逆行運河/葬送のフリーレン 作:ヒビたまり
「500年ほど前、俺とニーベンは会っている。過去のニーベンは『500年後に再会する』と言っていた」
「ふーん」
「500年前のニーベンはこれほど幼稚ではなかった。粗野に変わりはないがな」
「それ言う必要ある?」
「今のお前は無知だ」
「断言しやがった」
マハト……こんなにユーモアなキャラだったのか。
「500年前のニーベンは500年生きた魔族と同等の魔力を持っていた」
「過去に行くことで魔力を増やすのね。まさに逆行。興味深いわ」
「ニーベンは過去にしか進まない。ニーベンの未来はもうない。俺たちにとってこの瞬間は、ニーベンと話す最後の機会というわけだ」
うーん……………………。
すっごくややこしいな!!
人間、魔族、そのほかあらゆる種族が未来に向かって進む中で、私だけは過去に向かって逆行している。私の魔法"
……いや、なんとなく、違う気がする。
時間を遡っているけれど、それはあくまで魔法の副次効果のような気がする。
もっと迂遠で。もっと残酷で。もっと蒼白な――――。
これは、おぞましくも壮大な、"自滅"の魔法……だと思う。
「ねぇ。マハト。その時の会話をもっと詳しく教えて」
「私も気になるわ」
「わかった。この記憶は今思い出したばかりで会話の中に理解のできない部分がある。ニーベンも感じたことを話してくれ」
マハトは500年前の出来事を語る。
そして私たちは知ることになる。
無実のニーベン。『私』という魔族の恐ろしさ、そして悪辣さを思い知る。
◇
やあマハト。久しぶり。はじめまして。
無実のニーベンだ。『500年後の未来から来たニーベン』と言った方がいいかもね。
どういうことかって?
私は"無を生み出す魔法"を使って時間を遡ってる。
いい魔法ではないよ。全知のシュラハトの方がずっといい。
殺されなければ発動できない魔法は使い勝手が悪すぎる。
フリーレンに殺されてしまったからね。大したことはないよ。
ああ、フリーレンは400年後くらいに登場するエルフの英雄だよ。私は500年後、そいつに殺される。
マハトに頼みがある。
500年後の無知な私を助けて欲しい。
いろいろ教えてやって欲しい。
なぜそんなことをしないといけないのか?
……あはははは!
ごめん。マハトを笑ったわけじゃない。自分の魔法の度し難さに思わずね。
言われなければ気づけないんだよ。時間の向きというものは。
しかもタチの悪いことに……会話をする時は自分が順行するか、相手を逆行させるからね。
魔族は時間なんて気にしない。他でもない私がそうだ。言われなきゃ過去に進んでいることに気が付かないし、他人に話しかける無謀さは生まれた瞬間にしか持たないだろうね。
頼む。最初の私を助けて欲しい。
……ありがとう。じゃあ頼みを聞いてもらう代わりにいいことを教える。
あーあと、500年後まで私との会話の記憶を封印しておいてくれ。これは500年後のマハト自身の意思だ。
え? できるだろ? "
私からすればそれが本来の用途と思うくらいだ。
自分の記憶を黄金に変えて封印する。
人が黄金や貴金属に歴史を刻むこととは逆手順。刻まれた記憶を黄金に換えるんだ。――できそうか。それはなにより。
マハト。人間の悪意を知りたがっているんだろう。私なりの答えを教えるよ。
人間には『無念』がある。
無を想う思考。無を忌避する本能。そして無価値に憐れみを向ける愛情がある。
たしかに人間は死を恐れている。けれど本質はそうじゃない。
人間は……無から逃避するために生きている。
……あはは。分からないかぁ。うん、分からないだろうねぇ。分からないなら正常だよ。
魔族は無を怖いものだと思わない。無に喜怒哀楽を抱かない。
死ねば無になる単細胞が無を怖がるはずないんだ。
だから、魔族は『無念』を理解しないよ。
おそらく。永遠に。
死を善とする。それが魔族には理解できないひとつの答えだ。
私からの返礼は『無念』を教えること。
記憶を封じた黄金を500年後まで持ってて欲しい。
500年後に答えが分かるよ。
――――――またね。さようなら。
◇
「…………」
500年前の記憶を聞き終わって、私は感動の余りに固まってしまっていた。
ああ。なんともはや。
"無を生み出す魔法"の扱い方を理解した。
そしてこれは詐欺。500年前のマハトのやり取りは、私にだけ有利な取引だった。
マハトは私に踊らされたのだ。
「――『無念』」
ソリテールは未来の私の言葉を反芻している。
ごめん。ソリテール。たとえ貴女でも理解できない。無駄だよ。
「ニーベン」
「なぁに?」
「聞きたいことが……いや。――――なぜ笑っている?」
「ぇ?」
マハトに指摘されて気づく。
