こねくり回していたらこんなに時間が経っていました(二ヶ月)
こねくり回した内の没案の一つは後書きに供養したので浮かばれるはずです。
「…………いない、ですよね」
最後にもう一度と思ってやってきたのは下の子たちが亡くなったと伝えられた大通り。
やはり、と言うべきか少女の姿は見えず、破壊された跡が生々しく残されているだけである。
孤児院で話を聞いた後、ネーゼさんの助けを借りて辿ってみるも、既に痕跡は残されておらず空振り。仕方がないので大通りから裏路地、バベル、果てには歓楽街まで。思いつく場所は一通り微精霊達にも頼み込んで探してもらった。
最後に一縷の望みをかけてここへやってきたものの、結果は振るわなかったわけである。
探している最中は、いやに
結局二日間睡眠も取らずに捜索したものの、実際の捜索時間は一日分くらいだろう。
孤児院の先生もかなり憔悴していたし、どうにか見つけてあげたかったのだが…………うまくいかないものだ。
こんなことになるなら、お守りとでも称して精霊を付けてあげればよかった。今更何か言ったところでなんの意味もないけれど。
やるせなさと自分の力不足を感じて息を吐いた。
「ただいま帰りました」
「夜切、女の子は…………?」
帰ると、一人リビングでくつろいでいたネーゼさんに声をかけられる。
「いえ、見つかりませんでした」
「そっか……力になれなくてごめん」
全区画をくまなく探したかと聞かれればそんなことはないが、それでも二日間通して探して手掛かり一つ掴めないとくれば……まぁ、おそらくそういうことだろう。
仕方がないとは言わないが、元よりこうなる可能性は考えていた。
「ネーゼさんが謝ることではありませんよ。昨日は手伝ってもらいましたし、ありがたく思っています」
とはいえ、もう少し捜索は続けようと思っている。先生にも探せるだけ探すと答えたし、せめて何か彼女が存在していたことを示す何かが欲しい。
身につけていた着物を洗い、湯船にから上がって一息をついた。それからヨミに頼み込んで兎になってもらい、ぼーっとしながら膝の上に乗せて撫でている。
ぷぅぷう鼻を鳴らすヨミをかわいいなぁと言いながら可愛がっていると、後ろから誰かに髪を優しく触られた。
「夜切」
「輝夜、どうかし……なんで私の髪を撫でているんですか?」
「男のくせに、そこらの女よりも艶があるのはなんでなんだ」
呆れを多分に含んで文句を言いながら、髪を一つに結っていた紐を解き手櫛で私の髪を梳かす。
「全く絡まっているところがない」
「ヨミが綺麗にしてくれているからですかねぇ」
されるがままに髪を梳かされながら質問に答える。
別にわざわざ言うことではないので誰にも言っていなかったが、実は私、男のくせして自分の髪に対する自信が剣術の次くらいにあるのだ。
ちなみに以前、アマテラス様やタケミカヅチ様にも濡烏の美しい髪だと褒めていただいた事があるので、私の髪は神々公認の美しさである。
ただ一つ言いたいのは、濡烏色と言うのは女性の髪の褒め方だと思う。
「後で輝夜もヨミにやってもらう?」
「後でな」
解いた紐をもう一度結び直して、よしと満足そうな声が聞こえる。
「それで、どうかしましたか?」
「私のレベルを上げる。だから少し付き合え」
とても急だ。
穏やかに髪を梳かしてくれていたところからの落差がひどい。
「付き合うのはやぶさかではありませんが、戦の直前に感覚が変わってしまうのはあまりよくないのでは?」
レベルアップをするとかなり勝手が変わると聞いたことがある。私にはその感覚はわからないが、調整もできずに振り回されるくらいならレベルを上げなくてもいいのではないかと思うが。
「問題ない。上がったら慣らすためにもう一度やればいいだけだ」
「まあ輝夜がそれでいいというならいいですけど」
「ほら、いくぞ。アストレア様に2時間後に向かうと伝えてある」
なんでそんな時間に入れてるんです?
