なぎささまご乱心   作:つきらゆ

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Vol 2 新章:友情と勇気と光のレトロチックデスモモイ 最終話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Vol 2 新章:友情と勇気と光のレトロチックデスモモイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終話:全てを取り戻す友情と勇気と光のレトロチックロマン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──うへぇ、あっつ〜い! 暑くて干からびそぉ〜…!」

「言わないで、余計熱くなるから……」

 

「何のっ! これしき! えり〜とには何てことないでわ〜!」

「その暑そうな羽織見てるだけで暑いから脱いでくれない……?」

 

 

 砂漠を歩く。

 

 

「ど、何処まで行くの……?」

「コハル、もう少しこまめに水を飲んだ方ががいい」

「コハルちゃん、私の唾で良ければいくらでも……♡」

「い、いらないからっ! 離れてっ!?」

「コハルはもう正義実現委員会の副委員長なのに……」

 

 

 ヘイローを掲げた少女たちが、群衆をなして砂漠を歩いている。

 

 

「ふふ、砂漠に現れるアウトロー。決めポーズは……こんな感じかしら?」

「何やってんの……?」

「ふふ、フウカさん。……あまり見ては行けませんわ」

「ちょっと!? 遠回しに変な人って言ってないかしらッ!?」

 

 

 

 色とりどりの服装。

 本来手を取り合うはずのない学園の生徒達が。

 

 

 

「ナギサ、辛いなら少し木陰で休むべきだ」

「ふぅ……いえ、これくらいは……、セイアさんは大丈夫なんですか……?」

「この服装のおかげかもしれないね」

 

 

 

 奇跡の果てに、一つの目的を掲げて砂漠を共に練り歩いていた。

 

 

 

「ねーユウカ先生ー、これいつまで続けるのー?」

「うーん……先生が見つかるまで?」

 

 

 

「──うへぇっ! 皆ミイラになっちゃうよ〜!」

 

 

 

 

 アビドスに、新生シャーレ、初遠征。手掛かりあるまで、帰れません〜(故・チセ。天国より)

 

 

 目と口をバッテンにして、この広い砂漠でホシノは泣き叫んだ。

 

 春。ついこの間まで肌寒い冬の風がー、とか皆して言っていたのに、この変わりようにはここに居る誰しもが目を白黒させていた。(一部除く)

 

 アビドス砂漠。下手すればゲヘナやトリニティにも劣らない程に大きい砂の大地。

 その怖さを知るからこそのホシノの言葉に、ごめん嘘嘘、と言いながらユウカは彼女の頭を優しく撫でた。

 

 そして、見渡す。

 どこまでも続く砂漠。砂しかない、本当にとうの昔に死んでしまった大地。

 

 風が吹いて、砂が目に入る。

 銃の中にも入り込んで、帰った後の手入れまで考えると億劫になりそうだった。

 

 

 なぜ、そんな私達がここにいるかと言うと──それは、あの黒い封筒によるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“アビドス砂漠に集合せよ”

 

 

 

 

 

 

 

“先生より”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新たに特異現象捜査部にいつの間にか投函されていた“2枚目”の黒い封筒、その中身。

 そこに書かれていたのは、アビドス集合、先生より、という同じくたった2行の文章だった。

 

 それは信用させる気のない、目的も何も分からない、ホシノ曰く怪しい大人が用意した罠同然の怪しい封筒。

 

 

 しかし、これを私は1枚目の“協力せよ”が達成された事による物だと思った。

 

 

 その結果、無理を言って“皆”でここに来た、と言うのが今の状況の説明だった。

 きっと、ここに来れば何かがある。ユウカはそう信じて渋るホシノを宥め、撫でに撫でまくり何とかここまで連れてきてもらった。

 

 

「よし、時間を決めよっか。今がお昼の1時だから……」

「う〜ん、砂漠は怖いからね。あまり深いところはやめといて、4時前には引き返した方がいいんじゃないかとおじさんは思うよ〜」

「そっか、ありがと。というわけだから、皆! 4時まで何か手がかりが無いか捜索! 離れすぎないように注意してね!」

 

 はーい、と返事をしてくれる皆。勝手知るメンバー同時で集まって、あれやこれやと話に花を咲かせながらこの過酷な環境で捜索を始める。

 それを見て、私も動き出した。

 

「さてと」

 

 一体何があるんだろう、と予想する。

 ここのどこかにまさか先生が居たりするのだろうか。それとも、3枚目の封筒が有ったりするのだろうか。

 上を、下を、遠くを、近くを、細かく見ながら何かの手がかりが無いか探す。

 どんなに小さな事でも良い。どんなに些細な事でも構わない。

 

 

