蛮族長コハク   作:テルー

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7.戦の後

 マヌルの左は過たず、ハイバニアの腹へと突き刺さった。

 小さく鋭い痛みが走った直後、ハイバニアの全身から力が抜けていく。完全に手中にしたはずの勝利が、零れ落ちていく。

 

「そん、な……」

 

 マヌルへと伸ばした手は虚空を掻き、ハイバニアはうつ伏せに倒れ込んだ。

 

「よぉしっ!」

 

 お辞儀よりも先に、高揚感がマヌルの内から飛び出す。ぐっと左拳を握り、慣れないながら快哉を叫んだ。

 勝ったことは勿論だが、教わったゴシン流でこの里に少しでも恩返しができた。その喜びを噛みしめる。

 

「っと。コハクさん!」

 

 が、感傷に浸っている暇はない。マヌルは動けるうちに、コハクにアトムスフィア【薬草】を施す。

 左手の鉱石化はどうしようもないが、打撲など通常の傷は治せる。

 

「うっ……マヌルか」

「コハクさん! 良かった……ごめんなさい。僕のせいで」

「何を言うか。あやつに勝てとは言えんよ。むしろ……あの女はお主が?」

 

 HPが回復し、上体を起こしたコハクは倒れているハイバニアに気が付く。

 マヌルより随分と身体能力は高そうに見えるが、重傷の身で勝ったのかと問いたげだった。

 

「はい!」

「そうか。ようやっ……うゎっ」

「あっダメですよ!」

 

 マヌルの頭を撫でてやろうとコハクが右手を上げる。しかし、体を支えるべき左手はもうない。バランスを崩したコハクをマヌルは慌てて抱き止めた。

 

「っと。……すまんの」

「ごめんなさい。僕の回復では、左腕は」

「構わんよ。強敵から里を守った勲章じゃ。ほれ、夜でもよく目立つ」

 

 カラカラと笑い、鉱石化した傷口を月明かりに晒すコハク。その顔には、手を失った悲愴感ではなく猛者との戦いを制した充実感が漂っている。その光に、微笑みに。マヌルは思わず総毛立つ。

 恐ろしくも気高い獣の佇まいは、「強さとは何か」という問いへの一つの答えのようにマヌルの目に映った。

 

「……おい、コハク」

「なっ」

 

 コハクの背中越しに、重々しく声がかかった。マヌルの肩が跳ねあがり、即座に針を構える。が、声の主は立ち上がることもせず続ける。

 

「お前らの、勝ちだ」

 

 ドレッドノートである。限界を超えた末にコハク渾身の一打を喰らった彼は、体を起こすことすらできないでいた。

 とはいえ、殺す気で打ち込んだコハクに言わせれば目覚めただけでも驚異的である。

 

「もう意識が戻ったか。つくづく呆れる」

「ハッ。安心しろ、暫く戦闘は無理だ」

 

 ドレッドノートは寝がえりを打ち、大の字になる。その顔は悔しさと忌々しさで歪んでいるようにも、全力を出し切れた喜びに打ち震えているようにも見えた。

 彼の言葉に嘘はないと判断したコハクは、あくまで冷たく言い放つ。

 

「気が済んだなら、とっととお帰り願おう」

「俺はそうしたいが……どうなるかね」

 

 含みのあるドレッドノートの発言を、細道から聞こえてくる複数の足音が裏付ける。

 ハイバニアの側近達が、捜索に出てきたらしい。彼らは見るからに重い足取りだったが、倒れているハイバニアを見つけるとマヌルとコハクに魔導銃を向けた。

 

「貴様らがハイバニア少佐を!」

「動くな! この人を死なせたくないんだろ!?」

 

 マヌルはハイバニアの背後に回り、針を首筋に突きつける。無論ハイバニアの命を奪う力などない、形だけの威嚇。

 

「(でも、僕の実態は知られていないはず。毒でも塗ってあると思わせれば……)」

「なっ、卑怯な真似を!」

 

 動きたくない人間に、動かなくて良い理由をくれてやる。それだけで、集落での戦いで疲弊したであろう側近達の動きを縫い止めるには十分だった。

 

「僕は、もう戦いたくない。でも、あなた達が攻撃をやめないなら──」

 

 尖端が、ハイバニアの皮膚に近づく。

 

「っ貴様ぁ!」

「よさねえかお前ら。銃を下ろせ」

 

 膠着した空気を、仰向けのままドレッドノートが切り裂いた。呻きながらもどうにか立ち上がった彼は、倒れた作戦指揮官の代理として指令を下す。

 

「指揮官がやられて、俺もこのザマ。戦闘は終わりだ、撤収の準備をしろ。コイツとは、俺が交渉してやる」

「し、しかし──」

「上司をむざむざ殺してえのか? そうじゃねえなら従え」

「……イエス・サー」

 