もう少し時間に余裕を持ってほしい。
「少し待ってください、着替えてきます」
「私は先に行って待ってる」
「お前はやはり気が狂っている」
耳元でそんな恨み言が聞こえる。
「失礼な」
「なぁにが失礼な、だ。いくら治せるからと言って致命傷を与え続ける奴が気狂いじゃなくて何になる? ん? 言ってみろ」
「でも、私はそうして強くなりましたし……」
「だから頭がおかしいと言っているんだ」
なら私がおかしくなった理由は師匠にあるので、私自身は頭がおかしいわけじゃ無い。
私の考えていることが伝わったのか、ため息が耳にかかる。くすぐったい。
身じろぎしたら頭を軽く叩かれた。
口には出さなかったが、おそらく落ちそうになるから動くなってことだろう。わがままなお姫様である。
というか、身体の疲れは全て癒されているはずだろう。
それなのに私に背負わせるなんて、やっぱりわがままなお姫様である。
「私よりも師匠の方がおかしいので大丈夫です」
「何が大丈夫なのか知らんが、私からみたらお前もあの人も変わらん。どっちも理不尽を押し付けてくる」
「そうは言いますが、逆に私たちからすれば恩恵を持っている人間の魔法だとかスキルだとかは、どれもインチキですけどね」
「お前も刻めるんだからインチキでもなんでもない」
「知ってます、これはものの例え」
だんだんと背中から落ちていくので、小さく掛け声をして背負い直す。
「お前が恩恵を刻んだらどうなるんだろうな」
大した変化なんてものはないと思うが……強いて言えば力が増えるのだろうか? あとは何故か異様に硬い肉体か?
「まあ、必要ないですね。恩恵がないことが不意をつける一因を担っていますから」
変装をして対象に近寄り胸を一刺し。それで大抵の場合はやれる。
奴らのほとんどは恩恵があるので恩恵のない人間を簡単に懐に入れる。力でどうとでもなると思っているから。
とはいえ、いつどこから私と師匠が恩恵がないことが割れるかわからない。いつまでああして簡単に殺せるのだろうか。
一応それを知っているのは、アマテラス様にタケミカヅチ様、五条の人間くらいであるが……まあ割れたところでその時は普通に斬り殺すだけである。やはりあまり支障はない。
「……こっちにいる間はそんな事しなくていい」
「はい? ええ、まあここはそういう方針らしいですし従いますよ」
私も別に暗殺が好きなわけじゃないし。
会話で解決できるなら、血を流さないに越したことはない。
「あ、ここであってますか?」
「ん? うん、ここだ」
返事があったので、部屋の前で輝夜を背中から降ろす。 崩れた着物を多少は見れるように整えて、扉に手をかける。
見れるとはいっても、ボロボロのものをそれっぽく纏っているだけでなので見栄えは悪い。人前に出せない感じだ。
「少し待っていろ、アストレア様にステイタスの更新をしていただく」
「わかりました。レベルが上がってるといいですね」
「あれだけやって上がらないなら、私に戦いの才能はない」
自分の中身がこぼれ落ちても戦い続けられる人間に、戦いの才能が無かったら誰にあるんだろうか?
「なら上がりますよ。自惚れじゃありませんが、そもそも私と戦おうとする気が起きるだけで充分才能があります」
「……いってくる」
扉が開き整えられた服装となって輝夜が出てくる。
「レベルが上がった。もう一回だ、行くぞ」
「……本当に平気ですか? 無理しなくてもいいんですよ」
「軽く素振りをするくらいだから問題ない」
まあそれならいいけど。
「明日の戦いですか?」
「ああ、お前はどうなると思う?」
刀を打ち合わせながら……といっても私がまともに受けては刀を折られるか、歪むか……なんにせよ身体能力の差でこんてんぱんにされるので、輝夜の攻撃を受け流しながら会話をする。
「そうですねぇ、まぁロクでもない罠は間違いなく仕掛けられているでしょう」
「だろうな、私もそれくらいはわかる。だが聞きたいのはそう言うことじゃない!」
声と同時に鋭い一撃が私の首を狙う。
それを見切って返す刀で私も輝夜の首を狙うが、大袈裟に身体を逸らされたことで私の斬撃は躱わされた。
殺す気のない刃は避けられるようになったらしい。レベルアップによる身体能力の急成長が著しいな。私の癖をよく知っていると言うのもあるだろうが、見てから避けることができるようになっている。
輝夜との距離が生まれたので、刀をおろし問いに答える。
「……明日だけでは終わらないんじゃないかな。なんとなく長引く気がする」
「一応、私たちの攻撃は本陣を奇襲するんだぞ?」
「ギルドから私たちの情報が流れている可能性がないと言い切れますか?」
