そうした方がいい気がしたから
ゲマトリアの所持する地下施設。
中でも、特に秘匿とされた地下の地下。
トリニティのカタコンベを参考に、入り組み、惑わし、入口から遠く離れた所にあるこの場所は最早どこの自治区なのか先生には推測する事すら不可能な程だった。
配管がひしめく通路を先生は歩きながら、共に歩く黒服へと質問を投げかける。
黒服と普通に歩いている自分に、少し辟易としながら。
“モモイは、どう?”
『少し前に目が覚めたようですね……随分と暴れているようです』
その言葉に、先生は拳を血が出るくらいに握りしめた。
生徒をこんな暗がりに拘束して、何が対話だと。
先生は自分自身を先生失格だと殴りつけたかった。
それでも、これしかない、これしかないんだと自分に言い聞かせる。
全てが終わった後、土下座でも何でもしてモモイに謝ろう。
ユウカには怒られるかもだけど、ゲームも買ってあげて好きなところに連れて行ってあげよう。
それで許して貰えるかは分からないけど、先生は今の自分を許す為に少しでも未来の幸せを想像した。
『先生、対話の準備は整っておりますか?』
“はぁ……準備なんて出来るわけないよ……”
そんな弱気な先生に、黒服は思う。
先生は、いつだって生徒の前では先生であろうとした。
ならば、今の先生は、同僚の前で弱音を吐く後輩先生、と言ったところだろうか。先生にそんな事を言えばすごい顔で否定されるだろうが。
だから黒服はそれを心の内に留め、先生のそんな様子にくくっ、と笑った。
『そんな調子では、デスモモイは我々が壊す事になりそうですねぇ』
“……させるわけないじゃん、そんな事……”
歯切れは悪いが、意思はしっかりしている。
ならば大丈夫だろうと、黒服は考えた。
あまねく奇跡の体現者。自分が出来なかったことを成し遂げて見せた、その大いなる存在へ向ける黒服の視線は、いつしか崇拝へと達していた。
『先生。少しゲマトリアの秘密をお教えしましょう』
“今必要なこと?”
『どちらとも言えます。先生にとっては恐らく必要ありませんが、私達にとっては重要なことです』
“……”
先生は、軽く黒服を睨みつけながら、それでも黒服の先の言葉を待った。
一応、これまでの事は貸しと言えよう。大人しく話を聞く姿勢を見せ、黒服はくくっ、と笑った。
『このキヴォトスに干渉できる存在は5人まで』
“……えっ?”
『それと、ゲマトリア内でこの件を全て先生に委任するという結論に至りました』
得体の知れない事を口走った黒服に、先生は困惑の顔を浮かべた。
先生に委任どうこうは別にいい。その前。まるでその言い方では、このキヴォトスに干渉できないだけでゲマトリアはもっといるかのような言い草だ。
『この件は、我々の手には余りますので。故に、報告だけは済ませております』
“ハッキリしない言い方だなぁ”
『言ったでしょう。貴方にとっては意味の無い事だと。言ってしまえばこちらに義務付けられた“手続き”のようなものです』
それが何かの契約のようなものだとすれば、尚の事ちゃんと言えよと先生は思った。
しかし、黒服のマイペースは止まらない。先生も、今からやらなければいけない事があるのでいまいち集中しきれず話半分で聞くことにした。
『我々ゲマトリアは、先生がいる限りデスモモイには接触致しません』
“……そうだね”
『しかし、先生の許可があればその限りではありません。ただの、そういう契約です』
“……本当にそれだけ?”