 それに、大丈夫。きっと最後には奇跡が起こるのだ。

 なんたって、これだけの学園の生徒が一同に会している事自体が、もう既に奇跡の様なものなのだから。

 

 

「先、生……私達に、この、環境は、厳しい……」

「えなどり……せめて、えなどり……」

「こ、怖いわよ! ゾンビみたいに近寄って来ないで!?」

 

 とかなんとか一人悦に浸っていると、砂漠不適合者その1達がぞろぞろとユウカの元へと群がってきた。

 開始早々死に体のヴェリタス。ユウカは流石に申し訳ない気がして、ちゃんと用意していた例の超極薄エナドリをコップに入れて分け与える。

 

 その様子はさながら砂漠で飢える民に水を分け与える神の如く。

 しかし自分達を客観的に見たユウカはため息をついた。けれど、もし最初の封筒の”協力“が必須条件だとすると、彼女たちを連れてこない訳にはいかなかったのだ。

 

 

「ユウカ! ユウカ! 大変です!」

「あら、どうしたの?」

「──エイミが死にました!」

「本当に大変じゃない!? き、救護! 救護班ーーッ!」

 

 砂漠不適合者その2、エイミ。

 砂漠に伏して泡を吹くその既視感のある光景に、そういえば以前ネルとエイミとでアビスに行った時も大変な事になったなと思い出す。

 

 一応、対策として今回全身に冷えピタを貼ってミイラみたいになっていたエイミだが、やはりこの程度では駄目だったみたいだ。

 仕方あるまいと、前回のアビス探索を経験に作っておいた例のブツへとエイミを一人で運び込んだ。

 

「──はふぅ、生き返る……」

「な、何とか蘇生した……」

「シュールにも程がある光景ですが……」

 

 移動式クーラーボックス。ミレニアムの技術として出すには少々恥ずかしい、市販の業務用クーラーボックスにキャスターをつけただけの代物。そして今回は砂漠に行くという事で、キャスター部分がキャタピラへと進化? していた。

 

 そこから頭だけ出したエイミは、この状況でなければお前何しに来たんだと言われて然るべきものだった。

 ユウカはそれを見て、取り敢えず1名脱落と判断した。何せここから出れば彼女はすぐに死んでしまうのだから。

 

 ユウカはため息をつきながら、キャタピラのついた巨大クーラーボックスのロープを掴んで引っ張った。

 

「楽ちん」

「せめて周りを探してね」

「はーい。……ごめんね、先生」

「……いいわよ。私が無理言って連れてきてるんだから」

 

 申し訳なさそうな顔をするエイミに、そんな顔をされてはユウカこそ申し訳なくなってしまった。

 手がかりがある根拠もないのに、こんな所まで連れ込んだのだ。

 言ってしまえば、お互い様というものでは無いだろうか。

 

 協力。言葉にすればたった2文字の、しかし肝心な部分が掴めないミッション。

 これで合っているのか、何処か間違っている部分があるのか、その回答も、フィードバックも何も無い不透明な司令。

 

 あんなものに縋るのは、本来は滑稽と言ってしまえる程のものなのかもしれない。

 

 けれど、私達はあれに縋った。

 否、私はあれに縋ったのだ。

 

 今私の前では皆が広い砂漠を歩き、そして手がかりを探し回っている。

 砂漠に埋もれている列車とか、大きな瓦礫とか、それらを調べて回っている。

 

 不安に駆られる。先生として皆を導くようになって、初めて責任という言葉の本質を理解し始めた。

 多くの学校が手を取り合っているこの光景。

 この状況を作り上げたのは、他でもない自分自身なのだ。

 

 それらを無意味だとか、この光景が間違っているだとか、そんなふうにユウカは思いたくなかった。

 けれど、もしこれが罠だったらと、どうしても考えてしまう。

 

 先生は、いつもこんなものを抱えて私達に接して居たのだろうか。

 

 私は、ほんの少しくらいは先生に近づけて居るのだろうか。

 

 

 

「おいユウカ」

「? ……どうしたの、ネル」

 

 そんな事を一人、感慨深く考えているといつの間にか隣にネルが立っていた。

 今いるメンバーの中でも、最強と言って差し支えない最も頼りになる内の一人で、C&Cとセミナーとの関係上付き合いもそこそこ長い。

 そんなネルが、すぐ隣から声をかけてきた。

 

 当然私は笑顔で振り返る。

 実の所急に呼び捨てで呼び始めて一番緊張したのはこの人だった。

 最近はもう慣れた……とは正直言えないけど。

 何だかんだ、ネルが一番私の先生としての覚悟を認めてくれている気がする。

 

 それで、私はそんなネルの顔を見た。

 

 

 

 

 その顔は何故か凄く怖い顔をしていた。

 

 

