俺はフォンテーヌ生まれ稲妻育ち 作:残雪侍
1. あの島には鬼が住む
「っし、到着だ。フリーナ、手を……やっぱ便利だなそれ」
舟を浅瀬に乗り込ませた俺は膝下を濡らして島へ上陸した。フリーナを抱えてやるべきと思って手を伸ばしてみたが、ちゃぱちゃぱ海の上を歩く姿を見て何も言えなくなる。サロンメンバーを一人借りたら俺も加護を得られないもんかね。
「水の上を歩くっての、どんな感触なのか想像もつかねぇわ。今度やり方教えてくれよ」
「僕からしてみれば、そうやって濡れた部分の水を抽出してる君の元素力の扱いの方が想像つかないんだけど……どうやってるのそれ?」
わっかんね。できそうだからやってみただけだ。 俺は膝下を濡らしていた海水を纏めて水球にして海へと放った。感覚的なコツは自分の力が及ぶと思う範囲の拡大とでも言うべきか?
「お互いの元素力講座はまた後日開くとして、ここからさらに警戒しなきゃな」
俺の修行場だったこの島は一周するのにそう時間はかからない無人島だ。つまり狭い。師匠も俺たちが到着したことに気付いているだろう。
記憶が確かなら、俺たちが今いる砂浜から森に入ってしばらくすれば件の洞窟が見えてくるはずだ。
「旅をした経験ってのはやっぱすげえな。今の俺なら、ここがどれだけおかしな風景なのかよく分かる」
「稲妻の雷鳴轟く空に、フォンテーヌのような砂浜……森の植生はスメールの密林みたいだ。君の師匠は何を考えてここを作ったんだろうね」
それは会いに行けばわかる事だ。あの翁面が何を求めて俺の家族を陥れ、運命を歪めたのか、俺は師匠に問わなければならない。
「行くぞ。道中何が来るか分からねぇから、俺から離れるなよ」
こくりと頷くフリーナを確認した俺は、いつでも抜けるように鍔に指をかけたまま、砂浜を超えて森の中へ一歩踏み出した。
2. 人を喰らう鬼が住む
「──ルドっ!」
「見えてんだよッ!」
俺はフリーナの声を背中に受けつつ、横から飛びかかってきた牙をしゃがみで回避し首元を斬りつけた。低い姿勢のまま飛び込んで、前方の爪を掻い潜り刀を一閃。後隙を潰すように弾丸のような水鉄砲が獣を穿つ。統制を失った生き残りが蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
スメールに生息するリシュボラン虎の群れを殲滅したことを残心で確認した俺は刀を鞘に納めた。この森、確かに動植物豊かだった記憶があるがここまでチグハグな環境だったとはな。
「お疲れ様、やったね」
「ナイス連携。と言いたいとこだが、護衛対象に働いてもらうのはだな」
護衛を仰せつかってる身としては複雑な気分だ。続けながら俺はフリーナにこつんとグータッチした。彼女の、というかサロンメンバーの戦闘能力向上が著しいな。連携も息ぴったりを通り越して一心同体ってな具合だ。道中の獣程度じゃ相手にもならないぜ。
「別に構わないだろう? 基本僕は後ろで見てるだけだし、サロンメンバーが勝手に飛び出て君を援護しただけなんだからねっ」
「ツンデレ?」
お前にその属性は無いんじゃない? やるなら高飛車お嬢様……これも微妙だ。俺はクラバレッタさんを抱えた。なんにせよ手伝ってくれるのなら使わせて貰おう。
「ここをこうして、よし。行くぜクラバレッタさん!」
俺はクラバレッタさんの纏う水球に細工した。鋸のように細かい刃を備えたそれをギャリギャリ回転させ始めた彼女に指示を出して、進行方向の邪魔な草木を抉り取りながら道を開いた。
「よーしよし。いい感じだ。さすがだぞ」
「いま、のは? 僕のクラバレッタさんが凄く良くない技を使ったと思うんだけど!」
「あれだろ? 俺の事が心配ゆえに勝手に飛び出て手伝ってくれるんだよな」
「僕のサロンメンバーが知らない間に魔改造されてる!」
がおんってさせるのやめてよお! と泣きつくフリーナを気にせず俺はクラバレッタさんに前進を指示した。心配しなくてもサロンメンバーに悪影響はねえっての。これは俺との合体技なわけだしな。彼女たちが自力で学習する場合の想定を省いた説明で俺はフリーナを宥めた。
「お前もせっかくの美脚に小枝が引っかかるなんて嫌だろ。スメールの植生に似ちゃいるが、この森かなり歩きにくいぞ」
「うぅ……そうだけど、そうなんだけど。変な癖が着く前にここを抜けよう? 君の言う洞窟とやらにはいつ着くんだい」