『……さて、彼女はこの先ですよ』
何かを誤魔化すように、そう黒服に促され先生は足を止めた。
その無骨で頑丈な黒い扉を前に、先生はゴクリと唾を飲み込む。
気になる文言、理由の分からない会話。しかし、それらは全て後回しだ。
今は、先にやらなければならない事がある。
『期待しております、先生』
“まって、黒服”
案内も終わり、早々にこの危険な場所から離れようとした黒服を、しかし先生は止めた。
不思議な顔で振り返る黒服に、先生はとあるものを差し出す。
『これは……?』
“……もし、私に何かあればこれを読んで”
黒服は、遺書か、と思った。
らしくない事をしたなと思いながら、しかし黒服は先生の思いを受け取る。
『くくっ、また会いましょう。先生』
“うん。一応今までの事、ありがとう”
黒服はまた会おうと、“生き残れよ”と意味を込めた激励の言葉を投げかけた。
対する先生は、感謝の言葉を述べた。
敵対していた存在。相いれなかった存在。
そんな先生に礼を告げられた黒服は、
『くく、応援していますよ、先生……』
悪くない気分に、笑いながらゲートの奥へと消えていった。
”扉を開けて、中へと進む“
”モモイ“
──そこには、自分のよく知る生徒がいた。
才羽モモイ。ゲーム開発部の、シナリオ担当。
明るく前向きな性格で、ゲーム開発部のムードメーカー的存在。
その、モモイが、
『S E N S E I』
『AAAAAAAAAA────ッ!!!』
ガチャンガチャンと拘束を激しく揺らすモモイの姿に、先生は涙を流すのを必死にこらえた。拳を痛いほど握りしめ、そして覚悟を決めて前へと進む。
負けてはいけない。
導かなければならない。
どうすればいいのかは先生にも分からなかったが、どうしたいかはすぐに思いついた。
”モモイ! 目を覚まして!!“
『FATALITY!!』
”色彩なんかに、恐怖なんかに負けないで!!“
『DEATH!! DIE!! DEAD!!』
”何があったのか、教えて!先生が、絶対に、どんな代償を払っても力になるから!! “
『───GAME OVER』
”あっ“
モモイは拘束を無理やり外し、先生へと襲いかかった。
”ぐあっ……!?“
『SYAAAAAAA……ッ!』
デスモモイは先生へと馬乗りになり、その首元に噛みついた。
先生はそのあまりの痛みに顔を顰め、しかしそれを全て無視してモモイを抱きしめる。
”モモイ! お願い……!先生は味方だから……!!“
『DEATH! DEATH!! DEATH!!!』
“モモイ…………っ!”
デスモモイの噛みつきは、本来なら先生を一瞬で死に至らしめるものだった。
しかし、デスモモイは阻まれる。
デスモモイと同じく、この世の理を外れたその箱に。
『先生!? これ以上は無茶です、先生!?』
“ぐ……、まだ……!!”
泣きそうなアロナの声に、しかし先生はモモイを抱く力を緩めない。
ここで離せば、きっともうモモイは取り戻せない。
なんとなく、そう確信して先生はモモイへと語り続けた。
お願い。お願いします。
どうか、モモイを返してください。
代償はなんだって支払う。神秘でも恐怖でも崇高でも、神様でも仏様でも何でもいいから。
だから、どうか!
その想いが届いたのか、否か。
“…………、モモイ、泣いてるの……?”
先生を噛む力はそのまま、しかしモモイは泣いていた。
ぽたぽたと自分の体に当たる、自分の血では無い何かに違和感を感じて、先生はそう確信した。
届いてる。
ちゃんと、これには意味があって、モモイの心はまだ失われちゃいない。
“モモイ! 頑張れ!! モモイ!! 先生がついてる!!”
先生の言葉に、逆に噛む力を強めるモモイ。
まるで、黙れと言わんばかりに。
早く死ねと言わんばかりに。
お願いだから、これ以上先生を苦しめさせないでと、泣きじゃくる子供のように。
“あ────”
そして、先生に流れ込む。
モモイが、こうなってしまった原因、後悔の記憶、忘れたい懺悔が。
先生の中へと、飛び込んできた。
─────────────────────
ピコピコと、古い16ビットゲームの操作音が響き渡る。
暗い、明かりすら着いていないカーテンも締め切った部屋。
お菓子の袋は散乱して、読みかけの漫画や引っ張り出された懐かしいゲームが辺り一面に転がっている。
