逆行運河/葬送のフリーレン 作:ヒビたまり
"物語の終わり"から約1年後。
フリーレンは自分の師匠フランメを助けるため虚数系統の魔法を探す旅を始める。
フェルン、シュタルク、ザインたち3人と別れて。フリーレンはひとり旅。
フェルンたちは魂の眠る地での勇者ヒンメルの発言に疑念を抱き、魔法都市オイサーストのゼーリエの元におもむいて、隠された真実を解き明かそうとした。フリーレンはゼーリエから出禁を食らっている。話を聞くならフリーレンは居なくてもいい。
――――
フェルンたちは北の果てからオイサーストまで、
行く時は3年以上かかっていた。
帰る時は1年もかからない。
船に乗って海路を渡り、陸路は馬を借りて数倍の速度で突き進んで、フェルンたちは最短の道筋でオイサーストに到着した。
フェルンたちは真っ先にゼーリエの元を訪ねて魂の眠る地での話をした。
「……帰れ。死者の無念を掘り起こそうとするな。特にフェルン、お前はハイターの優しさを無意味にするな」
すべてを知ったゼーリエはフェルンが何も気づかないように気を遣って返答した。
しかしハイターの名前を出したのは失策だった。
「どうしてそこでハイター様が出てくるのでしょうか?」
むしろ疑念が強まったフェルンはゼーリエに再度問いかけた。
「………………気になるのか?」
「はい。話してもらえないでしょうか」
「…………………………………………」
ニーベンのことを思い出し、目がうつろに向くゼーリエ。まるで太陽が沈み、世界が夜に落ちたような、鈍重な冷気が部屋を包む。このうえなく曇ったゼーリエの様子に、フェルンはただならぬ何かを感じ取った。
「………………暴こうとするのは人間の習性か。……いいや、なんでもない。あんなやつのことを話してもつらいだけだ」
これ以上ニーベンのことを話したくないゼーリエは玉座の上で体を丸める。側にいたゼンゼは髪を動かす魔法でゼーリエにマントを被せ、ゼーリエの体を覆い隠した。
ゼーリエは繭に包まれて微動しなくなり、無音の時間が流れる。ゼーリエはそれ以上動くことも話すこともなかった。
「帰れ」
◇
大陸魔法協会を追い出されたフェルンたちは、食事をしながら、先程のゼーリエとのやりとりについて話し合っていた。
3人が居るのは一級魔法使いの試験でフェルンとシュタルク、デンケンとラオフェンが利用したパン屋だ。丸いテーブルに椅子が4つ。フェルンを真ん中にして、フェルンの右にシュタルク、左にザインが座る。テーブルには山盛りの菓子パンとドーナツが置かれている。
「ヒンメル様も、ゼーリエ様も、……たぶんハイター様も。私たちに何かを隠しています」
「だな」
フェルンとザインが頷き合う。
「ゼーリエ様のあのご様子。ただごとじゃねえ。――大魔法使いフランメを魔物に変身させたやつの正体を知っていて、だからこそ怯えてるって感じだ。しかし……あのゼーリエ様や勇者一行が勝てなかったやつか。とんでもねえな」
ザインは、どうしたもんかという言葉を乗せてタバコの煙を吹かす。そこに旅を経て歴戦の戦士に育ったシュタルクが口を挟む。
「でもなーんかこう、なんだろうなー……」
「どうしたシュタルク」
「なにかがおかしいのは分かるけど、なんにも分からないっていうか……。なんかこう、辻褄が合わねぇ。たぶん誰かが嘘を言ってるんじゃねぇか?」
「確かにな。だがそれなら、あの人たちが嘘をついてまで隠すほどの厄ネタ案件ってことだ。踏み込むべきじゃないのかもな」
「それでも……私は真実が知りたい。ハイター様が関係しているならそれは私の問題です。それにフリーレン様は
「フェルンとフリーレンがやるなら俺も付き合うぜ」
「ま、俺も付き合ってやるか」
フェルン、シュタルク、ザインは"物語の終わり"への参加を表明した。そこで1人の青年がフェルンたちに近寄る。
「よお。こんなところで奇遇だな。お前らエンデに行ったんじゃなかったのか?」
「おっ。ヴィアベルじゃん」
獣のような鋭い顔立ちの青年がシュタルクの後ろから声をかける。一級魔法使いヴィアベルだ。ヴィアベルは空いていた席――フェルンの対面の椅子に座る。
「お久しぶりです」
「ああ。それで? 北に向かったはずのお前らがなんでここにいる?」
「それが――――」
フェルンはヴィアベルに事情を説明した。
魂の眠る地に無事たどり着けたこと。
死者の魂と会話できたこと。
ただしヒンメルとフリーレンの会話にどうしようもない異物感を覚えたこと。