「…………」
俺はにっこり笑った。フリーナの顔がひきつる。勘違いしないで欲しいが、別に迷った訳ではない。師匠のいる洞窟までの道、それは俺の右目にはっきりと見えている。問題なのはその距離だ。目の前にあるはずの入口が、近づく度に遠のいていく。俺たちを近づけさせたくないのか、はたまた別の目的か。
「これが最後の会話になるかもしれないから、よく話しておけって事じゃねぇの? 適当に雑談して歩き続けりゃいつかは着くさ」
「……なんだよそれ。最後になんてさせるもんか」
どうも俺の言葉がフリーナの気に触ってしまったらしい。普段見せないような不機嫌を表に出した彼女は俺の前を歩き出した。俺も何も言わずに着いていくが、特に森に変化はない。
「ルド!」
「なんでしょう」
「僕は、君の師匠のことが気に食わない」
「お、おう」
フリーナの、そうだねとしか言いようのない宣言に俺は肯定を返した。今までの話とここまでの悪趣味さで親しみを覚えたら逆に心配になるぞ。
「だから、ルド。フォンテーヌに帰ったら、冒険に行こう」
? 俺ははてなマークを浮かべた。全く話が読めない。今やってるの十分冒険なんじゃねえの? 俺の心を読んだフリーナが続ける。
「今やってる事は僕の護衛件、降り掛かってきた事件をなし崩し的に解決しようとしてるだけだろう。誰かに強制されたものじゃない、もっと気楽な冒険だよ」
「……まぁ、そうだな。俺も雪だるま式に規模がでかくなって行く依頼はしばらく御免だ。わざわざ国の外に出なくても、フォンテーヌのまだ見ぬ秘境を探索してみたりするのも悪くない」
俺たち半分は星と深淵を目指す冒険者なわけだしな。俺の言葉にフリーナが満足そうにふんと鼻を鳴らす。
最初に会った時は神の目を貰ったばかりで使い方もろくに知らなかった元水神……その彼女が今じゃここまで神の目を使いこなせるようになっている。師匠としては嬉しい限りだ。フリーナが相棒になってくれるのなら、どこへ冒険すると言われてもついて行ってやる所存である。
「知ってるかフリーナ。こういう未来のことを話し続けるとな、物語じゃ死亡フラグってのが立つんだぜ」
「……なんで君そういうことを言っちゃうかな。縁起でもないこと言わないでよ」
「逆に死亡フラグ立てまくると生存フラグに繋がるんだよ。さあ、やりたいことガンガン口に出してこうぜ。時間だけはあるんだしな」
俺はフリーナと帰った後にすることを思いつく限り口に出した。死亡フラグとは別に言霊、あるいは引き寄せってのもあるからな。森は進む度に深く、暗くなっていくが、俺たちの話す未来は底抜けに明るいものだった。
3. 暗い地の底 蝋燭の揺れる最奥
「おぉ……っおおぉ! これがこうなって──見ろフリーナ! あっという間に完成だ!!」
「はいはい。構造
夜、俺は木々を開いて野宿の準備を整えた。切り株を使って椅子に、適当なサンドイッチを鍋から飛び出させて二人で完食した後、マジックポケットから取り出した例の変形式テントをガチャガチャ変形させてご満悦である。結局他の人の家に泊まってばかりで野宿する機会が全くなかったからな。やっと性能を試せるわけだ。
「んじゃ、フリーナは寝てていいぞ。明日起きたら中のレビューを頼む」
「ぇ、君は寝ないの?」
「野宿には見張りが必要なんだよ。心配すんな。目を閉じるだけでも身体は休まるし、誰か来りゃ気配で分かる」
俺はテントの中にフリーナを押し込んだ。野宿といえば夜襲を警戒した見張りだよな。やりたいことリストのひとつが決戦前に埋まってしまった。テントの寝心地は次の機会で試せばいいのだ。
不満そうなおやすみを聞いた俺は少し離れた焚き火の前、切り株に腰をかける。
「……ふぅ」
そう。次、次が俺にはある。自分にそう言い聞かせる。俺は掌を見た。相変わらずおかしな視界に水色の元素が循環している。それ以外に明確な身体の変化はないと思っていたが、そうか。
「まずは睡眠の必要がなくなったってわけだ。腹も減らねえ。すっかり俺も人外の仲間入りだな」
全く眠気を感じない。さっきのサンドイッチも、フリーナの手前食べただけで全く腹は空いていなかった。皮でできた人形に水が入っているのが今の俺の状態なのだろう。師匠を倒さねば、俺はここで水になって消える……そういうことだ。
