逆行運河/葬送のフリーレン   作:ヒビたまり

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爪あとを残す

「サイコパス」

 

「今、なんと?」

 

「……あっ」

 

 自分の魂の核心に触れられて、思わず口を滑らせた。

 

「えっと……馴染みない言葉だった?」

 

「長生きしてきた私ですが、今の言葉は初耳です」

 

「あはははは……」

 

 違う世界の言葉をつい言っちゃったけどどうしたものか。……まあ言っちゃってもいいか。

 

 サイコパスについて話したところで過去(彼らにとってこれからの未来)が変わるわけでもない。

 私が死んでからたった10年。それだけの時間で私の精神性を解読できるほど、サイコパスは安くない。

 

「えっと、そうだね。サイコパス――。たぶんこれは次の世代で現れる怪物だよ。人間の時代が完成した時に現れる、人間を食べる人間」

 

「人間を食べる……」

 

 そのような罪深い人間がいるのですか、なんてハイターは考えているかもしれない。

 でも違うんだ。ハイター。そういうことじゃない。そういうことじゃないんだ。

 罪の話じゃなくて、空論の話なんだ。

 

 この世界の人間はまだ魔族の相手をしなくちゃいけないから、サイコパスと敵対しなくてもいいんだよ。

 サイコパスは戦乱の時代において英雄視される。罪を思わず味方を殺し敵を殺し自分は生きる。皆殺しのサイコパス。

 

 外敵を殺すために生きる。それは、生命として正しいシステム。

 

 外敵がいなくなったら人間を襲うようになってしまうけれど。

 だからこそ魔物、魔族がいる世界ならサイコパスは人間を害さない。

 

 どうせみんな名のある魔族を殺して名を上げるから、英雄と呼んでおけばいい。

 

「まあサイコパスが人を食べるのは魔族がいない世界の話だ。サイコパスは獰猛と勇猛と冷徹とカリスマが尖ってるから統治者になりやすい。あと、自分のものになったものは取られないよう全力で守る」

 

「獰猛……カリスマ……。なるほど……」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが私たちの流儀。

 

「人から強奪するやつは魔族だけでしょ? サイコパスはただ奪い返すだけ。この時代のサイコパスは魔族の敵。人類の味方だ」

 

「……そうですか」

 

 納得してもらえたかな。

 魔族のいない平和な世界なら特有の獰猛さを人間に向けるかもしれない。けど魔族がいるならサイコパスの牙は魔族に向かう。むしろこれ以上ない味方になる。

 

 人間がサイコパスに向き合うのは魔族が絶滅してからでいい。

 

 ふむと呟いてハイターは思考にふける。私の教えたサイコパスの話を噛み砕いている。

 

 1分ほど会話が止まる。そしてハイターは口を開いた。

 

「フリーレンに殺されて、あなたは人生を取られたと考えているから、フリーレンから奪い返そうとしているんですね」

 

 舌打ちした。ええ図星ですよ。生臭坊主め。

 

 

 ◇

 

 

「あなたの理屈は分かりました。…………どうしようもありませんね。フリーレンとあなたは相容れない。私は……あなたがフリーレンやヒンメルにしたことを許せない。だから、あなたにとって一番つらいことをします」

 

 一番つらいこと。さっき言った、私の話をフェルンに教えないことを指している。

 私にとって一番有効な手段である。

 

「あなたは人にも英雄にもなれず、魔族として語られてください。過去のあなたがやったように、これからも人間を食べてください。そしてフリーレンに殺されてください」

 

 魔族は人を食べる。けれど、人以外の食べ物――果物、野菜、動物のお肉――でも栄養を補給することができる。

 人を食べなくても魔族は生きられる。なのに魔族は人を食べようとする。誰に言われようと魔族は食人はやめられない。

 

 なぜ人を食べなくても生きられるのに魔族は人間を殺すのか。そして人を食べるのか。

 

 ひどく単純。耐えられないから。

 

 人を食べない魔族の感覚を人間の感覚で言い表すのなら『口に何も入れるな。栄養は点滴で接種しろ』になる。その感覚に耐えられるはずない。

 

 食人衝動に抗えないのは、はじめから分かっていた。耐えるつもりもなかった。

 私は人間のお肉を食べたくなった時、お肉を食べることにした。

 

「うん。……これを人に聞くのは初めてなんだけどさ。ねぇハイター、私のしたことは悪いことだったの?」

 

