俺はフォンテーヌ生まれ稲妻育ち 作:残雪侍
1. フォンテーヌ フォンテーヌ廷 メゾン・ド・フォンテーヌ
「……ん」
ぱちっと起床。うーん良い朝いい空気だ。ここんとこ地下のうっすいマットでの就寝ばかりだったからな。ふっかふかのベッドで目覚めるのなんて久しぶりだ。見てこれ、天蓋付きの高そうな装飾! なにこれ?
俺の意識は完全に覚醒した。がばっと飛び起き周囲を確認──ここは俺の部屋では、ない。
「は──っ」
捲られた毛布が剥がれ落ち、俺の肉体を晒す。何度目かの脱衣! 俺はいつから脱衣キャラになってしまったのか? いやズボンは履いてるから最悪の事態は免れてるけど、このパターンだと恐らく……。
「んん……っ」
俺の隣の気配。柔らかく温かな、俺の手をしっかりと握る感触。
「えへ……るど。おはよ」
「……あぁ、おはよう。そしてさよなら俺の首」
喪服の下に着ていた黒いシャツ一枚。ただでさえ防御力の低いそれを、ボタンを外して白い胸元を見せる事によってほぼゼロにした姿で微睡むフリーナ。
顔からはすっかり隈が抜け落ち、長い悪夢から開放された軟らかな顔で挨拶してくれた。とても可愛いね。もう見れないと思うと俺泣いちゃう。
俺はとりあえずテレパシーを送った。
やましいこと、なんにもしてません
「出頭」うっす。
俺は着替えつつ、朝食を作ろうとベッドを出ようとしてぽふっとジェントルマン・アッシャーに再び寝かしつけられた。何事?
「…………まだ眠いから一緒に寝てて」
「俺今勅命貰ってるんだけど?」
どうするヌッ様? 俺は信託を待った。
「彼女の願いは他の何よりも優先される」らしい。俺は力を抜いて柔らかく高級なベッドの寝心地を堪能することにした。信託は絶対なのだ。
「ふふん……目覚めた時、君がいなかったら嫌だからね」
「数日だけだからな? あんまりだらけるのも身体に悪……寝てやがる」
俺はフリーナの柔らかな銀髪を撫でてやった。今まで我儘し放題だったからな。次は俺がフリーナの我儘を聞いてやる番でいいだろ。
「嫌だ。僕も一緒に行く」
「まだ何も言ってねぇんだけど」
ブランチとして、ふんわりとしたバターロールをスープで流し込みながら、唐突にフリーナが拒否する。俺は改めて最高審判官にお呼ばれしたことを伝えた。一緒に行くらしい。そう……。
「ヌヴィレットは僕に過干渉なのさ。その割に君を匿っていることを黙っていたり、一度がつんと言っておかないと」
「色々お考えがあっての判断だとおもうけど」
下手なことを言って期待させるよりかは、確実に戻ってくるまで黙っておくのは普通である。すげー力を持った奴が二人も揃って、俺をフォンテーヌに連れて帰るのに一ヶ月もかけたんだ。相当無茶を通したことが伺える。命を救われた俺に言える文句はねえわな。
俺はスープを飲み干して食器を片付けた。
「ルド、これ」
「ん、ごめんな。ちゃんと持っててくれて助かった」
食事を終えたフリーナが自室に戻り、両手に刀を抱えて戻ってきた。俺が最後に預けた古ぼけた鞘は、吸い付くように俺の手へと収まった。在るべき姿を取り戻すかのように、黒の中に蒼を差し込んだ意匠の鞘へと変わる。
「一本差しだとやっぱ落ち着かねぇな。普段使いの剣も新調しねえと」
帯に差した刀の位置を調整しながら、俺は空になったベルトのホルダーを見てボヤいた。元々剣と刀の二本差し、腰にかかる重みも二本で完璧だったのだが……柄だけ残して溶けちゃったからな。
「今の君のおかしな剣技に耐えられる店売りの剣はないんじゃ無いかな」
「名剣なんて大層なもんは
雷神の一太刀を無理やり再現とかしなけりゃ、もっと上手く使ってやるっての。武器の新調はまたにして、とりあえずはパレ・メルモニアの執務室に行かねえとな。俺はフリーナと一緒に部屋を出て、鍵を閉める。
……このドアの鍵、俺の部屋のじゃね? 俺は無意識に閉めた自分の鍵を見た。俺はフリーナの執念を甘く見ていたのかもしれない。ぎぎ、と首を回して恐る恐るフリーナと目を合わせると、彼女は何も気づいてない様子でにぱっと笑った。
