俺はフォンテーヌ生まれ稲妻育ち   作:残雪侍

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雷鳴の章 終幕

 

 

 1. 稲妻 稲妻城 天領奉行府

 

 

 稲妻城の天守閣には、そこへ至る階段の脇にそれぞれの奉行所を構えている。

 その中のひとつ、天領奉行が管理する建物の中で俺は正座していた。

 両脇を固めるのは奉行所の中でも先鋭の武士達。ズラっと並ばれているのですこぶる居心地が悪い。救いなのは、稲妻に戻ってきた時に感じていた殺気や緊張感がかなり薄くなった事かな。『評判任務』様様である。

 

 さて、俺もわざわざ雰囲気を悪くするためにここに座っている訳ではない。俺の目の前に凛とした態度で正座するのは天領奉行の大将、九条裟羅さんだ。この人だけ俺が何しようと態度が変わってない。きっと好感度の器がこれでMAXなんだろうな。お猪口かよ。

 

「よう九条さん。『評判任務』最後の依頼を受けに来たぜ」

「──よくここまで辿り着いたなルド=ウィーク……なんだその痕は、怪我でもしたのか?」

「気にしなくて良い。マジで聞くな」

 

 俺は首筋を掌で隠した。まさかシャツの襟元ギリギリの所狙って吸われてるとは思わねえよ。包帯や絆創膏で隠すとさらに目立つので、虫刺されとでも思っていて欲しい。

 

「俺の事より評判任務だ。やっとここまで漕ぎ着けたんだからな。どんな依頼だろうと秒で解決してやるさ」

「ふ、良いだろう。私から貴様への依頼を伝える」

「よし来い!」

 

「無いッ!!」

「無い!?」

 

 お前っ! えっ、はぁ……っ!? なんでそんなドヤ顔ができるんだこの鴉天狗!!言っていいことと悪いことがあるだろ!

 

「正確に言えば、それどころでは無くなった。神無塚の地に大規模な影の軍団が形成されたとの報告を受けてな。陣の中心にいるのは、金髪の落武者だ」

「!! じゃあ俺も──」

「貴様がこの作戦に加わる資格は無い。分かっているはずだ」

「ぐ……ッ」

 

 なんだこの理不尽は! 俺が作戦に加わるためには評判任務をクリアする必要があり、評判任務をクリアするためには九条さんの依頼を完了させる必要がある。九条さんが俺に依頼を出すためには、まず影たちを何とかする必要が───いや納得出来るかァ!

 我慢できずに立ち上がった俺に両脇の侍共が同時に鯉口を切る。やだなぁ詰め寄ろうなんてしてませんよ。冗談ですやん……稲妻人こわい。俺はまた座り直した。

 

「さぁ、お前の評判任務はこれで終わってしまったな? 任務不達成の不名誉と共に、視察を終えたフリーナ殿と国へ帰れ」

「……そんな言葉ではいそうですかって帰れるほど、俺は物分り良くねえぞ」

「ではどうする? 貴様がどんな手段を用いようと私の答えは変わらない。潔く諦めるんだな」

 

「…………実は、ここに雷電将軍のピースサインのブロマイドがあるんだが──」

「ッ! ……ッッ!! く、この……ッ!」

「揺らいでんじゃねえかよ」

 

 俺の取り出したブロマイドに伸ばした腕をガッと掴む九条さん。その動作と表情、お菓子をチラつかせた時の影様そっくりだな。さすがは忠臣。

 

「おのれ『剣鬼』! なんて卑怯な!」

「九条様が雷電将軍を慕っているのを知っての狼藉か!」

「負けてはなりません! 『祭壇』を掃除する度にこいつの顔が浮かぶ事になるんですよ!? 耐えてください九条様!」

「ええい黙れお前たちっ! 私はルドと話があるから外に出ていろ!」

 

 おっと、流れが変わってきたぞ? 「九条様!?」と驚愕する武士たちを九条さんが部屋から追い出した。ふはは俺の横を通る度に聞こえる舌打ちや呪詛の声も全く気にならんね。呪物だと思っていたこいつがこんな効果を持っているとは! 俺はぴらぴら写真を振りつつ歯列を剥いた。コレが欲しいんだったら……わかるよな?

