蛮族長コハク   作:テルー

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1.予兆

「悪く思うなよ」

 

 首筋、鳩尾、金的。先駆部隊の兵士に次々と打撃を叩き込みながらコハクは夜の山道を駆ける。

 クオンツの集落は人数に対して広すぎる。個の力を活かしたゲリラ戦での撹乱が重要という判断による積極策だ。

 集落の方角で、何やら大量の悲鳴が上がったのを彼女の鋭敏な聴覚が捉えた。ジャズの仕掛けた罠が作動したのだろう。

 

「あちらも上手くやっているようじゃな」

 

 安堵したコハクが正門のさらに先、敵の首脳が陣を構えているであろう場所を目指し地を蹴ろうとする。

 

「随分と早いご出陣だな」

「……何じゃ貴様は」

 

 その目の前に、突如として覆面を付けた男が現れた。ハイバニアお抱えの隠密部隊らしい。

 

「俺は案内役を頼まれ」

「それは話が早い」

「えっ」

 

 色白の細腕がその胸倉へと伸び、地面に叩きつける。突然のことに驚嘆の声しか出せない隠密に、獣は牙を剥き出した。

 

「何か知っているのだろう? はよう言え」

「ま、待て! お気に入りの人間がお前の助けを」

「だ・か・ら。場所を言え場所を」

 

 隠密の耳元が拳大に陥没する。下っ端の先駆け部隊に対しては意識を奪う程度だったが、本来コハクの拳はこういう時に輝くもの。

 

「おい、何か言え。時が惜しい」

「わ、私を殺せばあの男は見つからんぞ。それでも良いのか!」

「我らに偏見を向けぬ数少ない人間じゃ、情がないとは言わん。が、マヌルは自分のせいでこの里の防備が薄くなることは望むまい。仮に私の判断であやつが死んだ暁には、手当たり次第貴様らに報復するまでじゃが」

「……っ」

「で。場所は」

 

 三度の圧力が胸骨にかかる。隠密は観念したように、情報を明かした。

 

「貴様が今来た道とは逆方向に、マヌルを誘導した。無事かどうかは、大将次第だが」

「そうか。ご苦労」

「はうっ」

 

 コハクは何の躊躇もなく隠密の覆面の上から鉄拳を叩きつけ、失神させる。それを引きずるようにして里の入口へと戻ると、一帯の地面は大規模に陥没していた。

 到底人が這いあがって来られる深さではなく、底に溜まった水の中で人間たちがもがいている。穴の向こう岸に向かい、コハクは声を張り上げた。

 

「よくやった、ジャスパー!」

「族長! ……そいつは?」

「マヌルの居場所を吐かせた。どうやら帝国によって危機にあるようだが……出任せや罠の可能性は捨てきれぬのでな。どう思う?」

「助けてやりたいけど……族長なしで、敵の本隊とやるのはキツいぜ。俺もジルコも、族長やルリ姉みたいに組手ゴリラじゃねえからさ」

「誰がゴリラじゃぶち殺すぞ」

 

 ジャスパーの苦悩が暗闇に吸い込まれた時。やや遠い場所から鳥が一斉に飛び立つ羽音が聞こえた。

 

「なんだぁっ!?」

「落ち着けジャスパー、距離は遠い。……こやつの言った方角からじゃな」

 

 さらに、怖気の走る気配が大気の震えとして伝わってくる。極めて強大な何者かが戦闘態勢に入ったらしい。縮み上がるジャスパーと対照的に、コハクは冷静に気配のした方角を見極めていた。

 

「ジャスパー! ジルコも、おるな?」

「お、おう!」

「私は気配の元へ行く。苦しいとは思うが、しばし正門は任せるぞ」

 

 コハクを集落から引きはがすためのこけおどしかもしれないが、それにしては気配があまりに生々しすぎた。コハクの肌が粟立つほどの強者なら、雑兵との連戦で消耗してからでは対処できない可能性が高い。

 

「分かった。最善を尽くす」

「族長も、無事に帰って来てくれよ!!」

「うむ」

 

 コハクは闇夜に身を翻し、全速力で気配の主の元へと走り出した。

 

 

 

 ──To Be Continued──

 

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