溶けそうなやつは大体友達? そりゃそうだろ俺がそうなんだからな。俺は書き換えようとした後面倒くさくなってそのままにしていた宣伝文句を思い出した。そうだな。帰ったら、あれも新しいものに書き換えないとな。
次……フォンテーヌに無事にフリーナを送り届ける。その次、彼女の言うように仕事の合間に気楽な冒険者として活動する。仕事して、遊んで、食べて、寝て……生活する。俺は明日も明後日も、フリーナの持ってくる無茶ぶりに応えて、俺の我儘でフリーナを振り回す。そうしてずっと、持ちつ持たれつで生きていくんだ。
その為に──。
「……語るべきは全て語った。もう準備はできてるよ。師匠」
虚空に呟く。ざわ、と空気が変わって、木々がひとりでに開いていく。近づいていながら遠ざかっていた洞窟の入口が、俺の目の前に現れた。律儀なやつだな。俺の心が決まるまでの猶予をくれていたつもりなのか? 余計なお世話なんだよ。
俺は静かに目を閉じた。フリーナが起きたらいよいよ決戦だ。
「……うぅ、なんかここ。蝋燭がこんなに沢山あるのに肌寒いね」
「あちこちから水が染み出してるからな。ちょっとの段差でも滑るから気をつけろ」
次の日、目覚めたフリーナに道が開けたことを伝えて、彼女と一緒に湿った洞窟を降りていく。緩やかな坂道となっている一本道、両側には大小様々な蝋燭が炎を揺らめかせている。明かりは揺らめくだけで試しに仰いだり息を吹きかけても消えることは無い。蝋燭が熔けている様子もなし、不思議な光源だ。ちなみにちゃんと熱かった。
指先を水で冷やしながら長い坂道を下る。温度はさらに冷え、腹の底から襲ってくる冷気にふる、と身体が震える。まるで死者の国だな。こんな所で俺は生活を? 頭おかしかったんじゃねえの?
永遠に思えた道は終着点に至る。俺は洞窟の底へたどり着いた。細かった道は広がり、巨大な空間へと繋がる。自然にできたものと言われたら出来すぎで、人工的に作ったと言われたらそのまますぎる。
鍾乳洞が上からいくつも突き出しているのに、広い地面には何も無い。全くもってアンバランスなこの場所こそ、俺が10年の時を過ごしたかつての修行場だ。あの頃から何も変わりなく、その先の景色に変化は無い。
そこに、あの日と何も変わらぬ姿で奴はいた。
「あの頃を思い出すな。ルド」
「……よう、師匠。まずは座って茶でも出してくれるのか? お気遣いどうも」
師匠。翁面。剣の鬼。出会った頃と変わらないボロ布を纏った落武者のような出で立ちのその男が、亡霊でもなんでもなく俺の前に存在している。
「瞳に
「いつになく感傷的じゃねえか。懐かしい、なんて感情がお前にゃねえだろ」
「今回は滑って転けなかったようだな」
「そりゃもう慎重に降りてきたよ! 最初はここまで滑り落ちてきたからなッ」
良いんだよ昔話はァ! 俺はキレた。横でフリーナがじとっとした目を向ける。お前には「俺と師匠が出会ったのは──」みたいな語りで師匠との修行生活の事を話してたもんな。見栄はったんだよわかれよ。
からからと翁面がゆれた。ボロボロの着物から覗く枯れ木のような身体が、ゆっくりと立ち上がる。
「かかッ。本当に変わったな? 随分物が増えたらしい」
「ッ! ……そうだよ。捨てるところなんて何ひとつとして無い。俺の宝物だ」
このまま朗らかに談笑が始まりそうだった雰囲気が塗り替えられる。ひっ……とフリーナの喉から音が漏れた。これだ、これがこの翁の異常性。俺はフリーナを下がらせながら、刀の鍔に手をかけた。遅すぎるくらいだ。師匠がその気なら、俺はフリーナ諸共首を落とされてもおかしくなかった。
「……故郷に戻ったお前が何を見て、何を得た。ここまでの旅で何を拾い、何を取り戻した。あえて聞くまい。言葉にすれば濁る」
ずるり。師匠はどこからか赤い鞘に収まった刀を取り出した。心刀。持ち主によって姿を変え、心折れる限り破壊されることの無い、俺と同じ拵えの刀。
今から始まるのは、命の取り合い。ざわざわと俺の全身の産毛が逆立つ。かつての雷神に真っ向から挑む時のような緊張感。俺は鍔を持ち上げ、濡れたように青白く光を反射する刀を抜き放って構えた。
「──来なさい、ルド。お前がどれほどのものを手に入れたのか、儂に見せてくれ」
「……師匠。俺はあんたを殺して、未来を獲るぞ」
これ以上の言葉は不要。俺はとん、と縮地を繰り出し、必殺の間合いへ踏み込んだ。