 

「へっへっへ……そら言うんだ。俺を作戦に参加させますってなぁ。そうしたらこのブロマイドはお前のもの──ひいぃ危ねぇ!?」

 

 俺はころころ転がってその場から避けた。先程まで自分のいたところに矢が突き刺さる。

 

「私を、なめるな……ッ! そんなブロマイドなど……」

「だ、だよな! 九条さん賄賂とか絶対許せないタイプの人だもんな!」

「貴様を殺して奪い取ればいいだけの事……ッ!」

「わあ合理的。理性は迷子かな?」

 

 だが待ってくれ。こいつはただの突破口に過ぎない。これだけで解決出来たら俺の今までの任務はなんだったんだって話になるだろう。俺は次の矢を番えようとしている九条さんに待ったをかけた。

 

「俺を殺さなくてもこいつはやるよ! 元々俺には不要だしな……ただしひとつ聞いて欲しい事がある」

「なんだ? 遺言としてなら書面として残す事も許してやるぞ」

「遺言でも命乞いでも無いよ。よく聞け」

 

「『剣鬼』には明確な弱点がある。俺はそれを知っている」

「……!」

「今のままだとお前の部隊。全滅はないにしても出さなくてもいい犠牲を出すことになるぞ」

 

 ぴたり、と九条さんの身体が止まった。俺の目に嘘がないことを見抜いてくれたようで何より。やっと話を進められるな。

 

「……それは、脅迫のつもりか。私に判断を誤るなと?」

「『剣鬼』と闘うんだろ? なら、専門家の力は擦り切れるまで借りるべきだと思うんだがな。軍師様よ」

「…………はぁ。これは我々の問題なのだから、任せっきりで良いのだがな」

 

「いいだろう。評判任務最後の依頼は、私との試合だ。今のお前がどれほど役に立つのか見極めてやる」

 

 そういうことになった。

 

 

 2.稲妻 稲妻城 千手百目神像前

 

 

「ルールはどうする? 叩いて被ってじゃんけんぽんとかどう?」

「貴様ふざけているのか。それで見極められるのは動体視力だけだろう」

「ふざけないとやってられねぇんだよ! なんだこのギャラリーは!!」

 

 あと動体視力を見極めようとしてくれるのは真面目がすぎる。冗談に決まってんだろ。

 かつては神の目を持つ人間から、その願いを奪い取る処刑場となっていた広場。千手百目神像の見下ろす場所で俺は九条さんと対峙している。試合は望むところなんだけどな、こんなに人が集まるのは聞いてないんだけど?

 

「皆、お前の強さが気になるのだろう。遠い戦場で大暴れした剣の鬼の実力がな」

「そういうこと? 確かに俺がここに来た時やったことなんて、雷神の一太刀を受け流した事くらいだもんな」

「それはただの噂だ。将軍の秘技が貴様ごときに破られるわけが無いだろう」

「あなたも見てたじゃんよ」

 

 そんなに認めたくない? 虚空から弓を取り出した九条さんはどうやら記憶を都合よくねじ曲げているらしかった。怖いね。

 戦闘準備が終わったと判断されたのか観客のざわめきが消えた。こういう所はいつもの決闘と変わらないな。俺も抜刀して構える。

 

「……もうちょっと離れた方がいいか? フェアじゃないだろ」

「不要な心配だ。お前と戦場で戦う時の私は、軍師としての私だったが……」

 

 紫電が走る。目の前にいた九条さんが消えた事を認識する前に、視界の端に移った軌跡を俺は見逃さなかった。

 振り向きざまに斬りあげた刀が矢を捉え、鏃から両断する。次いで()()()()()()()()()()()()()()飛んできた二の矢三の矢を叩き落として残心をとった。一秒にも満たない間に三度の攻撃……なるほどこれが。