その異物感に駆られて大陸魔法協会にいるゼーリエを訪ねたこと。
そしてこのことをゼーリエに質問したけれど、秘密は話してもらえなくて、ただただ謎が深まったこと。
「面白ぇな。へぇ…………」
フェルンの話を聞いたヴィアベルは考えを巡らせる。
「…………無実のニーベンか?」
「いいえ分かりません。けど、ええ、そうかもしれません」
ヴィアベルがニーベンの名前を出したことで、フェルンはその存在を思い出した。
人相と名前のみが語られる伝説の魔族。第一級魔法使いの試験のおりにゼーリエからその名前が挙がっていたことをフェルンは思い出した。
「誰だそいつ」
「ゼーリエから魔王より高額の討伐報酬を課せられた魔族だ」
「え……? そんなやべえ奴いるの?」
「あぁ。つっても誰も見たことはねぇけどな」
ニーベンのことを知らないシュタルクにヴィアベルが答える。
「ゼーリエの特権100個なんて眉唾だと思ってたが……。今の話がマジならニーベンは実際にいたかもしれねぇな」
「実在したと思います。私はゼーリエ様から、無実のニーベンを見つけたら始末するよう言われました」
「なら間違いねぇじゃねぇか」
「ですが気がかりがあります。ゼーリエ様は『お前が出会う時代のニーベンは雑魚だから見つけたら殺しておけ』と言ったんです。ですが赤い髪の魔族を見たことはありません」
「そういえばフェルンは小さい頃に赤い髪の人に命を助けてもらったとか言ってなかったか?」
「シュタルク様…………」
「うわぁ。めちゃくちゃ低い声。いやごめん! 違うって! 俺もその人がニーベンだなんて思ってないから!」
フェルンに謝り倒すシュタルクをよそに、ヴィアベルとザインは顔を一瞬だけ凍らせる。――――
とはいってもそれでは辻褄が合わない。だから男たちはその仮説を即刻放り投げて、話を進めた。
「よし。どうせならもっと詳しそうな奴に聞きに行くか」
「どなたですか?」
「一級魔法使いデンケン。城塞都市ヴァイゼを解放するために一級になろうとしたあの爺さんなら無実のニーベンを狩ろうとしたはずだ。ちょうど爺さんはオイサーストに来てる。ひとまずこれを食い終わったら爺さんに会いに行こうぜ」
◇
フェルンたち4人はリヒターの魔道具店に来た。そこに次の試験に参加するリヒターとラオフェン、そして2人の応援に来たデンケンが居た。
「お前ら商売の邪魔だ」
3年経ってもリヒターの口の悪さは健在。
なおデンケンはリヒターの悪態を当然のごとく無視。店の中で話し始めた。
「たしかに儂は無実のニーベンについて調べたことがある。だが大したものは見つからんかった。自分で言うのも何だが宮廷魔法使いである儂は多方面に顔が利く。当時は多くの人間を走らせてニーベンの情報を探したよ。……しかしニーベンの情報や目撃証言はこれっぽっちも集まらんかった」
「じゃあいなかったってことじゃん」
ラオフェンがざっくりと結論を言う。彼女の言をデンケンは曖昧に肯定する。
「そうかもしれん。指名手配された20年間、ニーベンの目撃証言はただの一つたりとも無かったからの。デマの証言はいくらでもあったが」
「やっぱりいないってことじゃん」
「――そうじゃな。そうであれば、彼らはいったい何に怯えていたのか」
「おい爺さん。えらく含みのある言い方じゃねぇか。なんか知ってんだろ?」
ヴィアベルが挑発的に問いかける。老齢ながらも不屈なデンケンのらしくない様子を煽るように。あるいはヴィアベルなりの気遣いだろう。
さすがにもう年か? と老人を心配するヴィアベル。けれどその心配は見当違いである。
若かりし頃に宮廷で権力争いに明け暮れたデンケンはニーベンに関連する事象に、
魔族から悪意を感じるはずがない。しかし宮廷での経験が強く強くそれを訴える。ありえないものを感じた当時のデンケンは猛烈な危機感を覚えて、そしてニーベンの討伐を断念した。
今のデンケンは当時よりも大きな危機感を感じている。本当にこれを言ってしまっていいのか? とデンケンは危惧している。――けれど長年の謎を解明できるチャンスに抗えない。デンケンはここで話を打ち切れなかった。
「儂が見たのは過去の記録。指名手配されるより前の時代の記録だ。
"赤い髪の魔族"
"かぎ爪を攻撃手段とする魔族"
"黒泥の底なし沼を思わせるもの"
――――ニーベンの手配書に書かれた特徴に合致する記録・文献を調査した」
