蛮族長コハク   作:テルー

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6.煙に針を

「これは……」

 

 息を切らして破砕音を追いかけたハイバニアは、やがてぽっかりと森の開けた場所へと出た。

 土くれがそこかしこに飛び散り、どれほど強く踏みしめられたか地面は所々抉れている。目を引くのは無惨に砕かれた大岩で、これが破砕音の正体だろう。

 そして、倒れ込む二人の男女。一人はドレッドノートで、もう一人はクオンツの族長だろうか。両者とも意識はなく、ドレッドノートは全身にどす黒い痣をこさえ、族長に至っては左手首から先を欠損している。

 目に映る全てが、この場で起こった戦闘の激しさを物語っていた。

 

「何よ、最高の状況じゃない……!」

 

 面倒なドレッドノートも、確保対象も地面に伸びており、邪魔は一切入らない。これが僥倖でなくて何だ。

 静寂の中でハイバニアはうっとりと呟き、クオンツの族長に歩み寄る。

 

「凄い。とっても透き通っているのに、目が眩むほど濃く強い発色……。鉱山で採れる宝石なんて、これに比べたらボタ石よ」

 

 鉱石化した左拳を拾い上げた彼女は、呼吸すら忘れて見入る。あまりの輝きに、ここまで走ってきた疲労も完全に吹き飛ばされた。

 

「全身を宝石にして飛び散らせたら? 指先から少しずつ宝石に変えるのも……どれも素晴らしいわ!」

 

 二人が起きないのを良いことに、クオンツの利用法を考え始めたハイバニア。しかし、彼女の妄想を聞いている者達は確かにいた。

 

「(ドレッドノート大将、皇帝陛下。申し訳ありません……)」

 

 一人は隠密隊長。二人の激突中に目覚めたは良いものの、頭部の経獄に負ったダメージにより立ち上がることができないでいた。ようやく首を回せるようになった彼は、ハイバニアを止めようと思考を巡らせる。

 ハイバニアはああ見えて、荒くれ者の多い鉱山都市を統べるに相応しい体術を誇る。視界の混濁した今の彼が太刀打ちできるわけはなかった。

 

「……? あぁ、そうか」

 

 喜色満面な女の声に混じり、小さく細い、しかし深く呼吸する気配が隠密隊長の耳に届く。ハイバニアははしゃぐあまり気づいていないようだが……。

 慎重に首を回すと、木の根元に背を預けたままハイバニアを見据える少年の姿が見えた。右腕は不自然に曲がり、全身打撲と切り傷だらけ。おそらくドレッドノートに敗北したのだろうが……その瞳は、未だ諦めていなかった。

 

「……。まだ、目はある」

 

 単独でハイバニアを止める手段はない。ヨロヨロと立ち上がった隠密隊長は、ハイバニアへと歩を進める。

 

「……少佐。そこまでです」

「何よ、裏切り者の隠密隊長さん」

 

 冷たく一瞥したハイバニアは、胸元から無言で香水瓶を取り出す。そして、彼の状態を見て鼻で笑った。

 

「で? 何をしに来たの?」

「皇帝陛下への忠誠に従い、貴方を止めに」

「……そう」

 

 無機質な相槌を打ったハイバニアは隠密隊長へと駆け寄り、覆面越しに思い切りアッパーをかました。

 

「がはっ!」

「折角良い気分だったのに……」

 

 打撃でズレた隠密の覆面を投げ捨て、ハイバニアはその素顔に向けて激酸の青煙(アシッド・スモッグ)を流し込む。繊細な顔の粘膜を、コハクに殴打され腫れあがった患部を強酸で焼かれ、尋常ではない苦痛が襲う。

 

「グッ、ぅエッ! ガホ、っぇ」

「あっははは! 死ぬほど苦しいでしょう? 許してほしいなら、それ相応に言うことがあるはずよね?」

「あき、らめるっわけには……」

 

 隠密隊長が動けない自らに課したのは、あえてハイバニアの拷問を引き受け手の内を晒させる役割。マヌルが攻略を見出せるかは不明だが、何もしないより遥かにマシだ。既に痛みと熱で呼吸すらままならないが、彼は反抗的な言葉をハイバニアに投げる。

 

「……チッ。躾が足りなかったようね」

 

 厚ぼったい唇を歪めたハイバニアは、さらなる苦痛を与えるべくタバコをくゆらせる。

 

 

 

 

 隠密隊長の意図が通じていたわけではないにせよ、彼の命を賭した時間稼ぎは功を奏していた。マヌルは木の幹に背を預けながら、ハイバニアについて一つの疑問を抱く。

 