 目の前に戻ってきた九条さんの背中からは、鴉を連想させる四つの黒い羽が生えていた。

 

「私は鴉天狗の末裔───間合いなど、この速度の前では意味をなさない」

「そりゃ失礼。なら、こっちも遠慮はしなくていいなッ!」

 

 飛び込んだ俺を矢の雨が迎え撃つ。ご丁寧に雷元素を乗せて速度をブースト。それに加えて軌道も変えてやがるな! 俺は刀に水を纏わせて思い切り振り抜いた。散弾のように飛び散った水元素が感電反応を起こして矢の勢いを殺す。

 初速を潰された影響で思うように加速が出来なかった。少しでも遅いと九条さんに攻撃が届かない。かつて空を神速で駆けた天狗の末裔……飛べなくなった今でもこの速度は十分脅威だな。

 

「随分と小賢しい手を使うようになったな。昔のお前なら、矢が刺さろうとお構い無しに私の所まで突き進んで来ていたぞ!」

「今までの旅で出会った人たちが、俺を人間に戻してくれたんだ。いつまでも俺を『剣鬼』のままだと思ってると痛い目見るぞ!」

 

 集中。俺はその場で立ち止って刀を下段に構えた。神経を研ぎ澄ませて飛んでくる矢を、その先にいる九条さんを見据える。

 俺の耳を感電反応の音が叩いた。高速かつ少しの狂いもなく動かした腕は身体に当たるはずだった矢を全て弾く。可能な限り攻撃を引き付けたのは、次の攻撃の一瞬の間を狙うためだ。そして!

 

「───ッ!」

「よう、追いついたぜ」

 

 刀が届く間合いに九条さんが入った。『剣鬼』の時には使用していなかった水元素を圧縮させて行う縮地。最初から最高速度を超えてくるとは予想してなかったみたいだな!

 俺は体の勢いはそのままに、上段に構えた刀を振り降ろそうとして──。

 

 

 辺りに散らばった矢の残骸、鏃に刺さった黒い羽が雷元素を残している事に気がついた。

 

「天狗呪雷・伏!」

「ぐ……ッ!?」

 

 身体中を雷撃が駆け抜けていく。刀に纏った水が剥がされて勢いが止まった。雷元素を忍ばせての時間差攻撃ッ!? 通常攻撃だと思ってた矢の雨が布石だったとか、流石軍師だな……!

 

「人間に戻ったと言ったな。それは好都合───」

「私が今まで、どれだけの人間を相手にしてきたと思っているッ!」

 

 神速。無理矢理振り降ろした俺の刀が空を切る。今から踏み込んでも届きそうにない間合いの先には、神の目を溢れる雷で満たした鴉天狗の姿が。

 

「───『煌煌千道鎮式(千なる雷光)』!!」

「ッのやろう!!」

 

 特大の雷が落ちた。

 広場を貫通するほどの雷撃。悲鳴を上げる観客などお構い無しで後を追う稲光が走り、有り余る雷元素から発生した電熱が水元素と干渉して蒸発。蒸気と砂埃が辺りに舞った。煙が晴れたら、そこには人を原料とした炭が転がっていることだろう。

 

「『鬼神演戯(俺じゃなかったら死んでるな)』ッ!!」

「来るか、鬼神演戯──それは読んで……なっ!?」

 

 煙幕を蹴散らすは三の刃。今までのダメージを覆して増えた俺に九条さんが矢を放ったところで、自信に満ちていた表情が驚愕に染まった。

 

 そこには分身しか居なかったからな。太陽に影が差し、彼女が違和感に気づいて空を見上げる。もう遅せぇ!