汚い。換気も出来ていないのか、部屋には湿ったような匂いが充満していた。下手すれば、キノコすら生えてきそうな環境である。
『ステージクリア─!』
「……ふへっ、らくしょー………後ちょっとで、最速クリアー……」
そんな部屋の宿主は、死んだような目でエナドリを飲みながらテレビの画面へと齧り付いていた。
次のステージへと進み、またピコピコと操作するモモイ。
まるで幽霊、死人のようなその表情は、とてもでは無いが正気ではなかった。
そう、いまのモモイは───
「──おねえちゃん、いい加減にしなさいっ!!!」
「うわーーっ!!」
突如現れ、勢いよくカーテンを開けた我が妹ミドリ。その日光の強さにモモイはあっけなく浄化されるのだった。
『──GAME OVER』
テテテテテーン……と間抜けなBGMがスピーカーから響き渡る。
その画面にああっ!? とモモイは叫び声をあげて、こんな事をしでかした馬鹿な妹へと食ってかかった。
「うああっ!? ちょっとミドリ何するのさ!? 今RTA中だよ!? 記録全部無くなったじゃん!!!」
「こんな古いゲーム今更RTAして何になるの! 今もっとやらなきゃ行けないことがあるでしょ!?」
ミドリは、自分の姉であるモモイへと怒りの説教を浴びせた。
それもそのはず。ここ、ゲーム開発部は、約一週間後に迫ったゲームコンペに向けて新たなゲームを鋭意製作中だった。
モモイがシナリオを書き、ミドリがイラストを書く。
あと部長のユズと新人のアリスも加えて、みんなで協力して世界一のゲームを作ろうと約束した。
そして、一週間後に控えたゲームコンペ。
はっきりいって、全然何も進んじゃいなかった。
「もう無理だよ!! お手上げだよ!?」
「それはお姉ちゃんがすぐ現実逃避してゲーム始めるからでしょ!? こっちはお姉ちゃんのシナリオに合わせて顔の差分とか書かなきゃ行けないんだから早くしてもらわないと困るの!!」
そう言って、ミドリにガクガクと激しく肩を揺すぶられるモモイ。
モモイも正直自分が悪い事は自覚しているが、それでも段々と気持ち悪くなってきて、そして寝ずにゲームをしていたせいでついに爆発して暴走の逆ギレをはじめた。
「──何さっ! ミドリだってしょっちゅーシャーレの当番に行ってた癖に!!」
「なっ!? だ、だからそれはおねえちゃんがシナリオ書かないからでしょ!?」
「うるさいうるさい!シナリオ書いたことないミドリに私の気持ちは分からないんだ!! いつも早くしろ早くしろってせっつかれて、そんなに散々焦らせていいアイデアが浮かぶわけないじゃん!!」
「それがおねえちゃんの仕事でしょ!? そんな事言って、お姉ちゃんに合わせてたらいつまで経っても何も作れないよ!!」
「このっ!」
「なによっ!」
取っ組み合い、掴み合い、下着が見えることすら気にせず2人はドッタンバッタン暴れ回った。
正直、よくある光景ではある。
アリスが来てからは「2人とも、ケンカはいけません!」と止めに入ってくれていたが、残念ながらアリスは今冒険に出かけていて、ユズはゲーム開発部の予算、及び実績の件でセミナーへと緊急呼び出しを食らっていた。
2人を止める存在は、残念な事にここにいなかったのである。
「もういい! ゲーム開発部なんて辞めてやる!!」
「なっ!? 何言ってるのお姉ちゃん!?」
「私はゲーム遊び部に入る!! もうやってらんない! 先生に養ってもらって一生遊んで過ごすんだー!!」
「何を馬鹿な事を……! いい加減に──!」
そして、モモイはミドリをつき飛ばした。
トンっ、とほんの軽い気持ちだった。
いい加減暑苦しいから離れろ、くらいの気持ちでミドリを突き飛ばして……ミドリは、勢いよく尻もちを着いた。
「いたっ」
「あ──、み、ミドリ……」
「………………」
対した痛みでは無い。言ってしまえばさっきの取っ組み合いの方が掴んで殴って痛かった。
けど、なんと言うか。
本気で“拒絶”されたような気がして、ミドリは──
「……っ!、おねえちゃん何て大っ嫌い!!!」
「ミドリっ!」
ミドリは部室を飛び出して、どこかへと駆けて行った。
モモイが最後に見たミドリの顔。それは、涙を浮かべて自分を睨みつける様な顔だった。
──やりすぎた。そう思っても、全然身体は動かなかった。
