俺はフォンテーヌ生まれ稲妻育ち 作:残雪侍
1. 稲妻 神無塚 九条陣屋
「…………おぉ、あれか。うじゃうじゃしてるの見るとちょっとキモイな」
場所は変わって神無塚。小高い丘に作られた大きな陣屋の、それより高い場所に作られた物見櫓から俺は遠眼鏡を使って向こうの戦力を確認した。
一本道になっている浜辺を占領するのは、漆黒の大軍。軍も所属も統一されていない寄せ集めの死者の群れ。あれが新生『剣鬼』軍か。
この地は昔から戦ばかりだ。抵抗軍と幕府軍……異なる信仰同士がぶつかりあった結果、この地に神は居なくなり、死体だけが遺った。故に神無塚と言うらしいが。
「神が居ないなら我こそが。てか? 下らねぇ」
死者の陣の中央で、座して待つのはさらにボロボロの鎧を纏った武者。あれが敵将『
報告によれば数はもう万を超えたらしい。さっさと倒さないとこっちの被害が大きくなるな。
ぴょんと物見櫓から飛び降りた俺は、ちょうどやってきた九条さんと合流した。
「見えたか? 私達は今からあれをどうにかしなければならない……ここまで来たんだ。存分に働いてもらうぞ」
「分かってるよ九条さん。『剣鬼』討伐作戦、精一杯力にならせてもらう」
「あら、九条さん。作戦会議なら私を───あの、ルド……さん? どうして頭に矢が!?」
「「こいつが悪ぃ」」
俺と九条さんは同時に指さした。クロスカウンターのように互いの頬に指が突き刺さる。その光景を目にしてオロオロしているのは、かつての抵抗軍を率いた軍師にして海祇島の巫女である海珊瑚宮心海さんだ。この異変は稲妻全体の問題、海祇島と稲妻城の連合軍が今回の味方というわけだ。頼もしい。
「と、とにかく治療を! どうして矢が頭を貫通して生きているのか疑問ですが、戦いの前にこんな大怪我をしてどうするんですかっ!」
「いやこれ貫通してないんだよ。ほら」
俺は即頭部に刺さっていた矢を持ち上げた。ポコッと子気味のいい音を立てて矢が外れ、俺の頭の形に合わせてΩ状に変形した姿を現す。九条さんさぁ。射っても当たらないからって矢で直接攻撃してくるとは、弓使いの名折れだなァ!?
あまりにも頭にフィットしてたもんで俺も九条さんも存在を忘れていた。珊瑚宮さんは貴重なツッコミ担当になってくれるかもしれない。昔色々あったけどこれから仲良くしていこうね!
「……マイナス5点」
「なにが?」
よく分からんが消耗させてしまったらしい。
2. 稲妻 九条陣屋 会議室
「───以上が、ルドの情報を元に考案した作戦の概要だ。珊瑚宮、お前の意見を聞きたい」
「そうですね……ルドさん、この『流派を見るな。理解しようとするな』というのは?」
「それなぁ。条件が曖昧なんだが、俺たちの『無銘』は見た人間をおかしくさせる効果があるらしい」
俺はフォンテーヌのベロニカさん、ニィロウと行秋くんに起こった事を説明した。
激情、激昂、感情を制御出来ず攻撃的になる現象を俺は過去に三度見た。特に厄介なのは、神の目を持っている兵士がそれに感染することだ。何が起こるかわかったものじゃない。
戦っている間に洗脳されて味方同士で仲間割れはどうにか避けたい。今のところ、心の隙を見せずに流派をじっくり観察でもしなければ大丈夫であると判断してこのルールを設定させてもらった。
「あとは真っ直ぐぶつかってぶっとばす! 俺の予想じゃ
対『剣鬼』用の秘策を神子さんから貰っているしな。俺は懐に忍ばせた護符を確認した。
「作戦を纏めると……ルドさんが敵陣に突っ込んで『剣鬼』と一騎打ち。我々はその間邪魔の入らないように取り巻きを排除しながら勝利を待つ、と」