 

「あれはなんだ! 鳥だ? 鴉だ!? 勿論──」

 

「俺だあぁァ!!!」

 

 元素爆発を食らう瞬間、飛び上がって刀で雷を受けたのだ。こいつは俺の意思が折れない限り壊れないらしいからな。避雷針にさせてもらった。あとは体を焼くダメージを元素力に変換。神の目の充填を完了させて今に至る。

 

 俺は刀に残った雷元素を放射して加速した。直線的な動きだ、そりゃ迎え撃つよな。ただ、分身の事を忘れてないか?

 分身の一人が地面に刀を突き刺して水元素を広場に流し込む。染み込んだ水が呪雷を探知して飲み込んだ。二人目、鋭く切り込んだ分身は九条さんの意識を嫌でも引きつける。これで伏兵も迎撃の手も潰した!

 

 残る三人目は神速を使って離脱した九条さんに追いつくための、方向転換兼射出装置としてッ!!

 分身を足場にして再加速した俺の斬撃が九条さんの弓を両断した。踏み込みは十分。あとは……ッ!

 

「私を見くびるなッ! 弓がなければ──ッ!?」

「『無刀(むじん)・河流れ』ッ!」

 

 見くびっても油断してもいない。用意周到なあんたならそれくらいはすると思ってたからな。九条さんが虚空から取り出した刀が俺を斬る前に、片手でその軌道を逸らした。幼女泣かせの不名誉な技もこれで汚名返上でしょう。

 

「───どうよ。俺の力をお前が適切に使えば、『剣鬼』如き敵じゃないだろ?」

「…………あぁ、そうかもしれんな」

 

 俺の刀は九条さんの首筋に。周りで見ていた武士が俺の勝利を宣言し、広場に割れんばかりの歓声が鳴り響いた。

 この祝福の声は、俺が稲妻に生きる人の信頼を勝ち取った証だ。あの日同じ場所で失ったものを俺は取り戻したらしい。これにて評判任務完全攻略!!

 

 

 3.稲妻 稲妻城 花見坂

 

 

 その日の暮方の事である。一人の男が、馬鹿でかい桜の木の完全な真下で待ち人を気持ち悪いくらいにずっと待ちまくっていた。俺である。

 最後の視察を終えたフリーナと稲妻城の入り口で待ちあわせているのだが、稲妻城から甘金島まで行く人の群れがもう嫌になっちゃうくらいに多い。

 

 誰も彼も浴衣に甚平姿で幸せそうな顔して……雷で焼けた煤がベッタベタについたり、所々装飾のびっくりするくらい剥げた我が戦闘服が浮きまくっている。着替えも無いしどうしたもんかね。

 

「──────ド」

「ん?」

 

「ルド〜っ!」

 

 ぴょこんと、群衆の中から手が生えた。右手、左手、また右手……交互に現れる手の持ち主は、さながら人の波に溺れているようだ。泳ぐのは得意だろお前。

 俺はため息をひとつ吐いて桜の木に預けていた背中を起こした。すんませんすませんと謝りつつ人混みをかき分けて進んでいき、伸ばされた左手を掴みにいく。

 

「こっちだもっと手ぇ伸ばせ! ほら、引っ張る……ぞっ!」

「ぷはっ!」

 

 俺の掛け声と共に人混みから引っ張り出されたフリーナ。擬音をつけるならさぞ間抜けな音を奏でていること間違いなしだが、如何せん引っ張る力が強かったらしい。胸に飛び込んでこられたのを受け止めるが、勢いを殺しきれずに一二歩下がる。

 

「とと、大丈夫かよ。本当に世話の焼けるやつだなお前……は」

「あ、ありがとう。この格好だと少し動きにくくてね……って、なんだいその顔?」

 

 今日のフリーナは、俺がよく知る彼女ではなかった。

 浴衣だ、寝間着用の簡素なものじゃない。二色の色違いの蒼に、所々散りばめられた白い花の刺繍はフリーナを意識して仕立てられた特注品だと分かる。

 帽子を無くしたふわふわの髪も今日は後ろで結っており、俺から離れた彼女がからころ下駄を鳴らしてくるりと回る。風に乗った桜の花がふわりと舞ってフリーナを彩った。

 

「ふふん。綾華が僕のために浴衣を作ってくれていたんだ。どうかな?」

「ああ、似合ってる。綺麗だ……だから俺はちょっと離れて歩きますね」

「なんで!?」

「惨めになるだろ! 見ろよ俺の格好をよォ!!」

 

 俺はフリーナに倣ってその場で回転した。ちりちりの繊維と煤がふわりと風に舞って俺を汚す。やるんじゃなかった。今から川に飛び込んだら少しはマシになるかな?

