俺はフォンテーヌ生まれ稲妻育ち 作:残雪侍
1.
「愚直……よい。やってみよ」
「──ッらァ!!」
出し惜しみは無い。俺は縮地を使って師匠へ切り込んだ。下から深く致命傷を与えるための逆袈裟。返す刀での斬り返し。もう半歩踏み込んでの横薙ぎ。
水でも斬ってるみたいだな。実際はそれよりタチが悪い状況なんだが。
刀が空を斬る音が洞窟に響く。師匠はまだ刀も抜いていない。本当に惚れ惚れするほどの脚捌きだ。俺の太刀筋、踏み込み、殺気の有無まで全て手のひらの上って事かよ。少し軌道をそらせば当たる程の紙一重。緩く緩慢な動きで俺の最強が躱される。
「いい太刀筋だ。だが、ただ振り回すだけでは子供の癇癪と変わらんな?」
「……だったらッ!」
俺はギアをひとつあげた。身体操作をさらに密に調整──筋肉の動きから骨の強度まで、これ以上負荷をかけたら壊れるギリギリを超える。もう身体は人外だ……これくらいはやってみせろ!! 刀身に纏った水がさらに鋭利さを増した。俺の一撃が、師匠の袖を掠める。
「余裕ぶっこいてる間に決着つけてやるよ!」
「ほう、ほう」
『擬剣・裁雨留虹』。無数の小太刀が天から突き刺さる。紙一重で避けるだけだった翁が俺から大きく距離を離した。避けろ、脚をもっと使え。移動はそれだけで隙に繋がる──あんたが教えてくれた事だよな!!
上から小太刀、俺は横から挟み込むように水月を放ち、翁に突進する。水平に刀を構え、身体を引き絞った。最高速度の重撃を──ッ!
「──それが、お前の流派でいいのか?」
小太刀が解かれた。水月が形を失いその場に落ちる。
俺の右腕に乗せた渾身の一撃が、ぬるりと下から合わせられた赤黒い刃によって逸らされる。
「随分と荷物が増えたな。少し下ろすのも良かろう」
「──ッ!? ァああ!!」
足元を水蒸気で爆発させる事で、俺はその場から転がり退いた。震える手で右腕を確認……落とされてはいない。だが、避けきれなかった。ぽたりと指先から血が滴り落ちる。
「教えたろう。削れ、落とせと。流れは迎合しても良い。だが、あれもこれもと合流すれば、清流とて濁流となる──そういうものだ」
「……だったら、もっと俺を深く掘り下げりゃいいって事だよな。抱えても濁らないくらいに」
俺は刀を下段に構え、獣のように身を低くした。蒸気が腕を走り、刀傷を癒す。今の状態はまさに鬼神をこの身に宿していると自覚する。それだけで、目の前の怪物と渡り合える……そう信じろ。
地面を抉るほどの爆発的な加速。俺の身体が残像の尾を引いて伸びる。翁面がからからとあざ笑うように揺れ、火花と共に刀が流された。
「───ッッ!」
喉から血が出る程に声を震わせ、身を鼓舞する。俺の身体は縦横無尽に跳ね、斬撃を浴びせていく。躱され、弾かれ、いなされようがお構い無しに、俺の中の流派が音を立てながら切り替わる。その全てを持って目の前の敵を斬り殺さすために振るわれた。
「──『擬剣』」
「……それはもう見たぞ」
「『天街巡遊』!」
閃光が瞬いた。水元素が紫電のように散る。璃月の七星、剣豪の型を盗みながら着地した俺は、左手に裁雨留虹で作りだした薄い刃を重ねて構える。イメージするのは、闘技場の無敗の決闘代理人。
「『擬剣──「あの決闘代理人の技だな」ッが!!」
腹部に鈍い衝撃。内蔵が全て吐き出されるような勢いで俺の腰がくの字に折れ曲がる。翁の草履が、俺の鳩尾に深々と突き刺さった。技を出す前に種を割るんじゃねェよ……っ!