2. フォンテーヌ廷 パレ・メルモニア 執務室
「まずは、長旅ご苦労だった。君たちの無事の帰還を心から嬉しく思う」
俺が寝てる間にフリーナが提出したらしい書類をぽんと叩いて、椅子に座った最高審判官様が言う。この人も久しぶりに会う人ではあるんだが、体感時間からして全く懐かしくないな。
「報告書は確かに受け取った。非常に読み応えのある内容……刺激的と言うにはいささか暴力性がすぎるものだったと言えよう」
「死にかけたの一度や二度どころじゃねえしな……はい、ごめんなさい」
俺の軽口は水龍センサーに反応したらしく、じとりとした視線を向けられたので謝っておいた。
「特に、ルド=ウィーク。君はフリーナ殿に降りかかる火の粉を見事払い除け、彼女をここまで無事に帰した。その点を私は評価したい。君の名前は、フォンテーヌの長い歴史に刻まれるだろう」
「おぉ。なんか急にありがたきお言葉……しかし私ごときがフォンテーヌの歴史に名を刻むのは」
「最後の最後で自爆して護衛対象に心の傷を負わせた大罪人として」
「負の歴史の方かよ」
どうやら俺はフォンテーヌ五大悪人の一人に数えられてしまったらしい。ナルツィッセンクロイツと俺が同格なわきゃねえだろ!
「いいよヌヴィレット。ルドはこうして約束を違えずに帰ってきてくれたからね」
もう彼にこれ以上の罰はいらないよ、とフリーナが俺の肩にぴったり寄り添う。なぁそれわざとか? ヌヴィレット様の無表情が怖いからせめて目の前でやるのは……。
「確かに、君を大罪人にしてしまうと他にも候補に上がってきてしまう者が多すぎる。それは彼らにとって不名誉な事だろう」
「あははっ確かに!」
「俺に! 俺にとって不名誉なんですけど!?」
あとサラッと長命マウントとるんじゃねェ!! 俺は吼えた。へんてこな罪状突きつけられるし罰をサラッと許されるのはそういうもんと受け入れもするが、俺の知らない審判の思い出を話されるのはなんか嫌だ!
「では、ルド=ウィーク。罪と罰を踏み倒した異例の守護者……君には、彼女の護衛の報酬を払わなければならない」
「俺の意思で踏み倒した訳じゃないのにその言い草? 元々ふざけた審判だったろうがよ。そこも含めて喜劇で収めようぜ」
んで何? 俺は何か貰えるかもという期待でにこにことした。ヌヴィレット様が虚空から元素に変換していた長物を取り出す。おいこれ……。
「君が長剣と刀で戦うことは知っている。旅の中で剣を失ったことも。であれば、君にはこれを報酬とするのがいいだろう。受け取って欲しい」
「……いや、俺店売りの普通の剣で十分なんだけど。こんな金色に光ながら降ってくるような神秘を帯びた剣とか「受け取って貰えるだろうか」……ぁい」
圧に負けて俺は剣を受け取った。見た目こそ普通の剣に見えるが、鞘に控えめに施された装飾や、ガードのレリーフから計り知れない程の力を感じる……。見た目が派手すぎないのが俺の好みを把握されてるようで癪だな。
「刀工『鋼の魔神』は各地を巡り、それぞれの国の技術を使って武器を打ったという。完成したそれらは持ち主と認めた者の心を反映し、刃に映す……君もよく知るとおりだ」
「ほーん……旧友とか言ってたけど、そんな名前だったんだな。『心刀』だけじゃなくて『心剣』も作ってたのかよ」
全ての武器を網羅してたりしないだろうな。まさか羅刹と僧正が使ってた武器も? これ以上は邪推になるので俺は思考を止めた。そのまま立ち上がってベルトのホルダーに鞘を通してみる。
ぐぅ……デザインが一貫してるし、重心も今まで以上にしっくりくる。悔しいが、これはいい報酬を受け取ってしまったな。思わず頬が緩んでしまう。
「ところでルド。現在の君の身分を明らかにしておきたいのだが、いいだろうか」