モモイは、その性格も相まって少しばかり周りより子供だった。
「へ、へんっ! いいもんね! これで静かにゲームが出来るよっ!」
モモイは座って、またピコピコと最初からRTAをはじめた。
そわそわと、どこか落ち着きのなさを見せながら。
『GAME OVER』
「あっ」
そして、何度もクリアした筈の最初のステージで、呆気なくやり直しを突きつけられるのだった。
──────────────
「──ぐすん、おねえちゃんの、バカ…………」
「はは、ケンカでもしたのかい?」
部室を勢いのままに飛び出したミドリは、しばらくは行く宛もなくさ迷って、最終的にエンジニア部へとたどり着いた。
トン、テン、カンと、こ気味いい音が聞こえてくるこの部室で、ミドリは巨大な何かよく分からない装置の影で三角座りで蹲っていた。
「ほら、出ておいで、子猫ちゃん」
「……私、ネコじゃないです……」
隠れるミドリへ優しい言葉を投げかけるのは、ここエンジニア部の部長、白石ウタハ。
ミドリは、特に理由もなく何となくここへと足を運んだ。けど、本当は無意識のうちにこの温かさを求めていたのかもしれない。
楽しそうにあーだこーだと話しながら作業をするエンジニア部の面々。
ウチみたいに、ケンカばっかりで作業もろくに進まない部活とは大違いだった。
「ミドリ、実は今ちょっと危ない作業をしていてね」
「……邪魔ですか?」
「いや、別に構わないんだが……ちょっと、下手すればここ一体が吹き飛ぶような研究をしていてね……」
「な、何をしてるんですか!?」
「まあ、だから今は………うん。まぁ、いいか。何か訳ありみたいだしね。おーい、ヒビキ! コトリ! 少し休憩にしよう!」
「──はーい」
「これを、こう! あぁあ!? 失敗した!? ……あ、部長! 了解であります!」
ほら、とウタハに手を引かれ、作品の影から顔を出すミドリ。そして彼女に連れられて、休憩所とは名ばかりのその辺にビニールシートを敷いただけの空間にミドリは案内された。
「はい、お茶だよ」
「……ありがとうございます」
「──ようこそおいでくださいましたミドリ! もし何か解説が欲しいものが見つかったら──」
「コトリ、そこのおせんべい取って」
「──あ、はい、どうぞ! それでですね、実は今私達が何をしていたかと言うと──」
「コトリ、もう少しそちらに詰めてくれないか」
「──あ、はい! これでいいでしょうか!」
「ああ、ありがとう」
「…………」
エンジニア部の息のあったコンビネーションに、ミドリは思わず嫉妬した。
ここの人達はみんな真剣に部活動に取り組んで、成果もいっぱい上げていて、それでいてとても仲がいい。
完全に上位互換。ゲーム開発部と比べる事すら烏滸がましかった。
私、なんでここに来ちゃったんだろう……と後悔しながら、それでも出されたお茶は飲んで帰ろうと思って口をつけた。
「あ、おいしい……」
「それで、子猫ちゃんはどうしたんだい?」
冷たいお茶にふんわりしていると、隣に座ったウタハから声がかかった。
子猫ちゃんじゃないです……と返しながら、それでもミドリはこの状況に色々と申し訳なさを感じてきて、せめて聞かれたことにはちゃんと答えようと言葉を発した。
「お姉ちゃんと、ケンカしちゃって……」
「まあ、そんな気はしていたね」
「ミドリ! 何があったのか詳しく解説をお願いします! 力になりましょう!」
「コトリ、良いんだけどもう少しデリカシーを身につけて」
ヒビキはそう言ったものの、ミドリはそこまで嫌な気はしていなかった。
2人とも同級生。部室も近いし、頼りにもなるからミドリ達はよくここに遊びに来ていた。
……それに、アリスの時も、リオ会長の時もそう。2人は私達何かと違って、いつも活躍してた。私と違って、すごい人たち。
「……その、お姉ちゃんがゲームばっかりして、全然シナリオ作ってくれなくて……」
「嫌に想像がつくね」
はっはっは、とウタハは笑って、ミドリはその顔に、ウタハが同意してくれた事実にとうとう爆発した。
「──そうなんです! おねえちゃん、自分が言い出しっぺでゲームコンペに応募しようとか言った癖に、もう1週間も切ってるのに全然動いてくれなくて……!」
「私はよく知りませんが、1週間でゲームってできるものなのですか?」
