逆行運河/葬送のフリーレン 作:ヒビたまり
■■■■。人殺しに対する最高の復讐はね。そいつのことを忘れて、幸せな人生を送ることだよ。
――そんなことを誰かが言った気がする。誰かではない。『私』だ。『私』が言ったんだ。
けれど記憶にない。『私』はこの言葉を誰に向かって言ったのだろう?
きっとまだそいつと出会っていないせいだ。だから覚えていない。
これから『私』は、■■■■と出会う。きっとそれは因果で定められている。
始まりの極点に向かう旅。
偉業は誰にも気づかれない。樹の中を喰い進む虫のように。生まれることのない絶望に向かって歩み続ける。
さあ。
フリーレンへの復讐を始めよう。
◇
夕方のことを『
目を開いて最初の視界が夕方の空模様だったので、そんなことを考えた。
私は誰だ。ここはどこだ。今はいつなんだ。
仰向けの体勢から体を起こす。体についた土砂を手で払い、転生した自分の体を見る。
赤と黒の泥紐で編まれたような衣装だった。肩やへそが丸見えだ。なお魔族に羞恥心はないので、この恥ずかしい衣装を変える気になれない。二の腕から先は泥紐に覆われている。指先の泥紐は質感が変わり光沢と硬度が増している。手指は黒竜の顎を思わせるように尖っていた。
スカーレット色の髪の毛。とても長い。膝下まで届く長さだ。
あとで鏡像を見て分かることだが、右目は金色で左目は黒色。ぱっちりオッドアイ。凛々しさと生意気さと魔性を感じさせる少女の造形であった。
自分がどこの誰だか分からないが、分かることが1つあった。
どうやら私は『葬送のフリーレン』の魔族に転生してしまったらしい。逡巡も違和感もなく、始めからそうであることが自然だったように、私は私が魔族であることを受け入れた。
ありふれた一般人だった前世の記憶は、幼稚園の頃のようにあわくぼんやりになっている。
人の倫理を知っている。けれど魔族になってしまったせいで、それがどうでもいいことになっている。
リンゴの皮よりどうでもいいことなんか忘れて、魔法の研鑽がしたいのだ。
「…………なるほどこれが魔族。人らしさを知っていようと、魔族らしさを追求してしまう。難儀な種族だよ……」
学んで変われるならばどれだけ生きやすかっただろう。いや、魔族は「生きやすい」という感情すら無縁なのだ。
魔族とは自己の魔法の研鑽と人類への弑逆しか頭にない種族を指す。
原作『葬送のフリーレン』では"人の言葉を話す魔物"、"言葉が通じない猛獣"と言われている。
「それってようは単細胞じゃん。生き方に抗えないのなら心を持たずに回り続ける車輪と同じだよ」
人からすれば非道な思考は、魔族からするとごく自然な思考だった。サイコパスじゃん。
なんにせよだ。分からないことしかない。場所を変えよう。人のいる街にでも行こう。
ふと空を仰ぐ。茜色のソラを目に焼き付ける。ここが私の生誕。ここから私の物語を始める。
遥か数億年の
私は過去に向かって前進を開始する。
◇
「――――途中から怪しいとは思った」
夕刻は過ぎて、夜と日の出も過ぎて、現時刻はお昼前。
夕焼けに照らされて輝く街があったので、そこを目指すことにした。
でも夜になり、朝になって、その街は物理的に輝いていたと知る。
歩いている途中でそうじゃないかと気づいていても、他に行く場所はなかった。よく考えてみれば、人が住む街よりよっぽど安全な街じゃないか。なにせそこは魔族の支配が完了した領地なのだ。
城塞都市ヴァイゼ。
人は彫像に。営みは芸術に。この街のすべては黄金に換えられている。
七崩賢・黄金郷のマハト――――彼はここにいて、生きている。
ヴァイゼが黄金に換えられたのは原作開始時の50年前。
つまり今は「50年前からヴァイゼ編(原作9巻)まで」のどこかになる。じゃあ80年前の勇者ヒンメルの魔王退治の旅は終わっているのか。
ここがどこか分かった。おおよその時代も分かった。……あとは私が何者かを知りたい。
私は大きな魔力がある場所――街の中心を目指している。コンコン、と黄金で出来た地面を叩きながら歩く。空を飛ぶ魔法が使えないから徒歩で移動する。
情報を集めたい。まず第一に自分の名前を知る。第二に正確な状況を知る。第三に空を飛ぶ魔法を教わる。歩いて移動するのは大変だ。時間もかかる。
魔族であれば、空を飛ぶ魔法は一目で覚える自信がある。
黄金の道を抜けて、黄金の広場に出ると、そこには人影が2つあった。
凄まじい魔力を持った男の魔族。原作に出ているから彼のことを知っている。
黄金郷のマハト。
もうひとりの女の魔族も凄まじい魔力を持っていた。彼女も原作に出ている。
無名の大魔族ソリテール。
もし人間として転生してここに来ていたら、ボスラッシュかバッドエンドと思いながら絶望し、死んでいたことだろう。
しかし魔族ならいきなり殺されることはない。魔族に転生してよかった。
ソリテールは私を見て、嗤った。
美味しい人間を見定めているかのような、吟味の感情を私に向けてきた。
「――――あら。一瞬人間と思ってしまったわ。あなた魔力がほとんどない。とても珍しい」
私の魔力が、ほとんどない?
魔力は研鑽ほど量が多くなる。長命種なら莫大な魔力を持つ。じゃあ生まれたばかりの私の魔力はみずみずしい赤子のように小さかった?
いや、アウラは500年前から
魚が水を泳ぐように、魔族だって空を飛ぶ。魔族なら最初からある程度魔力を持っていて、使う術を知っているはずだ。なのにソリテールは私の魔力を感じないと言う。これは不思議だ。
そして人間の赤子をプチトマトのように思うのが魔族の思考らしい。
マハトを見ると、懐からビー玉くらいのサイズの球を取り出していた。
指先でつまんだその球はほのかに光ったと思えば消滅した。
こめかみに指を添え、マハトはなにかを考えている。そしてふとマハトは私を見た。口を開く。
「無実のニーベン」
名前を言った。
…………"ニーベン"。それが、私の名前なんだね。
自分が何者かであることを知る。そして同時に、私は自分が持つ魔法のかたちを知る。
"
――あるいは"第五魔法"と呼ぶべきかもしれない魔法。
『葬送のフリーレン』とは違う作品に登場する魔法が、私の持つ力だった。
でも第五魔法の詳細は前世にネットで調べたけど出てこなかった。公式が情報を明かしていないらしい。
……私の魔法は用途も分からない謎魔法だった。
……なんだそりゃ。
「へえ……。この子があの?」
「ああ」
「
ちょっとまってなにそれ。くわしく。
「ねぇ。それ私のこと?」
「ああ。――そういえばニーベン、今のお前は何も知らないんだったな。ではお前のことを教えてやる」
マハトは親切に教えてくれた。
「ニーベンは"
「よく分からない」
「本人がそれを言うのか?」
首をかしげる私に、マハトは呆れる。ソリテールはくすくすと笑った。
ニーベンの見た目はFGOのエフェメロス。"無実"という異名もそこから取りました。