「手品はもう良い。奇術師を弟子にとった覚えは無いぞ」
「ッご、あァ!!」
命を簡単に吹き消す一刀を、俺は左手の短刀を投げつけることによりやり過ごす。蹴り上げられた勢いを殺さずに上へ飛び上がり、鍾乳洞のひとつを掴んで距離を離した。
「ごほッ……は、ァ……ッ!」
「ルドっ!」
咳き込みながら、俺は後ろから悲痛な声を聞く。ダメだな俺は……ッもっとフリーナから距離を離さねえと、巻き込まない保証はどこにもない。
「それも言ったな? 儂と戦うまでにそれは棄てておけと……今からでも遅くは無い。特別な愛を持ってしまった水神は、その喪失の重さに耐えきれんだろう」
「……ッ! てめェ」
激昂しながら、俺の中の冷静な部分が極めて合理的な判断を計算し始める。もし俺が負けて死んだら、フリーナはどうなる。この翁が無事に帰してくれるわけが無い。
俺が負けて死ぬ分にはそれも仕方ないが、せめてフリーナは……。この世界に引き込んでしまった俺が生きている間に、こいつだけでも外の世界へ逃がすべき──。
「あまり僕のルドを甘く見ないでくれないかな」
声がする。才能に溢れた大スターのくせにお調子乗りで、笑顔の裏で冷や汗かいて焦っている。そんな声が。
「行く先々でちょっかいをかけてルドの気を引いて、やっと自分の世界に来てもらったからって師匠面かい? 彼の事をよく知っているという顔だけれど、それは違うね」
俺には分かる。この場にいるだけでもプレッシャーに押しつぶされそうなんだろ。内心は涙が出そうなくらい怖がってるし、直ぐに帰ってベッドに潜り込みたいんだよな。
「ルドの技が多いのは、それだけ繋いだ縁が多いって事さ。君が上流からわかった気になっている間に、彼は大海になったんだ」
それでも、お前は……、この場の誰よりも非力なフリーナ・ドゥ・フォンテーヌは。舞台の上に立つことを選ぶんだ。
「僕は君の思い通りにはならない。喪失? そんな三流の書いたストーリーは僕の目に留まる価値すらない没作だ! 僕の描く未来を彩る
「…………かかっ、ははははッ!! なぁルド。我が弟子よ! お前、本当にいい物を拾ったな!」
「──拾ったんじゃなくて出会ったんだよ。俺には勿体ないくらい、良くできた
俺は刀を構えた。痛みも、恐れも、何一つ俺を縛ることはない。後ろでお前が見ていてくれる。それだけで俺の身体は最善を尽くせるらしい。
「という訳だ。俺の
「あァ、悪いがその手の貨幣は持ち合わせておらんでな……踏み倒して行くぞ、馬鹿弟子よ」
地面を砕くような力みはもういらない。音もなく踏み込んだ俺と師匠の刀が交差した。こっからが本番だ。
剣戟の音を置き去りに、俺たちは斬り合いを再開させた。
2.
