俺はフォンテーヌ生まれ稲妻育ち   作:残雪侍

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お待たせして申し訳ない! 今年中にあげられて良かった。


幕間・応え合わせの時間

 

 

 稲妻 セイライ島 神凪

 

 

 ぼんやりとした浮遊感。この光景が夢であると俺が認識するまでに、そう時間はかからなかった。

 目線が低くなった俺の前には、長い銀髪を揺らして頷く女性。彼女は手に持った紙からペンを離して俺に満面の笑みを向ける。

 

「……はい、全問正解! もう基本の読み書きは問題ないわね。すごいっ!」

「母さん、くるし……っ!」

「サテラ。ルドが潰れそうになってるよ。どうどう」

 

 十年以上も前の記憶なのに、俺は今も母さんの顔と声。抱きしめられる強さまで覚えている。

 父さんに窘められた母さんが慌てて俺を解放した。学者二人の英才教育により、俺は齢四歳にしてテイワット大陸で問題なく仕事ができる程度の読み書き計算ができるようになっていた。

 あまりにも褒められるので自分は天才なのだとうっかり勘違いしそうになるが、伸びていく俺の鼻は夜な夜な聞こえてくる両親の『研究報告』で毎日ボキボキに折られていた。それも含めての英才教育だったのだろう。

 

 五歳になった頃には外の不気味な景色にも、周りの視線も自然と気にしなくなっていた。父さんの金色に、母さんの銀色を混ぜた白金の髪は二人の子供であることの証明。皆と違う青い目は、母さんが好きなフォンテーヌの青空に似ているらしい。母さんが好きな色なら、俺も好きな色だ。空とは本来青いものであると知ったのもこの時期だった。

 

「ルド、それは……魚、かな」

「そうだよ。川の中にいた魚を再現してみた」

 

 神の目を意図的に使いだしたのもこの頃からだ。最初の作品は近くの川にいたグッピーか何かだったと思う。水球をむにむに広げてヒレと尾をつけたお粗末なものだが、父さんもよくこれが魚だとわかったものだ。

 

「ルドはいい目を持ってるんだから、ただ見るだけじゃもったいないわ。表面だけじゃなくて中身も観察しなくちゃ」

 

 母さんはよく観察しろと俺に言っていた。表面をただなぞるだけじゃなく、皮膚の下にある筋肉を、器官を、機能を理解するようにと。

 釣ってきた魚を母さんに渡して、捌くところを横で観察した。剥がされる鱗、抜かれる内蔵、三枚に下ろされる白身……。なるほど観察とは解剖なのだと思い始めたところで、父さんにその方向はやめようと注意されてしまった。

 観察を用いて理解を深めた俺は色んなものを作り出した。慣れと一緒に観察眼は鍛えられ、初めはゆっくりだった観察速度はどんどん上がって行った。それでも観察に苦労したのは鳥だ。彼らは警戒心が高く、すぐに飛び立ってしまう。村の人たちのようだ。これでは表面上でしか再現ができない。少しだけでいい。逃げられずにもっと近くで、彼らを理解するには──。

 

 

「……ルド、神の目は他の人にはない特別なものだ。それは人を助けると同時に、簡単に害する事もできる」

「約束して? それを使う時は誰かを護る時にだけ……と言っても、もう理解してるみたいね。偉いわ」

 

 力を悪戯に振るわない。それを使う時は、誰かを護る時にだけ──裏庭に作った小さな墓の前で誓った言葉は、決闘代理人になった今でも俺の誓いになっている。

 

 

 ───場面が変わる。雷鳴が轟き、土砂降りの雨が叩きつける嵐の日だった。

 

 

「最近、作物の収穫量が減っていっているんだが、あんたのとこの研究がなにかしていないだろうな?」

「とんでもない! 僕たちの研究は皆さんの生活を脅かすものでは」

「そこの不気味な子供が神の目で鳥を撃ち落とす所、見てたわよ。性懲りも無く身につけたままなんて……恐ろしい!!」

「あれは……っ! 本人も反省しています。とにかく、あなた方の不利益になるような事は誓って、していません」

 