「コトリは1週間で作った作品に自信持てる?」
「持てます!」
「……聞いた人が悪かったかも」
わちゃわちゃと盛り上がるヒビキとコトリに、優しい顔を向けるウタハ。
いいなぁっ、って思ってミドリは思わずコップを強く握りしめた。
「まぁ、ケンカしてしまったのなら仕方ないね。ミドリが許せるようになるまでは、ここにいても良いよ」
「ありがとうございます……」
「まぁ、少々……いや普通に……いや、大分、かなり危険な作業だから離れてはいて欲しいけど……」
「本当に何を作っているんですか……?」
電子膜がどうとか核融合がどうとか難しい話をされたが、ミドリはてんで分からなかった。
ヒビキとコトリはうんうん頷いていて、同級生なのに凄いなって思った。
「……仲直り、できるかな……?」
「おや? もう仲直りしたいと思えるのかい? ……ミドリはいい子だね」
そう言って、ウタハ先輩にわしゃわしゃと髪を撫でられる。
先生じゃないけど、それでも結構心地よかった。
ウタハ先輩、何か本当のお姉ちゃんみたい。それこそ、あんなのじゃなくてウタハ先輩が姉だったら良かったのに。
それでも、まあ、あんな姉でもいい所は、一応あると思う……
「──ヨシ! なら、ミドリに取っておきのアイテムを授けよう!」
「アイテム……?」
「ああ。それも、仲直りができる素敵アイテムだ」
「え? 部長そんなの作ってたの?」
「何でしょうか!? 詳しく解説をお願いします!」
そう言って、期待の込められた視線の中ウタハがふっふっふ……! と言いながら取り出したのは……何を隠そう、メガネだった。
一件何の変哲も無さそうなそれは、しかしウタハによってとんでもないものだと知らされた。
「これはね──見た相手の、自分への好感度が見えるメガネ、だっ!!!」
「な……」
「なっ……」
「ななな!……」
「「「なんですってーーっ!?」」」
「はっはっは! 良いリアクションだ!」
にこやかに笑うウタハに、3人はとんでも発明を見せられて驚愕の声を高らかに上げた。
そしてヒビキが、コトリが興奮冷めやらぬ顔でウタハへと詰め寄る。
狭いビニールシートの上で所狭しと動きまわるが、この暑苦しい8月の気温の中でもウタハは揉みくちゃにされながらどこか嬉しそうにしていた。
「解説を! 解説をぉっ!」
「部長、本気? ほんとにそんな事できるのっ?」
「まあまあ、落ち着きたまえよ。──まぁ、とりあえず軽く試験運転と行こうか」
そう言ってメガネをすちゃ、とかけるウタハ。
3人は、その様子を緊張の目で見守った。
ゴクリ、と生唾を飲み込む。そして、待てよ? と思った。これもしかして、結構恥ずかしい暴露大会のような事にならないか?と。
「数値はゼロから100。当然100が高い訳だが……手始めにコトリから行こうか」
「ぶ、部長? ちょっと待っ──」
「おお、96か。私の事大好きか君は」
「────」
プシューっ、と赤い顔で黙りこくるコトリ。
コトリちゃんのそんな顔は見たことがないと、少しミドリは新鮮な気持ちになった。
「次はヒビキだね」
「まって部長。お願い」
「ふむ、93。80超えたらほぼ恋愛感情なんだがな……」
「……」
ウタハを直視出来ず、視線を逃がすヒビキ。
しかし、その頬は赤く染っていた。
その様子に、ミドリはやばい、と思った。次は自分の番。
それはまるで死刑宣告の様だった。
「さぁ、最後はミドリ──」
その言葉に、ミドリはドキリと心臓を跳ねさせた。
無意識の内にここまで来てしまうくらいだ。きっと、そう低いものでは無いだろう。
同じエンジニア部の2人が90越え。
さすがにそこまでは行かないとしても……それでも、急に恋愛感情がどうとか言われては女の子の心は困る。
ちょあっ、待って待って──! そうミドリは心の中でわたわたとするも、時すでに遅く──
「なっ!? ………100、だと!?」
「──へ?」
「ミドリ、君私の事大好き過ぎか……?」
「う、うわーーっ」
「す、凄いね……」
「──あ、あわわわわっ!?」
顔を隠しながら、照れたように私を見てくるコトリちゃんとヒビキちゃん。
ひ、100? そんな、え、そうなの?
私が無意識のウチにここに来たのは、もしかして、ウタハ先輩の事が好きだったから?
