてないが、やはり合体とは違った良さがあると思います。
「あんたもそう思うだろ? 真後ろに立たれると落ち着かないから隣に立ってくれないか」
「…………」
九条さんが外した後に残ったのは先程の短刀を押し付けてきた彼。名前聞いてないし短刀くんだな。俺の願いが届いたらしく隣に移動してくれたが、やはり無言かつ無表情……こ、怖い。
「彼、何かルドに伝えたいんじゃないの?」
「すごいなフリーナ。分かるのか」
俺の影からひょこっとフリーナが顔を出した。この人俺の依頼人とかクロリンデさん以上に読みにくいぞ。そうなの? と顔を見ても何も分からない。ただ、ずいっと突きつけられたのは件の短刀。まさか、これを俺に?
「──! これは……」
「わぁ……! 綺麗な短刀だね」
鍔も何も無い黒色の鞘から刀身を確認すると、そこから覗くのは青白く光を放つ月のような刃。つまり──。
「あの時折れた刃先、あんたが持ってたんだな」
「……」
雷電将軍の無双の一太刀を受け流した時に折れて無くした刃先。彼はそれを短刀に加工して保管してくれていたようだった。元素視覚で見てみると、僅かに雷元素を帯びている事がわかる。四年以上たってもまだ残ってるとは恐ろしいな。これは新しい俺の懐刀にさせてもらおう。
「…………あの時は助かった。礼を言う」
「あんた喋れるのかよ! なになに、あの時っていつ───」
「敵襲──ッ!!」
その声が聞こえた瞬間、俺は素早くフリーナを庇って鯉口を切った。しかし、短刀くんがフリーナと俺を抱えて馬車に放り込む。なんで!?
「……絶対にそこから出るな」
そう言い残して短刀くんが行ってしまった。窓から外を確認すると、既に村の外で戦闘が始まっているようだ。あれは野伏衆に……海乱鬼もいるのか。でもこの戦力差、多勢に無勢と言うやつだろう。心配することはない。
「……ルド」
「大丈夫だってフリーナ。どう見ても寄せ集めの悪党共に九条さん達が苦戦するわけねえだろ」
「そこを疑う訳じゃないんだけど、なんだか胸騒ぎがするんだ」
確かに、短刀くんの顔は鬼気迫るものがあった。まるで死地に赴くような……兵士の質も数も揃っていて、さらに九条さんまでいるのにそんな顔をするだろうか? 相手は連携も何も無い烏合の衆だろうに。
考えられるとするなら、野伏衆達が強くなっているとか。大規模な戦が終わったばかりだしありえない話じゃない。だがそれは幕府の武士にも同じことが言えるからな。
「……嘘、どうして」
「どうしたフリーナ。戦闘が終わったのか……ッ!?」
窓の外を見ていたフリーナの声に考え事を中断された俺は、同じように外を確認して絶句した。
だらりと地に着くほどに下げられた刀。
水面を滑るような独特の脚捌き。
野伏衆の放った斬撃が、兵士の槍を両断して吹き飛ばす。不快な高笑いが聞こえてきそうな、歯列を剥き出し狂気に染まった顔を見た。
「──悪いフリーナ。少し待っててくれ」
「え、まっ! 待って!」
俺は馬車を飛び出して刀を抜いた。地面を擦るような下段で構え、水元素を足元に圧縮──爆発と共に滑るように前へ突き進む。
「
狙いは今まさにトドメをさそうとしている野伏衆。振り下ろされた刀の前に割り込み軌道を逸らし、バランスを崩した身体に斬撃を叩き込んだ。飛び散ったのは、赤い血ではなくどす黒い泥。こいつら人間じゃ──っ!?
