俺はフォンテーヌ生まれ稲妻育ち   作:残雪侍

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あけましておめでとうございます。海灯祭を祝して!(大遅刻)


雷鳴の章・第三幕

 

 

 1.稲妻城 天守 将軍の間

 

 

「わああああぁぁ!?!?」

 

「ご……ッ!?」

「あら……」

 

 絶叫、後に浮遊感。真っ暗になっていた視界が再び光を取り戻して、勢い余って逆さまになった。

 何者かが死んでいた俺の腰を掴んで弧を描くように床に叩きつけたのだ。ジャーマンだかスープレックスだったか名前を付けられたソレを喰らった痛みで現世に引き戻される。俺は生き返った!

 反転した俺の世界に、見慣れたカニさんがのそりとやってきた。成程、サロンメンバーが居るということは俺をぶん投げたのはジェントルマン・アッシャーか。あの、クラバレッタさん? 顔をべちべちするのはやめて欲しいんだけど。

 

「き、ききき君はっ! 一体何をしているんだ!? る、ルドにあんな、あんなっ!!」

「貴女は……フォンテーヌの水神ですか。ここまでルド=ウィークを連れて来てくれた事、感謝します」

「うっ!? どうしてその事を……いやいや、話を逸らさないでくれっ!」

 

 俺は痛む背中を擦りながら胡座をかいた。未だに頭をべちべちしているクラバレッタさんを膝に乗せ、雷神と(元)水神のやり取りを見守る。

 フリーナが水神だった事が即座にバレたのは、今まで出会ってきた神の反応を見るに今更驚く事でもない。ふしゃーっと威嚇するフリーナに対し、雷電将軍は無表情。正しく【無】だ。この顔で本当に俺を抱きしめるなんて暴挙にでたのか信じ難いな。

 

「何を驚いているのです。人は、再会を喜ぶ時に抱擁を交わすものなのでしょう?」

「それはっ、親しい相手にならするかもしれないけれど……君とルドはそういう関係じゃないだろう!」

「なるほど、それなら私は間違っていないようですね」

「え?」

 

 将軍が俺を見た。ゾッとする程の視線だが、フリーナが雰囲気を壊してくれたおかげで俺もだいぶ冷静になった。さっきみたいな無様はもう晒さねえぞ。

 

「私はルド=ウィークの……ルドの母親になる機能を獲得したのですから」

「ちょっと待てぇ!!」

 

 俺は勢いよく立ち上がった。膝の上に乗っていたクラバレッタさんがころころ転がっていく。無様とか言ってる場合じゃない。それよりなにか大切なものを失いそうになっている気がする。

 

「る、ルドのお母さんが将軍で……でもリドルとサテラの子供がルドで……? つまり将軍はフォンテーヌ出身で??」

「落ち着けフリーナ、訳わかんねえこと言ってるぞ。将軍は正座だ正座ッ! 一から、一から説明しろ!」

 

 俺はマジックポケットから座布団を三枚と、フォンテーヌとスメールの茶菓子を幾つか取り出した。魔法瓶から程よく温まった緑茶も出せば、即席の茶会としては十分だろう。さぁキリキリ話してもらおうか!

 

「わぁ……こ、これは噂に聞く千霊(フォンティナリア)ムース……!」

「誰!?」

「ぁ……っ! ──私に菓子は不要です。貴方の疑問に答えましょう」

 

 い、今将軍の顔がイメージぶっ壊れる勢いで破顔した気がするんだが……? 思わず大きな声を出したが、俺の天敵(トラウマ)がまさかそんな顔するわけないよな。気のせいだ……きっと。

 

 

 2.

 

 

 だだっ広く殺風景な部屋に座布団三枚。俺の想像からは大きく外れたこの会談は、やっとまともに話ができるほどに落ち着いた。隣に座るフリーナはまだ放心状態だが、お菓子を与えていればいずれ正気を取り戻すだろう。ぐるぐるした目で菓子を齧る彼女を気にかけつつ、俺は将軍との会話を試みた。

 座布団の上に座る将軍は、そのまま人形としてグッズ化してもいいくらいに完璧で、綻びなど一切感じない雰囲気を漂わせている。先程の破顔も、最初の俺を息子と呼ぶトンチキも俺を驚かせる為のドッキリであればどんなにいいことか……。

 