「何であの人は、自分の煙でやられないんだ……?」

 

 如何に精密制御できると言っても、出所はハイバニア自身である。事実ハイバニアの至近にはうっすらと青色の煙が漂っており、彼女はその中でタバコを吸いつつ高笑いしている。

 煙を一切浴びていないようには、到底見えなかった。

 

「何かタネがある。考えろ……」

 

 ドレッドノートのように、状態異常の効かない特異体質か? ならば、拷問好きらしい彼女はもっと多様な煙を使って相手を痛ぶるはずだ。恐らく違う。

 

「ふぅー……。あぁ、スッキリした」

 

 声すら上げられなくなった隠密隊長を、ハイバニアはつま先で転がす。短くなったタバコを捨て、新品を一服。

 拷問の一部始終をマヌルはじっくりと観察し、ある閃きを得た。

 

「あっ。これなら、辻褄は合う」

 

 正解の保証はないが、最早猶予はない。ハイバニアを止めないと、この場にいる全員に何をするか分かったものではなかった。

 マヌルは左手に針を持ち、自らの経天を突く。コハクの施術によって滞っていた気の流れが改善され、体が一気に軽くなった。

 

「、……ッ!」

 

 が、体が元気になったということは痛覚も通常に戻るということ。鈍っていた右腕の痛みがぶり返し、うめき声を漏らさぬよう袖口を噛む。

 体は動かせる。やるべきことも分かった。後は、立ち上がって踏み出すだけだ。

 

「そこまでだ!」

 

 よもや再び背後から声がかかるとは思っていなかったか。再びコハクの元へ歩み寄っていたハイバニアは聴き慣れぬ声に背中を震わせた。

 

「今度は何? 私は今機嫌が悪いの」

 

 ボロボロのマヌルを見た彼女は余裕を取り戻し、ため息を吐く。何もできない癖に自分の足を引っ張るお馬鹿さんが、二人も出るとは。

 

昏眠の紫(スリーピング・ス)──」

「うぁああ!!」

「あら、意外と元気ね。でも遅いわ」

 

 煙を出される前に、マヌルは先制攻撃を仕掛ける。面食らうハイバニアだが、所詮マヌルは薬師。危なげなく右にステップを踏んで躱す。

 むしろマヌルが自身の攻撃に振り回されるように、勢い余って地面へとダイブした。その無様さが、ハイバニアをより苛つかせる。

 

「あなた、報告にあった人間ね。どうして私の邪魔をするの? クオンツ族は立派なテロリストよ」

「今僕が生きてるのは、この里のおかげだから」

 

 あらゆる場所から追放され、絶望の淵へと転げ落ちたマヌルを救ってくれたのがこの里だ。

 ……確かに、聖人ではないかもしれない。それでもマヌルにとり、恩人であることに変わりはない。

 

「どうであっても関係ない。受けた恩に、僕は報いる!」

「あぁ、鬱陶しい。結果も出せないのに忠誠だの恩だの……そんなにお仲間が好きなら、一足先に逝ってなさいな!」

 

 ハイバニアが、目の前へと雑に青い煙を撒き散らした。普通なら絶対にしないだろう、自らの視界まで塞ぐような撒き方。

 

「(僕の勝ちは、この一度の奇襲しかない)」

 

 息を止めたマヌルは、地面に捨てられたタバコに指先を添え、唱える。

 

「アトムスフィア!!」

 

 燐光と共に、マヌルは駆ける。激酸の青煙(アシッド・スモッグ)を突っ切り、ハイバニアの懐へ飛び込んだ。

 

「なっ……嘘でしょ!?」

 

 予想は、ドンピシャ。ハイバニアは撒いた煙を、手持ちタバコの煙で中和することで自身を保護していた。

 薬師ならばタバコの成分をスフィアにし、盾とすることで同じことが可能。そう踏んだマヌルは、ハイバニアがタバコを捨てたことに勝機を見出した。

 後は、油断しきった相手が雑に技を出すよう煽るだけ。

 

「(あの攻撃は、吸い殻を拾うためだったのね……!)」

 

 遅まきながら気づいたハイバニアだが、既にマヌルの左腕は鳩尾へと伸びている。防御も迎撃も間に合わない。

 マヌルの速度は、疾歩を使ったところで高が知れている。しかし全く見えないところから、あり得ないタイミングで突っ込んできたならば。

 

「針撃の型!!」

 

 

──To Be Continued──

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