“ティーパーティー”
それはトリニティというひとつのマンモス校の中枢を担う、伝統的かつ崇高な威厳溢れる生徒会の名である。
「先生、少しお時間よろしいでしょうか」
“うん、どうしたのかな”
そんなティーパーティーの一席を担う一人の少女、桐藤なぎさは目の前の先生に困ったような顔を浮かべながらこの後の予定を問うた。
先生としても生徒の力になれることを惜しむつもりは無く、彼は二つ返事で答えて促されるままに立とうとしていた席へと再び戻る。
先程までトリニティ全体やゲヘナ等を取り巻く事情等と込み入った話をしていて、それが終わり次第席をたとうとした忙しい身の先生を呼び止めた形になる。
「すいません、少しプライベートな事でご相談がありまして……」
”私に出来ることが有るならなんでも言って”
その変わりない優しさに、なぎささまは思わず笑顔になった。
そして直ぐに長としての威厳を取り戻し、背筋を治して紅茶を一口。それだけでなぎささまは自分が想像する完璧な姿になれた。これでも政治の世界で生きている身、取り繕ったり腹を隠すことは特技のひとつとも言えるほどだった。
「実は……最近、ヒフミさんに避けられている節がありまして……」
”え? ヒフミが?”
そう語るなぎささまの顔には影が降りて、その様子もまた名画になるとはいえ先生は生徒が曇ることを喜ぶ変態ではなかった。
故に、純粋に心配の顔を浮かべて、その二頭身の身体で出された紅茶を啜った。しかし、その相談内容はあまりに理解しがたく、普段を見ている先生だからこそ少し奇妙とさええ言えるものだった。
”それは、補習授業部の一件は関係ないんだよね?”
「はい、あの時の事は既に謝罪しましたので……。確かに未だに許されないことだとは思いますが、一度は許してくれた上にあの優しいヒフミさんが今になってその事で怒るとは思えなくて……」
”確かにそうだね……。何か心当たりはある?”
「それが、どうしても思い至らなくて……それで、先生に相談させて頂こうと」
そう言って、なぎささまは紅茶を一口のんで、ほう、吐息を着いた。
先生は内心えっちだなぁと思いながらも、そんな事は決して口にはしない。
ともかく、この場で解決できそうな問題でもないなとは思ったものの、何となく解決策を考えてみる。
”まあ、本人に軽く聞いてみる……のはまずいか。少し探ってみるよ”
「ありがとうございます。先生に相談して良かったです」
そうして、今日のお茶会は無事終わりを告げた。
先生としては、二人には仲睦まじいままでいて欲しい。
補習授業部、そしてエデン条約を取り巻く環境で二人には一度行き違いがあったからこそ、心の底ではまた仲良くしたいと思っていた二人を先生は応援したかった。
なにより可愛い少女同士の絡みはそれだけでご飯が進むから。
おかずなしに白米だけをシャーレでカッ食らっていた所をユウカに見つかって哀れみの目とエンジェル24で買ったおかずを分けてもらったのはいい思い出だ。
因みにそれからというものユウカの先生に対する収支の管理が厳しくなった事は言うまでもない。
「おや、先生。久しぶりだね」
”やあセイア。奇遇だね”
お茶会の席を去ってしばらく廊下を歩いていると、反対からもう一人のティーパーティー、百合園セイアが歩いて来るのに気がついて、そして二人は笑顔で挨拶をしあった。
彼女もエデン条約をへて壮絶な経験を経たうちの一人で、先生の大切な生徒だった。
オマケに彼女は最後の予知を使って”赤い空”の事件をいち早く教えてくれた最も頼りになる存在の一人でもあった。
「ふむ、確かに先生からしてみれば奇遇に見えるね。……しかし実は、私からすればそうでは無いんだよ先生」
”? どういう事?”
「実は、今日トリニティに先生が来る事は何となくわかっていたんだ」
”第六感。流石だね”
百合園セイアはエデン条約の件以降、自身の神秘、存在を構成する一部である”予知夢”を失った。
しかしその代わりに、また別の異能とも見て取れるほどの第六感をその身に宿した。
そして、今日も変わらず百合園セイアはトリニティに貢献している。むしろ前よりも不定期に眠ることが無くなった分、より活発に日中は動いているようだった。
「それでだね……先生、少し時間を貰ってもいいかな」
”いいけど、どうしたの?”