 有無を言わさぬドレッドノートの圧力に、側近達は何度もマヌルの方を口惜しく振り返りながら元来た道を戻っていった。

 ハイバニアから離れたマヌルは、素直な疑問をぶつける。

 

「……どうして、僕らを助けたんですか?」

「お前はどうでも良かったが、コハクを撃ち殺されちゃ興ざめだからな」

 

 ドレッドノートは薄く笑ってコハクを見た。

 

「お前はいつか、俺が殺す」

「……そのためならば、お国の命令にも逆らうか?」

「逆らっちゃいねえよ」

 

 ドレッドノートは落ちているコハクの左手に目を遣った。

 

「『高純度の鉱石を入手したい』。それが皇帝のお望みだ」

「なるほど。言い訳は立つ、と」

「ああ。その石さえ手に入ればな」

「……良かろう」

 

 コハクは負けじと立ち上がり、自らの左手を拾い上げる。

 

「じゃが、一つ条件がある。一族の者の命は担保せよ」

「そうだな。ハイバニアと……そこの隠密との交換なら問題ねえはずだ」

 

 話がまとまり、疲れきった体を引きずるように、気を失った二人を文字通り引きずりながら山を下りるマヌル達。

 動揺の広がる帝国軍の陣地にドレッドノートが消えていき、クオンツ族の皆を引き連れて戻って来る頃には朝陽が上って来ていた。

 

「拘束は解いてやれねえ。後はお前らで何とかしろ」

「感謝する。では、約束に従って」

 

 コハクはドレッドノートの手に、後ろ手に隠していた自らの鉱石を渡す。

 いち早く鉱石の正体に気づいたルリが悲鳴を上げた。

 

「族長!? 手が……!」

「騒ぐでない。真剣勝負の結果じゃ」

「確かに受け取った。じゃあな」

 

 また来る、という意思を滲ませながら踵を返したドレッドノート。彼の背中に、コハクは穏やかな笑みを向けた。

 

「ドレッドノートや」

「あ? まだ何かあんのか」

「また、やろう」

「えっ?」

 

 呆然とコハクを見つめるマヌルと、仕方なしと苦笑するクオンツ族。肝心のドレッドノートは、一瞬瞠目した後ふっと息を吐いて頷いた。

 

「次は、殺すぜ」

「その意気じゃ」

 

 コハクは、ない左拳で右の掌を打ち鳴らす。

 

「コハク、さん……」

 

 やがて帝国の浮遊戦艦が遠ざかっていくのが見え、帝国による侵攻作戦は終わりを告げた。

 

「……里、移らねえとな」

 

 ジャスパーの言葉に、クオンツの一同は肩を落とす。

 モリ爺の築いてくれた安住の地だったが、場所が人間に割れた以上は離れなくてはならない。共同墓地で眠る同胞たちとも、ここでお別れだ。

 

「とはいえ、今日中は大丈夫じゃろ。今日はゆっくり休み、明日から荷造りを始めるぞ。……そして、マヌル」

 

 族長として指示を飛ばしたコハクは、唐突にマヌルを名指しした。

 

「お主も、どこへなりと行くが良い。ここを住処にするのも許そう」

「……え?」

 

 クオンツ族の皆と共に荷造りをし、新天地を目指す気満々だったマヌル。が、彼女は真剣な眼差しでそれを拒否する。

 

「我らが行くは、血に濡れた獣の道よ。お主では、歩めぬ」

 

 彼女にそう決心させたのは、コハクとドレッドノートのやり取りへにマヌルが示した拒否反応だった。

 この先、マヌルを拾った頃のような平和な時間はない。人間の里に潜み、あるいは襲ってでも食い扶持を確保して新天地を探す。殺し殺されを繰り返してきたクオンツ族にとっては日常でも、マヌルにはきっと耐えられない。

 

「そんな。腕が治ったら……」

「待てぬ。利き腕が使えぬお主を庇いつつ旅をしろと?」

「っ……!」

「戦う術は教えたし、ハイバニアを倒して多少はレベルも上がったはず。会った時に『旅を続けたい』と言ったろう? 旅立つ日が来た、それだけじゃ」

 

 コハクはマヌルを遮って言い放ち、背を向けた。

 

「待って! コハクさん、僕ぁ……っ!?」

 

 それを追いかけようとしたマヌルの足が、舌がもつれる。経天を突いた影響が、緊張の糸が途切れた今になって一挙に押し寄せていた。

 

「……達者でな、マヌル」

 

 暗転していくマヌルの視界で、コハクの背中が少しだけ震えていたように見えた。

 

 

──To Be Continued──

 

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