逆行運河/葬送のフリーレン   作:ヒビたまり

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閉幕:飛ぶ鳥は跡を残さず

 光は炎のように揺らめく。ニーベンの手の上には大魔法使いフランメの魂がある。

 

「あ……、ああ…………」

 

 フランメの魂を弄ばれたことで、ゼーリエは瞳から光が抜け落ちる。心が壊れて地面に崩れ落ちるゼーリエをシャッツが抱きかかえた。

 涙を流し、嗚咽を漏らすのみ。一万年以上生きた伝説のエルフとはとても思えない。みっともない姿を晒している。

 

「弱い。弱いよ。弱いんだよ。ゼーリエは弱い。そんな風にお前が無様を晒してると心配になるんだ。この世界で一番強いお前がそんな有り様じゃ、私以上のインベーダーが現れたらどうなるんだろうね?」

 

「君以上の……インベーダー?」

 

「外界からの侵略者って意味」

 

 ニーベンはシャッツの疑問符に答える。

 

「たしかに私は魔族として異次元に強い。だけど侵略者としてなら全然弱い」

 

「君が弱い? 冗談だろ?」

 

「私は理解できる範疇の怪物でしかないよ。この"物語(せかい)"の外には私ですら理解できない怪物が存在する。この世界の人間や魔族にそいつは倒せない。あれは次元が違う」

 

「魔神である君が勝てない怪物――」

 

「……その魔神って呼び名、恥ずかしいんだけど」

 

「いいや。君こそ"魔神"の名に相応しい。だって君は魔王より恐ろしい。君は今、神にも等しい力を手にしている」

 

"死者を呼び出す魔法(ガイストビーシュロン)"によってフランメから抜き取ったもの。

 

 フランメの記憶。フランメの魂。そしてフランメの人生から生まれる人間の熱意の総量。

 過去・現在・未来の人間が魔法に向ける熱意。つまりそれは――『人間の魔法(フランメ)』に使用されるすべての魔力がこの極点に顕現する。無限にも等しい魔力をニーベンは手中に収めた。

 

 キラキラと音を奏でながらフランメの光が収束する。"不可解な形を与える魔法(カリカチュア)"によって新しい本の形へと変わっていく。

 

「――――あはは。こういう形なんだ。面白いね」

 

 膨大すぎる熱量は本という入れ物に収まらなかった。その結果フランメの光はスマートフォンをかたどった。

 

 薄くて固くて黒い板。側面と背面はフランメの髪を思わせる、橙色のスマートフォン。

 これをマンガと言っていいのか。とはいえマンガを読める形というのは間違ってない。少なくともニーベンの前世ではこの形でマンガを(たしな)んでいた。

 

 ニーベンは画面を操作してフランメの人生を開く。

 前世で読んだ葬送のフリーレンのカラーページのように、淡い色で描かれたフランメの記憶がスマートフォンの画面に表示される。

 

 幼いフランメがゼーリエに"花畑を出す魔法"を披露している。

 

 花冠を被って満面の笑みを浮かべる幼いフランメと。同じように花冠を被っていつもより柔らかい表情を浮かべるゼーリエ。

 

 優しくて、温くて、見守りたくなる光景があった。

 

 ――けれど魔族の体はその光景に何かを感じ取る機能がない。

 ――けれど彼女の心はその光景に慈しみを感じ取る感性がない。

 

 それでも思うところがあった。

 だから。

 

 ニーベンは優しい嘘をつく。思ってもないことを口にした。

 

「ねぇ、綺麗な思い出だね」

 

「――――――」

 

 ヒンメルだけがニーベンの胸中を察した。彼は何も言わなかった。

 

 

 ◇

 

 

「それじゃあ特異点を終わらせよう」

 

 ニーベンの手から幾重の魔法陣が現れて、輪転し、フランメの思い出を包む球体を形成する。

 魔法陣の球の中でフランメの思い出は形を変える。耳鳴りのような甲高い音を立てながら思い出は熱を発する結晶に変化していく。

 

「私というインベーダーが来た以上、この世界には私以外のインベーダーが来る可能性がある。だから私は()()()()()()が来た時のための対策を施す。

 殺戮による救済。魔族らしく。逆行する炎の記憶。復讐を忘れずに。――私は私のできるやり方で人間を助けるからね」

 