「……ネル、本当にどうしたの?」

「……あれを、見ろ」

 

 

 ネルは私に話しかけながら、その間もずっと何処か一点を見つめていた。

 突如流れ出した神妙な空気に思わず喉をゴクリと鳴らす。

 

 そして、ネルは右手を上げてある一箇所を指さした。

 

 その視線の先を見ろと、有無を言わさぬ雰囲気のまま砂漠の先を指し示す。

 

 私は、そこをみた。

 一体何があるのかと、少しの緊張と期待を纏いながら──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──あれは、私の見間違いか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──モモイ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこに居たのは。

 

 砂漠に佇む、ずっと前に行方不明になった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『F A T A L I T Y』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 才羽モモイ。その子の姿が、そこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──離れてッッ!!」

 

「っ!──くそがッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

「──え」

 

 ガキンッ! と金属音が砂漠に鳴って、私は一瞬何が起こったのかすら分からなかった。

 

 モモイの姿を見た後、突如突風が巻き起こり私は思わず目を瞑った。

 そして次に目を開けると、そこに拡がっていたのは少し離れた位置で武器を構えるモモイと、私の前で膝を着くネルの姿。

 

 

 膝を着く、ネルの姿──?

 

 

「ネルッ!?」

「──るせぇッ! 前見ろ!!」

 

 

 最初、ヒマリの声が聞こえた。

 そして、目の前にモモイが迫って……多分、ネルはそれを助けてくれたんだろう。

 彼女の右肩に、刺されたような深い傷が赤い血を流しながらその存在を主張していた。

 

「──全員ッ! 戦闘準備!!」

 

 

 固まるユウカの代わりに、アルがいち早く事態に気づいてここに居る全員に号令をかける。

 そして、皆がようやく事態に気付く。

 

 先生に、仲間に、危機が迫っていると。

 

 

 

 待って、彼女は……っ! ユウカはそう言おうとしたが、結局それよりも早くに

 

 

 

 

「──ハードボイルドショット!!」

 

 

 アルの、人一人分とは到底思えない巨大な神秘の籠った一撃が、砂漠に立つモモイへと襲いかかった。

 

 

 

「──モモイッ……!!」

 

 轟音、爆風。下手すれば人1人くらい跡形もなく消し去りそうな攻撃が、確かにモモイに直撃したような気がした。

 ユウカは思わず手を伸ばして、その彼女の名前を叫んだ。

 

 彼女は、モモイは、私の生徒で───!

 

 

 かくして、煙は次第に晴れる。

 

 そこには、当然のように無傷のモモイが立っていた。

 

 

「……へぇ、面白いじゃない」

「うへ、今の無傷? ……これはちょっと本気出さないとね」

 

 それぞれが武器を構え、明確に彼女を敵だと認識する。

 ユウカは、呆けている場合では無いと気合を入れ直して全員に聞こえるように叫んだ。

 

「皆、 彼女を捕まえて!! 絶対に、殺さないで!!」

「そ、それは当然そうしたいですが……」

 

 ユウカの言葉に、直ぐに動揺の言葉が上がる。

 モモイの様子は、誰が見ても明らかにおかしかった。

 開いた瞳孔、血走った目。その手に銃は握られておらず、代わりに二振りの包丁が握られている。

 

 

 そして、ここに居る全員が、皆その姿を知っていた。

 事前にヒマリから教えて貰って、その情報を共有したからだ。

 

 

 先生がいなくなった日。その日に起きた、ミレニアムを揺るがす一大事件。

 

 

 その渦中にいた、唯一の生き残り。

 どこかへと逃走しながら、すれ違うミレニアム生を惨殺していた凶悪犯。

 

 モモイは、ここに居る全員にとってやっとできた新たな居場所を壊すに足る脅威だった。

 

 けれど、同時に理解もしていた。彼女はおそらく、先生への唯一の手がかりであり。

 そして、ユウカ先生がどうしても救いたい生徒の一人だという事を。

 

 

「お願い!! 私は──」

 

「──やる事やるだけだ!!」

「うへ、前は任せてよ」

「依頼ならどんな事でもこなすわ。だってそれが私の存在意義だものッ!」

「サポートはお任せ下さい。この明星ヒマリが居てできない事など有りません」

 

 ユウカの懇願に、しかし全員がモモイへと銃を向けた。

 それでも、ユウカは自分の思いが生徒に届いたと確信した。

 

 生徒たちは応えてくれた。

 ならば、私はその前線で導かなければならない。

 

 ユウカは銃を構える。

 それは倒す為ではなく、ちゃんと話をする為に。

 

 

 ──何故ここにモモイがいるのか。

 あの封筒は、ここにモモイがいる事を知らせてくれたのか。

 なんの為に?