火が出そうな顔を精一杯手で隠して、ミドリは兎に角この場から逃げ出そうとして──
「とまあ、そんな機能は本当は無いのだが」
「へっ?」
「えっ?」
「はっ?」
3人共に、素っ頓狂な声を上げて固まった。
「はっはっはっ! すまない! これはただのメガネだ!」
「う、うひゃああああ! 部長! 説明を求めます! なぜこんな恥ずかしい事をしたんでしょうかっ!?」
「……今日の部長はコトリよりデリカシー無いよ」
「う、うぅ……焦った、すごく焦った……!」
ミドリは恥ずかしさから若干涙した。
こんなの洗脳もいいところだ。下手すれば、今日お風呂や布団の中でウタハ先輩の事を思い出して悶々とするところだった。
本当にやめて欲しい。心臓に悪い。そんな意思を込めて、ミドリは精一杯ウタハ先輩を睨みつけた。
「はい。これをあげよう、ミドリ」
「い、いりませんよ……!? これただのメガネなんですよね!?」
そしてウタハの奇行についていけず、思わず声を荒らげた。
ウタハ先輩って、こんな人だったっけ?
……思い返して、存外おちゃめな部分も普段から多いなと思って、元からだなと少しだけ冷静になった。
「いや、これは仲直りするための素敵アイテムだ。その事に嘘は無い。」
「はい……?」
そんな世迷言を抜かすウタハに、さすがにそれは無いだろうと言おうと思った。
仮にもエンジニアの世界でマイスターを貼っているウタハが、何の変哲もないメガネを取りだしてそんなオカルトじみたことを言うなど……
「──あれ? おねえちゃん、私への好感度100!? 私の事好き過ぎじゃないっ!?」
「!?」
「仕方ないから、仲直りしてあげるよ。私の事大好きなおねえちゃん……ってね」
そう言って、似てない私のモノマネをしたウタハ先輩は、かけていたメガネを外してにっ! と笑った。
何か、すごくカッコイイ。
……それに、確かになんだかいい案な気はした。
私だってこれだけ動揺したのだ。そうだ。お姉ちゃんにもその気持ちを少しでも味わってもらって──
「ふふっ」
「あ、笑った」
「──あっ」
「はは、うん。ようやく笑顔になった。いいね、そうでないと」
そう言って、ウタハ先輩は頭を撫でてくれた。
頬が赤くなっていくのを自覚する。
100は多分無いだろうけど、本物の好感度メガネがあるとすれば相当高い数値をたたき出しそうだとミドリは思った。
「はい、どうぞ」
「……ありがとう、ございます」
手渡されたその赤渕のメガネを、ミドリはそのままかけた。
当然、数値は出なかった。
しかも度なしメガネで、なんでこんなものを用意していたのかは分からないけど、少なくともミドリはこのアイテムが本当に宝物のように感じた。
これはきっと、喧嘩した姉妹すら仲直りさせる最高の素敵アイテム。
他でもない、自分がウタハ先輩の言葉を本当にするのだ。
そして。
「──皆さん!」
「どうしたんだい?」
「どうしましたか!」
「どうしたの?」
私は、私の為に考えてくれたウタハ先輩に。
快く迎え入れてくれたコトリちゃんとヒビキちゃんに。
「──皆さんの頭の上に、100って出てます! 私の事、好き過ぎですかっ!?」
そう、満面の笑顔で言った。
パリッ──
次の瞬間エンジニア部に轟音と爆発が吹き荒れて、全ての存在を吹き飛ばした。
「────あれ、」
ミドリは、ふと目を覚ました。
何故か体が痛い。そして動かない。
ここはどこだろう。しばらく意識が飛んでいたような気がする。
まぶたが重くて、視界が霞んだ。
それでも、寝そべりながらも何とか辺りを見回した。
「…………ぁ」
そこは、控えめに言って地獄だった。
吹き飛んだ壁、瓦礫、エンジニア部の作品達。
爆発の余波はまだ残っているのか、煙と炎が立ち込めていて嫌に空気が悪かった。
どこかからジリリリリと火災報知器が鳴り響いている。
その音を聞いて、段々とミドリは何があったのか思い出した。
「…………そ、うだ…、あの、後……」
エンジニア部の皆と、どうやっておねえちゃんと仲直りするか話し合って。
それで、みんなのおかげで希望をもてて。
それで、それで──
「…………ぁ……」
目の前に、血まみれのウタハ先輩が転がっていた。
「…………かハッ……」
「うた……せん……ぱ……」
声が出ない。見た限りは、ウタハ先輩は重症ではあるが命に別状は無さそうだった。
他の2人は、どこに行ったんだろうか。
立ち上がろうとして、ミドリは腕に力を込めた。
「─────────?」
もう一度。
「───────っ、────なん、で……?」
下半身が、無かった。
「─────こヒュっ」
喉から空気が漏れて、あ、だめ、死ぬ。と思った。
ミドリは、エンジニア部のど真ん中で、爆発を真正面から受けて。
腰から下を、どこかへと無くしてしまっていた。
「……………ぁ…」
ミドリは、体から力が抜けて倒れ込んだ。
もう1歩も、それこそ足がないのだから動けそうもなかった。
すぐに死ぬ。それは間違いなく迫り来る、避けようのない確定した未来。
最早痛みすら感じない世界で、もうあとわずかしかない世界で、ミドリは。
「──おね、ちゃん……」
ズリズリ──、ズリズリ──、と。
最後に。大好きな姉と仲直りをする為に、血の道を作りながら這っていった。
──────────────────────
ピコピコと、電子音がなる。
モモイは、未だにゲームを続けていた。
(ミドリ……ミドリ……。ミドリ…………)
ピコピコとボタンを操作しながら、画面をじっと見つめるモモイ。
古い16ビットゲームのRTA。
けれど、あれから全然集中なんて出来なくて、ミドリは未だに1ステージ目すらクリアできていなかった。
(──もう、ミドリがそんなに謝るんだったら、許してあげる!)