「ふふん。どうよこの完璧な作戦。九条さんと頭を捻って考えたんだぜ」
「あぁ、さっさと特攻して終わらせてこい」
「なるほど! 確かにこれなら、被害を最小限に抑えつつ最速で戦に勝利することができますね!」
「脳筋がすぎるっ!」
べちーん! と珊瑚宮さんが水球を俺の顔面に叩きつけた。ノリツッコミまで……っ!? 恐ろしい才能だ。トーマに仲間ができたよと伝えてやらねば。
「ルドさんの負担が大きすぎます! 九条さんもなんでこれでゴーサインが出せるので!?」
「私はいつもこの作戦で最前線を駆けてきた!!」
九条さんがドヤって胸を張る。確かにこの人「突撃ー!」って言いながら弓構えて突っ込んでいく天狗だったもんな。珊瑚宮さんは頭を抱えた。謎エネルギーがまたマイナスされたのだろう。俺はと言えば、ただの水風船とは思えない物理ダメージをモロに喰らってのたうち回っているところだ。どんちゃん騒ぎである。
「〜〜〜〜っ分かりました。時間もありませんので大まかな部分はこの作戦で行きましょう。ただし! ルドさんの消耗を避けるために道を切り開くのは私たちの仕事です。 そのように九条さんは皆さんに通告を」
「む……わかった」
「そしてルドさんは…………ごめんなさい。まずは治療からしますね。こちらへ」
「前が見えねェ」
そういうことになった。
3. 稲妻 九条陣屋 医務室
珊瑚宮さんに連れられて入った別室にて、彼女の治療を受けている。ふよふよと動き回る海月を見ていると、直ぐに痛みはなくなっていった。
「すみません、勢いに任せてつい」
「いいっていいって。素晴らしいツッコミだった。これからも前向きにツッコミを入れてもらえると嬉しい」
「そういう担当になった覚えはないのですが……」
いーや。あんたはもう立派なツッコミ担当だ。というか組織のトッブがボケるんじゃねぇ。立場が下の人間は強くいきにくいんだぞ。俺はフォンテーヌの真面目ボケ審判官と稲妻の天然ボケ将軍の事を思い出した。
「しかし、あれだな。あんたも含めて海祇島の人間は俺を嫌悪しないんだな」
『評判任務』は稲妻城を中心に行った俺の信用回復のための依頼だった。それを完遂して、九条さんに力を認められてなお、幕府軍の俺を見る目は少し固い。
それに比べて海祇島の兵士の俺を見る目は普通だ。気さくに声をかけてくる人までいる。
「うっ……こほん。それはですね──」
「珊瑚宮様! 包帯と各薬品の準備が整いました───って、『剣客』!? 本当に来てくれたのか!」
「誰が誰の事をなんて言った? うおぉ近い!?」
稲妻人は奥ゆかしいという俺の印象はもはや息してねぇな! 扉を開けて入ってきたのは寒そうな格好と頭から生えた獣耳が特徴的な少年だ。彼は俺を見つけるやいなや嬉しそうに破顔して飛びかかってきた。この現象見たことあるぞ。故郷を離れて長らく帰ってきてなかった子供が里帰りした時のワンちゃんのソレだ! 尻尾ぶんぶんである。
「誰が『剣客』だ! 俺は『無銘』と名乗った記憶しかねえんだぞ。『剣鬼』とか『剣客』とか二つ名を増やすな!」
「いいや! お前は海祇島の神風だ。俺たちの心強い味方だ。旅人が来るまで海祇島が幕府軍に抵抗できたのも、珊瑚宮様がご無事なのも全部! お前の、『剣客』のおかげだ。今回一緒に戦えるのを楽しみにしてる!」
カミカゼ。ケンキャク。少年は言うだけ言って部屋を出ていった。自己紹介とかないのか、結局誰なのかさっぱりだったぞ。
「……んで? どういう脚本を作りやがった珊瑚宮様よォ」
「うぅ。それは、ですね」