 罠?

 ──それとも、モモイを助けるために?

 

 

 

 仮にそうだとして、そんな事を願う人をユウカは1人しか思いつかなかった。

 

 

 

 

 

 

 ──先生、ここに、いるんですか?

 

 

 

 

 

 

 どうすれば良いのか、何をすれば良いのか分からない。

 それでも、この先に何かがあると信じて、ユウカはネルとホシノが居る前線へと走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 モモイを、取り戻す。それが、新生シャーレとしての最初の仕事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

「──前ッ!」

「あぶ、ねェなッ!!」

『F A T A L I T Y……』

「──変わってっ!!」

 

 

 ネルの前に一瞬で現れたモモイに、咄嗟に注意を飛ばすユウカ。

 一拍遅れながらもギリギリで包丁を回避するネルに、仕留め損ねた事実にユラりと佇む様子のおかしいモモイ。

 そしてネル入れ替わるようにホシノが前線に出て、その愛銃の攻撃を超至近距離で浴びせた。

 

「そらっ! くらえっ!」

 

 ドン!ドン!!ドン!!! と何発も、ショットガンの弾を一切の遠慮なく胴体に浴びせるホシノ。

 モモイはその一撃一撃に大きく仰け反って、その衝撃に大きく後ろへ後退した。

 

 しかし、その目は一切怯んでいなかった。

 身体に衝撃は伝わっているものの、行動に支障をきたす様な傷は一切見られない。

 

 

「──私が耐えてる間に、攻撃して!」

 

 ホシノは最後の弾が切れたタイミングで、モモイを力の限り蹴り飛ばす。

 モモイはされるがままだった。下手すれば、脅威では無いと見なして避けることすらしなかったのかもしれない。

 

 そして、

 

 

「貫くエレガンス!」

「ハードボイルドショット!」

「ターゲット、排除する」

「正義の一撃!」

 

 ハルナ、アル、カリン、マシロの狙撃が一斉に油断したモモイへと浴びせられる。

 爆撃に巻き込まれないようホシノは一足で飛び退いて、一斉掃射した「Eye of Horus」をリロードしながら様子を伺った。

 

 

『──全員、聞こえるかい?』

「セイア?」

『ここからは私が指揮する。先生には遠く及ば無いだろうが、今は信用して欲しい』

「──了解!」

 

 セイアがヴェリタスの機械を通じてその声を砂漠に響き渡らせる。

 そして、自身の神秘を全て使ってここにいる全員へと的確な指示を飛ばしはじめる。

 

『前衛扇形に。一秒引き付けたら直ぐに他の前衛と交代。中衛は前衛のカバーに集中、後衛はリロードして待機、合図で一斉に撃ってくれ』

 

「了解!」

 

『DEATH』

 

 明らかに異常な量の神秘(恐怖)をもつモモイに全員が戦々恐々とするが、しかしこれだけの人数が居て劣るとも流石に思えない。

 ユウカはシールドを張って、モモイの包丁をその身体をもって受け止める。一撃で割られるが、反動を利用して直ぐに下がるとユウカとモモイの間に再びネルが割って入る。

 

「──遊ぼうぜ、チビ助ッ!!」

『YOU DIE』

 

 ネルがサブマシンガンをモモイの身体に全弾掃射して、しかしその弾丸を両手の包丁でモモイは全て切り裂いた。

 その光景に驚きながらも、ネルはすぐに動きだし鎖をモモイへと巻き付けた。

 が、それすらも一瞬で粉微塵に切り裂かれる。

 その動きはあまりに早すぎて、まるで手がいくつも生えている様にすら見えた。

 

「下がって!」

「──ちっ!」

『ホシノ、先程のようにもう一度、今度はアズサがいる方に押し込めるかい?』

「任せて〜!」

 

 ネルへと包丁を振り下ろすモモイの横から、再びドンッ! ドンッ!!とゼロ距離でショットガンを連射するホシノ。その方向の奥には、アズサが手を振っていた。

 そして、丁度ホシノの銃弾が尽きた頃合いで、

 

「──ブービートラップだ」

 

 砂に隠された爆薬が、一斉に起爆した。

 

『今だ! 中・後衛掃射!』

 

 その号令に慌ててホシノは飛び退いて、待機していた後衛とリロードが間に合う中衛が一斉にモモイへと銃撃を浴びせる。

 ここまで、セイアの作戦は非常に上手くいっている。

 どうか、これで倒れて欲しい。そのユウカ達の願いは、結局あっさりと裏切られた。

 

 

「うへ〜……」

「効い、てない……?」

「嘘だろ……」

 

 

