蛮族長コハク   作:テルー

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3.過去を超えて

 今から数十年前。コハクがまだ、どうしようもない暴れん坊だった頃。ドレッドノートが、大将どころか軍に入れてすらいなかった頃。

 帝国と王国の国境にある砦で、金髪をオールバックに撫でつけた中年の男が防壁の上に立っていた。眼下では六匹のクオンツと歩哨隊が戦っている。

 

「(一匹だけ、格が違うな)」

 

 薄桃色の髪をセミロングにしたメスのクオンツ族が彼の目に留まった。遠目から俯瞰してやっと目で追えるほどの身のこなし。超越者(リミット・ブレイカー)か、それに限りなく近いに近い存在と思われた。

 そいつは多数でどうにか押しのけようとする兵士達の陣形をたやすく掻い潜り、喉元に貫手を突き刺そうとする。が、防壁から飛び降りてきた男に気づき一旦後退した。

 

「歩哨隊、一旦下がって! コイツは僕がやるよ」

「おぉ、ジャガーノート大将! 応援感謝します!」

「だから、僕はもう大将じゃないって……まあ、今は良いか」

 

 蓬莱珠朶(ホウライノタマノエ)を構えて威圧し、歩哨隊が逃げる時間を稼ぐジャガーノート。桃髪のクオンツ族が、一歩進み出た。

 

「皆、この男は私に任せよ。新手を警戒してくれ」

「分かった。コハクも、気を付けてよ!」

 

 てっきり増援前に畳みかけてくると踏んでいたジャガーノートは、コハクと呼ばれたクオンツ族に切先を向ける。

 

「決闘をご所望とは驚いたよ。クオンツ族にも、騎士道精神があるだなんて」

「たわけ」

 

 超越者相手に無駄死にさせたくないだけじゃ。という続きはジャガーノートの背後から聞こえた。

 

「なるほど、ね!」

 

 首筋に振るわれた手刀を、彼は後ろ向きのまま逆手に握った左の剣で受ける。反撃は振り向きざま、音が剣閃に置いてけぼりにされるほどの右斬り上げ。

 コハクを後ろに跳ばせ、大きく踏み込む。

 

「チィッ!」

「どんなに速くても、空中を走れるわけじゃないだろ?」

 

 着地間際のコハクを叩き潰すように、真上から渾身の一撃。避ける手段などあるはずがない。

 しかしジャガーノートは剣を振り切れず、大きく目を見開いた。

 

「フーッ……フーッ」

「流石に、驚いたよ」

 

 コハクは、振り下ろされた蓬莱珠朶(ホウライノタマノエ)を何と白刃取りして凌いでいた。獣らしく鋭い犬歯がむき出しになるほど力み、彼女は体を大きく左にねじる。取った刀身を大きく振り、ジャガーノートの姿勢を崩し、あわよくば剣自体をへし折る。

 が、

 

「何……!?」

「良い判断だけど、それは生憎と普通の剣じゃなくてね」

 

 蓬莱珠朶がスライムのように、コハクの動きに従って柔軟に変形した。無防備になったコハクへ向け、ジャガーノートは必勝を期して連撃を打ち込む。

 

「無型二刀流・R.R.R(ライオット・レイジング・ラインページ)

 

 しなる双剣から繰り出される、斬撃の雨あられ。憑りつかれたように早く、速く、迅く。コハクの捌く手をすり抜け、追い越して傷を刻む。

 嵐にまかれた木の葉のように血しぶきが舞い、大きく吹き飛ばされたコハクがジャガーノートを睨んだ。

 

「クオンツ族も、血は赤いんだね」

「そうじゃ。温度も人間と一緒じゃよ、触ってみるか?」

「それは君がもう少し色々と大人になったら、かな」

「遠慮するな。そぉらっ!」

 

 決して浅くはない傷をものともせず、コハクが飛び込む。ファーストコンタクトとは違い、多少強引にでも密着距離に踏み込もうという魂胆が見えた。

 

「……時間の問題だね」

 

 周辺では砦内から増援が駆け付け、クオンツ族と交戦を開始しようとしていた。

 