肩を縮めて二周りくらい小さくなった珊瑚宮さんが白状する。話を聞けば単純な話だった。
九条さんからも聞いた通り、『剣鬼』は戦の均衡が崩れる時に発生していた。数も質も劣る抵抗軍は劣勢を強いられ、一度珊瑚宮さんを危険に晒してしまった事があるらしい。その時、凶刃を弾くことになったのが──俺だ。
その後も危機が迫る抵抗軍。もはやこれまで……といったタイミングで現れ戦場をめちゃくちゃに引っ掻き回す嵐。抵抗軍の士気を高めるために彼女はやむなく「彼こそオロバシ様の使い。海祇島の神風『剣客』である」と俺の事を紹介したと言うのが真相だった。俺は抵抗軍とか関係なく斬りかかっていたはずだが? 嵐の近くに居てしまった運の悪さとでも説明したんだろうか。
「でもまさか、総大将であるゴローがそれを盲信してしまうとは……」
「彼がゴローくん? そりゃするでしょあの性格なら」
見れば見るほど忠犬って感じだったからな。主の命を救ってくれた=最も信頼できる仲間! という事なのだろう。部下としては扱いやすそうだが、悪い人に騙されないか心配である。
説明が終わると同時に海月が姿を消した。治療が完了したのだろう。
「助かった珊瑚宮さん。ありがと───」
「ルドさん。貴方には本当に申し訳ない事をしました」
俺が礼を言うより先に珊瑚宮さんが深々と頭を下げる。なんで今俺謝られた? 疑問符を浮かべる俺に彼女が続ける。
「『剣鬼』と呼ばれていた時の貴方は間違いなく正気ではなかった。私はそれを見抜いていながら、抵抗軍の為に利用しました。軍師として、それが最良であると判断してしまった」
「…………」
謝るべきは俺の方だと言うのに律儀な人だな。俺より年下の少女が現人神だ巫女だと担ぎ上げられて、大事な民を兵士にしながら不利な状況で戦おうっていうんだ。使えるものはなんでも使えばいい。俺だってそうすると思う。だが、軍師としての才能と適性が合うかは全く別……軍師として、人として、葛藤は大きな棘となって珊瑚宮さんの心に突き刺さっていたらしい。
「珊瑚宮さん。あんたの謝罪も後悔も全くの的外れだ」
「っ、そうですね……謝罪したところで」
「いやそうじゃなくて」
いやほんと、そんな事をずっと引きずられていたと思うと申し訳なさでいっぱいだ。
俺は膝半分ほど珊瑚宮さんに近寄った。弾かれたように顔を上げた彼女の目を見てまっすぐに答える。
「俺は正気じゃ無いなりに犠牲を減らそうと動いて、珊瑚宮さんは俺を使って海祇島の犠牲を減らした」
「利害は一致していたんだよ。謝るなんてとんでもない! 俺の力を、誰かを守るために使わせてくれてありがとう」
大きく目を見開いた珊瑚宮さんに笑いかける。『剣鬼』時代に色々あったけど仲良くしていこうねって言ったろ。償いはこれからの仕事で返す。だからあんたらも気負いすぎんなよって事だ。
「俺を使って民を騙したって事なら、それこそ気にしなくていい。あんたが皆を守るためについた嘘は嘘じゃ無くなるんだからな」
「……!」
「この戦で俺は『稲妻の神風』になってやるよ。どうしても償いがしたいんだったら、存分に俺を使ってくれ。信頼してるぜ軍師サマ」
「───っはい。はい! お任せを!」
よし。いい顔になった。俺は珊瑚宮さんにふりふり手を振って別れた。ふにゃりと笑って手を振り返してくれた所を見るに、心の棘が解消できたようで何よりである。戦いの前くらいは、年相応の少女でいたっていいだろう。
さて、次はどうするかな……昼時だし、俺の嗅覚センサーが美味そうな匂いを感知している。中庭の方にでも行ってみるか。
4.稲妻 九条陣屋 中庭
「がーッはッはッッ! 食え食え!! これが特製! 『荒瀧・