 

「…………むう、痕が消えてる。また付けないと」

「なんて?」

「なんでもないよ。後先考えずに無茶して怪我もして、服をボロボロにしてしまったルドに朗報だ!」

 

「綺良々っ!」

「にゃうん」

 

 フリーナの掛け声で、彼女のマジックポケットから箱型の猫さんが零れる。物理の法則が乱れているのはいつもの事だが、それよりも!

 

「き、綺良々……っ! 俺というものがありながら他のやつの掛け声に反応するなんて!!」

「えぇー!? 違う違うっ! このサービスは契約者様のご家族にも適応されるから、何も問題は無いよ! 」

「……家族?」

「にゃ」

 

 ………………お荷物ですぅ。俺に荷物が手渡された。今は気にしない方が良さそうなので送り状にサインをして箱を開ける。

 

「おぉ、甚平だ! サイズもぴったり、デザインも俺好み……なんで? ちょっと怖いんだが」

「発案は早柚、デザインの選定と購入は僕さ。綺良々も時間通りに配達してくれてありがとう。皆、君がボロボロの服で僕の隣を歩くんじゃないかと心配してたんだよ」

 

 綺良々にありがとうを言って。あっはい。

 謎の圧により俺は綺良々にありがとうを言った。感謝の言葉と刺身を貰った綺良々は嬉しそうに次の配達へ走っていく。

 

 早速着替えるとしよう。俺は武器を元素変換して、上着を勢い良く脱ぎ捨てた。自由落下で落ちてくるそれをキャッチして畳み、マジックポケットに放り込む頃には着替え完了。フリーナの隣を歩いても恥ずかしくない涼し気な俺である。

 

「うん、似合ってるね! じゃあ行こうか」

「…………今の、どうやって着替えたのかとか気にならない?」

「どうせ『無銘』早着替え術とか言うつもりだろう。わかってるんだからね」

 

 俺の理解度が高いようで何より。賞品は屋台の甘味とかでどうだ? 俺の差し出した左手をフリーナがにっこり笑って握る。俺は下駄のフリーナにしっかり歩幅を合わせつつ、甘金島に向かう人の群れに加わった。

 

 

 5.稲妻 甘金島 早柚直伝絶景スポット

 

 

「ふわ……ルドっ、これ食べてみてよ! 口に入れた瞬間に溶けるんだ。凄いよね」

「んぐ、前にも言ったが串に刺さったものを突きつけるのはだな……(うま)っ!」

 

 マジか。本当に消えた……ただの砂糖菓子と思っていたが侮れねぇな稲妻。

 甘金島に出された屋台で色々食べ物を物色した俺たちは、早柚に教えてもらった小高い丘で菓子を食いつつ花火を待っていた。

 ここからは甘金島が一望できる。周囲に人も居ないし穴場と言っていいだろう。おすすめしてくれた早柚に感謝だな。本人は花火の音が苦手らしいが良く仕事をこなしてくれた。帰ったら労ってやらないとだ。

 

「ん〜……っ、わたあめもりんご飴も、食材自体はシンプルだけど良く工夫されている素晴らしいスイーツだね。これはフォンテーヌでも流行るよ!」

「わたあめはともかく、流行を意識するとりんご飴は食い辛くないか?」

 

 俺は自分の分のりんご飴を齧った。パリパリとした飴の甘さと、りんごの自然な甘みが口の中で合体する。口がでかけりゃこのとおりだが、女子供には少し難しい気がするな。

 