「ゼロとは言い切れないが、それでもギルドだ。1000年オラリオを管理してきた実績はある。そう簡単に情報が漏れることはないと思う」
「朝廷はそれよりも前からありますが、密偵は絶えませんし権力を持った人間が敵勢力だったなんて事は
極東での事を思い出したのか、長い表情をする輝夜。
ごめん、そんな表情をさせたいわけじゃなかった。
「それに
「…………」
「まあこんなのはどこまでいこうと妄想だけど。恩恵の持った人間を管理し続けた組織の人間なら相当な覚悟はあるはだし、何より私たちにできるのは戦うことだけです」
漏れていたとしても私たちができることはない。
私からそんな想定を言っておいて何だが、どうせ今からできることなどないのだから考えるだけ無駄である。
「ならお前は、誰か大切な人が人質にとられたとしたらどうする?」
そんな問いかけをしながら、刀を鞘に収めて終わりだと示した輝夜に習って私も刃を仕舞う。
「それは……少し抽象的すぎるように思いますが」
そうだなと、輝夜は腕を目元に被せて隠し少し悩む素振りを見せる。
「例えば、お前の手紙にあった子供──命だったか──とリオンが
「こういう時は輝夜がじゃないんですか?」
「ふん、今の私なら
「まあ……それもそうですね」
無傷とは言わないものの、一昨日の会議で見た感じLv6から逃げるくらいはできるだろうと思う。生きていれば私が癒せるので、逃げるきることのできる力があれば充分。
「それでどちらを助ける?」
「どちらを助けるかと言われれば、命を助けます」
「一切の躊躇いも、一瞬の葛藤もなく?」
「もちろんです」
「リオンを助けた方が周りへの被害が結果的に減るぞ。何せあいつはLv3の冒険者だからな。力はある」
「命は私が守らなければならない子なので」
それっぽい理由づけをするならば、命の方が相手からすれば脅威にはならないだろうし、捕らえている人間の実力は大したことはないだろうと思う。
もし逆に命の方に強い人間がいるならば、それはそれで問題ない。リオンさんの方に弱い人間が行っているということであるから、それなりに持たせることはできるだろう。
「その時はリオンさんの方にヨミを少し分けてあげようかな? 首を切られてしまったら大変かもしれませんが、身体が抉れたり腕が飛んだりするくらいならどうにかなります」
分割しても本体……私に憑いているヨミの効力はほぼ変わらないし、分体の方の回復力は本体に比べれば劣るものの、そこらの回復薬より即時性があるうえ手足が切れたくらいならすぐにくっつく。
「……お前の方が恩恵のある冒険者よりもよっぽどインチキだと思う」
「そこらの冒険者なんて比じゃないくらいに修羅場を潜ってきているので」
遥か遠い古代に朝廷と争い、それから最近まで眠っていた竜と戦うなんてことを冒険者はしないし、できないし、させられないだろう?
つまりはそういうことである。
そこで私は喰われたし焼かれたし砕かれたし擦り潰された。最後には首をざっくりと斬り落として殺してやったので、私はこうしてここに存在できているわけだが。
圧倒的な体躯の差と言うのは如何ともし難い、それを痛感した出来事だった。切れるのに、断ち切れないのは堪えるものがあった。
師匠が人以外を斬りたくないというのも納得である。私もできることなら斬りたくない。
「なら質問を変えよう。リオンがヴァレッタと戦っている。お前がアレに加勢すれば捕えることも、殺すこともできるだろう」
私は一人でも問題ないけれど、リオンさんと二人でかかれば間違いなく余裕はできる。リオンさん一人となるとレベルの差は如何ともし難いだろうが。
「しかし、お前が持ち場を離れたら民衆が何百人と殺される」
「はい」
「民衆とリオン、お前ならどちらを助ける?」
「急に難しいですね」
「お前が助けなければリオンは死ぬが、民衆はそれなりに助かる。お前が民衆を見捨てれば、リオンは助かり
民衆を救えばリオンさんは死んで、リオンさんを助ければここで見捨てた民衆数百人分以上の人間を間接的にとなるが救うことになるだろう。
どちらを救うのか。
「リオンさんを助けます」
「民衆を見捨てると」
「リオンさんを助けてから急いで戻れば何人かは助けられるでしょう」
「はあ、そう言う話じゃない……」
それならもう少ししっかりとした設定を練って欲しいものである。
私一人で何百回もの民衆をはなから守り切れるわけがない……いや、生きていればどんな状態でも守った事になるなら可能だけど。
