逆行運河/葬送のフリーレン 作:ヒビたまり
「ニーベンを殺しつつあの渦を消滅するには、ヒンメルの記憶ごとあの渦を破壊するしかない」
私と3時間話し合ったゼーリエの結論が出た。
人間の感覚で3時間は長い。でもエルフの感覚ならとても短い。
魔法の話で盛り上がっているように見えてゼーリエは真面目。彼女は極めて迅速に動いている。たった3時間の型月魔法トークで、ゼーリエは私から"異邦なる第三の魔法"の原理を聞き取り、撹拌の渦を解析しようとしていたのだ。
人間の感覚で表すなら。ゼーリエはたった数秒であの膨大な型月の設定を吸収しようとしたに等しい。
この世界のあらゆる魔法を知るゼーリエだからこそ、たった3時間で結論を出すことができた。
――ニーベンを殺すならヒンメルの記憶を取り戻すことはできない、と。
「時間が圧倒的に足りない。ただでさえ人類には理解不可能な魔族に異世界の原理が混ざっている。私ですらこの魔法を解析するのに1年はかかる」
「……なら、間に合わない」
シャッツは後ろめたそうにヒンメルを見る。ヒンメルはうつむいて沈黙している。
フリーレンが"
きっとゼーリエの言う『1年』はかなり少なく見積もっている。魔法を使って不眠不休で解析して1年。そんなところだ。
そんな大魔法使いゼーリエをして解除は無理と言った。だからこれはもうどうしようもない。
「じゃあ渦の魔法を発動した本人であるニーベンに解除させられないのか?」
シャッツがゼーリエに聞いた。ゼーリエは嫌そうな顔をしながら答える。
「どうせ酷いことになる」
「
「こいつ最悪だ!!!!!」
あはは。褒めても呪いしか出ないなぁ。私は人間を超越する悪意を持ってるからねぇ。
「ニーベン。彼の記憶を取り戻す方法は本当にないのか?」
「ない。だって本能の私が設定した唯一の解除方法、それは『聖剣の勇者が聖杯を破壊すること』だから。撹拌の渦を止める設定は作っておいた。そして中身を壊さずに撹拌の渦を止める設定は作らなかった。それだけのことだよ」
「聖剣の勇者。ということは――」
「……僕が。……僕自身の記憶を……破壊する…………」
ヒンメルは胸に手を当てて、ひどく、ひどく、痛そうな顔をする。
フリーレンとの思い出。彼の胸を暖かくするもの。ヒンメルの人生において最も価値ある物語をこれから破壊する。
「同情するよ。ヒンメル」
無意識に呟いていた。
そのぼやきは3人の耳に入らなかったけれど、私自身に届いたそれはまったくもっておかしかった。
私はヒンメルの気持ちが分かる。分かってしまうんだ。
"空っぽの心を持つ人間"はフリーレンのことが好きだった。
そして、ヒンメルが顔を上げる。
「――――分かった。あの渦を壊そう」
勇者と呼ばれる青年は運命を受け入れる。その顔に憂いはない。
フリーレンとの人生を奪われても、ヒンメルは『勇者』だった。
「器が違ったみたいだね」
私は『勇者』になれない。私という存在はどうあがいても『魔族』なんだとわからされる。
ああ。とっても
◇
「あの渦を僕が壊す。だからゼーリエさん、あなたの魔法で僕を空の上に運んでください。あと、これ以上事態を悪化されないためにお二人にはニーベンの見張りと対処をお願いします」
「任せてくれ。必ずニーベンを抑え切る。勇者ヒンメル、君の覚悟を僕は心から称賛する」
シャッツはヒンメルの意思を汲み取り呼応する。剣を鞘から抜き、臨戦態勢になる。
「いくぞ。無実のニーベン」
「じゃあやろうか」
ヒンメルが撹拌の渦を壊すまで。シャッツとゼーリエが私を引き付ける。
未知の登場人物。私の腕を断ち切る卓越した戦士の腕。大魔法使いゼーリエからヒンメル以上にサポートを受けるだろう。シャッツはヒンメル以上に厄介な相手なのかも。気を引き締める。
「ゼーリエ」
「――――」
「ゼーリエ?」
でもゼーリエは動かない。シャッツから呼ばれても反応しない。彼女は何かを考えている。
「――――『本物の勇者』はどちらだ?」
ゼーリエはシャッツの方を向いて、不可思議なことを言った。
「は?」
この神話エルフは突然なにを言ってるんだ。
「え、なに? ヒンメルの剣が聖剣のレプリカだから、ヒンメルは聖剣の勇者じゃないって言うつもり?」
「それは知らん」
「え、勇者の剣って偽物だったのか?」
「ああ。というかニーベンはなんで聖剣が偽物だってことを知っているんだ」
「そりゃまあ未来から来てるし」
実際には原作知識です。
「ヒンメルの剣が偽物だって知ってるからヒンメルが撹拌の渦を壊せるよう設定してるよ。結局私にとって重要なのはヒンメルが自分で記憶を壊すこと。フリーレンが曇る未来に繋がることを実行してくれるなら――私はなんだっていい」
未来でフリーレンが曇る。
未来でフリーレンに殺される。
それが私の存在証明。私という呪いの本質。覚えておこう。
「この時代のフリーレンを殺すことは私の求めるところじゃない。撹拌の渦を破壊不可能に設定しておけばそれが叶っただろうけどそれは私の望みじゃない。私の狙いはあくまでも、ヒンメルの記憶を破壊されたことを知った未来のフリーレンが曇ることにある。
私の目論見は『私を殺した後で、すべてを知ったフリーレンが絶望すること』、そして『私を殺したフリーレンが私の復讐を認知できること』。私のことを知らないフリーレンを殺したって気は晴れないよ。だから私の矛先はいつだって、未来に向いているんだ」
「ニーベンの目的はフリーレンを曇らせること。そのためにヒンメルの記憶を壊したい。だから偽物の勇者の剣でも撹拌の渦を壊せるように設定してある。ということだ」
「なるほど。ありがとうございます」
ゼーリエが分かりやすく説明して、ヒンメルが納得する。
「ニーベンの言葉が確かなら、やはり撹拌の渦はシャッツでも破壊できる。――むしろ私の方が聞きたい。なぜお前にはそれが分からない。
「いったい何の話――――」
いや。
待て。
言っていた? 過去形?