 服に多少の汚れは見えるものの、ただそれだけ。

 先程の攻撃を食らって無事で済む人なんて、普通にこのキヴォトスには1人も居ないだろう。

 そして、馬鹿みたいに戦場のど真ん中で呆けている私たちに、当然のようにその刃が牙を向いた。

 

 

『全員気を引き締めてくれ! もう一度──ユウカ!!』

「──え?」

 

 

 

 

「──ユウカ先生!!」

 

 

 

 

 気づいたら、私の目の前にモモイが迫っていて。

 そして、血走ったモモイの目と交差しながら──私の腹にモモイの右足がめり込んだ。

 

 

 

「──ぅ、ごぉ……!」

「っ──離れろォッ!!」

 

 ホシノが横からまたショットガンを撃ち放つが、一拍遅れて間に合うはずもなく。私はたったの一撃で、漫画の世界みたいに面白いくらい吹き飛ばされた。

 中衛を超え、後衛も遥かに超えて砂の上を水切りみたいに跳ね飛んだ。

 三半規管が死んで、とてつもない力で胃が圧迫され、血と吐瀉物を撒き散らしながらそれでもまだ止まらない。

 

 結局、砂漠に飛び出した列車の残骸に激突して私はようやくその動きを止めた。

 

 

「……ぁ…………かはっ……」

 

 

 正直死んでないのが不思議なくらいだった。

 身体は勝手に震えて、その癖自分の意思では指すらピクリとも動かなかった。蹴られたのは腹なのに何故か全身が酷く痛んだ。

 呼吸すら上手く出来ない状態で、けれどうつ伏せに倒れる私の視界にそれは写った。

 

 

 

 

 

「──ぁ……」

 

 

 

 銃を片手で掴まれ、その腹に包丁を突き刺されたホシノの姿が。

 

 

 

「──ほ……ぃ……ぉ……」

 

 掠れてろくに出ない声。そんなものが前線まで届く筈も無く、私はその蹂躙をただ見ていることしか出来なかった。

 腹から血を吹き出しながら、膝から崩れ落ちるホシノ。

 

 そして彼女を庇うように近づいたネルが、その腕毎銃を切り刻まれて。

 顎にあの蹴りを食らって、その体を遥高くまで打ち上げさせた。

 

 

 

「…………ぇ……ぅ…………」

 

 

 

 

 だめ、勝てない。

 

 

 

 最強を冠する二人が、あっという間に落ちてしまった。

 

 当然、絶望はそれだけにとどまらない。

 前衛が一度に三人も抜けてしまい、第二前衛としてミヤコ、サキ、アズサが張って出るが、モモイが一瞬姿をかき消すと次に現れた時には3人は切り刻まれ砂漠へと崩れ落ちた。

 

 

「ぁ………………」

 

 

 モモイは止まらない。一人、二人とまた切り裂かれていく。

 大事な、私の生徒達が倒れていく。

 

 

「ぃ、げ、て……」

 

 

 逃げて。

 

 その声は、思いはどう足掻いたって届かなくて。

 

 

 

 

「ぁ、ぁぁ…………っ!」

 

 

 

 

 

 

 わたしは、ただ大事な人達が傷つけられていく様を見ているしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──生徒達が戦い、傷つき、倒れていく様を遠くから眺める人物がいた。

 

 その人物は真っ黒なスーツを身にまとい、そしてその顔すらも黒く染め上げていている。

 不気味な顔は人には見えず。

 砂漠に埋もれ少しだけ顔を出した嘗てのアビドス校舎の上から、その光景をただ、笑いながら見下ろしていた。

 

 

『──ええ、最初からそれは不可能だったのですよ。早瀬ユウカ』

 

 

 ゲマトリアが黒服。

 他でもない、この状況を作り上げたのは彼だった。

 

 

『ええ、ですが、ユウカ。貴方は本当に良くやった方だと思いますよ』

『……いつまで見ているつもりだ。もう条件は整ったのだろう』

 

 そんな彼に、カタカタと声を掛けるのはマエストロ。彼の後ろには、デカルコマニーとフランシスも控えていた。

 

『……ユウカは、どう足掻いたところで、どう自称して周りに認められたところで──そもそも“資格”が有りませんので。彼女は先生たり得ない』

『……』

『だから、もうこの世界は終わるはずでした。先生が死に、生徒がバラバラになり、デスモモイという恐怖に飲み込まれる。そんな結末が、すぐ目の前にまで迫っていたのですよ』

『……話を聞け黒服』

 

 自分語りを一向に辞めない黒服に、マエストロはカタカタと揺れてその苛立ちを表に出した。

 するとようやく黒服は彼へと振り返って、マエストロに対して愉悦の籠った視線を向ける。

 