弓矢を構えて応戦していた九条さんが振り返って叫ぶ。
「貴様ルド=ウィークッ! なぜ来た!!」
「聞きたいのはこっちだッ! なんでこいつらがこの流派を」
「「「みつけた」」」
その場の全員の動きが止まった。
野伏衆が、海乱鬼が俺を見ている。生気を感じない
「……総員、警戒は解くな。負傷したものは治療班の回復を受けるように」
九条さんの一言で各々が行動を開始した。俺も刀を納めて座り込んでいた武士を起こしてやる。
「ルドっ!」
「…………フリーナ。怪我人の治療を手伝ってもらってもいいか」
「う、うん」
俺は追いついてきたフリーナにそう頼んで、壊れた武器の回収と怪我人の救助を開始した。
そうでもしなければ、とても冷静じゃいられなかったのだ。
「アホたわけめ、有事の際は指示に従えと言っただろう。勝手な事をした挙句、客人のフリーナ殿の手を煩わせて……」
「そうだよばかルド。回復は任せて貰ってもいいけれど、君はすぐ衝動で突進しちゃうんだから……」
「ぐぬ……アホだのバカだの言い過ぎだろ。心の傷はなかなか癒えないんだぞ」
先程の襲撃から持ち直し、紺田村を出発した俺は、ガタゴトと揺れる馬車の中で二人からお小言をいただいていた。
勝手に飛び出したのは確かに俺の落ち度だが、そうでもしなけりゃもっと酷い怪我を負う兵士が出てきたかもしれないだろ! 俺の反撃に九条さんも思うところがあるのか追加の口撃はやめてくれた。
「……全く。まさかお前、あの時の行動も無自覚かつ衝動的なものだったのか?」
「あの時って、短刀くんも言ってたけどいつの話だよ」
「短刀くん? あぁ、あいつのことか。あれはお前に命を救われたと、お前が追放されたあとも訴えていたんだよ……『剣鬼』にそんな知能は無いとその時は一蹴したが、やはり無自覚だったんだな」
「『剣鬼』が現れるのは決まって、戦が激化して死人が増えそうな時だった。抵抗軍の中にもお前に命を救われたと言っている兵士がいると聞く」
「───」
「軍師としてはいい迷惑だ。優勢の時、押し込めそうな場面でお前は現れて何もかもめちゃくちゃにして帰っていくんだからな。おかげで予想より怪我人は増えたが、死者は減っている」
「……そっか」
俺は背もたれに寄りかかった。どうやらハッピー戦闘狂だった俺にも最低限の矜恃があったらしい。隣のフリーナのアホ毛がぴこぴこ揺れる。こうも自分の事のように喜ばれると少し気恥しいな。
「それで、俺が今聞きたいのはアイツらの事だ。いったい稲妻で何が起こってる?」
「……それは、将軍様に直接聞くのがいいだろう。着いたぞ」
九条さんが扉を開いた。風が桜の花弁を運んで馬車の中に入ってくる。
「ようこそ稲妻城へ、歓迎しよう」
というわけで、俺たちの旅の目的地にして終着点……稲妻城に到着である。
4. 稲妻 稲妻城
「お! フリーナちゃんっ! 待っとったで!!」
「ゎぷっ!?」
稲妻城へ続く道を行進していると、明るい茶髪の少女がフリーナに飛びついてきた。くそー。護衛なのに接近を許してしまったー。
「よ、宵宮っ!? 久しぶり……あうぅ」
「うりうり、相変わらずふわふわで可愛ええなぁ……あ、ルドくんも元気しとった?」
「おう。というか俺たちがここに来ること知ってたのか?」
「知ってたというか、ルドくんが行くところフリーナちゃん有りって感じやん?」
「あぁそう……そうだな」
彼女の中で、俺とフリーナはセット扱いだったらしい。間違ってはいないな。
ここで談笑するのも悪くないが、生憎今は仕事中なので宵宮さんとはここでお別れだ。約束は取り付けたので話が終わって一段落着いたらまた会いに行こう。
坂を登って階段を上がり、また坂を登る。遠目に見えていただけの天守閣がどんどん近くなっていき、その下に鎮座する神像もよく見えるようになってきた。
目狩り令が始まって以来、あそこに溜め込まれていた神の目は取り外されてすっかりただの石像になったソレを見ながら、そういえば俺の神の目はどこにはめ込まれていたのか気になってきた。羽の部分の端とかかな?