「え、あぁ。どうぞ? と言っても一ヶ月間死んでたわけだし、入院中に死亡届なんかは全部撤回してますけどね」
「当然、君の生命に関する手続きはこちらでも完了を確認している。重要なのは現在の君の職業……決闘代理人を続けさせる事に、執率庭は難色を示した」
は? 俺の目が点になった。ヌヴィレット様は紅茶を一口。動揺を隠さない俺に続ける。
「端的に言えば、君に勝てる決闘代理人が少なくなった。フリーナ殿の護衛を完遂させ、旅の果てで宿敵を打ち破った君が今後一般の代理決闘に参加することは難しい」
「マジ? どうするフリーナ、俺無職になっちゃった」
「安心してよ。僕の貯金があれば、君一人養うくらい」
「やめろよ俺ぁヒモになるつもりはねえぞ」
フリーナの紐、フリヒモのルド=ウィークが誕生する直前に、話を最後まで聞けとばかりに眼光が俺を貫いた。
「そこでだ。私が君を直々に雇用することに決めた。今後は最高審判官の剣としてその腕を振るうといい」
「何を言ってるんです?」
本当に何を言ってるんだこの水龍様はよ。ついこの間まで十把一絡げだった決闘代理人に最高審判官の懐刀が務まる訳ねぇじゃんね。
「私が渡した剣はそのためでもある。君にはこれから聖剣のルド=ウィークとしてフォンテーヌの秩序を護ってもらいたい」
「ざっけんな! そういう事なら俺は降りるぞ、この剣も返す……外せないんだけどなにこれ」
「それは私が個人的にかけた
「呪いの装備を報酬にするんじゃ『Silence…』ッ喋ったァァ!?」
俺は絶叫しながら鞘を見た。ガードのレリーフに小さく埋め込まれた宝石がチカチカと点滅している。何だこのバリトンボイスは!?
「それに、私も今すぐ君を雇用するつもりは無い。国民への説明も兼ねて、君の実力を示す場を用意させてもらう」
「……嫌な予感しかしないし、この声についての説明はないんですね?」
ヌヴィレット様は苦虫を噛み潰したような顔の俺に、静かに、何事も無かったかのように宣言した。
「以前リオセスリ殿が言っていたことがあるのだが……君、リベンジマッチというものに興味はないだろうか」
3. フォンテーヌ フォンテーヌ廷 メゾン・ド・フォンテーヌ
「ただいま……とんでもねえ事になっちまった」
「あの後も凄かったね。まさか部屋に入ってきたシャルロットが通り過ぎる間に記事を書いて窓から号外をばらまくなんて」
あいつもうフォンテーヌの怪異だよ。次の映影祭の主役はあいつで決まり。最優秀怪異賞をプレゼントだ。
俺は憎きピンク髪の悪魔の恍惚の表情を思い出した。ヌッ様が何も言わなかったから、あいつらは最初からグルだったという事になる。許せねえ。
帰り際に『湖の光』で買ってきた食材を台所で取り出しながら、俺は手早く調理の準備を進めた。こんな日はパスタだよ。麺茹でてソース作れば完成だからな。
「決闘は三日後、相手はフォンテーヌ最強の決闘代理人クロリンデ。ほんとにいつかの時とおんなじだね」
「あの人も断りゃいいのに、もうとっくの昔にOKだしてるなんてな」
ばらまかれた号外には、俺とフリーナの関係の進展の話と、最高審判官様の決闘代理人になる事。その昇格試験として無敗の決闘代理人に挑むことが書かれていた。それに対する彼女のコメントも。
「あの時の続きをやっとできる……ねぇ。俺結構クロリンデさんと再戦してると思うんだがね」
「ふざけた格好のふざけた戦いばかりだったと思うけど。君と戦ったあとのクロリンデを鎮めるのは大変なんだってナヴィアが言ってたよ?」
「なんでナヴィアさんが?」
作ったパスタを二人分皿に盛りつけて、フリーナと一緒にいただきますしながら俺は疑問符を浮かべた。あの人そんなに俺とガチバトルしたい人だったのか? 愚痴られるナヴィアさんも大変だな……ま、仲良い事はいい事だ。
「はむ……っん〜! おいしい!」
「そりゃ何より。ところでお前、ちゃんと料理の練習続けてねえだろ。クッキー作って満足してちゃダメだぞ」
『hmm……!』
