俺はフォンテーヌ生まれ稲妻育ち 作:残雪侍
Q.周りが死の神とドンパチやってるってのに、どうして枯れ枝みたいな翁をラスボスにしてしまったのか?
1.
「ルド……っ!」
「……お前、どうやって我が奥義をかいくぐったかと思えば、そうか。
「そうだよ師匠。態々俺に奥義を披露してくれてありがとうな。おかげで」
「観察は十分に終わった。ざっと合わせて十年分、きっちりな」
俺はゆらりと刀を構えた。今まで受けた傷を覆し、ダメージにより分身を生み出す元素爆発。今、俺の周りに分身は居ない。代わりに身を焼き焦がす程のエネルギーが身体を渦巻き、余剰分が背中に光輪を作り出して循環する。
「醜いな。その姿を人間と誰が思う? 高潔に、人のまま死ぬことは出来なんだか」
「お互い様だろ。他人の身体を乗っ取ってまで生にしがみつくお前は、俺以上に醜く見えるよ」
俺の右目からは迸る元素が蒼炎となって溢れ出していた。熱が顔半分の皮膚を焼き、炭化して骨まで見えかかっているが……問題はない。
俺は腰のベルトに取り付けた手の平サイズの宝石を撫でる。ずっと、ずっと傍にいてくれたんだな。
俺の願いはずっと隣にあったんだ。雲が陰って、見えなくなっていただけで。
俺は刀を掲げて決闘の構えをとった。顔半分を刀で隠し、貰った左目で敵を見据える。
「さァ、決着を付けようぜ」
「かかッ! 曲がりなりにも必殺を躱されたのだ。お前を強者と認め、少し場を整えてやろう」
地響き。世界が音を立てて変形する。鍾乳洞が折れて地面に突き刺さり、ぐにゃりと解けて高級な質感の椅子へと変わる。地面からは乾いた土気色の腕が這い出し、現れた死人達が観客のように席についた。
随分とフォンテーヌの文化に詳しくなったらしいな。フリーナを持ち上げて特等席に座らせやがって……。戦闘の余波が届かないようにしたのは、俺に全力を出して挑んでこいという意志の表れか。
硬い岩肌を木製の板が突き破った。俺と師匠は向かい合ったまま、壇上へと上がることになる。
エピクレシス歌劇場。三流決闘代理人が使うような普通の闘技場とはわけが違う。国を代表する決闘代理人が命を懸けて己の正義を示す決戦の舞台。ただそこに在るだけの空間は、今ここに意味を持って再現された。
「嬉しいぞ、ルド。どの流派、どの剣技を斬ってもついぞ満たされることの無かった器が、ようやく満ちる確信がある……ここにいるのは二人の剣士。存分に斬り合おうか」
「──剣士として俺を殺したかったんなら、劇場は作るべきじゃ無かったな」
みしり、と空間にヒビが入った。硝子が割れるようなけたたましい音と共に、世界の破片が俺の足元に落ちて消える。外界から隔絶された世界と言ったな。それはここがなんの意味も持たない、ただそこにある空間だったからだ。
「罪を着せられた者がいて、それを糾弾する者、その悪意を弾くものが揃った──であれば、ここは」
「その通り。今この場に置いて、ここはエピクレシス歌劇場と同じフォンテーヌとして扱われる」
かつん。俺たちの頭上で杖を打ち付ける音が響いた。もはや見上げることもなく、俺は静かに決闘の開始を待つ……目を合わせるのが怖い訳じゃないが? めっちゃ見られてる気配してるけど。
「君達の決闘、最高審判官ヌヴィレットが見届けよう」
「
2.
「──かかッ! やはり場を整えたのは正解だった。鋼の魔神の身体を得た時と同じだ」
「相手の定めたルールの上で、万全の状態のそれを斬り捨てる。それでこそ死合というものよなァ!」
無意識の隙間を狙って振るわれた師匠の刀が、半身をとった俺の鼻先をすり抜ける。相手の呼吸を合わせて読み取り、意識の隙を突く技の剣。返す方法は合わせられた呼吸をそのまま受け入れる事だ。
「悪いな師匠。ヌヴィレット様はお忙しい身でな……
さっさと勝負を付けさせて貰うぞ」
「──ッ!!」
白刃が閃いた。甲高い剣戟の音が劇場を彩っていく。振り抜かれた刀をいなし、返す刀を弾かれ、続く一刀を受け流す。足りない俺の技量は、師匠を見てきた経験で埋め合わせた。
斬る度に火花が散って網膜を焼く。刀を握る手が熱く痺れていく。強者との戦いによって、俺の身体が研ぎ澄まされていく実感があった。俺の変化を感じ取った翁面が本当に嬉しそうにカラカラと嗤う。
「いいぞ! やっとらしくなってきたッ! もっと引き出せ、もっと、もっとだ!」
俺の刀が弾き返された。大きく開いた身体に繰り出された赤黒い斬撃を、青白い光の軌跡で受け流す。かつて雷神に折られ、俺が命を救ったらしい人が返してくれた縁の一振。俺は三本目の心刀である短刀を左手に装備した。使えるものはなんでも使えばいいし、その数に制限なんてない。俺は、俺の戦い方を会得した。
右手に刀を、左手に短刀を。二刀を万全に使える形へ、体の使い方も変化させる。流れる水の如く澱みなく、滑るように。
「思い出したんだよ、師匠。どうでもいいなんて言われたけどな……やっぱり俺に名前は必要だったんだ」
「俺はルド。 『無銘』のルド=ウィークッ!! 我が剣は常に、その背にいる者を護る為に振るわれる!」
「良く吼えた──ッ! ならば流派の元流として、その願いを断ち切ろうか!!」
切り払い。火花を散らして距離を離し、その直後に斬り結ぶ。攻防なんて生易しいものじゃない。俺達の間には濃密な殺意の嵐が吹き荒れた。百の剣戟、千の未来。一秒を何万秒にも引き伸ばしてたった一つの生存と勝利を掴み取れッ!
