蛮族長コハク   作:テルー

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2.倒れた弟子

「暇つぶしで終わらせるには、勿体なかったかもな」

 

 ぽっかりと森の開けた場所を月明かりが煌々と照らす中、ド級の気配が佇んでいる。

 逆立つ炎髪に、軍服のボタンをはち切らんばかりの胸板が一目見て「強者」であると主張する。技巧機甲に長じた切れ者揃いの帝国軍を、身一つで大将にまでのし上がった男。

 名をドレッドノート。対超越者(コハク)の切り札として投入された、帝国の最高戦力である。

 

「面白がりすぎたな……。おい、生きてるか?」

 

 彼は木の根元に力なく背を預ける少年を見やり、少々気の毒そうに声をかける。

 ドレッドノートの「真剣」をぶつけられた少年は無惨な有様だった。散々転がされ、着ている服は所々ほつれており顔も手も擦り傷まみれ。最も損傷の酷い右腕は関節が四つに増え、折れた骨が肘の皮膚から突き出ている。

 

「……」

 

 返事に代わり、浅く荒い呼吸音が夜風に混じる。一応、生きてはいるらしかった。

 

「クソ弱そうだと思ったし実際弱かったが……面白かったぜ、針の坊主」

 

 ドレッドノートは嘘偽りなく少年を労う。

 特殊な歩法を駆使して懐へ潜り込み、針で急所を突いて攻撃力のなさを補う。少年の戦い方は、異常発達した筋肉で急所すら覆い隠す鋼鉄体質(フルボディ)を持つドレッドノートとは致命的に相性が悪かった。

 ハッキリ言って負けてやりようがない。仮に少年の攻撃を受けたところで、小さな縫い針でドレッドノートにダメージを与えることなど不可能なのだから。少年も、途中からそれを悟っていたように見える。自分の敗北する未来を予期し、それでも精一杯足掻いてみせた。

 

「見事だ。アイツのお気に入りなだけはある」

「ご……い。ごめ……」

「何だ? ……気のせいか」

 

 再びの賛辞が聞こえたのかどうか。少年の口がうわごとを紡ぎ出す。葉擦れの音に紛れてしまうほどの音量で、ドレッドノートの耳には届かなかった。

 

「聞こえておるとも」

 

 しかし、獣の耳は消え入りそうな少年の想いを確かに拾い上げていた。里へと続く真っ暗い細道から、気を鎮めるような長い吐息が流れてくる。

 

「何が『ごめんなさい』じゃ。本当にお主は馬鹿正直じゃな」

 

 隠密をその手に引きずって、コハクが姿を現した。

 少年への応急処置として、全身の経絡を突いて気の循環を停滞させる。感覚や意識を鈍らせ、麻酔や鎮静剤のような役割を果たす。経絡の効果を確認したコハクは次いでつづら折りの右腕を慎重に引っ張り、滅茶苦茶に乱れた骨をある程度整列させる。

 最後にコの字型に繋げた魔法針(マジック・ネイル)を外側からいくつも打ち込み、仮止めとした。

 

「……で。これは貴様がやったのだな?」

 

 処置を終えたコハクから、体の芯まで冷え切りそうな圧が放たれる。大人しく待ってやっていたドレッドノートは、それに怯むどころか口角を上げた。

 

「ああ。だが勘違いすんなよ。あくまで真剣勝負の結果だ」

「……マヌルを嬲って遊んでいたわけではない、と?」

「そうだ。まあ、恨むなとは言わねえがよ」

「確かに貴様の体、マヌルの攻撃を受けた跡が見える」

 

 少年の針先は、僅かながらドレッドノートの気を減じていた。それを見て取ったコハクは優しく笑みを浮かべ、ぐったりと動けない弟子の頭を撫でてやる。

 

「よくやった、マヌル。これほどの相手を真剣にさせたこと、師として鼻が高いぞ」

 

 負けたことよりも、出来たことを見てやりたい。次に戦う者のため、少しでも爪痕を残そうと奮闘したことに感謝する。

 

「そして、すまぬ。……できれば今夜一杯は目覚めんでくれ」

「おい。そろそろ良いか?」

「うむ。時に、貴様」

「あ? 何だ、まだあんのか」

 

