逆行運河/葬送のフリーレン 作:ヒビたまり
マハトたちと別れて10年。勇者ヒンメルの死から19年後。
中央諸国 聖都シュトラール 郊外。
森の中で佳境と出遭う。
女の子が魔物に襲われようとしている。気がつくと私は女の子を助けるために駆けていた。イノシシのような魔物と女の子の間に割って入り、私の爪が魔物の顔面を切り裂いた。魔物が悲鳴を上げて
女の子の方を振り向く。
そこにいるのは幼少のフェルン。体をぶるぶる震わせている。
「お前! 立てるか!」
呼びかけてみたが、まあ動けはしないだろう。年端も行かない女の子がこの状況で動けるわけない。今の呼びかけは人間のフリというやつだ。
たまたま訪れた旅人が、たまたま魔物に襲われそうになっているフェルンを助けた。そういう脚本を組んでいる。
私はフェルンを抱き上げて木の後ろに下ろし、ここに隠れているようにと言った。そして魔物へと向き直り、爪を構える。
魔物は大きく啼いてから私に向かって突進する。私は右腕を袈裟に振り下ろし、同時に爪を薄く鋭く強靭に伸ばした。ひゅん、と空気を切る音だけ鳴る。イノシシの魔物の体は6つに裂かれた。
分割された魔物の体は少し地面を滑った後に停止し、ちりになって消えていった。
「大丈夫? 怪我ない?」
木陰に隠れていたフェルンに近寄り、膝をついて同じ目線に立ってから尋ねる。フェルンは私に抱きついてわんわん泣き出した。私はもう大丈夫だよ、と慰める。指の形を人と同じものに変えて、フェルンの頭や背中を優しくたたく。
我ながらうまく好感度を稼げたと思う。自分で自分を褒めるのだった。
◇
「フェルンを助けていただきありがとうございます」
「どういたしまして」
ハイターからお礼された。
ここはハイターとフェルンの家。泣き疲れて眠ったフェルンをこの家に送り届けたところだ。
フェルンは彼女の部屋のベッドに寝かしつけた。
私とハイターは、ハイターの部屋で机を挟み向かい合っている。
「あなたは魔族ですね?」
「なんでそう思うの?」
「角が生えているからです」
そういえばそうだった。魔族の象徴とも言える2本の角が私の頭にも生えている。
「あなたは何者ですか?」
「断頭台のアウラだよ」
「……嘘ですね。私は本物のアウラを見ています。まあ、少し似ていたので騙されそうになりました」
「いい線いってると思ったのに」
左右の手で髪の毛を持ち上げふんわりさせる。
ヒンメルはもういないじゃない。なんちゃって。
似てる? と聞いてみると、目の色が違うと言われた。私はオッドアイでした。
勇者一行はアウラを見知っている。それが分かった上での冗談だ。
本物のアウラに聞かれたら殺されそうだけどきっと私とアウラは出会わないから大丈夫。いくらでもこすっていい。持ちネタにしよう。
「無実のニーベン。つい最近指名手配された魔族です」
「うん。その通りだよ」
私の討伐には賞金がかけられている。
私の首にかかる賞金は
懸賞金――金貨4000枚とゼーリエの特権100個。
金貨4000枚でも国を買えるほどの金額。加えて一級魔法使いにしか与えられないゼーリエの特権がまさかの100個。
私を殺せば向こう千年、あるいは一万年以上繁栄する国を建てられるだろう。異例中の異例の報酬。ゼーリエにだいぶ恨まれてるな。
「あなたがフェルンを抱えて家に来た時はとても驚きましたよ。フェルンと私を一緒に食べるつもりだと思いました」
「あはは。魔族だもんね」
「ですがあなたは私とフェルンを食べようとしません。フェルンを心配し、老人である私を気負う、優しい人間の振りをしている」
「油断したところを食べるためにね」
目の前の老年の僧侶は動きこそよぼよぼしているものの、まっすぐに一切の油断なく私を見つめている。バレているんだろう。私の正体や、私のやろうとしていることは。
揺るがないハイターの瞳が私を射抜いている。
それは寺院に奉納された仏像を思わせる。お前の人生すべてお見通しだと言わんばかりだ。
「フェルンの命の恩人なので、あなたのことは見逃します」
「おっと?」
私は拍子抜けした。
「いいの? ここでお前が私を殺すのは、ある意味で『救済』だと思うんだけど」
「今の私にはあなたを倒すことなどできませんよ。まあ、あと10年早く来訪してくれれば倒せたかもしれません。老いた私にあなたを倒す力はありません」
「お酒を控えてたらワンチャンあったんじゃない?」
「はっはっは。それを突かれると痛い」
挑発する。けれどハイターは殺意や敵意を出さない。
内心では腸が煮えくり返っているのかもしれないけど、彼の目の色はまったく変わらなかった。
すごいなぁ。ここまで僧侶らしく在ることが出来るなんて。ちょっと尊敬するかも。
「あなたがやってきたことは人として到底許せるものではありません」
「……」
ハイターから見て、無実のニーベンが過去にやってきた悪行。
私から見て、無実のニーベンがこれから先の未来で実行する悪行。
決して許されない、殺されてしかるべき、そんなことを未来の私は実行するのだ。
「私はあなたを許せない。もし出会うことがあれば、たとえ私の人生が台無しにされようと、あなたを殺すつもりでした」
「……」
「ええ。あなたがヒンメルにやったこと。フリーレンに対ししていること。そして私を食べようとしていること。許せるはずがない」
「……」
「けれどやめました」
「……はぁ?」
「これ以上あなたを恨まない。私はあなたのことを忘れます。フェルンにはあなたのことを教えないつもりです」
「なにそれ。恨んでるんじゃないの? 私のことが許せないって言ったじゃん」
「やはり」
仏様のように慈悲深き笑顔をハイターは浮かべる。
「ニーベン、あなたはやはり、優しさを知っていますね」
それは思いもしなかった指摘。
嘘だ。と動揺のあまり口が勝手に動いていた。
世界を救った勇者一行のひとり。偉大なる僧侶ハイターは……見えるはずのないものを見抜いてしまったのだ。
「なんのことだよ」
「とぼけなくてかまいません。こうして直接向き合い、対話し、あなたの内面を知りました。あなたには心があります。といっても、あなたにあるのは『無』の心なんでしょうけど」
……………………。
「皮肉ですね。あなたは心を持つ魔族です。ですがよりによって、あなたの持つ心は『人を傷つけることに何も感じない心』なのですから」
「…………あはっ」
歓喜が背筋を這い上がる。
いやいやいや。すごすぎる。マジで? 初対面でそこに気づく? どうなってんの?
なんで『魔族の思考』と『サイコパスの思考』を区別できるんだ!
ありえない! こいつ化け物だ!!
☆ハイター
原作リスペクトのつもりで見せ場を作った。
ニーベンの「魔族らしからぬところ」には、ハイターなら気づくよ。
実際のところメタ視点でハイターの行動はファインプレー。
当初のプロットだと、ニーベンは「サイコパスの振りをする魔族」だったので、精神的な寿命がなかった。
けれどハイターの指摘によってニーベンは「魔族の振りをするサイコパス」「心ある怪物」へと方向性を変える。精神的な寿命ができた。
これにより、フリーレンが苦しむ期間は短くなった。