城下町の中での視線にも慣れたもんである。ここで暮らしている人はあの日神像の前まで連れてこられた俺を目撃している。綾華さんを怖がらせた狂気の顔はなりを潜めているが、それでも俺に嫌悪感を抱かない人の方が少ない。短刀くんのような人物が特殊なだけだからな。ここでの滞在期間で俺と一緒に居るフリーナが嫌な思いをしなければいいのだが……。
「…………っ」
天守に続く大門を通った瞬間、今までの空気が一変した。
肌に静電気が纏わりつく感覚。無数の目に睨めつけられているような錯覚を起こして足が重くなっていく……。
こつん、と横から小突かれた。重苦しい空気が少し晴れる。俺の視界の端で白いアホ毛がぴょこんと揺れた。
そうだな。あの時と違って俺の隣にはフリーナが居る。そもそも闘いに行く訳でもないのだ、堂々としていよう。
天守閣の中に入り、迷路のような通路を九条さんに置いていかれないようついて行く。いくつもの曲がり角を曲がり、足が疲れるほどの階段を登った先。長い廊下の奥に重圧を感じる扉が現れた。
「私が同行できるのはここまでだ。将軍様はこの奥にいる。くれぐれも、くれぐれも! 失礼の無いように」
「あれ、九条さんは着いてこないのか?」
「……断られたんだ。しかし、相手はお前だ。護衛の必要はないだろう」
そりゃ確かに必要ないわな……俺は肩を竦めて目の前の扉を見つめた。
直接顔を合わせるのは四年ぶりだが、この気配は嫌でも俺の骨身に染み付いている。相変わらずの神気だな。
「……行くぞ」
俺は、ゆっくりと扉を開いた。
扉の先には、ただただ広いだけの空間があった。
床が所々焦げている所を見るに、なにか大きな戦闘があったのだろう。辺りを見渡していた俺の視線は、部屋の奥にある神座……そこに正座する人影で止まった。
「彼女が、雷電将軍……」
ぽつりとフリーナが呟いた。
まるで人形のような完璧な美貌。絶世の美女を体現したような彼女だが、それは雷神を語る上で殆どいらない情報だ。
座したままでもその姿に一切の隙は無く、岩神のような情も存在しない。永遠という理想の元、魔神も妖怪も容赦なく切り捨て稲妻を統治した武神。それが雷電将軍である。
「無銘のルド=ウィーク。ずっと貴方を待っていました」
「…………呼ばれた通りに来てやったぞ。将軍様よ」
閉じられていた瞼が開き、雷電将軍が立ち上がる。紫電を帯びた視線が俺を貫いて、かすれた息が喉を鳴らした。
怖い、恐ろしい。今すぐ逃げ出したい……! 反射的に刀を握ろうとする手を理性で押し付けて、一歩踏み出す。俺はもう『剣鬼』では無い。平和的に話し合おうじゃないか。
無理みたいじゃん? 紫電と共に将軍の動きがブレた。時間が引き伸ばされ、将軍の動きを目で追う事は出来る。鍾離さんとの手合わせの成果が現れたのはいい事だが、身体が追いつかない!
受け流す事も不可能。無意識にフリーナを庇おうとした為に身体が開いたせいだ。
もう目の前にまで将軍が迫る。一切の感情が読めない瞳に、強ばった俺の顔が映った。将軍が両手を伸ばしてくる。このまま首をへし折るつもりか!?
避け……無理──死ッッッ!!!
「ルド──っ! …………ぇ」
俺の視界が真っ暗になった。死後の世界はなんというか柔らかく暖かさに溢れた世界であるらしい。住めば都ってやつかもしれないな。
結論から言えば俺は死んでいなかった。でも死んだことにしてもいいか? この現実を受け止めたくないんだ。
「なな 、ななな……なぁ──っ!?」
「……よく帰ってきました。偉いですね」
わなわなと変な叫び声をあげるフリーナの声を後ろに聴きながら、聞いたことも無い優しい声で雷電将軍が囁く。
ルド=ウィーク。享年二十歳。死因は