「負けるなっ! ルド!! 」
「……おォ!!」
振り落とされた赤黒い刀身を横から弾いて返す刀で斬り掛かる。重い手応えと共に鍔迫り合いに入った。押し込みながら叫ぶ。
「フリーナの言った通りだッ! 映影祭にグランドバザール、行く先々で良くも俺の楽しい旅行を台無しにしてくれやがったなッ!!」
「刺激的な旅だったろう? おもわず跪き首を差し出したくなるほどにな!」
なるかボケがッ! 俺はクロスレンジでの攻防を開始した。千を超える剣戟が火花を散らす。赫と蒼の剣閃が目を焼き、飛び散った余波が鍾乳洞を削る。
「何より──父さんと母さんをッ! てめぇらの汚ねえ欲望のために使いやがったことが!」
「使うと決めたのは兄弟子の判断だがな。そら、怒りの感情が刀に乗ったぞ。それでは簡単に流されてしまうなァ!」
ギャリ、と刀を腕ごと巻き込まれ俺の体制が崩される。俺は浮かび上がった足に水を纏わせ重い上段蹴りを叩き込んだ。枯れ枝のように軽い師匠のガードした腕ごと吹き飛ばし、追撃のために猛追する。
「まだその兄弟子の行動原理の方がしっくり来んだよ。俺も安心してぶちのめせたしな。師匠はいつも陰から覗くばかりで何もしねぇ……何がしたいんだよあんたはァ!!」
「……かかっ。お前、まだ気づいておらんかったか」
「自分で呟いたろうに、それよ」
「……ッ!?」
ぬるり。と空間を抉りながら貫く突きを刃を逸らせて回避する。入れ替わるように間合いをとった師匠は、衝撃をいなした時に折れたらしい腕を、びきびきと枝の割れるような音を立てて修復する。鉄の粉のようなものがその場に落ちた。
鍾離さんが言っていた。今の師匠はある旧友の身体を使っている。心刀を造った元の持ち主の身体をだ。なんのためにこいつらは、人の身体を乗っ取ってまで在ろうとする?
「……俺が、師匠の願いを口に出したって?」
「思い出さんか? 口に出したそれはお前の願いであり、儂の願いでもある」
口に妙な痺れが走った。思い出すのもおぞましい、戦場を不気味な笑顔で駆け抜けた時の俺の感情。雷神に切り殺される直前まで俺の口から出ていた願いは。
「…………たった、それだけ? それだけのために、あんたは」
「何を驚く? 何時までも強者と共に技を磨き、剣を交える。剣士なら誰でも描く願いだろうに」
──。ガチン、と俺の中で歯車が回った。咆哮を上げて俺は師匠に斬り掛かる。
流派を教え、俺の人生を狂わした。父さんと母さんを奪い、稲妻の土地を荒らし、俺の関わる人間を傷つけた。その目的が、たったそれだけ? 俺はこれ以上、この存在を生かしておく訳には行かなかった。
「あァ……そうだ。お前にはひとつ、悪いことをしたな」
「────もう喋るな。お前はッ!!」
「我が流派の奥義を」
ぞわ、と俺の全神経が回避をしろと叫ぶ。だが、一度動き出した身体は止める事ができない。だったら、師匠が何かする前に斬るしかない。
「見せていなかった」
鞘に収められた赫い刀。俺の目に映ったのは、居合の構えを取る師匠。鞘から、どす黒い殺意が昏い光となって俺の目に飛び込んでくる。
せかい が。割れて
「我が流派、我が奥義──名を『止水』彼岸の通行料に持ってゆけ」
「る……っ」
「ルド───ッ!!」
くるくると回る腕、刀身ごとまっぷたつにされた刀。
崩れ落ちる。俺だった半身。
おれは、
3.フォンテーヌ フォンテーヌ廷 エピクレシス歌劇場 3番シアター
──リドル、サテラっ! 君たちの愛は、今ここに新たな生命を産み出した。本当におめでとう!
緩慢な仕草で、席の横にあるふざけたフレーバーのフォンタを飲み、千霊ムース味のポップコーンを口に放り込む。酷い味だ。シェフを呼べシェフを。一週間後の俺なら本物を作って来てやれるぞ。
「下らねぇ映影だな。エキストラは豪華なのに、肝心の主役が猿以下ときた」
母親役も、父親役も、それを取り囲む人たちも、みんな嬉しそうで、楽しそうだ。幸せに満ちている。その中で泣きわめくお前はなんだ? せっかく産まれたんだ。もう少し嬉しそうにしたらいいのに、何が悲しくてそんなに泣くんだ?
