逆行運河/葬送のフリーレン   作:ヒビたまり

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宙に浮かぶ、撹拌の渦

 飛行魔法で空を飛ぶ黒い人影。

 縦横無尽に街を駆ける白い人影。

 逃げる私をヒンメルが追ってくる。建物の壁や屋根を蹴り、跳躍し、空を飛ぶ私を撃ち落とそうとする。

 

 目にも止まらぬ速さという言葉は勇者ヒンメルのためにある。――そう思うほどにヒンメルの動きは速かった。まばたきをする間に二度跳躍して私とゼロ距離まで詰めるのは人間業じゃないと思う。

 

 ヒンメルの剣の切っ先が、私の頭を貫かんと迫る。

 私は前進を後進へと、飛行魔法で急激な方向転換をして勇者の剣を回避した。慣性を無視した空中軌道。魔法ならたやすいこと。

 地を蹴らなければ空を飛べない人間に対し、魔法を使って自由自在に空を飛べる魔族。

 本来なら魔族の圧倒的に有利な局面。空を飛ぶ魔族が一方的に"人間を殺す魔法(ゾルトラーク)"を撃つだけで、なすすべもなく人は死ぬ。

 

 ――けれど、追い詰められているのは私の方だった。

 勇者ヒンメルは無傷。

 対して私は全身に切り傷を負っていた。

 

「人を傷つけられない私と、魔族を殺すことのできるヒンメル。これじゃあ圧倒的不利!!」

 

 くそが、と汚い言葉を吐いてしまいたい。負け戦とはこういうことを言う。

 …………王都にいる人々を巻き込んでいいなら戦いようはいくらでもある。

 

 "人間を殺す魔法(ゾルトラーク)"。

 

 "歴史を焼却する魔法(アルス・アルマデル・サロモニス)"。

 

 大火力の砲撃を放つ魔法を使っていいなら、勇者ヒンメルであろうと絶対に返り討ちにできる。というか殺せる。民間人と勇者を殺してしまうからこそ、それらの魔法は使えない。

 

 なので手頃な威力の魔力弾。命中すれば人の体が数メートル吹き飛ぶ程度に威力に抑えたそれを四発放った。

 ――ただし四発のうち一発は、時間の流れをずらして撃ったものだけど。

 

 先に撃った三発は逆行している時間の流れに沿った普通の弾道。けれど四発目に撃った魔力弾は順行している時間に向かって撃つ魔弾である。

 逆転した時間に向かって魔力弾を放てばどうなるのか。

 答えは"ゲイボルグ"になる。

 因果を逆転させ、"すでに命中した"という結果をもたらす、必中の矢となる。

 

 最初の三発を警戒すると、四発目が時間と因果を無視して先に必中する。

 魔弾が当たって体勢が崩れたところに最初の三発が襲いかかる。

 

 これぞ必殺のコンボ。

 まさに初見殺し。

 ――――なんだけどなあ。

 

 

「はっ!」

 

 

 ヒンメルは必中の魔弾を切り払った。そして続く三つの魔力弾すら叩き切った。

 

「これだから勇者は!! ……お前の直感どうなってんだよ。初見のゲイボルグを無傷で防ぐって、アルトリアさんにもできなかったことだぞ」

 

「アルトリア? 誰だそれは。魔族なのか?」

 

「お前の知らない聖剣の英雄です」

 

 原作は違います。

 

「ゲイボルグは技名かな。……カッコいいな」

 

中学二年生の感性(十四才)か! 気の抜けること言うなよ……」

 

 戦闘中に厨二回路を刺激すんな。私が言うのもアレだが集中しろ。

 

 ……いやそれにしても、ヒンメルに刺さるなら他の人間にも型月の設定は刺さりそうだな。

 いっそこの世界に型月の設定を布教するのはどうだろう。絶対流行ると思う。

 フランメやクヴァールに良さそうなやつを教えて、フリーレン世界で型月の魔術や魔法を実現するのは面白いかもしれない。この戦いが終わった後の楽しみにしよう。

 