「だって、何を作っても君の味が恋しくなるし、作ってもらいたい時に君は居なかったし……」
「まじですまんかった。これからは毎日俺が作ってやるから泣きそうな顔するな」
『bow your head!!』
さっきからやかましいよ。俺はぺちんとガードを叩いた。別世界線のヌッ様ボイスか知らんがキャラが違いすぎるだろ。この魔剣、どうも俺が紳士らしからぬ行動を取るとバリトンボイスでお叱りが飛んでくるらしい。
ホルダー毎外してもピッタリ腰に吸い付いてくるし、トイレやシャワー中なんかはさすがに元素に変わって消えてくれるが頭の中でやかましいことこの上ない。プライベートにマナーも何もあるかよ。
「こいつの扱いがまじでわからん……マナーにうるさいのはジェントルだけでいいってのによ」
「君が決闘で自分の力を示せば、その子も大人しく従ってくれるんだろう? 今だけなんだしいいじゃないか」
「お前、俺が当然のように勝つって思ってるんだな……相手はフォンテーヌ最強だぜ?」
俺はコップの中の水を飲みながらフリーナを見た。これが前まで俺が死ぬから勝とうとしちゃダメだなんて言ってた人の姿かね。
パスタを巻くフォークを止めたフリーナは、にこりと微笑んで俺を見る。なんか笑い方妖しくない?
「僕の伴侶になってくれるんだよね? みんなの前で、僕の最愛はこの国で一番強いんだって自慢させてよ」
「お前その言い方は……いいよ。だったらそう願っててくれ」
俺は照れを隠すようにフォークに纏めてパスタを巻き付けた。あーあー! 食べにくいなァ腰の剣がうるっせえからなー!
4.
食事が終われば、今日はもう終わりだ。この後俺はフリーナの寝室を通って久々の我が部屋に戻るし、明日以降は決闘に備えた調整で忙しくなるからな。また少しフリーナとは時間が合わなくなる。
洗い物を片付けた俺は、手を拭きながらリビングに戻った。柔らかそうなソファに腰掛けたフリーナは俺を見ると、ちょちょいと手招きをする。断る理由もないので俺は座るのに邪魔な剣を元素へと変換して彼女の隣にお呼ばれした。
ぽす……と頭が俺の肩にぶつかり、少し赤くなった顔が遠慮がちに俺に上目遣いをする。
「……ね? ルド」
「今するとトマトソースの味になるぞ?」
「む、一緒の味なんだからいいだろう」
そういうもんか。俺はフリーナの腰に後ろから手を回して、指を絡めてやった。柔らかな体温が密着して、静かな時間がゆっくりと流れる。手袋越しに俺の指を触りながら、フリーナは俺の胸に背中を預けてくれた。
「触ってて楽しい指でもないだろ」
「そんな事ないよ。この手が僕に触れて、抱き寄せて護ってくれる……世界一かっこいいって迷いなく言える指だね」
評価が過剰だな……猫が甘えてくるように、フリーナの頬が俺の胸に擦り付けられる。とくとくとく……と鼓動が速まっていくのは、一体どちらの心臓なのか。
「僕は君の全てを信じてるよ……この僕が信じるんだから、君は無敵だ。そうだろう?」
「あぁ。お前がそう願うのなら、俺が負けることはないよ」
指を解いて、フリーナが俺の方を向いた。肩に指を置き、見上げるように、ゆっくりと顔を近づけてくる。
拒絶はしない、俺は受け入れるように目を閉じた。ここからはオトナの時間ってワケ。
俺はフリーナのほっそい腰を抱き寄せて、甘い吐息が漏れる唇に自分の唇を重ね──
『shaaaaaaッッ!!!』
「ご……ッ!?」
元素から戻された剣の柄が飛び出し、俺の顎を撃ち抜いて脳を揺らした。強力なアッパーカットによって俺はフリーナを抱えたままぐらりと仰向けに倒れる。このDX水龍剣がッ!! ペアレンタルコントロールでもついてんのかァ!?
「…………はやくヌヴィレットを実力で黙らせて」
ぷくっと頬を膨らませて寝室へと戻っていくフリーナを震える視界で見送りながら、俺は歌い手さんに抱擁されて気絶した。
前回からめちゃくちゃ評価が増えてとっても嬉しい。モモンガになってみるものだね