 偶に、村の方から客人がやってくることがあった。彼らは家に入る訳でもなく、入り口の方で父さんと話し合うことが多く……大抵は嫌な雰囲気を纏って高圧的に父さん達に不満をぶつけてくる。俺は両親が好きだ。全ては理解できなくとも、二人の研究は多くの人を救う確信があった。何よりも……好きな人たちが悪く言われるのが許せなかった。だが、俺の手を握る母さんの顔を見て、力で解決できる問題では無いことを理解した。

 

 

「もうすぐなんだ。もうすぐ、ルドの元素視覚で見つけた……を。フォンテーヌの水質と──して、───すれば、僕たちはルドに幸せな未来を……」

「私たちが真摯に頑張れば、村の人たちもきっと理解してくれる。頑張りましょう、リドル」

「あぁ……ルド、おいで」

 

 言われた通りに近くに来た俺を二人は抱きしめてくれる。優しいはずなのに悲しくて、暖かいはずなのに隙間から熱が逃げていくような。それが怖くて、俺も短い両手で二人を抱き返した。

 

「僕たちはね。いつ来るか分からない大きな波を止めるためにここに居るんだ。故郷の、僕たちを見守ってくれている神様のために」

「ルド……幼いあなたに辛いことを押し付けているのは分かっているわ。でも、私たちはあなたの幸せを一番に願ってる。それだけは信じてね」

 

 信じるも何も、疑ったことすらないのに。にこりと笑って、安心させるように俺は宣言するのだ。「俺には人を見る目がある」って。父さんが堪えきれないように吹き出し、なはははと笑う。母さんがそれを咎めて、俺の前髪をかきあげて額に唇を落とした。

 

「ルド、六歳の誕生日おめでとう。この研究が終わったら、一緒に故郷に……フォンテーヌに帰ろうな」

「あなたに会わせたい人がいるのよ。誰よりも優しくて、とびきり可愛い私たちの大スターなの。きっとフリーナ様もあなたの成長を喜んでくれるわ」

 

 フリーナ。水神フォカロルス。当時の俺にはフォンテーヌと水神に関する記憶は無い。それなのに、名前を聞くだけで何かを忘れているような。強い思いがあったような感覚になるのはどうしてだったのだろうか。

 

 そして、運命の日は唐突にやってくる。

 

 扉が強く叩かれる音が響いた。昔の夢の終わりはいつだってこの場面だ。 興奮した獣のような、血走った目を想像させる荒い息がそこかしこから聞こえてくる。暗い夜に不釣り合いなほどの光が窓から漏れて、揺らめくそれが松明の灯りだと言うことに気がついた。何事かと扉に近づいていく父さんの背中が遠くなって、行くなと叫ぶ声は届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日もまた、俺は二人を見殺しにして生きている。

 

 

 1. 稲妻 神里屋敷 自室

 

 

「…………ん」

 

 外から聞こえる鳥の声。この数日ですっかり見慣れた天井。明け方と言うにはまだまだ早い薄闇の、少し肌寒い空気で俺は目覚めた。

 こういう空気は嫌いじゃない。身が引き締まるというか、シャキッとした気分になるのだ。雑にはだけた浴衣からさらけ出された我が上半身も元気いっぱいといった装いで何で?

 

 目ェ覚めたわ。飛び起きそうになった俺は右腕の痺れを感じて思いとどまった。横を見ると、そこには悩みなど一つもないような幸せな寝顔のフリーナさんが俺の腕を枕にしていた。愛いやつである。しかし問題はそこではない! 彼女の浴衣もまた、その役割を半ば放り投げて白い胸元を惜しげも無く晒していた。お互いただの寝相の悪さでこうはならない。であればこの時間にこの状況、流された(朝チュン)か!?