「ええ。とても悪いことです」

 

「あはははは。だよね」

 

 悪いことだと分かっていて、私は人を食べることに感じ入るものはなかった。驚いたことに。なにもなかった。

 

 ハイターはなにもかも分かってる。許せないから何もしない。

 だから『無実のニーベンを放置し失伝する』という、『私の最適な殺し方』を選んでいるのだ。

 お見事。あっぱれ。やっぱりこの僧侶は化け物だった。

 降参するように、両手を掲げて椅子にもたれかかる。

 

「――――大正解!」

 

 ハイターに称賛を贈る。

 そして背もたれから体を戻すと同時、牙を剥く笑みをハイターに向けた。

 

()()()()()()()1()0()()()()()()()()()1()0()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――ご馳走様でした、と。『無実のニーベンは魔族である』と告解した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「どうしてフェルンを助けたんですか?」

 

 それだけは理解できない、とハイターは私に質問する。

 

「へ?」

 

「フェルンをどうするつもりだったんですか? 答えてください」

 

「自分よりフェルンのことが大切か。――ああそっか。そこはまだ考えてなかったんだ」

 

 原作通りに進まないと私の死が確定しない。フリーレンたちがマハトのいる黄金郷を超えてくれない。

 私はフリーレンに殺されるために行動しないといけない。だから私は魔物に襲われて死にそうになったフェルンを助けた。

 フェルンには原作通りフリーレンと一緒に旅をして欲しいから。

 

 "無を生み出す魔法(ラーガフォイア)"の発動を壊さない。それが片方の理由。言ったところでどうしようもない。

 

 私は、もうひとつの理由を正直に話した。

 

「バレる前の目論見になるけど、私は帳尻を合わせたかった。悪行と善行、両方しておきたかったんだ」

 

「どういうことですか?」

 

「もしフェルンが私に助けられたことを知ったままで、フリーレンと仲良くなったら……どうなったと思う?」

 

 フェルンと出会ったばかりで、ハイターはまだフェルンの師匠をフリーレンにすると考えていなかったのかもしれないね。

 

 この返答がハイターの頭に像を結ぶ。原作の光景、フリーレンとフェルンが出会い、師事し、肩を並べて一緒に旅立っていく姿が。

 

「それは――――――え……、はっ?」

 

 ハイターは頭がいい。だから私のことがバレなかった場合、どうなってしまったか想像できただろう。

 

 ふふふ。あはは。私は心の底から愉しくて笑った。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 育ての親のハイターの死体を食べた怨敵。けれど幼少の時の命の恩人。だというのにフリーレンが殺してしまう。

 

 確定した未来。これまで私が歩んだ旅路に、フェルンは登場しない。

 

 【私はフリーレンに殺される】

 【フェルンと私は再会しない】

 【フェルンは私を殺せない】

 

 私の未来は閉じきっている。

 

 私がフリーレンに殺されて、再会も和解も仇討ちもできなくなった時。

 矛先のなくなった正と負の感情は――フリーレンに向かうんじゃないかな。

 

 フェルンとフリーレンの好感度を下げる。それが私の狙い。失敗しちゃったけど。

 

「――――ああ……。そこまで人の感情を理解しているのに……。魔族の本能と向き合う理性を持っているのに……」

 

 ハイターはとても辛そうに、悲しそうに言った。

 

「あなたはそんなにも『手遅れ』なんですね」

 

 なぜ憐れむのだろう。そんな目で私を見るんだろう。

 ハイターの感情につられたかのように私も悲しい表情を作って言葉を返した。

 

「フリーレンに殺されないって未来があるなら、私は良い人間になれたのかな?」

 

 それは私の本音だったのだろうか。

 それとも魔族がよくやる人間の模倣だったのだろうか。

 

「……………………」

 

 私の心を見抜けるハイターは、何も言ってくれなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――――――――

 

 ――――――

 

 ――

 

 

 夜の森。たき火がともる。冒険者の休息地。

 温かい火の隣でフェルンは夜ご飯を作っている。

 

 ぐっ、ぱっ、と。指は開くと爪が伸びている。フェルンの指は鋭くて黒い爪に変化した。

 "かぎ爪を生やす魔法"を使うフェルンの指先をシュタルクは羨ましそうに見る。

 

「いいよなあそれ。俺も使えたらいいのに」

 