「いや何、私がここに来たのは先生に会うためでね」
そう言って、セイアは身を翻して場所を変えよう、と言った。
先生はこの後はシャーレに帰るだけ。特に断る理由もないので、そのままセイアの後をついて行く。
そして、程なくしてたどり着いたのはセイアの自室だった。
お付も居ない二人きり。先生は一先ず思いっきり深呼吸をしてセイアに鳩尾に深い一撃を貰った。
「私の感が告げたんだ。今日、先生はナギサに厄介な頼み事をされると」
”え゛?”
「されなかったかい?」
”いや、それは……”
先生は困った。いくら同じティーパーティーかつ頼りとなるセイアであっても、個人のプライベートな悩みを告げ口することは憚られた。
先生は、先生なのだ。セイアの味方であると同時に、先生はちゃんとなぎささまの味方なのである。
「ああ、うん。実は私は全ての事情を知っている……と言っていいと思う」
”え?そうなの?”
「ああ、だから、その……先生には話しておいた方がいいと思って。」
そういうセイアはどこか歯切れが悪く、まるで今から話す内容を躊躇しているかのようだった。
セイアのそんな顔は珍しく、先生は真面目な顔で向き直る。
”大丈夫。聞かせて”
「……うん、そうだね。先生なら悪いようにはしないだろう」
そう言って、セイアは手元の紅茶を一口のんで、言葉をつづった。
「聞いてほしい。これは三日前の話なんだが──」
こうしてセイアより語られるはこの事件の真相。
かくしてそれは最近解決した怪談よりも奇妙で、薄ら寒く、絶望的なものだったと先生は話を聞いて戦慄することとなった。
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「ヒフミさん、こちらのケーキも如何ですか?」
「え、えへへ……ありがとうございます……」
「……」
ある日の昼下がり。今日は補習授業部も推しの活動もお休みの日で、そんな日にティーパーティーのなぎささまに呼ばれてヒフミはきれいな花が咲く庭園でなぎささまとお茶会を開いていた。
「ふふ、ヒフミさん、ほっぺたにケーキが着いていますよ」
「あ、あぅ……」
「とって差し上げますよ」
「だ、だだ大丈夫ですぅ!」
「……」
二人の様子は仲睦まじく、知らない人が見ればこの状況は百合の花が咲いているように見えた事だろう。
しかし、逆にその内情を知るものからすればそれは少し歪な光景にも見えた。
なぎささまとヒフミ。二人の間には一度亀裂が走り、仲直りしたものの二人の間には少しばかりの遺恨が残ったのだ。
なぎささまはヒフミの「あはは」という笑い方にトラウマを発症し。
ヒフミは自分が嘘をついている罪悪感からあの後少しなぎささまを避けるようになった。
ちなみに、ヒフミはそんななぎささまを気遣って「あはは」と笑う事を出来るだけ控えていたりする。
だからこそ、この状況を見守るセイアは二人が仲良くなってくれたことを喜んだ。
いや、喜びたかった。
「ナギサ……」
「はい? どうされましたセイアさん?」
「何か……近くないか?」
ヒフミとなぎささまの間にある距離。驚異のゼロセンチ。
二人の肩は常に触れ合って、ヒフミが右手に持った紅茶を飲む度にヒフミの右手となぎささまの左手が当たって実に飲みにくそうにしていた。
「いや、ヒフミが紅茶を飲みにくそうなんだが……」
「あら、すいませんヒフミさん、私気が付かなくて」
「え、えへへ、いえ、私は大丈夫ですので……」
「──大丈夫だそうです、セイアさん」
「おい」
ヒフミの顔は引きつっており、誰が見ても社交辞令のそれだとわかった。
そもそも、ヒフミが席に着いた途端になぎささまは席をたち、自分の椅子を持ち上げてヒフミの真横へと陣取ったのだ。
その時のヒフミの顔をセイアは忘れないだろう。え、何してんのこいつ?というヒフミらしからぬものの人間が浮かべる素直な表情だった。
「え、えへへ」
「うふふ……あ、そうだヒフミさん。実はヒフミさんにプレゼントがあるんです」
「ぷ、プレゼント、ですか……?」
そう言って、机の下から何かを取り出すなぎささまに、セイアは思わず戦慄した。
なぎささまがそんな仕込みをしていた事に気づいていなかったからだ。
しかも、今の位置からプレゼントを取り出せるということは、元々自分の椅子をヒフミの隣へと移動させるつもりであったという事であり。
一連の流れが全て計画的であったことにセイアは呆れを通り越して戦慄した。
「じゃん! どうでしょうか!」