これは、違う。何故かミドリから謝ってくる前提だし。仮にも怒らせたのは私の方なんだから、謝るなら私の方からだった。
(──ごめんミドリ! もうコンペまではゲームしない! だから許して!)
これなら、きっと許してくれると思った。でも、モモイはゲームがしたかった。ここにきて、未だに往生際が悪かった。
(──ミドリ! アイス買ってきたよ! 一緒に食べよっ!)
うん、これがいい、と思った。
その名も有耶無耶にする作戦。何か言われても、ほへ? って顔をしていればきっとミドリは騙される。
だから、モモイはとっくに楽しくなっていたゲームをさっさと消して、
「よし、アイスを買いに行こう!!」
そう意気揚々と、立ち上がって、振り返った。
そしたら、そこに化け物がいた。
「──ひゃぁ!? だだだだれ!?」
『…………』
真っ黒なスーツを着た、顔まで真っ黒な謎の男。目は白く光って、何かゲームの中ボスに居そうな見た目をしていた。
当然の事、モモイは目の前の存在を知らない。
というか、いつの間にこの部屋に入ってきたのか分からなかった。
ゲームに集中出来ないくらい考え事はしていたものの、まさかドアの開閉音にすら気づけないくらい散漫としていたのだろうか。
──どこか遠くで、非常ベルの音が鳴り響いていた。
『モモイ』
「えっ!? なんで私の事知ってるの!?」
黒い大人は私の名前を呼んだ。
知らない大人が急に部屋に現れて、知ったように私の名前を呼ぶ。その事実に震え、そしてモモイはその存在を知っていた。
あっ、これストーカーだ!! と。
モモイの脳内に天啓が降りたような気がして、そしてモモイは慌てて自身の愛銃を取り出した。
「でででっで、出てってこのロリコン!」
『…………』
銃を突きつけると、何故か男は悲しそうな顔をした。
いや、それはそうでしょ!? 一方的に知ってる女の子の部屋に勝手に侵入したら、銃くらい突きつけられるでしょ!? と、脳内でツッコミながら何時でも打てるようにモモイはおぼつかない手でセーフを外した。
すると、
──ゴン
「ひえっ」
扉が、何かに叩かれた。
モモイは、まさかこのロリコンの仲間かとビクリと身体を震わせた。
ゴン、ゴン……と、何度も叩かれる扉。
何かの合図!? もしかして、囲まれてる!?
それも、アリスも、ユズも──ミドリもいないこのタイミングで。
完全にモモイ狙いの変態だった。
や、やばい、いよいよやばい…! 計画的な犯行だ……! と焦りだしたモモイは、もう我武者羅に銃を乱射しようとして──
『──お───ちゃん』
「──ミドリ?」
その扉の先の声は、聞こえずらかったけど、確かにミドリのものだった。
ミドリ。ミドリが、帰ってきた。
やった! これでロリコンを撃退できる!