 流石にしびれを切らしたドレッドノートに催促され、コハクはマヌルから離れて臨戦態勢に入る。

 

「『父親』は息災か?」

 

 唐突に、賽は投げられた。

 

「──殺す」

 

 ドレッドノートが跳ぶ。

 ワープと見紛うほどの速度で間合いを詰め、右拳をコハクの顔面に向けて叩きつける。

 

「ッハ! そうか……」

 

 首を捻って避けたコハクは、先ほどとは似ても似つかぬ狂笑へと変貌していた。

 

「その髪、その瞳。やはりあの時の小童か!」

「待ちわびたぜ! お前を叩きのめすこの時をなァ!!」

「死に損ないが大きく出たな。一丁前に殺意なんぞ纏いおって、そんなに父が恋しいか!」

「お前を否定して、親父を継いだ俺を証明する。それが俺の価値だ!!」

 

 言葉で、拳で。溢れる激情を互いにぶつけ合う。

 経獄を突かれてなお、ドレッドノートの拳はコハクを威力において凌いでいた。万全の姿勢で攻撃させぬよう、コハクは重心を低く維持し、左右に細かくステップを刻んだ。拳を打ち込む的を小さく、さらに散らせば重い一撃で捉えることは難しくなる。

 

「しゃらくせぇんだよ!!」

「ぐっ……!」

 

 そんなコハクの意図をあざ笑うように、脳天へ向け正確無比な拳骨が降ってきた。どうにか頭は避けたものの、代わりに直撃を受けた右肩が嫌な音を立てる。

 

「今のは読み……? マヌルとの戦いで学んだか」

「色々とな。近距離じゃ『雷迅』とかいう最速の踏み込みは出せない、だっけか」

「……あやつめ。目覚めたら絶魂の刑じゃ」

 

 一度間合いを嫌ったコハクは、肩が鉱石化していないことに安堵しつつ思案する。ゴシン流をマヌルに教えたのが、こんな所で裏目に出るとは。

 正面切っての肉弾戦では、あまり分が良くない。鍼療の型で経天を突けば伍することは可能だが、あれには反動がある。相手の底が知れない以上、無闇に使うべきではない。

 

「もう手詰まりか?」

「っ!」

 

 コハクの思考を引き裂き、砲弾のような拳が迫ってきた。下がって躱し、見に徹する。

 相手がゴシン流への理解を深めつつある今、みだりに技を見せるのは悪手だ。逆に、コハクがドレッドノートの動きの癖を読めれば条件は五分。技での読み合いに持ち込める。

 

「とでも考えてんのかァ!?」

「ガッ……!」

「オラオラ、守ってるだけじゃ勝てねえぞ!」

 

 強烈な膝蹴りに腕を交差させる。しかし踏ん張った両足が若干浮き上がる程の衝撃がコハクを襲い、肺から空気が絞り出された。明らかに、ドレッドノートの出力(パワー)が上がってきている。

 左右フックの連打は、下から掌底をあてがって威力を殺す。そんなコハクの抵抗を楽しみにすらしながら、ドレッドノートはさらにテンションを上げる。

 

「俺はまだ上がるぞ、絶好調だ!」

「(コイツ……全身丸ごと鉄塊か!?)」

 

 右フックを振り抜いた勢いをそのまま利用し、肩からぶちかますドレッドノート。声も出せず吹き飛んだコハクは、盛大に切り株へと叩きつけられた。

 

「ゲホッ……怖い怖い。これが、キレる若者というやつか」

「まだ減らず口が叩けるとは大したもんだ」

 

 ドレッドノートは胸元から何かを取り出す。コイントスのように親指で跳ね上げると、それは空中で回転しながら瞬く間に巨大化、変形した。

 蓬莱珠朶(ホウライノタマノエ)。使い手の意思に応じ、自在に形を変える伝説級武器(レジェンダリィ・ウェポン)の一。

 

「だが、お前は負ける。親父の武器で、トドメを刺されてな」

 

 ドレッドノートの言葉通り、蓬莱珠朶(ホウライノタマノエ)はコハクにも見覚えのある形状を象っていた。目の前には、巨大な直剣が二つ。柄で無理やりつなぎ合わされている。

 かつて相まみえたジャガーノートという男の得物に、酷似していた。

 

 

──To Be Continued──

 

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