「こ、これは……!」
「はい!──ペロロ様ぱんつです!」
セイアは頭を抱えた。
いくらヒフミが大のペロロ様好きであるとはいえ、乙女に下着を渡すというのは少しセイアには考えられない世界だった。
「え、えっと……」
「ティーパーティーの権限を使って手に入れた限定ものです。ぜひ受け取って下さい」
「……そ、その……」
「なんならこの場で履いて下さっても構いません」
”な ん な ら こ の 場 で 履 い て 下 さ っ て も か ま い ま せ ん”
セイアは思った。私の知るナギサはこんな人だったかと。
あの一件から、少なからず自分たちは変わった。けれどそれは前に進むという意味であり、こんなややこしい性格になっていることにセイアは今の今まで気づいていなかったことに心の中で涙した。
「え、えへへ、(実はもう持ってるんですけど……)あ、ありがとうございます………………あれ?」
「あら、どうかしましたか?」
「……これ、開封したようなあとがあるんですが……」
「……」
「……」
「……」
全員が、黙った。
セイアはまさかと思った。
ヒフミはまさかと思った。
なぎささまはバレたかと思った。
それは、さすがに自称平凡こと大天使ヒフミでも許容できるものではなかった。何故か開封あとのある下着の袋、妙に距離感の近いなぎささま……ヒフミは身の恐怖をしかと感じた。
「えっと、これ、お返しします……」
「な、何故ですか!? わ、わたわたた私は何もしていませんよよ!」
「ナギサ、紅茶。紅茶こぼれてる」
ガタガタと震え紅茶をボタボタとこぼす姿はもしこれが昼ドラの刑事ものだったらクレームが殺到するくるいの大根役者だった。
ヒフミは思った。いつからなぎささまはこうなってしまったのだろうかと。
「ご、後生です、受け取って頂けませんか……?」
「ど、どうしてそれほどまで……!?」
「そ、それは……言えません!」
「言えないんですか!?」
しかしそれは逆に言えない様な何かを仕込んでいるという証拠では?と訝しむには十分すぎるほどの代物だった。
ヒフミはそっと、自分の思い出の中の綺麗ななぎささまを額縁に飾って保存した。これ以上、あの尊敬できた頃のナギサ様を汚す訳には行かない、と。
「あ、あはは……流石に、遠慮します……」
「あ、ヒフミ……」
「え? あ」
それは、無意識だった。
心の底から動揺したからこそ、ヒフミは思わずその口癖を口にしてしまった。
なぎささまは当然、何も克服したわけではなかった。むしろ、脳が無意識のうちにあ、これはもう無理だと克服を諦めたからこその今の状況だった。
だから、これはある意味避けられない運命、たどり着いて当然の未来。
故に、この日なぎささまは──
「ごばァッ……!」
「ナ、ナギサァ!?」
「ひ、ひぃぃい、ごめんなさいぃぃい!!」
「大変です! なぎささまがお吐瀉物をお吐かれになられました!」
「急いで! お雑巾とおバケツを! あとお担架も!」
「急げ! この失態を外部に漏らすな! 戒厳令をすぐに! 急げ、急げ!」
慌ただしく、しかしセイアの指示もなく的確に動くなぎささまの付き人達に、もしやこう言ったことは初めてでは無いのかもとセイアはその賢い頭脳で思い至った。思い至りたくなかった。
「ヒフミ、今日の事は忘れたまえ……」
「ひ、ひん……」
「それと、無理してナギサに付き合う必要は無い。自分の予定を優先して、本当に最低限で構わないと私は思うよ」
「え、えと……実はもう結構断っていたり……あはは……」
「そ、そうか……」
セイアは今度こそ本当に涙した。こんなに誰も報われないことがあるのかと、下手すればあの赤い空の日よりも強い無力感に苛まれて今夜は少し寝付けなかった。
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”そ、そんな事があったんだ……”
「ああ、これが三日前の出来事だ」
先生は言葉が出なかった。
あの清楚で、頼りになって、上品さの塊のようなナギサが、そんな……
しかし、先生は思った。
もしそれが本当だと言うのなら、ナギサに心当たりがない、と言うのは一体どういう事なのだろうか。
セイアが語ったナギサの奇行は、一人の少女に距離を置かれるには十分すぎるもののような気もするが……
”えっと、うん……少し、どうするべきか考えてみる”
「まってくれ、まだ話は終わっていないんだ」
”え!? まだあるの!?”