 結晶は熱したガラスのようなオレンジ色へと変わる。金切り音を上げる魔法陣の球の中でフランメの熱量が恒星のように輝いている。

 思い出の結晶がひとまわり膨張する。魔法の完成を感じ取ったニーベンは、よしと呟いた。

 

 フランメの思い出が入った魔法陣の球からニーベンは手を離す。シャボン玉のように空に浮かんでいく。シャッツとゼーリエの頭を飛び越えて、空遠く、目に見えないほど小さくなっていく。

 

「一応聞いておくけど。シャッツはゼーリエを手放せる?」

 

「………………やめておくよ。僕はもうゼーリエから離れない」

 

 ニーベンの慈悲をシャッツは突き返す。シャッツはゼーリエをより強く抱き締める。

 ゼーリエがこれ以上苦しまないように。彼は彼女と共に厄災に巻き込まれて死ぬ。

 

「そっか。なら、死ぬまでゼーリエと一緒にいればいい」

 

 

 

 王都の空で陽炎(かげろう)が揺れる。終末が開始する。

 

 

 

「じゃあ行こうか。ヒンメル」

 

 ニーベンはヒンメルに歩み寄る。

 親しげに。彼女自身の伸縮自在の黒い爪を縮めて手を取り合えるように。爪を人と同じ長さにそろえる。

 ニーベンは右手を差し出した。

 

 終末を目前にする世界の中、勇者から欠け落ちた青年と魔族からはみ出した少女が見つめ合う。

 青年は黒い感情で塗り潰されている。少女は赤色と黒色の相反する感情に縛られている。

 

 ――――数秒。見つめ合った。

 

 ヒンメルは差し出された右手を受け取った。

 

「ああ。行こう」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

"空を飛ぶ魔法"に引っ張られてニーベンとヒンメルの体が空に浮かび上がる。ふたりは王都のソラを翔け上がっていく。

 

 

 

 陽炎が徐々に形を為す。

 王都の半分の面積を占める大きさ。

 あまりに大きすぎる灼熱の駆体。

 

 気温が加速度的に上昇していく。

 世界が鳴っている。空と大地が、世界が壊れる音がする。

 特異点に残るすべての人間はここで終わりを悟った。

 

 

 

「――――――」

 

 ヒンメルは下を見ない。眼下の灼熱地獄から必死に目を逸らす。

 撹拌の渦に向かって飛翔する中、ニーベンを見て、彼女の本心を解き明かしたくなった。

 

 もしニーベンがヒンメルと『同じ』なら。

 最後の旅に行く前に彼女の口から答えを聞くべきだとヒンメルは思った。

 

「君も、フリーレンのことが好きなんだね?」

 

 聞かれるとは思わなかったことを聞かれて、ニーベンはきょとんとまぬけな表情を浮かべた。

 

「……あ、あはは…………」

 

 魔族らしく何も感じない風を装ってヒンメルの問いに答えようとして、でもこればかりは隠しきれず、ニーベンは口をもごもごさせる。

 

 やっぱり最後に心を見抜かれた。ハイターの時もそうだった。これだから勇者一行は。そうしてニーベンは観念した。

 

「うん、実はさ、葬送のフリーレンの中で一番好きなキャラはフリーレンなんだ」

 

 まるで高校生の女の子が女児向けのキャラクターが好きだと告白したみたいに顔を赤くする。ニーベンは空いた手で顔を隠した。

 

 赤く染まる顔とトゲトゲした見た目のギャップがヒンメルには可愛く見えた。ヒンメルはつい笑ってしまった。

 

「変な言い方だね」

 

「うるさい。この世界の人には分からないよ。てか分からんでいい」

 

「素直になりなよ。今の君はとても人間らしくて可愛いから。……共に最後の旅をするんだ。嘘をつく間柄じゃないだろ。僕と君は」

 

「…………うるさいなぁ、もう」

 

「でも君の好意って、なんというか、お節介だし迷惑だね。そこは反省すべきかな」

 

「魔族になったせいで好意が悪意に裏返ってんの! 好きで魔族になったわけじゃないんだよ!」

 

 終末世界。勇者と魔族は、互いの不器用さを笑い合う。

 

 勇者なんてやめて、人間として生きれば彼は幸せになれた。

 でも、そうしなかった。

 彼は自分の幸福より違う誰かの幸福を望んだ。

 

 復讐なんてやめて、魔族として生きれば彼女は幸せになれた。

 でも、そうしなかった。

 彼女は自分の不幸より違う誰かの不幸を願った。

 