『ゴングを鳴らせっ正当防衛開始だっ!』

『多勢に無勢だいっけぇ』

『人面獣心のクオンツどもをぶち殺せぇっ』

 

 個々の技量はクオンツ族に劣っても、戦において数に勝る力はない。

 ジャガーノートは、コハクの攻めに付き合わずいなしにかかる。火事場の馬鹿力というやつか、目に見えて動きが鋭くなっているのは気がかりだが、この状況を維持できれば勝利は時間の問題だ。

 

「ジャガーノート!!」

 

 勝ち筋がはっきりと見え、脳内で安堵した瞬間。クオンツ族が来たらしき道の方から名を呼ばれた。

 とはいえジャガーノートは歴戦の軍人、ただ名を呼ばれただけで意識が散るようなことはなかっただろう。声の主が、彼でさえなければ。

 

「ドレッドノート……?」

 

 一人残してきた我が子が気がかりだった。心残りだった。

 振り向いた先で見たのは、逆立った炎髪と三白眼の少年。見間違えようもなくドレッドノートだ。全身砂や泥まみれで汚れているものの、歩いて会いに来て大声を出せるほど元気で、そして力強くいてくれた。

 

「良かっ──」

「何を見て笑っておる」

 

 底冷えする重圧に、ジャガーノートの意識は目の前の獣へと引き戻された。コハクの目元から頬にかけ、血のように赤い文様が走っているのが見える。

 

「舐めるのも大概にせよ、人間!!」

 

 戦いの最中、よそ見をされた。自分はもう眼中にもないと、そういうことか。

 侮りともとれる行為に手負いの獣の血は、一瞬で沸騰した。

 

「これは……『限界突破(ビヨンド)』!?」

 

 手負いとなり戦局も不利。重なった危機が、コハクを超集中(ゾーン)と呼ばれる極限状態に導いた。反面ジャガーノートは、一瞬安堵してしまった。満たされてしまった。

 

「う、ぉおっ!」

「シャァァア!!」

 

 焦りを振り払うような横薙ぎは、形振り構わず突っ込んできたコハクを捉えられない。膝で跳ね上げられ、優勢が一瞬で覆された。

 

「ゴシン流・正中四連『雀針(スズメバリ)』」

 

 吹き飛ぶ間すら与えぬ拳が眉間、顎、胸、鳩尾を深々と打ち抜く。主要な経獄を一挙に突かれ、ジャガーノートは声も出せず両膝を屈した。

 手から零れる蓬莱珠朶をコハクは奪い取り。そして、躊躇いなくジャガーノートの首を刎ねた。

 想像だにしなかった光景に、戦場の喧騒が一気に収まる。

 

「退却じゃ。急ぐぞ」

 

 その間隙に、コハクが撤退指示を出す。

 

「親父……? 親父ッ!!」

 

 ドレッドノートが現場へと駆け込んできたのは、コハクの指示と同時。

 父を殺した女を、許せるはずもなかった。

 

「テメエ! 逃げんな!!」

「邪魔じゃクソガキ」

 

 飛び掛かったドレッドノートを、コハクは鬱陶しそうに足蹴にする。地面に転がされ、涙を滲ませながらもコハクの足首を掴んだドレッドノート。それを別のクオンツ族が引きはがそうとする。

 

「何だお前! コハクから離れろ!」

「離さねえ……! 俺の目の前で! 親父を!!」

「うるせえ! 私だって、目の前で子供を殺されたんだっ! お互い様だろ!」

「やめよ子供相手に。憎みっこなしなど、出来るわけなかろうが」

 

 静かに両者の応酬を遮ったのは、他ならぬコハクだった。

 

「子供よ。確かに貴様には私を恨み、復讐する資格がある」

「……」

「じゃが」

 

 コハクが雑に足を振った。それだけで、懸命に握っていたはずの手は振りほどかれてしまった。

 

「貴様には何の力もない。貴様を相手する時間で、もっと強い人間と戦う方が気も紛れよう」

「ッ!」

 

 ドレッドノートの体が強張る。戦えない奴は、憂さ晴らしにすら使えない。

 何の価値もない。

 