そう思って、モモイは扉へと駆け出した。
さすがに、モモイだって人殺しにはなりたくない。それに、拳で戦おうにも何だか触りたくもないような見た目もしていた。
モモイはロリコンを迂回して、ミドリと合流しようとして──
『──扉を開けては行けません!!』
男の急な恫喝に、ビクリと身体を跳ねさせた。
「な、何なのこのロリコン!! あんたなんか、私とミドリで……!」
『……お願い、モモイ。今は、信じて……』
「──え?」
私は、こんな人、知らない。
知り合いどころか、すれ違ったこともない。こんな見た目なら、私はきっとゲームの題材にしようとして覚えてる。
けど、なんで、そんな。
声も、姿も、何もかもが違う。
なのに……ただ……1つだけ。
その“口調”だけが、私が知る「あの人」にそっくりだった。
「……っ、どいてっ!!」
『……っ!』
モモイは、我を忘れて男を突き飛ばした。
何故か、好きな人を侮辱された気がしてすごく嫌だったからだ。
男は壁に激突して、その隙に私は扉へと進んだ。
ミドリと合流して、すぐに警察に……いや、この際先生でもいいのかな?
それで、このロリコンをお縄につけて───
「ぁえ?」
血まみれの、■■■がそこにいた。
「おねぇちゃん」
「ごめんね……」
「最後に、もう一度、だけ、」
「遊び、たかった……」
「だい、すき、だよ」
■■■は、■んだ。
「あああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛──ッッ!!!」
点滅、破損、変色、収束、膨張、終焉──反転。
モモイを、あの時の赤いエネルギーが渦巻いて、そして飲み込む。
いやだ。
いやだ。
いやだ。
いやだ。
どれだけ叫んでも、どれだけ願っても、どれだけ触れてもどうしようもなく目の前の■■■は既に死んでいた。
完全に手遅れ。ゲームオーバー。現実にリセットは効かない。
私の体が勝手に動いて、目の前の半分になった存在を我武者羅に抱きしめる。
血で濡れたって、気にしなかった。
■■■と私が赤色に染って、ひとつになっていく気がした。
『やはり、私では……』
そう言って、周囲を破壊しながら暴走する私の後ろで、男は消えた。
どうでもいい。心底どうでもいい。
──誰か、■■■を助けて。
お願い。その為ならなんだってするから。
お願い、助けて、先生──。
そのモモイの慟哭は、結局誰にも届くことなく。そして、闇へと呑まれていった───。
──────────────────
帰ってくる。
帰ってきた。
“…………モモイ”
先生は、目の前の存在を。
その小さな体に抱え込んでしまった絶望を見て、ただ涙した。
私は……一体何をしていたんだろうか。
生徒たちが苦しんでいる事も知らずに、一体何をのうのうとしていたのか。
二人のケンカ、ミドリの事故。そして別れ。
気づいた時には、もう全部手遅れだった。
もう、どうしようもなく、全部が手遅れだった。
今まで一緒に過ごしてきた、自分の妹を失って。
その最後を看取って、あまつさえその過程に、喧嘩別れまでしてしまって。
その、結果がこれだ。
私は、ただ謝ることしか出来なかった。
2人を救うのならば、今はもうあまりにも遅すぎた。
先生は、モモイを抱きしめる力を──弱めた。
“ごめん、ごめんね。ごめん。”
『AAAAAAAAAA!!』
“辛い時に一緒にいてあげられなくてごめん。悲しい時に、寄り添ってあげられなくてごめん”
ブチブチッ、と先生の肉が引きちぎられる。
先生は、もうその痛みすら気にならなかった。
そんなものよりも、モモイが感じた辛い気持ちに苦しくなって、先生は、ただ目の前の存在にされるがままにされた。
“モモイを……ミドリを、救えなくてごめん”
ごめん、ごめんと、何度も謝る。
先生が、他にできることはもう何も無いから。
ポケットの、大人のカードに、少しだけ触れた。
けど、それが意味の無いことだと、すぐに諦める。
『先生!? 先生っ!! もう、もうダメです、これ以上は──』
バキン──!!と、シッテムの箱は音を立てて割れた。
モモイが、その拳を振り抜いたのだ。ただそれだけで、今まで自分を助けてくれた存在は粉々に崩れ散った。
“ごめん、アロナ……”
先生は、もう謝るだけのボットと化していた。
もうこの場所に、先生を守るものも、先生たる精神も残されてはいない。
そして、モモイの苦しみに当てられた先生は、
“モモイ……、もし、次があるのならば……”
“次は、君を救ってみせるよ……”
“この世界”の全てを諦めて、モモイに首を噛みちぎられ、絶命した。