「それで……俺をここに呼び付けた理由。封印が解けた俺がまだ危険人物なのか直接確認するためだと思ってここまで来た訳だが、あんたどういう理由で俺を呼んだんだよ」

「手紙に書いた通りです。ここへ呼んだのは貴方を再び見極めることと、かけていた封印を取り外すこと……随分と待たされましたが」

「悪かったな、次送る時は普通の手紙にしてくれ」

 

 誰が因縁の相手のブロマイドを裏も含めてじっくり眺めようとするんだ。

 

「それよりこちらからも質問を。封印を自力で解いたようですが、身体の方は無事なのですか?」

「その言い方、やっぱり俺の神の目になにか仕込んでたな? 参考までに聞くけど、勝手に封印解くとどうなるんだ」

「元素爆発を封印状態で使うと死にます」

「だよなァ!!」

 

 おかしいと思ったわッ! いくら元素爆発を久しぶりに使ったとはいえ、あそこまで急激に瀕死になるわけが無かったのだ。つまりなんだ? フリーナに神の目の使い方を伝授した決闘の、俺の衰弱死未遂は将軍のせいってことになるわけだ。俺を死なせないように寝ずの看病をしてくれたフリーナに謝ってほしい。

 補足を入れると、封印の消滅と俺の生存は神の目を通じて分かっていたようだ。そういえば綾人さんも俺の現状を将軍から聞いていたみたいだし、本来なら死ぬはずの俺がこうして生きている事こそが、俺が『剣鬼』でなくなった何よりの証拠という事だな。

 

「私は貴方の認識を改めなければなりません。私が釘を刺すまでもなく貴方はその力を正しく使った。『剣鬼』は去ったと言っていいでしょう」

「……ふん、当然さ。僕のルドは誰かのために頑張れる人なんだ。君たちの言う『剣鬼』なんかじゃない」

「フリーナ…………口にソースがついてるぞ」

 

 自分の分のお菓子を食べきったフリーナが会話に戻ってきた。茶会の礼儀作法が吹っ飛ぶくらい動揺していたのであろう彼女の口を拭ってやって、おかわりの茶を注ぐ。

 

「そうですか、ルドが他の人のために……素晴らしい成長です。同時に母親としては寂しくもある───なるほど。これが子離れ、というものなのですね」

「「ぶふっ!」」

 

 俺たちはむせた。飲んでいた茶が気管に入ったのだ。

 ヌヴィレット様もそうだが、上位者は何故真顔で変なことを口に出せるんだろう。それができないから俺たちは凡人ってコト? まとも神だったナヒーダ様が恋しいぜ……。

 

「けほっ、それだそれ! いつ俺があんたの息子になったんだ!? 」

「────そう、あれは神子が拾ってきたモノから始まりました」

 

 マジか、なんだか複雑かつ長そうな話が始まりそうだ。神子……巫女? 確か将軍と一緒に巫女服の人がいた気がする。時間はあるしいくらでも語ってもらっていいのだが、その前に。

 

「語りパートに入る前にソレ、食べてもいいんだぞ」

「っ!……はい! いいえ。私は……っ今は私がルドと話しているのです。菓子など後でも……良くないですよっ」

 

 なんだか将軍の様子がおかしい。千霊ムースに伸びる左手をがっちり右手で掴んで止める姿は身体を何者かに乗っ取られそうになっている人のそれだ。なに? 将軍の中にも別人格がいたりするのかな?

 

「おお、そこに気づくとは。なかなか勘が鋭いでは無いか、ルド?」

「誰だよてめーは。勝手に現れて人の心を読むんじゃねえぞ」

 

 するっと俺の横から手が伸びたかと思えば、そいつは狐の指を作って俺の菓子を盗って消えた。千霊ムース大人気である。だがソレは俺の好物でなッ!

 俺はバッと振り返った。しかしそこには誰も居ない。視界の端に残る雷元素の残滓を辿って視線を前に戻せば、将軍の横にはいつか見た巫女服のお姉さんが千霊ムースを口に放り込んでいた。彼女が推定神子さんとやらか?