 

 いや、違う。思い出してきた。昨夜屋敷に帰ってきた俺たちは、当たり前のように今日も一緒に寝るのだと強請るフリーナを説得して部屋を分けておやすみしたはずだ。決戦前夜な事と、節度は大事であると説いた。それでも尚不満そうな彼女に割と小っ恥ずかしい事もして納得してくれたと思っていたのだが……。

 俺の思考を腕の痺れが中断させた。腕の上で身じろぎしたフリーナは「ふぁ……」と小さな口であくびをした後、眠そうなジト目で俺を見た。お目覚めのようだ。

 

「……おはよ、もう起きちゃうの?」

「おはようフリーナ。起きて早々に悪いんだが、我が国の領土侵攻と身体への侵略行為に対する説明をしてもらいたいんだが」

「ん〜……」

 

 すりすり。じゃねぇんだよ。動く度に腕が刺激を受けてビリビリ痺れるので、俺は腕枕を解除した。二度寝を決め込もうとしたフリーナの目が再び開かれる。今度は眠そうな、というより抗議のジト目だ。

 

「……なんだよぅ。今日から離れ離れになっちゃうんだよ? もう少しルドニウムを補充させて欲しいんだけど」

「未知の栄養素を作るんじゃねぇ。それより腕が痺れた。質問に答えないなら添い寝(こいつ)はおしまいだ。素振りでもして時間を潰す」

「むぅ。説明も何も、僕は君のもので、君は僕のものだ。君の領土は僕の領土なんだから、侵略なんてされてないよね?」

「そうだったんだ……」

 

 知らん間に国家を売り渡していたらしい。俺が全部捧げてるとか言っちゃったから? この場合、俺はハニトラに引っかかった間抜けな国王になるのだろうか。

 もぞもぞフリーナが身を寄せてくる。おい、と小声でたしなめても止まってくれる気は無さそうだ。断る理由もなくなってしまったので、仕方がなく俺は回復した腕を差し出した。

 

「あと二時間だけだぞ」

「ん、へへ……」

 

 安心しきったふにゃけ顔のフリーナが二度寝を始めるのを眺めて、俺も再び目を閉じた。

 

 

 

 2. 稲妻 稲妻城 天守

 

 

「……それで、うっかり爆睡からの遅刻とはな。決戦を前に随分と余裕では無いか」

「寝る子は育つと言いますが……あなたは母を待たせるのが好きなのですね。困った子です」

「ほんとーに申し訳ない。このとおり! 母やめてな」

 

 だだっ広い広間の中心で菓子を並べて待ってくれていた二人の前で、座布団に座った俺は小さく身を縮めて謝罪した。遅刻したのは反省するが母親呼びはさせねえぞ。

 

 めっ! と指さしてくる将軍を躱して俺は正座を崩した。天然アロマ付き抱き枕の効果は存外に凄かったようで寝過ごしちまった。目覚めた瞬間遅刻を確信して飛び起き、フリーナを布団で簀巻きにして彼女の部屋へと強制送還。トーマの作ってくれていた握り飯を咥えてダッシュで天守まで馳せ参じたわけである。途中の角で美少女とぶつかるイベントがなくて良かったぜ。

 

「しかしルドよ。いくら想いを伝えあったからと言って決戦前に護衛対象と同衾は些か肝が座りすぎておらぬか?」

「どどどど同衾ちゃうわ!!」

 

 あれは領土侵害であって俺から招いた訳じゃない! どこから情報が漏れた? 俺が説明した経緯は二度寝して遅刻したことだけ……。

 

「何故バレたみたいな顔をされてもな、嗅覚の鋭い者ならすぐ分かる。今のお主の身体にはフリーナの香りが染み込んでおるぞ」

「知らなかったそんなの……」

 

 思い返せばそりゃそうだという話である。最近やたらめったら距離近かったもんね。じゃあ何か? 綺良々が急に家族契約がどうのと言い出したのも彼女の猫ちゃん嗅覚が俺とフリーナを番認定したって事になんの? こうやって外堀は埋められていくんですね。

 

「神子、ルドも世間話はそれくらいで……私も混ぜて欲しくなるので」

「すんません勘弁してください」

 

 収拾つかなくなるんだわ。俺と神子さんはピシッと正座し直した。雑談なら終わった後でもできるんだ。そんなしょぼくれた無表情をしないで欲しい。

 