 ともかく。ヒンメルに有効な手段がない。どうしよう。

 私の開発してきた魔法は――どれも破壊規模(スケール)が大きすぎる。

 今、気軽に使える攻撃手段は爪と魔力弾しかない。

 

 爪の攻撃は勇者の剣でいともたやすく防がれる。魔族との戦いの日々で鍛え上げたヒンメルの戦闘技術に、戦闘経験のない私では太刀打ちしようがない。

 

 爪が通じないので、ドラゴンボールもかくやという空中機動とグミ撃ちをしていたのである。

 それでもヒンメルの斬撃を自分の体に受けつつ、なんとか致命傷を避けていた。

 そして私の持つ切り札のひとつ。必殺のゲイボルグを使用した。でもこれもたやすく対処された。

 本当にどうしよう。

 

 ……そもそも勇者一行の凱旋パレードの1週間後というタイミングが非常に悪かった。

 王都に集まった人間が多すぎる。人間を盾にしようにも多すぎる。旬の魚が群れるように、街道という空間を埋めていた。下に降りれば盾にするどころではなく、飛行がままならなくなるだろう。

 

 だったらもっと高く。ヒンメルが届かない空の上まで飛ぶことを考える。……いや、やめておこう。すさまじく嫌な予感がする。

 

 ヒンメルは私の時間逆行に対応するべく"時間を遡る魔法"を用意している。ヒンメルと彼の協力者は、『私を逃さないこと』を真っ先に考えたはずだ。

 飛行魔法で逃げられるなんてヒンメル側からすれば最優先で潰すべき手段だ。

 ――高空を飛ぶ逃走手段は対策されていると考えた方がいい。

 

「うぐ……はぁっ」

 

 ヒンメルの対策を考えている間に。切り傷は二十、三十と増えていく。

 

 切られたという感触はある。痛い、苦しい、という感傷はない。これもまた魔族の生態だろうか。

 自慢ともいえるスカーレット色の私の髪。それに負けないほど私の全身は赤い血に塗れている。

 

「――――なんで、私はもがいてるんだろう」

 

 高速移動が結ぶ斬撃の牢獄に囚われて。当初の目的に思考を巡らせる。

 なんのために王都に来たんだっけ。

 なにを仕出かすつもりでヒンメルを襲いに来たんだっけ。

 

 ――――…………。

 

 

「そこだ!!」

 

 

 隙を見逃す彼ではなかった。

 

 右の二の腕から背中を通って左脇腹まで、一閃。

 これは間違いなく致命傷を受けた。

 

「――っ、こうなったら」

 

 私はヒンメルの跳躍が届かない高さに向かって、真上へと逃亡する。

 それが死路だと分かっていても。

 

「ニーベン。これで終わりだ」

 

 空を飛ぶことに無我夢中だった私は、ヒンメルが懐から取り出したものなんて見ていなかった。

 

 魔法の瓶。

 

 ヒンメルはそれを屋根の上に落とす。割れた瓶に入っていた中身は一瞬で巨人に変容する。

 

 魔法で出来たゴーレムは。

 人間に届かない高さまで跳び上がることができる。

 私よりも高く飛ぶことができる。

 

 ゴーレムの手刀。まるでギロチンのような勢いのそれが振り降ろされる。

 防ごうとする私の腕をたやすく弾いてゴーレムの手刀が私の腹に命中する。

 

「ぐぎっ!!」

 

 私の体がくの字に折れ曲がった。肋骨と内臓が粉々になった。

 そうして丸めた紙で叩かれた虫のように、私は地面に撃ち落とされた。

 

「がはっ!!」

 

 切れ目の入っていた二の腕は地面にぶち当たった衝撃で千切れた。

 白く赤く明滅する意識の中――なぜか勇者の姿だけは鮮明に映った。

 

 屋根を蹴る姿勢を取っている。でもきっと見えるのはそれだけだろう。次の瞬間に勇者の姿が消えて私は切られているだろう。

 

 ああ。私は死ぬのか。

 

 魔族らしく勇者に切られて殺されるのか。

 

 なんだか。

 

 あれ。

 