それはもしかして。
過去の私が、過去のゼーリエに言っていた――ってこと?
「あっ」
――私はあの時のことを思い出す。
黄金郷のマハト。彼に対しておこなった詐欺。
未来で再会する相手に『無念』を教えたあの出来事。
もしかして私は、マハトと同じ方法でゼーリエを
◇
「いや、それは。そんなことは」
あの時はマハトが『無念』を理解しない魔族だったから成功しただけ。
ちゃんと心を痛められるエルフを騙せるはずが――――。
「……偽物と、本物。……葬送の、エルフ」
エルフは鈍感だ。人間の想いに気づくのに数十年遅れる。
「だから50年後じゃなくて、70年後だった?」
この70年間、ずっと私は無名だった。
ゼーリエが私に特権100個という極致の討伐報酬をかけたのは、ハイターと私が出会った頃。
無名だった私にいきなり異常すぎる金額の懸賞金がかけられた。
でもゼーリエは今日ここで私と出会っている。ならもっと早くから私のことを警戒していていいはず。
今のゼーリエは特権100個分ほど私を警戒している風に見えない。ゼーリエが直接始末しようとしたマハトと同じくらいの警戒度。でもそれだけなら多く見積もっても特権2~3個分。特権100個に見合う警戒とは言えない。
いくら私が"
つまり、そう、つまりだ。
ゼーリエは70年かかってから――――
『もっと早く殺しておけばよかった』って。
『どうして手遅れになる前に気付けなかったんだ。殺すチャンスはあともう10年しか残っていない』って。
ヒンメルが死ぬのは今から50年後。
シャッツも同時期に死ぬとすればそこから20年。
……あはは、意外と早く気付いてる。まあエルフの中でもフリーレンは特別鈍感。対してゼーリエはかなり人間を理解していたから、気づくのが早かったんだね。
きっとこうなることは運命で決まっていた。
手遅れになってから理解するエルフが相手だから。
『無念』を武器にすることは、あまりにも有効で悪辣なんだよ。
「"
そのための魔法が私にはある。
私なら
ああ。なんともはや。未来の私はそこにいるんだね。
胸の内に歓喜の波が押し寄せる。もうすぐ、溺れるほどの愉悦がやってくる。
私の心が壊れる前に。ゼーリエに確かめないといけないことがある。
「ねぇ。ゼーリエ」
「なんだ」
「それを私が言ったのは――ううん」
ここまできたらはぐらかすのはやめよう。
「私がゼーリエにシャッツを
「25年前だ」
「そっか」
子供の頃のヒンメルはフリーレンと出会って花畑を出す魔法を見せてもらった。
あれがたぶん5、6歳くらい。
今のヒンメルが20代後半だから――私がヒンメルを
「うん。分かったよ」
どうしてゼーリエはシャッツを見て聖剣の勇者と言ったのか。
25年後にゼーリエと再会する私が『本物か偽物かは25年後の私が知っている』みたいなメッセージを残す理由。
これまで70年。ついでにあと25年。私がゼーリエに狙われない理由。
全部、分かったよ。
◇
私は両手の爪を伸ばしてシャッツに斬りかかった。
ゲイボルグを使った不意打ち。いっそもうシャッツの頭をバラバラにして、シャッツがどんな顔か分からないようにすればまだやり直せると私は思った。
「なっ!!?」
でも運命は変わらない。シャッツは並外れた直感で私の不意打ちを回避する。
それでも躱しきれずヘルメットが切られる。切られたヘルメットの隙間からシャッツの顔があらわになる。
水色の髪。精悍な顔。よく知っている。だってすぐ近くに同じ顔があるんだから――
「え…………なんで……? どうして、シャッツが……、僕と同じ顔を――?」
私が斬りかかったことなんて水に流される。そんなことは些事になる。
もはや顔を隠す意味はない。シャッツは顔を隠せなくなったヘルメットを外した。
シャッツはこのことを隠し通そうとしたに違いない。
でもその機微に気づかず、ゼーリエは禁断の箱を開けた。
これだからエルフは。ミミックと見れば目がないのだろうか。
真実は
ヒンメルとシャッツ。
2つある彼らのカタチが、
立ち姿、背格好、振るう武器、血の匂い。
老いた死体とはいえ、私はヒンメルの血肉を