「ぐッうぅう!? ふざけた名前の癖に味はしっかりしてやがる!! 味噌を節約している分出汁が効いてて、具材も兵站を圧迫しないように無駄がねぇ!」
「レシピはこの間親分がアルバイトしてた定食屋からだ。この戦を終えたら行ってみるといい」
「…………なにやってんの?」
美味そうな匂いに連れられて中庭に出てきてみれば、見慣れた鬼族の青年と忍者装束のおねーさんが、これまた妙に似合うエプロン姿で炊き出しを行っていた。親分、三角帽子から角が貫通してんぞ。
「その声は、荒瀧派新メンバーのルドじゃねえか! お前も食え! 俺様が直々に注いでやる。あまりの美味さにぶっ飛ぶなよ?」
「わざわざどうも……美味い!」
作ったのは忍さんなんだろうけど。言ったらへそを曲げられそうなので、俺は親分に見えないように忍さんにサムズアップした。
「というかなんでここにいるんだ? 炊き出しのバイトでもあったのかよ」
「おいおいルド公。この俺様が、稲妻の一大危機に指をくわえてしょぼいバイトをこなす男に見えんのか?」
「そりゃ見えんが。九条さんが良く許可してくれたなって」
「相当渋い顔をされたが、こういう雑務をこなす条件で何とかね」
忍さんがマスクを外してため息をつく。戦力増強とトラブルメーカーをかけた天秤……どれだけ苛烈な交渉になったのか想像に難くないな。
「つーわけだ、俺様が出る以上、こっちの勝ちは決まったようなもんだな!」
「まあ心強いけど、ちゃんと忍さんの意見も聞いて一人で突っ走るなよ?」
「そりゃおめェもだろ。本当は一人でぜーんぶ解決したいって顔に書いてやがるぜ」
マジか。親分にすら指摘される程に顔に書いてた? 俺はぎゅっと顔を引き締めた。一人で解決できるならしたいに決まってんだろ。
本来なら、鎖国と目狩り令を終わらせて海祇島との和平も済ませた稲妻は平和になるはずだったんだ。
喪ったものを嘆き、今あるものを確認し、未来へ向かって歩き出す大事な期間だった。それを俺が、俺たちの罪が台無しにした。
これから失われる命があってはいけない。目指すは完封。故の速攻勝負だ。
俺の言いたいことが顔に出たのだろう。一斗は頭巾を外してガシガシと頭を搔く。
「あのなぁルド。お前はいつまで『剣鬼』のつもりで生きてんだ。お前への仕置きは将軍の処刑で終わったんだろ?」
「ぐ……そうは言ってもだな」
「かーっ! お前も、お前を警戒する奴らも頭が硬ぇ! いいか。今のお前は『荒瀧派』だ! 俺様と杯を分けた期待の新人だ」
「お前の背負ってるでけえ
「この戦、俺様達で勝ちに行くぞ!!」
「─────。え、なんなの? 荒瀧・劇場版・一斗なの?」
「真面目に聞きやがれ!」
あぶねえ落ちるとこだった! 俺は咄嗟にふざけたことによってヒロインルートを回避した。この男……自分勝手な癖にリーダーとしての器は十分にあるから侮れない。
親分が頼りがいのある
「させるか! 人生初の自伝が出るかもしれねえのに荒瀧派大活躍とか書かれるのはごめんだからな! 競争だ競争ッ! 親分と言えど俺が主人公だってのは譲れねぇぞ!」
「は!? 自伝だァ〜!? そんなの俺様すらまだなのに許可できるかッ! 書くなら親分の素晴らしい所千個は入れてもらうぞ!」
ぬぎぎぎぎ……っ! とお約束のデコくっつけてメンチの切り合いを始めた俺達を止めたのは、呆れたように笑う忍さんでも、騒ぎを聞きつけて飛んできた九条さんでもない。
【全兵集合ッ!『剣鬼』が進軍を開始した!! 】
鬼気迫る声量で放たれる、戦の開戦を告げる伝令だった。
メリークリスマス!