「むしろ序の口だと思ってほしい。いいかい? これは二日前のことだ……」
”連日!?”
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「うふふ、皆さんごきげんよう」
「あらあら……」
「む、ティーパーティーの長が何故ここに?」
「え、えへへ……うぅ」
「な、なんでナギサ様がここに居るの!?」
ここは補習授業部。
いつも通りのメンバー、ハナコ、アズサ、コハル、そしてヒフミの四人で放課後に勉強に励んでいると、ふと扉がノックされて来客が上がり込んだ。
その名も、桐藤なぎささま。
昨日あれだけの醜態を晒しながら、彼女は平然とした顔でヒフミの元へと現れたのだった。
「皆さん、勉強の調子は如何ですか?」
「あら、もしかしてまた何か企んでいらっしゃったり……しますか?」
この場で怖気ていないのはハナコとアズサ。なぎささまはヒフミと仲がいいものの、ハナコは持ち前の洞察力で少しばかりヒフミの様子がおかしい事に気がついた。そして、ここは自分の出番だろうとなぎささまへと歩み寄ったのだ。
「いえ、決してそんな事はありません。今日は純粋に皆さんの頑張りを見たかったのと……」
「と?」
「私が教師の役を買って出ようかと思いまして」
上品に、優雅に、何故か教室の机ではなく付き人に持たせたいつものテーブルと椅子に座り、紅茶を飲みながらなぎささまはそういった。
ハナコは訝しんだ。素直に受け取っていいものなのか。しかしそれよりも先ず様子のおかしいヒフミに一度話を聞きたかった。
故に、一度席を外して欲しかった。のだが、ここにいる誰よりも腰を据えて紅茶まで飲んでいるなぎささまをどかすのはいくら天才と名高いハナコでも無理難題のように思えた。
「そうですか〜♡……ヒフミさん、そういえば次のテスト対策様に模擬テストを作ったのですが」
「え、そ、そうなんですか……? あ、ありがとうございます!」
「はい。それで、それを教室に忘れてしまって……一人では寂しいので、着いてきてくださいませんか?♡」
「えっと……あ、はい、私でよければ喜んで!」
「少々お待ち下さい」
機転を利かせて二人になろうと思ったハナコに、しかし待ったをかけるのは紅茶狂い。そもそもいきなりトリニティの長がこんな所に来て教師をするなんて言い出して、普通に考えても恐れ多くて普通の生徒は萎縮してしまうだろう。
そんなことも考えつかないほどにこの人は……
そう思って、ハナコは考えた。
確かにこの暴走とも取れるなぎささまの行動は、ヒフミを困らせるには十分な要素を持っているような気がした。
「話を聞きましたか?」
「はっ!」
「直ぐに取ってきてください。ハナコさんの教室は確か──」
「あら〜♡ 、忘れたと思っていたんですが、鞄の中にありました♡」
「……それは良かったです」
二人の間にヒバナが浮かぶ。いや、と言うよりはなぎささまが出している火花を一方的にハナコが受け止めていた。
いくら残念になってしまったとはいえ、これでもなぎささまはティーパーティーの一席。ここまで露骨な嘘を見抜けないほど落ちぶれてはいない。
「ともかく、今日は一日自由な時間を作れますので……ティーパーティーの一席を担う私が皆さんの勉強を見て差し上げます」
「さしあたって、ヒフミさん。どこか分からないところはありますか?」
「わ、わたしですか!?」
「あらまぁ、み・ん・なの勉強を見てくださるんじゃないんですかぁ?♡」
「な、何よこの空気……!訳わかんない……!」
「コハル、あっちで二人で勉強しよう。……この感じは何か、少し嫌だ……」
平穏で暖かくて、みんなの居場所だった補習授業部はなぎささまが乱入しただけで崩壊の危機に瀕していた。
もちろんハナコだってヒフミが困る様子さえ見せなくて、純粋な応援による申し出なら喜んで受け入れた。
しかし、そうでは無いのなら全力で皆を庇護しなければならない。
それが自分の居場所を守る事につながるのなら、いくらティーパーティーが相手だろうと全力で相手をする所存であった。