「とはいえ、私でもどちらかを完全に見捨てるなんてことはできません。なるべく多く救うには、どうするかを考えた時に、ヴァレッタを殺してから民衆をリオンさんと協力して助けることだと思っただけです」
私のような人間が人を救うなんて言うのは烏滸がましいが、別に誰彼が死んでほしいなんてことは思わない。生きられるのなら生きているにこしたことはないし。
「まあ私が普通の冒険者なら民衆の方を助けますね」
普通の冒険者ならリオンさんと一緒にヴァレッタと戦っても、どうせ何もできずに殺されておしまいだろうし。
それならリオンさんを犠牲に、
「お前には特別な力があるから、両方ともできるだけでも助けると言えるんだ。普通の人間ならこうして提示された時に迷って嘆いて後悔するぞ」
「誰一人死なせずに全てを救うなんて事はできないと思ってますから」
私は人殺しで人斬り、刃の美しさに魅入ってしまったロクでなし。
【アストレア・ファミリア】に居させてもらっているから従っているだけで、向こうならば私を一つの場所に置かずに、好き勝手気に動いて殺せと指示される。
「リオンに言ってやれ。アレがこんな選択を突きつけられたら泣いてうずくまって終わりだ」
「その時は私が後輩として背中を押してあげましょうかねぇ」
「お前……殺しをしたらアイツは責任感で押しつぶされるぞ」
「失礼な。殺しの背中なんて押しませんよ。リオンさんは綺麗なままでいてほしいと私でも思いますから」
私のことをなんだと思っているんだ。純粋でまっすぐな人間が人を殺したら思い詰めるなんてことはよく知ってる。
だいぶ失礼なことを言ってきた輝夜を少しからかってやろうと思いつき、するすると擦り寄って尋ねる。
「なら輝夜はリオンさんがそんな選択を迫られたらどうするんですか?」
「仕方のないガキは尻を叩かなきゃいけないと昔から言うだろう?」
「「「「「「ええ────ー?! 」」」」」」
【アストレア・ファミリア】はほとんどの場合、全員で朝食をとることとなっている。朝から溌剌としている彼女たちの声や笑顔が私にはあまりにも眩しい。
私も毎日早起きして素振りをしているはずなのだが……。
そんな日常の一幕で、驚きに染まった声がホームに響き渡る。
「レベルが上がっただぁ?!」
「ええ、先ほどから何度もそう申し上げておりますがぁ?」
「マジなら
朝食を摂りながら輝夜が囲まれて、レベルアップについて色々聞かれているのを端っこで眺める私。
みなさん知らないかもしれませんが、私が三週間弱でその子を育てたんですよ!
「ツキサキさんとの訓練はそんなに効果があるんですか」
「一ヶ月かかってねぇだろ? 効果があるってレベルじゃねぇぞ」
「夜切、輝夜とどんな事してたの? 私たち輝夜に見るなって言われちゃって何をしてるのか知らないの」
「何をしているかと聞かれても……少しでも甘えたらころ───」
殺すような訓練を──と口にしようとした私だが、輝夜の柔らかいながらも冷たい声が被せられ遮られる。
「ころがす。で、ございますよね?」
「え、ああ、そうだね」
「そんなのでレベルが上げられるってんなら、アタシらはとっくにLv6だよ」
まあ転がすというのも間違いでは無い。
どちらかと言えば崩れ落ちて転がされると言うのが正しい気もするけど。
そんなことより、もしかして今から勧誘を頑張ればライラさんを引き摺り込める?
冴えている。
隣で食べているライラさんに身体を近づけて、私を売り込む。
「今から頑張れば、今日中にLv3に出来ますけどライラさんもします?」
「冗談はよせよ。そんな簡単に上がったら苦労しな……お前、本気で言ってんのか?」
半眼で口を尖らせながら疑いに塗れた声で返事が返ってきたが、私の顔を見て少し揺れたのか表情が変わる。
「ええ、可能不可能での話ならば可能です」
「マジ?」
「マジ。大マジです。私嘘つかないので」
最近輝夜とやり続けてきたからそろそろ人を変えるのは私の気分的にもあり。
誤解がないように言っておくが、別に輝夜とするのが飽きたとかそう言うことでは無い。ただたまには趣向を変えて、ライラさんの様な慣れていない人とするのもいいんじゃ無いかと思っただけなのだ。
人に教えることによって自分にも新たな発見があると、オラリオに来る直前にタケミカヅチ様にしつこく言われたし。
「おい輝夜」
ライラさんの声に、視線を投げて箸を止める輝夜。
「本当にコイツはアタシのレベルも上げられんのか?」
「上げることは出来るだろうが……」
「が?」
「私はあまりすすめない」
ため息をついて、なんでそんなくだらないことを聞くのだとばかりに白けた顔をして答える。
「なんでだよ? 幾ら剣キチとやるとはいえ訓練だろ?」
剣吉って私のこと?