『くくっ、風情が無いですねぇ……これで最後だと言うのに』

『このままでは手遅れになるぞ』

『心配ありません。この“切り札”に遅れるという概念は存在しませんので……』

 

 黒服の言葉は容量を得ないもの。しかし、マエストロやフランシスには伝わったようで彼らはその言葉に黙った。

 そんなマエストロ達を一瞥して、黒服は再び少女達へと視線を戻した。

 

 

 

 彼がかつて、別の世界で自分が教え、導いて来たその少女たちに。

 

 

 

 その瞳に名をつけるのならば、慈愛、だった。

 

 

 

『この世界の青春の物語は、ミドリが死に、デスモモイが顕現し、そして先生の命が失われた事で完全に壊れたはずでした』

 

『そんな中で再び立ち上がった貴方は、一体何に突き動かされていたのでしょうか……』

 

 分からない。自分には分からないと、黒服はただ空を仰いだ。

 空は、果てしなく晴れ渡っている。今空の下に広がっている絶望などお構い無しに。

 

『もういい、私は行くぞ』

 

 マエストロは、そう言った。その言葉に、流石に黒服も彼へと目をやった。

 

『良いのですか?』

『良いも何も、既に決めた事だ。彼女達は契約を達成し、次は我々の番。お前の“風情”とやらを聞かされ続ける趣味もない』

『……そうですか』

 

 

 黒服は、マエストロの覚悟を確かに感じた。

 それを止める道理も、理由も、資格もない。

 

 もとより、これは黒服が始めた事だった。

 

 

 だから、黒服はマエストロに近づいた。

 

 そして、手を伸ばした。

 

 

『……そんな間柄でもないだろう』

『最後くらい良いのではないですか?』

『……フン』

 

 渋るマエストロ。黒服自身、ただの思いつきで乗ってもらえるとも思っていなかった。

 故に、これはこれで実に我々らしい別れ方だろうと。

 

 

 黒服は上げた手を下ろそうとして──

 

 

 

 ──二人は、握手を交わした。

 

『……くく、』

『…………フ』

 

 一人はくつくつと。

 もう一人はカタカタと。

 

 2人とも感情の見えずらい顔をしているが、互いに笑い合っている事は伝わった。

 

 

『──ではな』

『はい、お気をつけて』

『…………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マエストロは、大人のカードを掲げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その姿は一瞬で消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──こんな、感じなんですね』

『そういうこった……』

『……次は、私の番だな』

 

 そう言って、フランシスは名乗りを上げた。

 彼の存在は絵で出来ているため、何かを手で持つことは出来ない。それでも、デカルコマニーのポケットに忍ばせておいた自身の“それ”を意識して、彼もまた力を使おうとしていた。

 

『そういえば、彼女はどうなりましたか?』

『消した。断られたのでな』

『……まあ、仕方がないと言えばそうですね』

 

 俯く黒服は、本当に悲しいと言った雰囲気をしていた。

 そんな情緒をゲマトリアになってまで持ち合わせている黒服に、フランシスは苛立ちは見せるものの実際はそこまで嫌いではなかった。

 

『握手は出来ませんが……またどこかで会うことがあれば、晩酌でもどうですか』

『私に“希望”を抱けとでも言うつもりか? ……断る。私は、私だ。哀れみは要らん』

『哀れみなどでは無いのですが……残念です』

 

 

 

 

『ではな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、彼もまた、消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そういう、こったぁ……』

『……申し訳ありません。全て、私が言い出した事なので……』

『……、そういう、こった。』

 

 デカルコマニーは、黒服へと向き直った。

 そして、胸ポケットから自身のカードを取り出す。

 

『そういうこった!』

『くく、ええ、今までありがとうございました。お元気で』

『そういうこった!!』

 

 二人は握手を交わして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デカルコマニーもまた、その姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………』

 

 

 黒服は、1人になった。

 そして、再び砂漠で戦う少女たちに目を向ける。

 

 

『……ユウカ。そして彼女を取り巻く少女達よ。──よく、やり遂げました。』

 

 

 黒服は、ネクタイを緩めた。

 もう、仲間は誰もいない。誰も見ていない。堅苦しい自分は、終わりだと。

 

 

『あなた達は見事、無理難題に見えた“協力”という契約を、やり遂げました』

 

 

 ネクタイを手のひらの上に乗せた。

 そして、天高く空へと掲げる。

 すると、それは直ぐに風にさらわれどこかへと飛んで行った。

 

 

『であれば、今度は私達“大人”が契約を果たす番です』

 

 

 黒服は、胸ポケットから“それ”を出した。

 

 大人のカード。

 ボロボロに、今にも朽ち果てそうなそれは、本来もう力を失ったものだった。

 

 

『……この世界の、ルール。先生は、ただ1人だけ』

 

 