「ヒフミさんは前回の試験で確か76点でした。それだけなら合格点ですが、試験の日を間違えるおっちょこちょいな部分もありますので……まあそこも可愛らしいのですが、合格ラインの六十点を下回ると進級に関わってしまうので」
「な、何で知ってるんですか!?」
「あら、でしたら私がおしえますよ♡何せ、私は三年間の全教科、バッチリ頭に入っていますので♡」
「ですがハナコさんの様に教えられる側が一人でも多い方がいいのでは無いでしょうか。ですので提案です。私がヒフミさんを教えて、ハナコさんがコハルさんとアズサさんを教える、と言うのは……」
「うーん、私としては二人教えるのも三人も変わらないのですが……なら、ここはヒフミさんに決めて頂きますか?」
「……えぇ、そうしましょう。ヒフミさん、私を選んでくださいますよね?」
「ヒフミちゃん。遠慮しなくて大丈夫ですよ?ここは本心で♡」
「あ、あわわわわ…………」
「しゅ、修羅場……! 二人が一人を取り合って……! な、何かエッチ! 皆死刑!」
「コハル、あまり見ない方がいい」
ヒフミは考えた。今この場に助けてくれる存在は無く、今すぐ先生の胸に飛び込みたい気分だった。
どうすべきか、どうしたいのか、ハナコちゃんは何かを察しているようでずっと助けてくれている気がするし、なぎささまも昨日のことがあるとはいえ面と向かって突っぱねる勇気はあまり無かった。
この状況で、全てをまるく収めるハッピーエンドはあるのだろうか。
考えろ、考えるんだわたし!
うわーん! わかんない助けてぺろろさまぁ!
「う、うぅ……」
「あ、あら? 泣いちゃいましたかヒフミちゃん?」
「な、ひ、ヒフミさん? だ、大丈夫ですか?」
なぎささまは困惑した。なぜ私の目の前で推しが泣いているのか。
なぎささまの今日の行動は100パーセント善意によるものだった。あわよくばヒフミと二人っきり、肩と肩がくっつく距離で勉強を教えて、時折指と指が触れ合ったり……とか考えたくらいだ。
実際下心九割だった。
それが、何故か推しを泣かせてしまう結果になった。これは、これはなんだ……誰の仕業だ?ハナコか? ハナコがやったのか……?
いや、違う、これは……ま、まさか……
わ、わたし……?
「ごばァッ!?」
「キャーーー!?」
「であえであえ! なぎささまがまたお吐瀉物をお吐かれになられたぞ!」
「ええい、何度醜態を晒せば気が済むんですかこの人は……!」
「お雑巾を! おバケツを! そしてお担架を!」
「既に用意してありますわお姉様!」
「さすがですわ! どんどん手際が良くなりますわ! おーっほっほっほ! ソレでは補習授業部の皆さま、御機嫌ようッ!」
「な、なんだったの……?」
「コハル、ここはどうやって解けばいい」
「あ、あらあら……大丈夫ですか? ヒフミちゃん」
「くすん……あ、ありがとうございます……」
嵐のように来て、荒らしのように場を乱し、荒らしのように去っていったなぎささま。
ハナコはヒフミに謝りながら、座り込んでいた彼女を立たせてスカートの埃を払い、ヒフミの頭を撫でた。
するとヒフミはハナコに抱きつき、ハナコは若干の役得を感じながらも補習授業部を守りきったことに一先ずの安堵の息を漏らすのだった。
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「という一連の経緯を、後日ハナコから聞いたんだ」
”う、うぅん……”
まるで夢でも見ているかのようだった。それもとびきりの悪夢を。
文字通り先生は頭を抱えて、事の顛末を整理しようとした。
3日前、ナギサはヒフミに無理に詰め寄って、得体の知れないプレゼントを渡そうとして拒絶され、お吐瀉物を撒き散らした。
2日前、なぎささまは補習授業部へと乱入し、皆を、そしてヒフミを守ろうとしたハナコと対立した挙句ヒフミを泣かせてしまい、その自責の念からお吐瀉物を撒き散らした。
そして、現在。なぎささまはヒフミに避けられる理由がわからないと言った。
これが本当に分からない。もしかして一時的な記憶喪失か?
そこまで思考が行き着くと流石に考えすぎだと頭をリセットして、先生は既に冷めてきた紅茶を一口飲んで落ち着いた。
「そして昨日のことなんだが」
”もう勘弁してっ!?”