剣吉は私の知り合いで農民だ。
「お前がやると言うなら私は別に止めんが、自分の腹の内を何度も見たくなければ辞めておけ」
「アタシの中身? 腹の内ってそりゃもちろん綺麗なライラさんが…………まじ?」
輝夜はライラさんのふんわりとした質問に、肩をすくめて見せるだけで何も言わず再び食事へと戻った。
静まりかえった朝の憩いの場。輝夜の言葉を知らん顔して魚をつついている私に、化け物を見るような視線が剣山のように突き刺さる。
居心地の悪さに流石の私もこれには声を上げるしかあるまい。
「待ってください。私は誰彼構わずそんなことはしません」
「ダウトだろ。人を選んで中身切り裂いて見てんのかお前」
「その言い方は語弊があります! 別に誰のが嫌だとかそう言うのは!」
「それもやべぇよ」
「ふん、お前は切れればなんでもいいんだろう?」
「やめてください! 違います! 私は切れればいいなんてことは……ありませんよ!」
「なんで答えるのに間があったんだ」
うん……ない。と、思う。多分。きっと。
……いや、あるけど。
そんなことはいいのだ。
んん、と咳払いをして話を変える。
「いえ、とにかくライラさんが相手ならもっと違うことをしますよ」
「ほーん、例えば?」
「まぁ短刀の扱い方とか、薬の調合、諜報術……はライラさんのやり方もあるでしょうしやめておきましょう」
「短刀って、やっぱりアタシのこと切ろうとしてるじゃねーか」
「あくまで例です。体術も柔術も弓でも、一通りのことは教えられます」
諜報術に関しては私もそこまで得意では無いけどね。
もちろん、やろうと思えば隠れている【ファミリア】を見つけたり、チラリと伺った感じバベルに住んでいる神々の部屋に侵入したりするくらいのことはできる。
「それアタシのレベル上がんのかよ?」
もちろんですとも。
「激毒を呷ったり、刃物を扱う時はざっくりいくので上がりますよ」
「結局切ってんじゃねーか」
「だから辞めておけと私はずっと言っているだろう。これに付き合っているだけで気触れる」
結局私をライラさんと二人にしないと言うことで朝食が終わった。
おかしい。なんの理由もなく人を斬ると思われてる。
そんなことはしないに決まっているだろう。
夕暮れ時の路地裏。
腕に覚えがある人間ですら踏み込むことを躊躇だてしまうだろうほどに張り詰めた空気が、辺り一面に漂っている。
武器の整備をしたり、計画の確認をしたりして各々戦に負けた最終調整を行っているようだ。
私も配置に就くため、間を通り抜けて奥へと進む。
するとそこで見知った顔を見つけた。
「あ、アーディさん」
「ツキサキくん、どうしたの?」
「孤児院の女の子探しを手伝ってくださりありがとうございます」
「うんん、いいよ。気にしないで! 私も仲良くしてたから心配だな」
空色の少女は快活な表情を少し曇らせる。
「これが終われば
「そうだね。とにかく今日の作戦を成功させないことには、何も始まらない」
「お互い頑張りましょう」
「頼りにしてるよ!」
「任せてください。【アストレア・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】に死人は出しません」
私は今回の作戦で、遊撃兼回復役として起用されている。
回復役とはいえ、ヨミを分割して即死以外を癒すと言うだけ。実際の仕事は全てヨミが負傷に合わせてしてくれるから、私の役割は実のところ遊撃だけだったり。
つまり、百人斬り(不殺)が今日の仕事である。
「団長、全員配置についた」
「そう、わかった。敵には気付かれていない?」
「現状、そのような気配はない。……逆に静かすぎて、何かあると勘繰りたくなるほどだ」
「そう…………でも、行くしかないわ。今日、なんとしてでも
そんな会話を右から左に聞き流しながら、私も周りに倣って打刀と脇差を抜き歪みや刃こぼれが無いか最後の確認する。
見たところ特に大きな問題はなさそうである。こちらへきてから素人手入れでやりくりしていたので不安はあるが……まあいざとなれば懐に仕込んだ短刀でどうにかする。敵から奪ってもいいし、いくらでもやりようはある。
「お前さ、こういう拠点とかに侵入できんだろ?」
「気付かれずにってことですよね?」
「おう」