「というわけでチェンジ・ザ・ショーグン。俺は(手札)から甘味を触媒にして影様を特殊召喚するぜ」

「───……ルドは私のことをお菓子で釣れるちょろい神だと思っているのですか? お菓子はいただきますけど」

「そのちょろさで威厳保ててるとでも? ほら今日のはすげーぞ。スメール産の歯が取れそうになるくらいに甘いナツメヤシキャンディだ」

「んむむ……」

 

 ちょれー。もちもちと頬を膨らませてキャンディを口に運ぶ影様を眺めて俺は煎餅をかじった。七神の中でもとびきりの武人であるはずの彼女は、もう俺の目には二頭身くらいに見えている。

 

「影様。ルドお兄さんは今稲妻で何が起こってるのか知りたいんだけど……ちゃんと説明できるかな? 」

「み、神子っ! 今この人私のことを煽りました!! 神罰落としてもいいですか!?」

「影よ。自分で説明するのが難しいなら狐のお姉さんが代わりに話してやってもよいぞ?」

「良いでしょう。刀を持って対話をするというのなら容赦無く……!」

 

 なははは。いままでツッコミ担当にされてたお返しだ。胸元をバチバチ轟かせて物騒なものを取り出そうとした影様を二人で宥めて、お互いに茶を飲んで仕切り直した。

 

「ふぅ……ではお話しましょう。あれは貴方に神の目を返却してからすぐのこと、この地に突如として泥が形を取って現れました」

「稲妻で散っていった戦死者の顔を持ってるらしいな。『剣鬼(オレ)』の流派を使って暴れ回ってたのも、実際に戦ったから知ってる」

 

「えぇ。貴方も既に知っての通り、顰と僧正の計画は再びこの稲妻を混乱に落とし、永遠を揺るがすことでしょう」

「……誰と誰って?」

「名前も知らぬ相手に師事しておったのか? 鬼族の(しかみ)と天狗の僧正。時代はズレるがどちらも悪い意味で伝説に残る妖怪じゃな」

「いやあいつら基本影だけだったし……出てきても小悪党なイメージしかねえよ」

 

 どうせ無銭飲食繰り返して退治されたとかそういう感じだろ? 俺の身体目当ての変なやつら。という印象しかない。それより聞きたいのはだな。

 

「んで、そんな有名人? 妖怪? が仲間のうちの師匠は同じくらい有名な極悪人なのか?」

「「…………」」

「おい、そのにっこり顔やめてくれ。何も知らないか、やべえ事実を知ってるかの二択じゃねえか!」

 

「直弟子の貴方が知っていること以上の情報は、私にもわかりません。あの翁がいつからいたのか、何処から来たのか。こちらから聞きたいくらいです」

「それって情報殆どねえじゃん……俺が知ってるのはあの悪趣味な性格くらいだし」

「悪趣味、ですか。であればあの件もその翁が手引きしたのでしょう」

「……?」

「本来なら人が()()()()()()セイライ島。そこから来たと自称する人間が一人、私に謁見を申し込んだのです」

「─────は?」

 

 

 3.

 

 

「将軍……本当によろしいのですか? あの老婆の状態を見るに、とても正気とは」

「構いません。『剣鬼』の元へ神の目を返却してから始まる異変、情報は少しでも集めておきたいのです」

 

 ソイツはどうやら、セイライ島の方向からやってきたらしい。『剣鬼』のことについて将軍に伝えねばならぬことがあるという旨の言葉をしきりに叫んでいたそうだ。

 

 上座に座る将軍の前に跪くのは枯れ枝のような老婆。ほとんど肉のついてない骨ばった両手でしきりに祈るその姿は、雷神の崇拝というにはあまりに鬼気迫るもので。聞き取れない言葉をぶつぶつと話すばかり

 

「面をあげて、あなたの知っている事を話してください」

「……なぜ、なぜじゃ。なぜワシを選んだ。どうして」

「どうして、どうしてどうして。ちゃんとやったはず。腱を切って転がした。海から引き上げた贄を捌いて、雷で焼いた。片割れに見せつけた。言われた通りに。儀式の通りに。なのに何故……次は、次は何を贄に」

「落ち着いて。知っていることを伝えてください。あなたの身に何が起きたのですか」

 