「確かに。フォンテーヌに戻ったらエスコフィエに相談してみようかな。はむ……っこうして、舐めて飴を薄くしたら……ん、おいしい」

「…………りんごのサイズと飴の厚さは要改善だな」

 

 飴を舐めとるために見えてしまったフリーナの小さな舌。昨夜の事が頭をよぎった俺は顔を背けてガリガリとりんご飴を完食した。これをフォンテーヌで流行らすなら一口サイズだ。いっそリンゴじゃなくても葡萄やバブルオレンジを包んだっていい。ぺろぺろ舐める必要が無いようにしないとな! 良くないからな!

 

 結局、半分程食べ進んだ所でフリーナが音を上げてしまった為、残りは俺が食べる事になった。他にも焼きそばイカ焼きetc.……全体的に色味が茶色の屋台飯を平らげる頃には、辺りは暗く花火が夜空を彩る最高の環境が整えられた。

 

「……始まった」

 

 呟いた俺の声はフリーナに届かない。隣に座る彼女の瞳に色とりどりの景色が映った。

 宵宮さんが言うには、今回の花火は夏にやる長野原花火大会に比べると規模が小さいらしい。小規模を謳ってコレなら、夏の花火は一体どうなるってんだ? 戦勝祈願としてドカドカ撃ち上がっていく火の花は、願いを込める間もなく空を染めた。願う暇があるならさっさと元凶ぶっ倒して帰ってこいって感じだな。

 

 つんつん、と俺の左手を柔らかい感触がつついた。俺はそれを確認することもなく握って、自分の太ももの上まで持ってきた。当然、手の持ち主はそれに引っ張られてこちらに身を寄せる事になる。肩に乗せられた頭と、満足そうな雰囲気で彼女が望む行動が取れたことを確信した。

 

 なんともまぁ、デートらしい行動である。あまりにベタで、書物で読もうものなら歯がむず痒くなりそうだが……明日から決着までフリーナには待ってもらう事になるんだ、今日くらいは許して欲しいね。

 一秒でも早くこの迷惑な異変を解決してフォンテーヌに彼女と共に帰れるように、俺は撃ち上がった花火に願いを込めようと

 

「それが」

 

 花火が、花開くその状態で止まった。

 

「お前の見つけた願望か?」

 

 手の中の温もりが消えた。

 

 指一本、視線すら動かせない状態。俺は視界の端に映る後頭部を辛うじて確認できたことで、今の状況を整理する。

 感触が消えただけでフリーナが消えたわけじゃない。ゆっくり、ゆっくりとだが花火の光が変化している事を見るに、おそらく思考だけが加速している。

 

 精神に干渉する類の術……人の楽しい時間中にわざわざこんな事をしてくる奴を、俺は一人しか知らない。口も動かせないが、とりあえず思念を浴びせてやる。

 

『洞窟に引きこもって刀ばかり振り回してた亡霊にはわからんかもしれんが、人間には空気を読む力が必要不可欠でな。どうせ近いうちに相対するんだ。とっとと失せろよお師匠様』

「かか、随分と嫌われたものよな。よい、よい……剣を教えていた頃に比べて、随分と人間らしくなった」

 

 俺の目の前に、ボロボロの装束を纏った翁面が立っている。変幻自在、自由自在の剣を操る俺の師匠。あの日から変わらず、柔和な笑みを浮かべた面は何を考えているのか読み取れない。

 

 師匠は俺の言葉など気にもしていないようだ。俺の視界に入るように跪いて、ひび割れた枯れ枝のような指で俺の頬を触る。氷水につけたような、ゾッとするほど冷たい手だ。感触が無いのに嫌でも理解させられる。

 

「透明だった目に随分と色が着いた。良い出会いが、経験が、幸福があったのだろうな……」

『そりゃそうだ。何も分からず、斬って斬られて戦い続けた俺の忌むべき半生に比べて、今の方がよっぽど良い人生だと心から思ってるよ』

 