「ッ───おぉォぉ!!!」
「……っ!!」
身体を押し込み、師匠の刀が加速する前に肩まで刃を食い込ませながらも受け止める。クロスさせた刀を思い切り開いて、俺は師匠の体勢を大きく崩した。勝負を決める最大の好機、ここで、決める──ッ!
「──ごぷッ」
ぷつん。と俺の中で切れてはいけない何かが切れた。口の中から水を吐き出し、身体から力が抜ける。
いつかの決闘の時と同じだ。鬼神演戯の代償、体力の限界を迎えて俺の背の光輪が弾けて消えた。
「惜しかったな、儂に匹敵する可能性を秘めた剣士よ」
パチン、と赤黒い刀が空中で鞘に収められる。昏い光が隙間から零れ、霞む視界を塗りつぶす。師匠の奥義、『止水』が放たれる。そして、俺は死ぬ。
「これ程終わるのを惜しむ戦いはついぞ無かった。せめてもの礼だ。楽にして──お前ッ!?」
倒れるはずだったはずの身体を、一歩前に踏み出す。板が割れるほどに、強く──強くッ!!
「
師匠の翁面の奥、その目が見開かれた。いつも余裕そうにしていた柔和な笑みが消える。やっとその目を俺に見せたな。
口の端から最後の血を吐き出して、俺は嗤う。舌を噛みちぎって溢れたそれを元素エネルギーに変換──神の目へ集束させる。
「──『奥義』ッ!!」
「『元素爆発』!!」
鬼神演戯。二度目の光輪が俺の背中を突き破った。たった一瞬の顕現で構わない。ただ一太刀を届かせる為に、俺の未来を全て持っていけ。
イメージするのは月夜の湖面。波紋すら立たない鏡面の傍で、楽しそうに、悲しそうに唄う星の娘。
お前が望んでくれるのなら、俺は星にだって手を届かせてやるよ。
「…………『秘剣・
「──見事」
決着は、驚くほど静かに、そして確かに着いた。
師匠が刀を取り落とす。持ち主から離れた心刀は、元の古びた装飾に戻り、灰となって崩れた。
翁面ごと切り裂かれ、消滅していく口で呟かれた小さな賞賛の言葉。それがどっちの人格で紡がれた言葉なのか確認する事もなく、俺の意識は闇へと消えた。
3.