 んなことはもうどうでもいい。俺の意識は既に彼女から外れていた。

 

「な……ん? え」

「ん〜〜っ! 団子牛乳とは違ったもちもち食感に、中のソースもとろっとしていて美味しいです! ……すみません。おかわりはありますか?」

 

 雷神の威厳とか威圧感とか吹っ飛ばしてもちもちと千霊ムースを頬張り、かと思えばキリッとした顔でおかわりを要求してくる姿は大いに頭を混乱させてくれる。俺の恐れた雷神の姿か、これが……?

 要するに、だ。

 

 雷電将軍がぶっ壊れた。

 

 

 3.

 

 

「───と、いう事情があってな。精神の磨耗を避け、稲妻の永遠を実現する為に雷電影は自分の身体をつかった人形……『雷電将軍』を作り上げたわけじゃ」

「将軍の言っていたことは気にしないでください。私はあまーいお菓子が大好きです! 献上品はどんどん出してもらって構いませんよ」

「があぁッ! 一つ説明される度に説明して欲しい事が増えていきやがるッ!」

 

 俺は頭を掻きむしった。知らない単語がぽこぽこ生まれては、それを補足するための新情報が増えていく。俺が今まで雷電将軍だと思っていたのが人形の影武者で、こっちのお菓子をねだってくるもちもちお姉さんが本物の雷電将軍だと? (マスコット)やってた時のフリーナと同じくらい威厳が無いぞ。

 

「ちょっと待ってくれ。その話だと将軍は磨耗に対抗する為に感情を獲得したらダメなんじゃないのかい? 彼女、随分ルドに執着しているみたいだけど……」

「「…………」」

 

 フリーナの質問に二人が固まった。おい、無言で笑みを浮かべるのやめろ。その反応を見るに予期せぬ事態が起こってるんだろ、さっさと白状しろ!

 犬歯を剥いて迫る俺に、神子さんはふぅとため息をついて話し始めた。

 

「少し前の話じゃ。浜辺で変わった霊魂を見つけての。通常なら成仏するか、波と共に散り散りになるだけのそれが一つの執着のみで形を保っている……不変の執着、それすなわち永遠だと思わぬか?」

「思わ……待て待て、まさか」

「まさか人格に影響を及ぼす程に強い感情だったとはな! この仙狐の目を持ってしても見抜けなんだ」

「乗っ取られてんじゃねえか! なんてもん食わせてんだ!!」

 

 拾い食いLv90みたいな事してんじゃねぇ! というか将軍──ややこしいな影様!? 自分の身体がとんでもない事になってるのに呑気に菓子食ってていいのか!

 

「確かに、性格に変化があったのは予想外でしたが、この変化は一時的なもの。私は将軍が獲得した感情を、永遠の途中にある小さな揺らぎとして見守る事にしました」

「そんなあっさり受け入れんなよ……」

 

 そのメンタルがあれば何もしなくても磨耗に対抗できるのでは? 俺は訝しんだ。

 ともあれ、将軍ご乱心の真相は大きすぎる愛ゆえにという事だったらしい。自身を母親と誤認させるほどの執着……誰の魂か知らんが恐ろしいものである。

 

「さて、そろそろいい時間です。あなた達の滞在については社奉行に一任していますので、外にいる彼と合流して──」

「待てよ。まだ一番大事な事に答えてもらってねえぞ」

 

 すっかり二人のペースに呑み込まれて危うく流されるところだったが、俺にとって将軍の真実はそこまで重要な事ではない。

 

「ここに来るまでの道中でおかしな野伏衆と海乱鬼に遭遇した。あれは一体何だ? 俺の流派と……師匠と何か関係があるんじゃねえのか」

 

 俺の記憶に新しいのは、あの不愉快な笑い声。『自分こそが世界で一番強い』という驕りきった精神性。身に覚えがありすぎて嫌になる。

 俺の問いかけに、和やかに収束しつつあった空気が再び張り詰めた。影様の表情が少し険しいものになり、神子さんはこちらを値踏みするように目を細める。

 やがて、影様がその口を開いた。

 

「……ええ、その事は既に裟羅から聞いています。貴方と同じ技を使う異様な侍達、彼らについて」

 

 

「今は、私から話すことはありません」

「話せよ!!」

 

 俺はコケた。

 ぶぶー。と口の前に人差し指を持ってきて‪✕‬マークを作る雷神。このあざといポーズと無表情。将軍に代わりやがったな!

 話さないと言われて素直に引き下がるのであればここまで来た意味が無い。俺は身を乗り出して将軍に詰め寄った。いざとなりゃ力づくでも……っ!