 後悔だらけの半生だった。傷つけなくてもいい人を傷つけて、色んな人の善意によって生かされてきた。やっと正気に戻って、恩返しと贖罪ができるようになったんだ。

 

「そうさな。一人の人間としてはこの上ない成長。だが、ルド。本流から分岐した流派を持つ者よ。剣士として弁えているか?」

 

「それは、同時に濁りであると」

『は───』

 

 

 とん、軽い衝撃が()から伝わった。

 師匠がいつの間にか抜いていた赤黒い刀。無造作に突き出されたそれがどういう意味を持つかなんて、俺には理解する必要すらなかった。

 

『─── 翁あぁ゛ァ!!』

 

 激昂と同時に右腕だけが反応する。筋繊維がちぎれるような痛みも無視して、俺は懐に忍ばせていた短刀を抜き放って翁の喉元に突き立てた。避ける動作もせずに俺の攻撃を受けた翁面は、本当に面白いものを見たようにからからと揺れる。

 違和感は、突き刺した手応えが無いこと。

 

「かか……っはははッッ! 許せ赦せ。ちょっとした冗句、というものだ。今の儂は思念体。現実の身体に害は及ぼせんよ 」

『はァ……ッはっ』

「右腕だけとは言え術を破るか。岩神との契約も無駄では無かったな」

 

 言いながら翁が立ち上がった。突き立てたままの短刀が影を刺した時のように一切の抵抗なく抜けていく。追いかけなければ。俺は全身に力を込めようとするが、右腕以外は時間が止まったようにビクともしない。背を向けて去っていく後ろ姿を俺は眺めることしか出来ない。

 

「あぁ。そうそう」

 

 くるりと翁が振り向く。柔和な笑みの翁面、細められた目の部分から覗く真っ黒な虚空から、今までの誰より鋭い殺意が俺を貫いた。

 

「お前にその顔をさせる程にまで染み込んだソレが、一番の濁りよ。儂に刃を届かせたいのなら早々に棄てておけ」

 

 

 花火が、けたたましい音を立てて炸裂した。

 

「わわっ!! 急にどうしたんだい!? 花火に向かって短刀を突き出すのが、稲妻流の楽しみ方だなんて聞いてないんだけど ……?」

 

 景色が通常に戻っている。何も知らないフリーナからしたら、花火を見ていた俺が急に短刀を突き刺したように見えているのだろう。不思議そうに俺を覗き込む彼女と目が合った。

 

「ぁ……フリーナ。フリーナ!!」

「ひゃ、わ!?」

 

 俺は短刀を放り投げてフリーナを押し倒すようにして身体を調べた。胸から腹にかけて手を当てて致命傷になり得る傷を探していくが、浴衣に刀が刺さった跡も、血が滲んだ箇所もない……大丈夫、大丈夫だ。俺は、何も失っていない。

 

「良かった。本当に、よかった……っ」

「僕的には何も良くないよっ!? ……震えてるの? すごい汗だよ、ルド 」

 

 フリーナの手が俺の頬の汗を拭う。柔らかくて暖かな手だ。もう大丈夫と言う意味も込めて、手をとってゆっくり身体を起こしてやると、フリーナはそのまま俺の首に腕を回した。

 

「まったく。怖い夢を見たあとの子供みたいじゃないか。君も臆病風に吹かれちゃったのかい?」

「…………すまん」

「いいよ。勇敢で死を恐れない英雄なんて物語の中だけで良いのさ。君はそれで良いんだよ」

 

 俺はフリーナの華奢な背中に手を回して、少し強めに抱き寄せた。同時に、自分の中で誓いを立てる。

『剣鬼』はぶっ飛ばす。邪魔する奴らもぶっ飛ばす。特に! フリーナを濁りと言いいやがった師匠……翁はボコボコにボコして、彼女の素晴らしさをあの老体に叩き込んでやる。

 

 最後に上がった一際大きな花火が、俺たちを照らして一つの大きな影を作った。

 

 

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