「できますよ。そこまで厳しい警備でもありませんし、大した能力もなさそうです」
ライラさんはすげーなと小さく溢すと、刃を拭っている私の様子を眺める。
「これが終わったらアタシもお前に少し稽古つけてもらおうかな」
「周りに止められますよ」
「アタシは弱いから、少しでも多く身につけなきゃいけねえ」
中途半端だとか器用貧乏だとか言われようと、やれることはいくらでもあっていいのだ。
やる気のある人間には手を貸してやれとタケミカヅチ様にも言われているし、私としてもライラさんの力になれるのは嬉しい。
いくらでも手伝おう。
「ふむ、ライラさんは種族柄小さいですし、子どもを装って不意打ちするとか聞き出すとかいろいろできそうですね」
「……お前いっつもそんなこと考えてんな」
「ライラさんの見た目も可愛らしいですし、もう少し服装や歩き方を変えるだけで随分と情報収集がしやすくなりますよ」
「お前極東でやってた仕事隠す気あんの?」
「気がついている人間は私に都合が悪くなれば消します」
「ふざけんな! クソみたいなトラップやめろ!」
痛い。
「あのなぁ! お前のせいで輝夜も想像できちまうんだよ! あいつのことを想ってんなら少しは振る舞い考えろよ!」
「……そうですね、流石に考えなしが過ぎました」
「おい、しおらしくなってんじゃねえよ」
振る舞いについて教えようとしたら、逆に私が振る舞いを忠告されてしまった。
その通りじゃ無いか。輝夜の居場所がせっかくできたのに私が壊してしまっては元も子もない。私は何を考えていたんだ。いや、なんで何も考えていなかった。
何も考えずに動いていた愚かな私が自責の念に駆られた様子を見て、ライラさんはガシガシと桃色の短髪をかいて告げる。
「別にお前らの過去が何だろうと、アタシたちは避けるとか【ファミリア】から追い出すなんてしない」
「んでアタシがこんなこと言わなきゃいけないんだよ……お前はどう考えてるか知らねーが、アタシ達は仲間だ」
「簡単に見捨てるわけないだろ」
「そろそろ時間ですね」
ライラさんと離れて、一人息を吐く。
やってしまった。なんでこんな時に気付かされるんだ。
はあ……やってしまったものは仕方ない。
それで輝夜が脅かされるならそいつを殺して悪い噂も他の大きな噂を流して上書きすればいいし、私が責められるなら私が消えればいいだけだ。
「行きますよ、ヨミ」
ヨミを呼び出し、分割する。
基本数名でまとまって動くようなので、各隊に一体配った。指示はヨミの判断で重症、または動けなくなった際に即時回復を行うようにということ。
これが終わればオラリオからもさようならだ。
最後の一仕事。
しっかりと片付けよう。
「突入!!」
辺りを一瞬にして駆け抜けたシャクティさんの号令により、雄叫びをあげ次々と拠点へと攻め入る冒険者。
オラリオ対
極東の野盗や反朝廷のファミリアでは、見目麗しい女が怯えて慈悲を乞うてきたと思って近づいたら喉笛を短刀で掻っ切られるなんて事だったり、新人にファルナを刻もうとしたら神々が達磨にされてたりなんて事がままあります。
一人も逃げる事ができずに集団は消滅するので手口が割れない。
【以下没にした話】
「あと一日しかありませんが」
「夜切が二日間動いていたのも知ってるわ。その上でお願いしたいの」
いや、そこはこのまま拠点に攻め込んでも問題ないくらいには元気であるのでなんの問題もないのだが。
しかし、鍛える……私の不得意な分野である。師匠は切って切られて覚えろという鍛え方だったし、タケミカヅチ様も私には見て覚えろ真似して覚えろだった。
「えっと、輝夜に聞きました?優しく手取り足取りとかできませんよ?」
「それも聞いたわ!それでもお願いしたいの」
「……わかりました。では全員一緒にいきましょう」
「というわけで、皆さんには私と斬り合いをしてもらいます」
外へ出て集まってきたファミリアに宣言する。
「「「っ?!」」」
「おい、団長。アタシは殺されるなんて聞いてねえぞ」
「大丈夫!私も聞いてないわ!」
「………だから私は反対したんだ」
「安心してください。首は積極的に狙いませんし、ヒーラーが癒やせそうにない傷は付けてもギリギリで治します」
「マリューさん達に負担がかかると思いますがやりますか?どうします?」
「では、合図を」