「……そうかな? 僕はあの子の演技は素晴らしいと思うけど?」
隣に人がいたらしい。上映中に喋るのはマナー違反だったな。と反省するが、どうせこんな映影を見に来る物好きは他に居ない。俺は座席に深く腰を落ち着けて、隣人と話すことに決めた。
「そうかぁ? 俺ぁ人を見る目だけはあるからな。こいつは成長するとろくな奴にならねえぜ。多分、好きになった女にカッコつけて、思いが通じあった辺りでドカンと自爆して傷を残すタイプだ。救えねえ屑よ屑」
「ふふっ。君、ずけずけとものを言うんだね? 確かに、そんな人を好きになってしまった女の子は苦労しそうだ」
だろ? 俺は映影の鑑賞に戻った。
…………。どうしてだろうな? 楽しくなさそうに泣きわめく赤ん坊を見て、あやす為に身振り手振りで慌てる、楽しくなさそうな女が一人。
どうしてそんな顔で二人を見るんだ? どうしてそれを隠して笑うんだ。
「そうだね。でも、彼女を絶望から救うのは残念ながら君じゃない」
隣人が言う。彼女の目にも、俺は主役に映ってないらしい。俺は鼻で笑い飛ばしてやった。
「関係あるかよ。俺が産まれた以上、あいつを泣きそうな顔にできるのは俺だけだ」
「運命があるんなら、俺が纏めてぶった斬って──腹ちぎれるくらい笑える未来を作ってやるよ」
──! リドル、見て。この子……っ
──あぁ!フリーナ様っ! 僕達の息子に加護を授けて下さってありがとうございます!!
──うぇ!? いや、ははっ!まぁ? 僕にかかればこれくらい……ねっ!?
「行くのかい?」
席を立った俺を隣人は呼び止める。俺は振り向いて、食べかけのポップコーンとフォンタをくれてやった。ひでえ味だが、面白い体験にはなると思うぜ。
ちゃんとあんたもフリーナに謝っとけよな。たまに夢見て泣いてんだぞ。あいつ。
「ぁ〜……うん。彼女がエンドロールを迎えた時には、ちゃんとするよ」
ならよし。俺は、ルド=ウィークは。
劇場の外へと続く重い扉を押し開けた。
「行ってらっしゃい。ルド……あの子のことをよろしくね」
4.
「ルド、るどっ! 嫌だ……起きて、ねぇ!」
「そう泣いてやるな。元水神。人は必ずいつかは死ぬ……我が弟子はそれが今日だった。それだけの事だろう」
「──うるさいっ! 君は死を恐れ、拒絶して今があるんだろう!? 僕は、僕にだって!」
フリーナの決意によって、サロンメンバーが飛び出した。クラバレッタさんの突進は軽くいなされ、婦人の射撃は軌道を逸らし、流れ弾が蟹さんを貫く。
飛びかかった蛸紳士の渾身の右ストレートは、ぼとりと音を立てて切り離された。そのまま投げ飛ばされ、婦人とぶつかって水に溶ける。
「うぁ……っ」
「……娘。哀れな娘よ。信じた相手が悪かったな。儂の世界は外界から隔絶されている。こんな世界に一人残されても辛いだろう。何より、儂に攻撃したお前は」
「既に儂の死合う相手になってしまった」
「っひ、ぁ」
ずる、と翁が刀を引き抜く。赫い刀身は血を吸ったように鏡面化し、フリーナの引きつった顔を映す。もはやその刃を止める者は誰もいない。
「ゃだ……こんなの、嫌だっ!」
「受け入れよ。儂に決闘を挑んだ己の愚かさを、その罪を」
「不当だな」
声を震わせる。ごぽごぽ血を吐き出しながら、
「その審判に意義を申し立てる」
甲高い音を立てて、青白く輝く刀身を強く突き立てる。フォンテーヌにおいて、その刃は常に弱者を虐げるものから守るために振るわれる……。そんなかっこよくて、強くて頼れる決闘代理人の名は───ッ!
「その少女は汝の決闘相手に非ず。その罪、その汚名、このルド=ウィークが決闘を持って晴らそう」
そう。俺である。