私はヒンメルの肉の匂いを覚えている。その時と同じ匂いをヒンメルとシャッツの2人から感じる。
そしてなにより――顔のカタチ。
彼と『ヒンメル』はまったく同じ顔をしている。
彼と『シャッツ』はまったく同じ顔をしている。
本物の聖剣の勇者。偽物の聖剣の勇者。
――――――――『2人の勇者』がそこにいる。
シャッツの正体。それは"大魔法使いゼーリエに添い遂げるヒンメル"だった。
「う、ぁ、ぁ……、あ、あは、あははっ、あは……」
絶望と歓喜が私の中でぶつかり合う。感情の渦が心の器を
私にだって悲しむ心はある。獣だろうとサイコパスだろうと、憐憫くらいは持ち合わせている。
いつかゼーリエに襲いかかる"人類悪"。その未来を想像した私はゼーリエに憐憫の感情を抱く。
泣いてしまいたいよ。でも私はフリーレンの絶望を喜ぶしかない。
だって私はそういう魔物なんだから。
「あははははははははははははははは! あははははははははははははははは! あははははははははははははははは!」
私の悲しみ、憐れみは誰にも届かない。
ヒンメル。ゼーリエ。シャッツ。彼らには。
私のことは人間の不幸をあざ笑う化け物に見えるだろう。
「あははははははははははははははは! あははははははははははははははは! あははははははははははははははは!」
それでいい。私はもう、それでいいよ。
――――地獄に落ちるのは私とフリーレンだけでいい。
「ゼーーーーリエぇぇーーーー!!」
運命に翻弄された可哀想なエルフの名前を叫ぶ。
びくりと、少女のように怯えすくむゼーリエ。その様子だけは可愛いね。
「お前は『無念』を理解する! ああっははははは!! もうバカらしい。いじらしい。
喉が裂けてもいい。笑い続ける。今この時だけは化け物を演じる。
「あははははははははははははははは! ……それで。本物はどっちか、だったっけ?」
ヒンメルとシャッツ。双子のようにそっくりで、服まで同じだったら絶対見分けられなくなる。
"
誰にも見抜けない
私は偽物を作らなかった。本物のヒンメルを2人に増やした。
そして『本物と偽物がいる』とゼーリエに嘘をついた。
まちがった前提条件を教えていたから、ゼーリエは2人の見分けを付けられなかった。この魔法を解明できなかった。
私はゼーリエに真実を教えない。
今も、そして25年後も――私はゼーリエに嘘をつく。
「シャッツは本物だよ」
ねぇゼーリエ、なんでこの70年間一度も私を襲わなかったんだよ。
私を恐れたから? それとも――――
ヒンメルに私を殺させて、ヒンメルの人生を台無しにして。
ヒンメルを偽物にするためには、私をこの日まで生かす必要があった。
――――シャッツを本物にしたかったからだよね?
☆この世に二つある魔法(ヒメルリーア)
魂の眠る地を無意味にする。本作最大のクソ魔法。
ドイツ語で「himmel leere」。
「himmel」の意味は青空、天国。「leere」は空っぽ。
同じ容姿、性格、記憶、能力を持つ同一人物を作り出す。
本物と偽物の区別は発動者のニーベンにもできない。ようは『空の境界』の蒼崎橙子。
この魔法の正しい使い方は殺される人間が復活すること。本作の使い方は一番やっちゃいけない。
☆王都襲来から25年前
幼少のヒンメルに対して"この世に二つある魔法"を使用。
片方がゼーリエに託されて、もう片方はヒンメルとして原作通りの道を歩む。
シャッツの初恋はゼーリエ。やっぱりエルフ一筋。原作のヒンメルがやったように、シャッツもまた長命で鈍感なエルフに愛を伝えるため、一生を捧げる。
ゼーリエはクソボケエルフと違うのでちゃんと応えてくれる。
☆王都襲来から50年後(ヒンメルが死んだ年)
ヒンメルの葬式と同じ日。シャッツの葬送は内々で執り行われる。
その日、異なる場所で2人のエルフが涙を流す。
☆シャッツ
『人類に対処可能だった10歳〜100歳のニーベン』が殺されなかった理由。
そのために存在したと言っていい。
ドイツ語で「schaz」。意味は宝物。そして恋人や夫婦がパートナーに使う時の呼び方。
彼に名前をつけたのはゼーリエ。意味は後から追いついた。恋人や夫婦に見えていたんだろうね。
彼女は宝物を手放せませんでした。