「なるほど。そっちで見つかったってか」
「フランメ、コーディア、アスバン、トレーズ、その他にも数名。いずれも歴史に名を刻んだ大魔法使い。彼らの残した本や手記の中に、ニーベンについて書いたと思われる記述があった」
デンケンたちの話を聞いていたリヒターが口を挟む。
「全員偉大な魔法使いだな。そこにゼーリエを含めてもいい。つまりニーベンが実在したことは歴史に保証されてやがる。なるほどそれは、否定するのが難しいな」
「しかし、彼らの残した記述には不可解な部分が多かった」
「不可解?」
「おそらく…………ニーベンは未来から過去へと時間を移動する魔法を使うことができる」
「未来から、だと?」
リヒターが驚く。当然他の者たちもそれに驚いた。シュタルク、ヴィアベル、フェルンがぼやきを言う。
「いやいや、そりゃ反則だろ……」
「つーか不可逆性の原理は無視かよ。魔族が使う魔法はとんでもねぇな」
「時間を移動できるなら見つからないのは当たり前ですね」
「だが、過去の大魔法使いの記述によれば、その魔法は大したものではないらしい。時間移動の魔法より、
「……? 魔族の考えが危険なのは、当たり前の話だと思うのですが」
「儂も最初はそう思った。『この魔族は人間性に基づいて動いている』という文章を見た時は、何かの間違いか、あるいは誤訳だと思ったものだ。……しかし今は違う。今だからこそ、その文章は正しいと分かる」
「もったいぶらずに言え。デンケン。お前と大魔法使いたちは、いったい何を見た?」
リヒターが核心的な問いを投げる。しかしデンケンは押し黙る。
数秒か、あるいは十分ほどか。呼吸の音しか聞こえない。
まるで通夜のように冷たくて暗い時間。
それでも時計の針は止まらず、老人の凍てついた口は溶ける。デンケンの口から、フェルンが抱いた異物感の正体がゆっくりと語られる。
「"フリーレン"。この名前が大魔法使いたちの記述に登場していた」
「……え?」
それを聞いたフェルンの頭の中が空っぽになる。
本能が。――絶叫を上げながら、拒絶している。
「ニーベンは過去1000年に渡って魔法使いたちに
腐敗の賢老クヴァールは一般攻撃魔法――"
そうだ。意味が分からない。どの時代の魔法使いたちもニーベンの行動の意味を測れなかった。しかし彼らにも分かることがあった。ニーベンは魔族らしさが欠けていた。ニーベンは人間性を理解していた。…………だからこそ恐ろしいのだ。
魔法使いたちは書き残した。『おそらくニーベンは"人を殺す以外の理由で"人類に魔法を教えている』とな」
みんな、デンケンの話を聞いている。瞬きができず目が渇くほどに。息ができず喉が渇くほどに。
この場にいるみんな、やっと……、その恐ろしさが到着する。
フェルンは今。
「数年前の儂は"その文章"を作者の妄想だと考えた。フリーレンと初めて会った時、儂は"登場人物"のことなど、すっかり忘れていた。今日、それが解決した。……最悪の予想が当たるという形だがな。過去の大魔法使いに刻まれた、無実のニーベンの目的。それは――――」
――――フリーレンに"
☆デンケン
特権を欲しがっていたデンケンは原作の一級魔法使い試験が始まる1~2年くらい前にニーベンを調査していた。
結局「出会えるか分からない時間魔法の使い手より、一級魔法使いになった方がヴァイゼを解放できる確率が高い」と、ニーベンの調査を辞めている。
魂の眠る地から帰ってきたフェルンから話を聞いたデンケンは「妄想じゃなかったのか……!?」とニーベンのことを理解し、心底恐怖した。
☆過去の大魔法使いたち
ニーベンにとって都合の良い魔法を教えられた人たち。
フランメ以外の魔法使いの名前はフィーリングで書いた。名前に意味は込めてない。
これといった設定はないけど、魔神王ゲーティアと名前が似ているコーディアには「人理焼却式に気付いた唯一の人」という裏設定だけ。
そして気付いたところでどうしようもない。これこそが冠位指定。魔神が仕掛けた人理保障。
☆すべてを知る
『フリーレンが"無を生み出す魔法"を使おうとする未来』に気づくこと。
なお"無を生み出す魔法"の発動コストは当然「誰かから殺されること」である。
フリーレンは鈍感。すべてを知るのはフェルンたちが死んでから。
すべてを知った時に"無を生み出す魔法"のトリガーになれる人物は、ゼーリエと、ゼーリエとシャッツの間に生まれた子供しかいない。
だからゼーリエは曇った。