合図と同時、流れるように彼我の距離を詰め、包囲を通り抜けざまに肌の露出している部分を切り裂いて進んでいく。包囲を抜けた先、夜切によって真っ先に狙われたのは回復役のマリューであった。
「ほら、回復役を護らなければ簡単に崩れますよ?」
一瞬で包囲を抜けられるとは考えていなかったマリューは、硬直してしまい受け身を取ることなく夜切によって腹を裂かれる。
「きゃあああ!!」
「腹を浅く裂かれた程度でそんな声をあげないでください。それじゃあ詠唱できないでしょう?」
痛みに声を上げるマリューに冷たく言い放つと、先ほど生まれたばかりの傷口に蹴撃を加える。
「貴方達は何故これほどたやすく回復役を切られているのですか?これに加えて罠もあるはずですから、明日の作戦じゃあもう彼女は死んでますよ」
「リオンっ!マリューを治療して!もう一度囲むわよ!」
「甘い」
「ライラさん、あなたは何を怯えているんですか?」
蹴りがライラの腹を真っ直ぐに捉える。
「自分の弱さを言い訳にするのをやめなさい。弱者故に知恵を求めるのは素晴らしいことだと思いますが、それは前進しなくていい理由にはなりません」
「慎重になるのはいいですが、怯えて動けなくなるのはいただけませんねぇ」
「クソが!」
ネーゼ達の攻撃が激しくなったところで再び攻撃を狙うも
「それは蛮勇。無理に攻めろとは言っていません」
一言とともに切り捨てられる。
体の中心を縦に一閃。
内臓には達していないものの、この状態での戦闘継続は難しい。そこに追い打ちをかけるように、夜切にやって蹴り飛ばされたネーゼがぶつかる。
二人が絡まって吹き飛ばされた先は、狙ったのだろうか。ちょうどマリューの正面だった。
「ほら、マリューさん?ライラさんが切られて重傷ですよ?早く癒さなければ、あなたのせいで彼女が死んでしまいますね」
絶叫にも似た詠唱でライラの深手を癒す。
「やればできるじゃないですか。自分の治療もできてますし、いい調子ですよ」
「なめるなぁ!」
「リオンさんは思い切りはいいですが、いささか感情的になりすぎるきらいがありますね。不意打ちをするなら声を上げるべきではありません」
まるで切り掛かる姿が見えているかの様な挙動で半身逸らしリオンの斬撃をギリギリの距離で避ける。続けて刀のしとどめで顔を打たれたことにより、頭を揺さぶられ力が抜ける。
「ぐっ?!」
「実戦なら死んでました。良かったですね?」
それを見逃すほど夜切は優しくない。怯んだところで振り向きざまに鎖骨を断つ。
「あああっ!!?!??!」
「痛みで気絶しないのは偉いですね。しかし、追撃に対応できないようでは満点を上げることはできません」
痛みに絶叫を上げるリオンの肩を容赦なく刀の柄で殴り押し返した。
「ほら、次は回復役の守りが薄くなってますよ」
リオンを受け止めたことで崩れた包囲から、再び抜け出してマリューを狙う───が、それを輝夜が間に挟まることでそれを防ぐ。
「そう何度もさせてたまるか」
「それができるなら始めでやっておくべきでしたね。集団に動揺が広がってしまいました」
輝夜の剣戟を全ていなして、先の衝突で吹き飛ばしたリオンとライラの様子を伺う。肩で息をしているものの、マリューによる回復ができていることを確認して頷く。
「ふむ、あと2、3回が限界でしょうか?ならあと5回程度はいけますね」
「アリーゼさん、あなたは仲間が斬られることに動揺しすぎです。【アストレア・ファミリア】の心臓であるあなたが動かなければ、事態は好転しませんよ」
「っ!」
「ああ、もしかして仲間が人に殺されそうになったことがありませんか?」
「甘い、甘いですよ。私一人にこんな有様でどうやって明日の作戦を成功させるつもりだったんですか?あまりにも敵を舐めすぎている」
「オラリオと闇派閥が総力戦になれば負けるわけがないと思いましたか?自分と仲間は死なないとでも思いましたか?」
「あはは、それは戦場を馬鹿にしすぎです。人間はダンジョンに潜むだけのモンスターよりもタチが悪いことを忘れている」
「【ルミノス・ウィンド】!」
「魔法による掃討、私のような寄って斬るしか能の無い相手には悪くない手です」
「やったわ!」
「ですが………」
「「「「?!」」」」
「こうして、魔法を無効化される事も考えておくべきでしょう」