 あ、

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

【目前の死を回避します】魔族の生存本能が覚醒します】対象:勇者ヒンメル。有効な言語を選択し】必要最低限の絶望を】近隣の人間たちは速やかに諦観することを推奨します】"歴史を焼却(アルス・アルマ)"】"える魔法(カチュア)"を発動します】

 

【その本の価値を、"異邦なる第三の魔法"の発動コストとして使用しますか?】

 

【はい[Ja]】

 

生存のため、作戦を実行してください(オーダー・スタート)

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ヒンメルは、無実のニーベンの危険性を教えられていた。

 始めから。最後まで。最期に至るまで。

 これ以上ないほどヒンメルはニーベンを警戒していた。

 

 逆向きの時間に潜む者。

 見た目は血の色をした少女のようでいて、底のない黒孔のようでもある。

 

 生きているだけでフリーレンに害をなす。大魔法使いゼーリエからその魔族の話を聞かされた。

 そして赤黒い少女をひと目見た時、ヒンメルはすべてに納得がいった。

 あれはそういうものだと、勇者の直感は魔王と戦った時以上の危機音を響かせたから。

 

 言葉を交わした時は人の心のようなものを感じた。

 ヒンメルはそのことに戦いにくさを感じた。少しだけ。

 きっと彼女は望んで魔族として生きているのではないのだな、と思った。

 

 フリーレンを助けるという目的には替えられない。

 

 せめて彼女に人の心があるのなら――今ここで終わらせて、人として死なせてあげるべきだろう。

 

 だから。勇者として迷いはなかった。

 彼女の死の間際、目の色が変わったことに気づくまで、ヒンメルの意思は一貫していた。

 

 ――赤い少女の目が "人" から "魔族" に変わる。

 

 ――どんな魔族よりおぞましい怪物が、起動した。

 

 

 

フリーレン(おかあさん)……」

 

「!?」

 

 

 

 魔族の口から魔族の言葉が発せられた。それだけのはずなのに。

 

 誰よりも魔族をよく知るヒンメルが魔族の言葉に惑わされたりしない。

 ――的確な名前。

 ――的確な発音。

 ――的確な感情。

 きっとヒンメル以外の相手には通用しない。ヒンメルの心を刺すためでしかない魔族の言葉は、狙い(あやま)たずヒンメルの心にキズを与える。ヒンメルの動きが止まった。

 そして魔族は左の手のひらを天空をかざす。

 自由落下するゴーレムに向かって魔法を発動しようとしている――――

 

「"歴史を焼却する魔法(アルス・アルマデル・サロモニス)"」

 

 夜明けのような激しい光。

 白色の炎の柱が天空ごとゴーレムを貫いた。炎の柱が生み出す熱風はヒンメルともども周りにあるものすべてを吹き飛ばす。

 だけど、ヒンメルは天地が分からない混乱以上の恐怖に襲われていた。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?

 

 

 

 灼熱の風に錐揉みされているのに寒気が止まらない。

 ヒンメルは、ゼーリエがこの魔法について言っていたことを思い出す。過去に遡るほど火力が上がる魔法。この時代で発動されてもそこまでの火力にならない。1000年以上過去に遡った状態で発動するそれは国を焼き尽くす火力になる。

 そして"歴史を焼却する魔法"の真髄はニーベン自身の魔力を消費せず大砲撃を使用できる『効率の極み』にあるという。

 

「ヒンメル。お前のためを思って言う。"歴史を焼却する魔法"をニーベンに使わせるな。考える余地を与えずに始末しろ。たった100年の輝きだとしても、消費されてはいけないもののはずだ」

 

 ゼーリエの言葉が理解できた。

 

 "歴史を焼却する魔法"は――フリーレンの"100年分の何か"を勝手に消費する魔法だ。

 そんな魔法、フリーレンを大切に思うヒンメルは絶対に無視できない。

 エルフにとって100年は短い時間かもしれない。だけどフリーレンの持つものすべてがヒンメルの宝物だ。この魔法は勇者ヒンメルの名前にかけて断じて滅すべきものだ。

 

「ニーベン……っ!!」

 

 殺す覚悟では足りなかった。殺される覚悟でも足りなかった。

 共倒れになる覚悟が足りていなかった。

 もっと早くにこれが復讐だと気づいていれば。

 