唄が聞こえる。小さく、ともすれば鼻歌かと思ってしまうような、口の中で転がした小さな唄が。
「……ぁ、起きた。おはよ、ルド」
「……おぉ」
俺はゆっくりと、残った左目で周囲を観察した。劇場は消えて元の伽藍とした洞窟へと戻っている。師匠だったものは何処にも居らず、最高審判官の姿も、初めからいなかったように消えていた。
「……どれくらい、気絶してた」
「そんなに時間は経ってないよ──でも、急いでここから出よう? なんだかここ、崩れそうでさっ!」
そりゃ、師匠の作った空間だしな。維持してた奴が死ねば消えるだろ。俺の言葉に慌てたフリーナが俺を抱えようとする。
「早く帰ろう。帰って、君の身体をシグウィンに診てもらうんだ」
「……これ、治るやつじゃねえだろ」
俺の身体は半分炭化していた。右腕はどこかに消えて、右足の感覚も無い。めちゃくちゃ踏み込んだし、その時に吹っ飛んだんだろうな……。これは俺の身に施された呪いを全て出し切った影響と、限界を超えて運用した代償。こうやって話せている事自体が、フリーナに貰った左目の奇跡というやつだ。
「治るよ! 治す……ッ! あの時みたいに、無理だって君は思ったみたいだけど、僕はやったんだ。絶対に、君をここで死なせるもんか!」
地響きが鳴る。いよいよ時間も無いらしい。物理的に軽くなった俺を、それでもフリーナは重そうに引き摺る。無理すんなって。こんな時のために、だ。
俺はマジックポケットからちいさな箱を取り出した。ぽちっとスイッチを押して放り投げれば、ガチャガチャと変形してテントの形を形成する。
「閑雲先生と話しててな。オプションを追加させて貰ってたんだ……何かあった時の為の緊急脱出装置。行先はフォンテーヌの歌劇場だ。もし敵が追っかけてきても最強元素龍の力でぶっ飛ばして貰えるように」
「そんなものがあるなら共有しておいてよバカ! 君が目が覚めるまでにフォンテーヌに帰れたじゃないか!!」
ばかルド〜ッ! と俺の頭を抱くフリーナ。秘密兵器は秘密にしてこそだろうがッ! それに説明はしようとしたけど聞こうとしてなかっただろーがよ。
俺は重い身体を離してフリーナを自由にさせた。ぴょんとテントに張り付いた彼女は、テントのハッチを開いて中を確認する。
「……なぁ。フリーナ。刀持ってきてくれるか?」
「ちゃんと回収してあるよっ、ほら──ぇ?」
「それは二人でも乗れるけど、こいつらが邪魔して飛べなかったら困るからな」
俺は残った左腕で刀を抱えたままのフリーナをテントへ押し込んだ。そのまま、ベルトに取り付けていた神の目も外して中へ放り込み、扉を閉めてロックをかける。
闇から這い出てきた腕が、黒い波を作って俺たちへと進んでくる。今まで殺されてきた人間、獲物を放る度に同じ時間を繰り返し、その度擦り切れ劣化して行った怨霊の群れ。主を失ったそれらは行き場のない塊として、近くにいる生者を引きずり込もうとしてくる。飛んでいる間に捕まれて引きずり込まれるのだけは許さない。
「──ッ!? ───ッッ!!!」
「刀と神の目は持っててくれよ。ちゃんと取りに帰るから……形見になんてするんじゃねえぞ」
どんどんと内側から扉を叩く音を無視して、俺は身体の元素力を操作した。水が渦巻き、エンジンへと力を直結させる。
「……俺は、護衛だからな」
鋭利なテントの先端が鈍く輝き、全体がふわりと浮き上がった。全体を元素でコーティング。行先は───彼女と俺の故郷へ。
「
凄まじい勢いでテントが天へ射出された。眩い閃光が怨霊を消し飛ばして鍾乳洞を抉り、地面を突き抜け分厚い雷雲すらも突破する。
行け行け、どこまでも行っちまえ。風穴を開けた天井から、柔らかな月光が俺を照らした。仰向けに倒れ、伸ばした俺の左腕が指先から元素へ変わって解けていく。
「じゃあな、俺の星。導きの流星」
青く輝く閃光が宙を引き裂いていく光景を最後に、俺の目は信号を伝達することを……止めた。
4.
その晩。テイワット大陸で一筋の流星が観測された。
稲妻の海から突如登ったそれを、連合軍の軍師二人と、荒瀧派の親分が見た。
天守閣で瞑想をする雷神は動かない。彼の覚悟を、決断を尊重し受け入れた。それでも、小言を一つ言うくらいは許されるべきと重い口を開く。
「……ルドは本当に困った子ですね。一体、どちらに似てしまったんでしょうか」
「お主は産んでおらぬじゃろうて」
夜を隠してしまうほどに明るい璃月の繁華街で、宙を引き裂く青い閃光に気付く者は少なかった。
ただ、璃月の仙人達はその存在の正体に気付き、気配を察する。
隠居した神は、一人茶を口に含んでかつての旧友を偲ぶ。契約を果たし、代わりに仇を打った剣士の名をぽつりと口にした。
「……これにて契約は成された。ルド、彼に変わって礼を言う」
スメールシティのトレジャーストリートにて、たまたま買い出しをするために市場へ来ていた一人の踊り子は、視界の端で瞬く星を見つける。
綺麗と思うのも束の間、言いようの無い不安が彼女を襲った。買い物の手を止め、思わず両手を握り祈る。
「ルド……ちゃんと帰ってくるよね?」
エピクレシス歌劇場。巡回警備中だったマレショーセ・ファントム所属のメリュジーヌは、凄まじい轟音と共に着陸した構造物を発見する。
慎重に危険性の有無を確認し、ハッチを開けた彼女は「三ヶ月は眠れないくらいの衝撃でした」と後に語った。
逆さになった船内で、古ぼけた刀を抱えて泣きじゃくるこの国の象徴にして大スター。フリーナ・ドゥ・フォンテーヌは、確かに故郷への帰還を果たした。その胸に大きな喪失を残して。
掌に握られた誰かの神の目が、役目を終えたように光を──消した。
「愚かな事を。まさか、知らない等ということは無いはずだ……
A.この物語のラスボスは最高審判官だから。
次回、ハッピーエンド。