弾幕が二つに割れ、制御を失った魔法が崩れたことにより爆風が吹き荒れる。
直後、夜切は背後に気配を感じる。
「っ?!」
「オイ!これ避けんのは人としておかしいだろっ?!」
刀を振り抜いた体勢から無理やりに身体を動かし前転。背後からの一突きで仕留めようとしたライラの腕を蹴り、ナイフを弾き飛ばす。
武器が無くなったライラは新たに懐から取り出そうとするが、それよりも先に刃を首元に添えられる。
「私の初陣に同じことをされていれば、おそらく死んでいました」
「褒められてんのか、それ?」
「もちろんですよ」
「お疲れ様でした」
「お前、化け物すぎんだろ」
伊達や酔狂で武神に挑んで勝ったわけじゃないのだ。
そりゃあモンスターを殺して稼ぐ冒険者が相手なのだから、対人戦はほとんど慣れてないのだろう。ならば人を殺し続けてきた私がこれくらいできるのは当然のことである。
「なにより、私より強い人間が極東には少なくとも一人は存在しますからね」
「信じらんねぇな。もう全部お前一人でいいんじゃねぇの?」
「そんなことはありませんよ。一人でできることなどたかが知れています」
私が得意なのは荒事だけで、心に訴えかけるような人情溢れるやり方はできないのだ。
所詮私は人斬り。人並みの情はあるつもりであるが、どこまでいっても人殺しの言葉で人殺しの行動でしかないのだ。
「ダメよ、ライラ!夜切には夜切の、私たちには私たちの正義があるんだから!一人に押し付けちゃダメ!」
「冗談だって。そんなことは重々承知だぜ、団長様」
私のは残念なことにと言うべきか、【アストレア・ファミリア】の人のように誰かの為、なんてものではない。
「マリューさん」
「ひっ、あ…よ、夜切さん」
「どうしました……?」
怯えたような表情に、一歩私から離れたのを見て疑問を持って尋ねようと…………ああ。そうか、それはそうだ。当然だ。普通の人は当然そういう反応になる。
腹を裂かれた人間と裂いた人間が普通に話をするなんて、おかしいという考えに何故私は思い至らなかった?
最近は【アストレア・ファミリア】の方々を仲良くさせてもらっていたせいで、私が異常な側の人間だということを忘れていたからだろうか。
「ああ……いえ、失礼しました。お疲れ様です」
駄目だ。価値観が根本から違っていたのだ。
何を私は勘違いしていたのだろうか。
いい人達といると、まるで自分が素晴らしい人間になったんじゃないかと錯覚してしまう。
全く、私も未熟である。これでは師匠に怒られてしまうだろうに。タケミカヅチ様は……なんと言うだろう?
私は所詮人斬りの獣で、決して彼女達のような他人に誇れる綺麗な人間じゃない。
「やべぇレベルが上がってやがる」
「わ、私も上がってます」
「夜切、やっぱりあなたやばい奴なのね!」
「それ、褒められてます?」
【アストレア・ファミリア】の人達となんとなく距離ができた気がするが、レベルが上がったのならばいいよ。
それでレベルが上がるなら、私の人間関係の損害くらい安いもの。
──────
はい、以上没案でございました……。
【アストレア・ファミリア】がここまでやるかと言われれば、絶対やらないと思います。それよりも夜切との関係が拗れすぎて私の実力じゃ収拾がつかなくなりそう。故の没案。
輝夜とは合意の上でやってるので(言い方)セーフ。
夜切君がもう少しまともな教え方ができれば別だったのですが……まあまともなやり方を知っていたら神様を斬るなんてことはできなかったと言うことで。
次の話はかなり前に完成していたのですが、これを書き直しとか色々こねくり回していたら消えました。来週には投稿できるようにがんばります。
面白いと思ってくださいましたら、評価・感想をよろしくお願いします。
正義失墜の視点
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夜切
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リュー
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輝夜
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その他