「シュタルク様。魔法使いになれば習得できますよ」

 

「俺は戦士だっての!」

 

 かぎ爪は年頃の男子すべてを魅了する。お年頃でお子様なシュタルクは黒いかぎ爪にあこがれていた。

 この世界の魔法使いの男子はみな、10歳くらいになると"かぎ爪を生やす魔法"を使う。魔法使いじゃない男子はみな、"かぎ爪を生やす魔法"に憧憬の目を向ける。

 理由はないけどとにかくカッコいいから。

 

 フェルンのかぎ爪は漆黒と紅色のグラデーション。

 はたまた血の池地獄。可愛さとは無縁。かなりクールな一品である。

 

「…………まあ、カッコいいという気持ちは、少しわかります」

 

「えっ、意外」

 

「意外ってなんですか」

 

「いや、なんかこういうのって、男の子しか分からないやつだろ」

 

「そうかもしれません。――でも」

 

 フェルンにとってかぎ爪は特別だった。

 

「……10年前、魔物に襲われそうになった私を助けてくれた人がいました。その時私を助けてくれたのが、この"かぎ爪を生やす魔法"です」

 

「――そっか。フェルンを助けた魔法か」

 

「………………はい」

 

 懐かしむようにフェルンは自分の手のかぎ爪を見つめる。その相手のことを想って、無意識に微笑みを浮かべた。

 

「名前を言わずに行ってしまわれたので、どんな方だったか分かりません。私がフリーレン様と一緒に旅をしているのは、その人と再会するためでもあるんです」

 

「へぇ。また会えるといいな」

 

「はい。いつかその人に会えたら、あの時言えなかったお礼をきちんと言いたいんです」

 

 フェルンが魔法使いになって最初に覚えた魔法は"かぎ爪を生やす魔法"だった。

 

 魔法使いフェルンの原初風景。彼女にとって一番大切な記憶。

 

 フェルンの師匠はフリーレンだ。――けれど魔法使いになったきっかけを聞かれたなら、フェルンはその魔法使いの話をするのだ。

 

「その人はきっと、いい人です」

 

 

 

「そういえばフリーレン様。赤い髪でこの魔法を使う女性に心当たりはありますか?」

 

「いいや。ないね」

 

 フェルンは二度とその人に会うことはない。フェルンはとても幸運なのだった。




☆彼女のお食事事情
墓荒らし。ことが終われば土を戻して隠蔽する。

生きてる人は絶対に殺さない。この子はフリーレン関係者にだけ有害。フリーレン関係者しか害せない。人類にとって無害どころか有益な面もある。適当な動物を仕留めて食欲を抑える理性すらある。
どうしても耐えられなくなった時だけそういうことをする。


☆フェルン
知らないお姉さんに命を助けてもらったことでかぎ爪を生やす魔法はフェルンのお気に入りになった。
第三次試験の折、ゼーリエから「お前が出会う時代のニーベンは雑魚だから見つけたら殺しておけ」と言われる。言うのが10年遅えよ。

地雷埋められてるけど、フリーレンがクソボケエルフのままならフェルンは気づかず地雷回避可能。
もしニーベンの正体に気づくものならフェルンは曇るけど、フェルンの数百倍フリーレンが曇る。


☆浄化されたフェルンの思い出
ニーベンが退散した後ハイターは眠っているフェルンに酩酊の奇跡や幻惑の奇跡を使っている。
記憶が曖昧になったところで「赤い髪のとても優しい女性の方でしたよ」などと言って、ニーベンの印象(特に魔族の角)を忘れさせることに成功した。
ショタ遠野志貴と蒼崎青子お姉さんくらい綺麗な思い出になった。魔族なんてどこにもいない。


☆かぎ爪を生やす魔法
贖罪の爪。大罪は功績によって土に埋もれる。
大魔法使いフランメが開発した、とある魔族の爪をかたどった魔法。
形状自在。伸縮自在。色や模様も自由自在。崖や野道を移動する時の手助け、近接戦闘、DIY、食材の処理など用途は多岐にわたる。マニキュア感覚で使う女魔法使いも多いのだとか。
フランメを含むすべての冒険者の魔法使いはこの魔法を習得し、愛用している。
不整地ばかりのフリーレン世界にこの魔法があったらゾルトラーク以上に使われる。当然、フリーレンも重宝している。
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