 この世界で、唯一奇跡を行使できる存在。

 その先生が、居なくなった。

 そして、ユウカは先生であろうとした。

 けれど、彼女は資格を持っていない。

 資格持っているのは……今この世界では、我々ゲマトリアだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 故に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生徒が先生であろうとした。くく、その姿を見せられて、先生が先生を放棄する訳には行きませんので──!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、彼もまた掲げる。

 

 

 

 

 大人のカードを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう二度と使う事はないと思われた、その奇跡の力を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いつまで寝ているおつもりですかッ!? さっさと起きなさい────』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──先生よ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲマトリア達の、最後の奇跡が、光となってこの世界へと降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 口に砂が入る。

 血が混じって気持ち悪い。

 腕にも力が入らない。

 

 負けた。

 終わった。

 私を信じてくれた生徒達も、みんなやられた。

 

 そんな絶望の中で。

 私は。

 また、

 

 

 

 

 ──何も出来ずに、モモイに見下ろされていた。

 

 

 

 

『F A T A L I T Y』

 

「も、モイ……」

 

 倒れながら、けれどユウカはその姿を正面から見据える。

 

 ……随分と、変わってしまった。

 

 あの日、あの事件が起きて。

 私が何かをする前に……彼女は、どこかへと消えてしまって。

 あの時のモモイの変化は何なのか。

 そして、あの後一体彼女に何があったのか。

 

「モモイ……っ」

 

『DEATH』

 

 

 

 

 

「ぅああ゛っ──!?」

 

 うつ伏せに倒れる私の、背中に包丁が突き刺さる。

 

 

『FATALITY。FATALITY。FATALITY』

 

 

「う、あぁ゛……ぃ゛だっ! も、モイ……ッ!!」

 

 何度も、何度も、何度も振り下ろされる。

 その度に血が吹き出して、痛みが全身を襲って、体から力が抜けていく。

 

 

 ──結局、私は何も出来なかったという事なのだろうか。

 私がみんなを集めて、ここに来たのは……全てをまた、台無しにするためだったのだろうか。

 

 頑張って、先生になろうとして。

 頑張って、生徒達の味方になろうとして。

 

 その全部が、最初から無駄だった。

 最初から、私の存在に意味なんてなかった。

 

 

「ぅ……ぁ……ぁぁぁ、ぅうう……っ!!」

 

 

 なんで。どうしてノアは、私をこんな世界に残したの?

 やっぱり、頑張ったって意味なかったじゃない。

 あの時、終わっていれば良かった。

 あの時、無理やりにでも死んでおけば良かった。

 

 

 だって、世界はこんなにも辛い事で溢れているんだから。

 こんな思いをするのなら、いっそ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウカは、拳を握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──もう、諦めるのは懲り懲りなのよッッ────!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 泣きながら、鼻水だってたれて、叫びながら、不格好に。

 それでも、私は立ち上がった。

 

 何でって、そんなの私にだって分からない。

 今すぐ全部諦めて、もう死んでしまった方が圧倒的に楽だった。

 

 けど。

 

 こんな世界でも、ヒマリは笑ってくれた。

 

 こんな世界でも、セイアは頼ってくれた。

 

 こんな世界でも、アルは肩を寄せてくれた。

 

 こんな世界でも、ナギサはもう一度信じてくれた。

 

 他にも、他にも、他にも。皆。

 

 今ここにいる子達は、私に着いてきてくれた。

 

 私が、先生であろうとしたから、私の生徒であろうとしてくれた。

 

 そんな彼女達を置いて諦めるなんて、私に許されるはずがなかった。

 

「もう、いやなのよ……っ、何かを失うのは……っ!」

 

 ボロボロとこぼれる涙が、モモイに伝わるのかは分からない。

 喉が避けるほど叫ぶ私の声が、モモイに届くのかは分からない。

 

 それでも、それらが諦める理由にはなり得ない。

 全てが虚しくとも、今日この日を生きて、明日を夢見ない理由にはなり得ない。

 

「──この世界が苦しいから、だから何なのよ!! 明日に希望が無いからって、だから何なのよッ!!!」

 

 みっともなく、振り上げた拳は棒立ちのモモイの胸に当たる。

 けれど、当然そんなものが効くはずがない。

 効くはずがなく、モモイは最早避けることすらしなかった。

 

 

「──私は、こんな終わった世界でも、それでも生きるの゛!! 皆と、私の生徒達と、笑って生きるのッ!!! そう、決めたの!! あの日、ノアにこの命を貰ってっ、そう、決めたの゛!!!!」

 

 ユウカは、もう一方の手も振り上げた。

 効かないことなんて分かってる。それでも、今できる限りの抵抗を止めることは出来なかった。

 モモイが自分の意思でこんな事をしているのかは分からない。

 それでも、彼女も私の生徒だから。

 