 理由なんてものはない。

 自分で決めた『生き方/死に方』なのだ。

 

「この特異点を解決したら――――」

 

「僕たちの終着点は、そこ?」

 

「うん。すぐ近くとはいかないけど、そう遠くない場所だよ。歩いて一週間くらい」

 

「分かった。そこで君を呪いから解放する」

 

「ありがと。ヒンメル。前世の私だったらそのイケメンっぷりに惚れてたかもね」

 

 

 

 ホワイトアウト・プロミネンス。

 憐憫の獣が放った熱線によって特異点の地表はプラズマと化す。

 なにもかも真っ白に消し飛んだ。

 

 一足先に撹拌の渦の上にたどり着いたヒンメルとニーベンだけが消滅を回避する。そして――ヒンメルが渦の中心にある核、フリーレンとの思い出、彼の未練を彼自身の手で壊したことで、特異点は解決される。

 

 特異点の解決にともなって王都も、王都の人々も、元通りに修復される。彼らが死んだことはなかったことになる。

 

 憐憫の獣は()()()()()()()()()が回収した。彼女以外のインベーダーが現れない限り、憐憫の獣が顕現することはない。

 

 平和な時代。勇者一行の凱旋から7日後。

 人知れず起きた王都の戦いはここに終結した。

 

 魔王を倒した勇者と神話の時代に名を馳せた大魔法使い。

 異世界から来訪した魔族に彼らは心を(くじ)かれた。

 

 勇者のうちひとりは姿を消した。

 

 

 ◇

 

 

 ――――私の終わりは近い。

 フリーレンの人生をなぞる私の旅路はあと1000年以上続くはずだった。

 けれど運命が変わろうとしている。そんな予感がするのだ。

 

 きっとそれは、願いの成就。誰にも言えない私の心臓。

 

 フリーレンに殺されるという最悪の罰を与えられて。

 彼女の尊厳を破壊し続けるという最悪の罪を背負わされて。

 ……そんな私には自分の願いを叶える資格がないと思っていたのに。

 

 最悪の人生を受けてなお"無を生み出す魔法(ラーガフォイア)"を使い続けた。それはなぜか。私は私自身の願いを叶えたかったから。

 

 願ってはいけないと分かっていても…………願わずにはいられなかった。

 

 

 

 フリーレン(大好きな人)と一緒にエーラ流星を見る。

 

 前世の私が思い描いた空想の夢。

 

 

 

 とてもささやかな、目を閉じて思い出すだけで胸が暖かくなる。

 ――――それが私の旅路を照らす"かがり火"だった。

 

 あの流星を見ながら死ねるなら。この悪夢は本望になるだろう。

 

 逆行運河の終着点。

 そして、葬送のフリーレンは、無念の魔族と再会する。




☆虚無になった勇者
前の話でヒンメルが黒くなっていたのは、無実のニーベンを倒す方法が「共倒れを願う」だということ、ニーベンが死にたがっていること、ニーベンはもう一人いることに気づいたから。

ヒンメルはフリーレンの記憶を抜き取られたことで未練を無くしている。ゼーリエ、シャッツ、そしてニーベンが苦しんでいるのを見て彼らを助けたいと思い、ヒンメルは心中を決意した。


☆もう一人のニーベン
この世に二つある魔法(ヒメルリーア)で増えたニーベン。特異点の外にいる。
これが本来の使い方。実はニーベンの本能が暴走して特異点を作った時に増やしている。ヒンメルは途中でこのことに気づいた。

フリーレンに再会する方のニーベンはもうすぐ死ぬと話の流れがズレる。そこで、もう一人のニーベンが20年前のゼーリエ、500年前のマハト、1000年前のフランメと出会って話の流れを修正する。
……というプロットを考えていたけど没になりました。
この小説の主人公はあくまで「最後にフリーレンと再開するニーベン」。もう一人のニーベンの人生には、意味も価値もない。


☆憐憫の獣ロスト
ニーベンが憐れみの感情から生み出したもの。
ORTを踏破できない非力な人類種よ。せめて対処可能な試練を与えましょう。
ORTほど強くないけど、ゼーリエと正面から戦って圧倒する存在。
『ホワイトアウト・プロミネンス』はロストの通常技。イメージはシン・ゴジラの内閣総辞職ビーム。


王都の話はこれにて終わり。

最終章『逆行運河/葬世無念』。最後までよろしくおねがいします。
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