「私はコハク。人間を憎んで生きてきた。貴様は、私を憎んで生きよ」

「……覚えたぞ。その名前」

「ゆめ忘れるな。今日貴様が生き永らえるのは、その命に一片の価値もないからじゃ」

 

 クオンツ族が去っても、ドレッドノートは立ち上がることができなかった。ただひたすら地面に顔を突っ伏し、泣いた。

 

 

 

 

 

 そして、現在。

 コハクはすっくと立ち上がり、土を払う。

 

「改めて見ると、血は繋がっておらんのか?」

「それがどうした?」

「いーや。似ておらんなと、そう思っただけじゃ」

 

 話しつつ、自らの細腕を針で突いていくコハク。ドレッドノートが見逃すはずはなかった。

 

「何をコソコソやってやがる!」

「お、一発でバレよった。が、一手遅い」

 

 振り下ろされた蓬莱珠朶(ホウライノタマノエ)を、コハクは思いっきり裏拳で弾き飛ばす。避けさせる前提で追撃を想定していたドレッドノートは大きく姿勢を崩され、驚愕の声を上げた。

 

「何だとッ!?」

「パワーアップが貴様だけの特権と思うなよ!」

 

 拳も強く、固く握り込める。突き出す速さもこれまでより数段上。反撃の正拳突きが、ドレッドノートの胸目掛けて放たれる。

 それを胸板でまともに受け、吹っ飛びながら。

 

「……ッ! 良いぜ、最高だコハク!!」

 

 ドレッドノートは笑っていた。ヤケクソや自暴自棄ではなく、心底この戦いを始めて良かったと思えた。

 あの日、自分のことを無価値と断じた奴が。全力を振り絞って自分に立ち向かっている。

 

「これが、価値でなくて何なんだよ。なあそうだろコハク!」

 

 拳骨同士が真っ向からぶつかり合い、コハクは思わず激痛に竦む。筋力が上がっても、骨は通常時と変わらない。それはドレッドノートも同じはずだ。

 

「痛かったか、良い音したからなあ!」

 

 が、ドレッドノートは意にも介さずもう一度拳を振るってきた。いくら鋼鉄体質(フルボディ)といえど、コハクの攻撃を受けて一切のリアクションがないのは尋常ではない。

 

「コヤツ、もしや……」

 

 コハクにも覚えがある。こいつの父親相手に踏み込んだ、極限状態。

 

「俺は超える。お前も、親父も!」

「入ったのか、『超集中(ゾーン)』に!」

 

 顔に浮き出た赤い文様は、限界を超えて躍動する血流の証。

 一発一発があまりに重く、速い。長物を持っているとは到底思えない。腕力を強化したコハクですら、吹き飛ばされないよう堪えるのが精いっぱいの有様だ。

 

「こんなもんか!」

「くっ……」

 

 大振りの一撃に合わせて大きく間合いを取ったコハクは、全身の経天を貫手で荒々しく突く。体中が内側から脈打つような鈍痛に苛まれるが、マヌルの受けた腕の痛みを思って捻じ伏せる。

 コハクの細身がドレッドノートに比肩して見えるほど、重々しいプレッシャーが放たれた。

 

「……まだ何か隠し持ってやがったか」

「鍼療の型・過重解放(オーバーロード)

 

 コハクの顔に、ドレッドノートと同じ文様が浮き出た。

 経天を極限まで刺激し、体から一滴残らず気を絞り上げる。本来意図しては越えられぬ「超集中(ゾーン)」の壁に、無理やり穴を空ける。

 ゴシン流を極めただけでは辿りつけぬ、「超集中(ゾーン)」を体験したコハクだけに許された禁術。

 効力が切れれば、立つどころか意識を保つことすら難しいだろう。不退転の覚悟を決め、コハクが拳を構えた。

 

「これが、私の全てじゃ。否定してみせよ。ドレッドノート!!」

「あぁ、今日は本当に……人生最良の日になりそうだ!!」

 

 親の仇の全力を、己の勝ち(価値)で塗りつぶす。

 最高の瞬間を目前に、ドレッドノートの雄叫びが月下に轟いた。

 

 

──To Be Continued──

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