「耐えてくれ、これで最後だ」
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「ヒフミさん! お背中流させてくだ──」
「きゃあああああぁぁぁぁぁああああああ!!!!」
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「ヒフミはその後、ナギサ様なんて大嫌いです、と言ったらしい」
”そ、それは……自業自得ではあるけど……”
「ああ、しかし、もう察しているかと思うが……、ヒフミに今度こそ明確に拒絶されたナギサは、また……」
”お吐瀉物を……吐いたんだね……”
何とかマイルドに伝わるように吐瀉物の前に”お”をつけて話してはいたが、ここまで来るともう無理そうだった。
散々迷惑をかけて、最後にはヒフミの部屋のシャワールームでお吐瀉物を撒き散らす暴挙。
これは避けられて当然だ。先生ですらそんなことをされては一日くらいは距離を置きたかった。
……ホントだよ? ご褒美なんて思わないよ?
「これが、事の顛末だ。全てナギサが発端なものだから、彼女を止められるのは同じティーパーティーの私くらいしか居ない、という事で一連の事情は全て聞いていてね。ミカはティーパーティーの権限を今は持っていないし……」
”な、成程……”
「そして、そんな中で私はひとつの結論に至った」
”そ、それは?”
先生は、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
この後に待ち受けている真実から少しでも目をそらさないために……覚悟を決めた。
「ナギサは……”ヒフミに欲望のまま厄介な絡み方をした挙句、行き過ぎてヒフミに拒絶されショックからお吐瀉物を撒き散らし気絶して、その後自分の暴挙を全て綺麗に忘れ去り同じ事を繰り返す厄介オタク”になってしまったという訳だ」
”す、救いが無さすぎる……っ!”
先生は涙した。何が彼女たちをここまで追い詰めるんだろうと。
いや、目を逸らしては行けなかった。
もとより、ナギサに兆候はあったのだ。彼女はヒフミの笑い方にトラウマを発症し、最初はむせるだけで済んでいたとはいえ十分に苦しんでいたはずだった。
つまり、これはそれを無視し続けた自分の責任だ。
ならば、果たさなければならない。大人の責任というものを……!
”ありがとう。色々参考になったよ”
「ああ、こちらこそ、私もどうにかしてやりたいのだが何も思いつかなくてね……」
”大丈夫。後は任せて”
そう言って、先生は椅子から降りてセイアに真摯な目を向けた。
セイアも立派な一連の事件の被害者だった。だからこそ、これ以上この件で気苦労をおわせる訳には行かなかった。
「……良いのかい?」
”生徒に対する二言は無いよ。今日はゆっくり寝てね”
「……ああ、感謝するよ。先生にそう言って貰えると、不思議と今日は夢見が良さそうな気がする」
その言葉を最後に、先生は立ち去った。
これからやらねばならない事がある。下手すれば一人の少女の心が壊れかねない案件。
しかし、先生は諦めない。それは先生が先生であり、先生であり続けるために先生であるからだ──!
─────────────────
”ナギサ、ちょっといい?”
「はい? あ、先生。先程ぶりですね。どうかされましたか?」
最初にナギサと話してから、二時間ほどが立っていた。
あの後、先生はとある場所に立ち寄った。この状況を解決できる、思いつく唯一の手段だった。
心苦しくは思う。けど、これ以外にきっと方法は無い。故に、先生は心を鬼にせねばならなかった。
ナギサを、そしてヒフミを救い、もう一度仲睦まじい姿を戻すために……!
「先生、そんなところに立っていないでどうぞ、中に──」
「救護です」
「」
”えっと、ごめんね……”
「せ、先生? これは、一体……」
「救護が必要と聞きました。ナギサ、貴方には少し強めの救護が必要なようです」
「い、いえ、話が見えません! 私は至って健康体で……」
”皆、お願い……っ!”
「救護!」
「えい!」
「やー!」
「き、きゃああ! は、はなして! 下ろしてください! せ、先生!? これは一体どういうことですか!? わ、私は、わたしわあああぁぁぁ…………」
”ナギサ、強く生きて……!”
先生は、この日何度目か分からない涙を流した。
救護が終わった後は、しばらくシャーレで預かろう。
そしてゆっくりと心を直して、二人をオカズに白飯を食うのだ。
あ、えっちな意味じゃないよ! エ駄死!
”だって、それがこの世界に許された唯一のハッピーエンドだから……!”
先生は決意した。その為ならなんだってすると。
後日。適切な救護により自分の数日間の記憶を取り戻したなぎささまは布団から出れなくなり、シャーレであずかって先生が日夜付きっきりで救護した。おかげで無事元の状態に戻った。めでたしめでたし。
尚、完治までに半年ほど掛かった模様。