とても愉快な気分だった。自分の胸から灼灼と愉悦が湧き出てくる。笑いをこらえきれない。顔を歪ませずにはいられない。
「あははははははははは! はははははははははは!」
可笑しくて。可笑しくて。魔族らしくもなく呵々大笑をする。
私は魔族の生き方に悦びを覚え、自らを言祝ぐように笑う。
私はマハトを
「マハト! お前は! 『無念』を理解できてない! 失敗すると分かってるのに、そっちの私はこの話をしたんだ! 性格わるすぎ! ああはははははは!! バカらしい。愚かしい。意味なんてない。微塵もない! 意味がなかったのか! 500年もあったのに!!」
歓喜する。
ここまでやってしまうのか。私という魔族は。
なるほど原作でソリテールが言っていたように、魔族という種の成長より自己の生存を優先すれば、同じ魔族であるマハトを騙すのは道理だ。とても魔族らしい。
まったくもって度し難い。
「それで。聞きたいことって?」
「…………」
マハトは、いやソリテールも、私の笑い狂う姿にびびっていた。なんかごめん。
いやでもこうなると知っててそれを教えたのはこの後の私だから。今の私は無実だよ。
「……ニーベン。お前はなんのために逆行している?」
「"無を生み出す魔法"を使って『時間の始まり』に到達するためだよ。私の魔法は、私を殺したものの人生をなぞらないと発動しない。フリーレンに復讐しながら『時間の始まり』を目指すつもりだよ」
質問に答えたらマハトたちは絶句した。何故だ。
たしか魔族には仇討ちや復讐を理解する感覚があったはず。それなのに理解できないものを見るように唖然としてる。
これ以上の会話は無理そうだった。空を飛ぶ魔法だけ教えてもらって、ここから退散することにした。
「またね。さようなら」
500年前と同じ挨拶を送ってマハトたちと別れた。
◇
別れを言った一秒後ニーベンの姿が消える。
ニーベンの逆行が再開されたからだ。ニーベンは過去に進む。マハトとソリテールは未来に進む。違う方向に進んでしまえばニーベンの姿は見えなくなる。
マハトは沈黙している。さっきまでいたのは、生まれて間もない弱小の魔族。七崩賢最強の己と比べて矮小すぎる相手。……そのはずだった。マハトは格下に転がされた。いいように使わされた。しかしマハトに怒りはない。
マハトは恐れを感じ、冷や汗を流していた。
「………………」
かつてなく堅い唇と鈍重な舌。マハトの口は、七崩賢最強にとって無縁だった震え声を奏でる。
ソリテールも似たようなものだ。心傷を負った乙女のように体が震えている。
「なあ。ソリテール……。もし俺やお前が無実のニーベンを殺すと、どうなると思う?」
「……それは、……たぶん――――」
「魔族が『無念』を理解させられる。そして人類を殺せなくなって、魔族が絶滅するでしょうね」
「だろうな……」
マハトも同じ想像をした。
「俺は魔族の中で異端だと思っていたが……あれと比べたら平凡だった」
「比べたくない。あれは化け物。同族と思えないわ」
――――化け物。
大魔族ソリテールがその言葉を使うとは。
けれど、確かに。その言葉が相応しい。
あれは――――『この世の外から来た怪物』だと言われた方が納得できる。
マハトは多くの人間、多くの魔族を見てきた。
けれどあそこまで
魔族は本能で人間を殺す。
その歪みによって出力された思考があれだ。
ニーベンはフリーレンに復讐するつもりがない。
殺される以上の報復をしないが、殺されるまではなんでもやる。
フリーレンに手を汚させるためにあらゆる悪を実行する、秩序的な破壊装置と言えばいいだろう。
……あるいは、ニーベンこそが悪意を持った魔族の姿なのだろうか。
いや。それはない。殺されるために悪意を覚えるという思考がおかしい。
決して真似してはいけない。
「しかし、そうだな。1つだけ安心材料があるとすれば、無実のニーベンを殺す者がすでに決まっていることか」
「ああ。そういえば。……かわいそうに」
「…………フリーレン。
☆マハト、ソリテール
時系列はヴァイゼの結界破壊直後くらい。
ニーベンと出会ったけど、流れは本編と同じ。
「「あれはない」」とディーアゴルゼを使って記憶を切り離した。
☆無を生み出す魔法(ラーガフォイア)
ドイツ語で「lagerfeuer」。意味はかがり火。
「過去に遡って旅の記憶を台無しにする」とかいう尊厳破壊のクソ魔法。
なんでこんなの思いついたんだ。たぶんワンピース108巻を読んだせい。過去編はいくらでも曇らせていいって言ってた!(言ってないです)
こんな魔法じゃ曇らせ展開しか作れねえよ……。
自己の死をトリガー(引き金)に。
殺害者の人生をバレル(銃身)に。
時間を逆行し自死を確定させ原初の始点へと立ち還る。