 くひっ、と喉が引き攣る音がした。顔を上げた老婆の顔は皺だらけで、つり上がった頬によって白目が隠れた底なしの虚のような瞳は、もはやどこも捉えていなかった。

 

「あぁ、あぁ!! 伝える、伝えるとも! 『剣鬼』は再びやってくる! 忌まわしき神凪村の魔性。西へ逃げた青い目の災厄は直ぐに来る! かかっ。ワシらは言われた通りに作ったぞ、相対する呪いを……これで器は完成する! やっと……ようやっと我らの村は救われる。ワシの命もこれで──…………いや、待て」

 

 

 

 

「ワシは何故生きている? 我らの村は、神凪村は全員あの男に首をおとされたのでは───

 

 

 回想終了

 

 

「……え、何最後のズレは」

「話をする気もない老婆が神凪村から尋ねてきて、勝手に納得したかと思えば首が落ちました。熟れた果実が落ちるように、ぼとっと」

「やめろやめろ。擬音をつけるな想像しちまう」

「自分が既に死んでいることにも気づかない程に鋭い切り口じゃったな。あの芸当、影なら鼻歌混じりにできるが他にできるやつはそうおらぬ」

「できるんだ……」

 

 武神怖ぇ。俺は何となく饅頭を影様の膝元に置いた。ぱっ! と幼子のように顔を輝かせてそれを頬張る姿はとてもじゃないがそうは見えない。

 

「雷神の技量についての真偽は置いておいて…………セイライ島に人が住んでないってなどういう事だ」

 

 聞き捨てならない言葉だった。俺が幼少期を過ごした記憶が全て否定される程の。饅頭を咀嚼して飲み込んだ影様はさも当然のように俺の疑問に答える。

 

「そのままの意味です。セイライ島はある日を境に人が住める環境では無くなりました。私が島に残った民に移住命令を下した時、神凪村という名前の村は存在しなかった」

「そりゃ昔の話だろ! 確かに酷い環境だったけどな、人が住めないって程じゃ無かったぞ」

「信じられぬのも無理はないが、セイライ島の環境は変わっておらん。これはセイライ島を巡った旅人も証言しておる。どれも数百年前に存在していた村の残骸を残すのみだったとな」

「───っ、そうだ。二人の渡航記録は! 稲妻に来た時と、セイライ島に渡った時に冒険者協会を通してるはずだ。神凪村が無いなら俺は、俺たち家族は一体どこに!」

 

 視界がぐらつく。いつの間にか俺は立ち上がっていた。悪い冗談でも言われている気分だが、影様のこちらを見る目に嘘はない。

 過酷な環境だった。何か宗教にでも逃げなければやってられない村だったのは確かだ。最後にあんな馬鹿げた狂気を爆発させた結果()()()のならまだ納得ができた。

 ……だが、そもそも存在していない村だった? ならば、父さんと母さんが死ぬ結果を生んだ舞台は誰が作った。二人は一体誰に殺された!!

 

「あなたの両親。フォンテーヌ出身の学者であるリドル=ウィークとサテラ=ウィークの記録ですが」

 

 それは、俺が僅かに抱いていた希望すら打ち砕く事実で。

 

「そもそも、稲妻にたどり着いてすらいません。この国の冒険者協会に貴方達の記録は残っていませんでした」

 

 

 俺の視界を、真っ黒なノイズが塗りつぶした。

 

 

 4.

 

 

『ルド、逃げろ──ッ!』

 

 父さん。あんなに必死に俺たちが逃げる時間を作ってくれたのに

 

『ルド……生きて』

 

 母さん。自分の命を捧げてまで俺を送り出してくれたのに

 

 

 

 ハリボテの舞台の上で、糸に吊るされた役者が回る。全て、全てが仕組まれていたことだった。

 研究の成果も、五年間の時間も嘘だった。両親の決意も、意思も、全てが踏みにじられていた。最初からだ。

 二人は死ぬべき人間ではなかった。正しく稲妻にたどりつけていたのなら、今も俺たちは三人家族でフリーナに再会することだってできたはずだった。

 