 ヒンメルは悔しさと憎しみをにじませる。ニーベンは必ず葬ると決心した。

 ――――もう、遅かった。

 吹き飛ぶがれきを蹴って移動しようとした時にはニーベンはヒンメルの目の前に接近していた。ニーベンの左手の貫手(ぬきて)がヒンメルの心臓を射抜こうとする。それを防ぐべくヒンメルは剣を振り、その左手を断ち切ろうとする。

 

フリーレン(おかあさん)

 

 やめろ。と叫びたかった。

 

 こんなのは、まるで、僕たちを殺すために生まれた魔族じゃないか――!

 

 ヒンメルの動きはまたしても止まる。ヒンメルの胸にニーベンの左手が突き刺さった。

 

「"不可解な形を与える魔法(カリカチュア)"」

 

 この魔法はゼーリエから聞いていない。

 ニーベンの手がヒンメルの胸から抜き取られる。ニーベンの手は大きな光に覆われていた。ヒンメルの胸に傷はなかった。

 

 致命傷を負っていないことを楽観視するなんてとてもできない。

 ヒンメルは大切なものを奪われた。ニーベンに自分の心を強奪された。

 

 ニーベンの手にあった光はピカピカと輝きを増して、キラキラと金管楽器の音を奏でながら収束し、十数冊の本に変化した。

 その本はヒンメルがもっとも大切にしていたものから生まれたもの。

 

 相手の記憶をマンガに変える魔法。

 

 ニーベンの始めの目的はこれだった。

 ヒンメルとフリーレンの旅の記憶をマンガに変えて持ち去るため王都に来た。

 今のニーベンは目的だったその本すら生存のために利用する。

 

 たくさんある本はさらに形を変えていく。

 溶かし、混ざり、集まり――"銀の杯"に変わる。

 

 ニーベンは"銀の杯"を空に放り投げた。

 星のように光りながら空を昇っていく"銀の杯"。

 もう届かないと分かっていたけれど、ヒンメルはその星に手を伸ばす。

 光が目に見えなくなるほど高く飛んで…………"銀の杯"はこの世界に存在しない魔法を発動させた。

 

 王都の空に『黒い孔』が開く。

 

 孤の半分は白い光の帯で半分は青い光の帯の『黒い孔』が空に鎮座する、異様な光景。

 

 時計の針は逆向きに進む。さっきまでヒンメルとは違う向きに進んでいた王都の人間たちが逆行する時間の中に取り込まれる。

 王都の人間たちはみな、空に突如現れた『黒い孔』に気づく。誰もが怯えて、その孔を見た。

 

 ニーベンは、この王都を特異点に変えた。




☆アルス・アルマデル・サロモニス
歴史を焼却する魔法。
ニーベンの逆行対象になった者の運命力を熱量変換する。ようするにフリーレンの寿命を勝手に徴収して発射する人理砲。

でも変換できるのはニーベンが逆行した年数まで。最初の数年程度は大した火力を出せない。
80年逆行した現時点の火力が、エクスカリバー1本分くらい。

人間に殺されたニーベンだったら、逆行できる年数が短くなるから、相対的に弱い魔法。
どこまでいってもエルフに殺された時だけ厄介な存在。


☆ゲイボルグ
無を生み出す魔法(時間逆行)を使ったバグ技。正確には魔法ではない。
なので他の魔法と組み合わせて使うことができる。歴史を焼却する魔法とも合体できるから、全力を出したニーベンはめちゃ強い。


☆ブチギレニーベン
瀕死まで追い込まれた結果、魔族の生存本能が暴走中。
原作知識を悪用してヒンメルにメンタルダメージを与えたり、人を殺せない縛りで封印していたチート魔法をぶっぱする。
一応、この状態でもゼーリエが相手なら負ける。


☆カリカチュア
不可解な形を与える魔法。
触れた相手の記憶をマンガに変える。記憶はいつか忘れてもマンガとして形に残せるから、ちゃんと使えば人を幸せな気持ちにする魔法になる。ニーベンはこの魔法を悪用する。
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