 

「こら、落ち着きなさい。ルド……今のあなたには圧倒的に稲妻での信頼が足りていません。理由は言わずとも分かりますね?」

「…………クソが。やっぱりそうなんだな」

 

 この件には間違いなく師匠達が関わっている。今の俺が首を突っ込んだところで、周りからは敵が増えたようにしか見えないだろう。不要な警戒と緊張をさせた状態で解決出来るような問題なら、俺が来る前に終わっているはずだ。

 

 自分の愚かさを改めて自覚する。たった数人に許され感謝された程度で拭える過去では無いのは分かっていたはずだろうに。熱くなっていた身体が急激に冷えていくような感覚……俺には責任をとる事すら出来ないのか?

 元凶は目の前にいるのに、そこにたどり着く資格が俺にはない。頭の中で、透明な壁の向こうに三人の怪物が笑っているのを見た。奴らは動けない俺に見せつけるように人を斬っては「お前のせいだ」と嘲笑う。

 やけにリアルな想像だ。だが、俺が何もせず放置していれば、必ずそうなる予感がする。その殺戮の行き着く先は──……。

 

 ふと、赤く染められ倒れた人の中に、見慣れた白い髪の少女を見た。

 

「───このままだと、俺はまた大切な人を失う」

「……ルド?」

「師匠は俺を待っている。俺が来るまで、あいつらは周りに被害を出し続けるはずだ。放っておく訳には、いかない」

「頼む、俺に師匠と決着をつけさせてくれ!」

 

 俺は深々と頭を下げた。これ以上、俺のせいで大切な人を傷付けられるのは御免だ。今度こそ俺は……!

 

「……落ち着きなさいと言っているでしょう。私は『今は』と言ったのです」

「……?」

「ルド=ウィーク。今から貴方に試練を課します。これを遂行できた暁には、この問題に関わる事を許しましょう。神子、あれを」

「ふふ、ルド。今の独白は中々に良かったぞ? ほれ──」

 

 顔を上げた俺に神子さんが丸まった紙を放り投げた。短い巻物のようなそれを開いてフリーナと一緒に覗き込む。この用意の良さ……まさか俺が頼み込むことすら予想済みだったのか?

 

「なになに? 書いてあるのは……裟羅と神子の絵に、これは街の人かな?」

「……なんか下の欄にびっしり依頼が書いてあるんだが」

「そこにはルドにやってもらう依頼を記しています。稲妻の市民を助け、神子と裟羅に認められなさい。そうすれば貴方の評価は覆り、偏見と疑いの目で見る人は減るでしょう」

 

「さしずめ『評判任務』と言ったところじゃな。フリーナの護衛は社奉行に任せよ。お主が依頼をこなしている間は視察をしてもらう予定になっておる」

「乗せられた感が凄い……が、その依頼引き受けさせてもらう。てなわけで、ごめんフリーナ。少しの間だけ待っててくれるか?」

「いいさ。君の我儘は今に始まった事じゃないからね。さっさと問題を解決して君の凄さを稲妻中に轟かそうじゃないか!」

「……あぁ、任せろ!」

「では、今度こそ話は終わりです。まずは社奉行と合流してゆっくり休んでください。いい報告を期待していますよ」

 

 奥にあった襖がひとりでに開け放たれ、さっと立ち上がった将軍は行ってしまった。神子さんも登場した時と同じく音もなく消えてしまっている。残ったのは二人分の座布団としっかり食べられた空の皿のみ……。追加で菓子作っといた方がいいかもな。

 片付けを終えた俺は立ち上がって帯に武器を通した。ここでやるべきことは決まった、なら後は頑張るだけだ。

 

「影様の話じゃ外に社奉行の人が待ってるんだったな……長話で待たせちまった。さっさと行こうぜフリーナ……おいどうした?」

 

 なんだ? フリーナがいつまで経っても立ち上がらない。見ると、体を丸めてぷるぷると震えている。俺はこの光景に覚えがあった。痛てーよなアレ。

 

「る、ルド──っ」

「おう」

「あ、足が……っしびれ……って、動けな……っ!」

「……ほんと、締まらねえよな」

 

 正座は稲妻人の必修科目だ。社奉行に着いたら、コツを教えてやるべきかもしれないな。

 

 

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