 腹の奥底から汚泥のような感情が湧き上がってくる。とめどなく溢れ出てくるそれは少しずつ形を成して、刀のように鋭く研がれていく。

 

『願え』

 

『願って。ルド』

 

 この世の理不尽と、師匠は俺にそう言った。その真意がまさかこんな形で分かるなんてな。

 目の前に出来上がったのは、血を何度も何度も重ねて作ったような真っ黒な刀身の刃。二人を殺した理不尽は、何食わぬ顔で待っている。ならば俺のやることは決まっている。

 

 

『復讐を! 僕達(私達)の仇を! 願いを振るえ、ルドッ!!』

「…………」

 

 神の目に暗い光が纏わりつく。どろりとした感情のまま、俺は刀に手を伸ばして

 

『違うよ。君の願いはそこにはないはずだ』

 

 かつて耳元で囁かれた声が俺の手を止めた。自信に溢れ、世界で最も信頼できる人の声だ。

 

「……悪いな。そういう事なんで、俺の願いはそれには使えない」

 

 刀身を覆っていた黒が弾け、月のような青白さを取り戻した。闇はもう心の中には残っていない。

 草神の伝言通りだな。これは、俺の心を折るための戦いだ。であれば俺の心に復讐(こんなもの)は必要ない。俺は俺の戦い方で決着をつける。

 

 残滓が未練がましく手を伸ばすのを無視して、俺は光の方へ浮上した。

 

 

 

 

 

 

「母性の発生を確認」

 

「───は? わぶッ!?」

 

 正気に戻った俺の視界は、再び柔らかな闇に包まれた。

 

「何何何!? 今俺自力で正気に戻ってありがとうフリーナ……みたいなモノローグ入れるつもりだったんだけど!?」

「癇癪を起こしかけた子にはこれが一番効きます。全く手のかかる子ですねルドは……こら、暴れない」

 

 かくん。と膝を崩されて俺はその場に崩れ落ちた。割れる程に叩きつけられた膝の痛みに悶えながら抵抗することも出来ない惨めさに涙が出てくるぜ。音だけで分かるのは神子さんの大爆笑の声。あとで覚えてろよ女狐……ッ!

 

「ぐ、ぬぅ……一体何がどうなって母性爆発させてやがる。こんな事しなくても俺は」

「…………私には、この感情の持ち主の事は分かりません」

 

 将軍の指が、俺の後頭部を優しく撫でる。武神とは思えないほど繊細で、大切なものを扱うような力加減だった。

 

「ですが、あなたが辛そうな顔をしているのを見るのは耐え難い。本音を言えば、稲妻の戦に巻き込みたくは無いのです」

「…………!」

 

 将軍の腕に力がこもる。抱きしめられた方が苦しくなる程の強い愛情。誰かが止めてやらないといつまでも離してくれそうにない力強さ。

 

 

 この感触を、力強さを、俺は知っている。

 

「…………この力は、誰かを護る時にだけ。約束はちゃんと覚えてるよ」

 

 俺は将軍の背中を叩いて解放してもらい立ち上がった。部屋の外から九条さんの気配が近付いてきてたからな。抱きしめられてる現場を見られて流血沙汰なんてごめんだ。

 

「これは俺の起こした問題の後始末だ。巻き込むも何も原因が俺にある」

「迷惑な異変を終わらせて、師匠の企みも潰す。それが俺がこの国にできる罪滅ぼしだ」

「ルド。それは」

 

「……こほん。一度しか言わねえぞ」

 

「俺が全部解決して大団円にするからさ。先に帰って待っててよ。母さん」

「───! ええ……良い知らせを待っています」

 

 言うべきことは言った。俺は将軍と神子さんに背を向けて出口へ向かった。戸を開ける瞬間、後ろから声がかけられる。

 

「行ってらっしゃい。ルド」

 

 それは、俺が昔からよく知っている懐かしい声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天狗の耳を侮ったな。ルド…………誰が、誰のことを母親だと?」

「ここ一番の大戦! 頑張ろうな九条さん! とうっ!」

 

 余韻ぶち壊しだ全く。俺は天守閣から降り注ぐ矢の雨をかいくぐりながら風の翼で飛び立った。

 




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