 

 

 

 私と、先生の、生徒だから。

 

 

 

 

「私はっ! 私の生徒達と生きるのっ!! だから──! さっさと目を覚ませ!! この、バカモモイ─────ッ!!!」

 

 

 

 

 その拳は、モモイの頬に直撃した。

 モモイは、微動だにしない。

 ユウカの渾身の一撃も、結局──届かなかった。

 

 

 ゆっくりと、振り上げられる包丁。

 その先端は、ユウカの頭へと向いていた。

 

 

 駄目だった。届かなかった。

 それでも、ユウカはモモイから目をそらさなかった。

 ユウカは、死ぬ最後の瞬間まで自分と、生徒達の未来を諦めない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『FATALITY』

 

 

 

 

 

 

 

 

 振り下ろされる包丁を、ユウカは瞬きすること無く最後まで見届けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ユウカちゃんに、何するんですか!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………えっ─────」

 

 

 

 

 

 

 ユウカは、目を見開いた。

 大きく、大きく見開いた。

 

 

 今、目の前に映る光景が、どうしても信じられなくて。

 

 

 目の前にいる人物が、どうしたって信じられなくて。

 

 

 ただ、呆然と立ちながらふらつく足を堪えて、背中の痛みを堪えて、ただ目の前の光景をぼぅっと見ていた。

 

 ユウカは、最後まで諦めなかった。

 目の前で生徒達が倒れて、その脅威が自身に牙を向いて。

 その圧倒的な絶望を前にして、それでも尚諦めなかった。

 

 

 それが、この奇跡を産んだんだろうか。

 それとも、これは自分が見せたただの最後の幻なのだろうか。

 

 わからない。分からないから、ユウカはそれに手を延ばした。

 

 お願いします、どうか消えないで。

 

 お願いします、夢だって言わないで。

 

 そう願って、わたしは、その背中に手を伸ばして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 触れた。

 

 

 

 

 

 

「──ただいま───ユウカちゃん」

 

 

 

 

「の、あ────?」

 

 

 

 

 触れた。触れる。ちゃんと、そこにいる。

 

 あの時みたいな幻じゃなくて、けど、あの時みたいにすぐ消えるんじゃないかって思って。

 

 私は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────撃て!!」

 

 

 

「きゃあ──!?」

 

 

 一斉に降り注ぐ無数の銃弾。それらがモモイへと襲いかかり、私達とモモイの間に距離を作った。

 誰だろう。ここに戦える人はもう居なかったと思う。

 絶望的な状況には変わりない筈。それでも、何故か私は心の底から安堵していた。

 

 

 

「ユウカちゃん」

「ノア……」

 

 

 ノアは私に向き直って、私の頬に手を触れた。

 それで、私は真正面からノアの顔を見る。

 

 

 ノア。ノアだ。私の親友。いなくなっちゃった親友。助けてくれた親友。ずっと、ずっと会いたかった親友────

 

 

 

 

 生塩ノアが、そこに居た。

 

 

 

 

「のあ───っ!!」

「きゃあ!?」

 

 

 わたしは、状況も何も全部忘れてノアに抱きついた。

 会いたかった。ずっとずっと会いたかった。

 何を捨てたって、何を犠牲にしたって会いたかった。ずっと忘れなかった。頭の中にはずっとずっとノアがいた。

 

 

 

 

「──わだじ、がんばっだの!! ほんどに、ぼんどにがんばっだの゛!!!」

「──はい、知ってます」

 

「ずっと、づらくでぇっ、それでも、あなだに貰っだいのぢだがらっでぇ!!」

「──はい、ずっと見てました」

 

「──ばかぁ!! なんで置いていっだの!! 何で何もぞうだんじでくれながったの!!!」

「──ごめんなさい」

 

「ばか!!ばかばか、ばか、ばーーか!!!」

「………………」

 

 

 

 

 

「もうノアなんでじらないからっ!! わたじ、わだしにはぜいと達がいっばいいるんだがら゛っ!!」

「…………それは、寂しいです……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから───っ、──もう、もう、どごにもいがないで……! わだしのそばにいでよ……ノア……っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 支離滅裂な事を言っている自覚はある。

 それでも、ずっと言いたいことがあったから。

 伝えたいことが、あまりにも多すぎたから。

 

 

「わだし、貴方がいないど……! ぜんぜん、だめだからぁ……っ!」

「──はい、もう、はなしません……!」

 

 

「──ずっと、一緒です、ユウカちゃん……っ! ……ぐすっ……っ」

 

 

 わたしは、本物のノアの体温を感じて、また涙した。

 ノア。のあ。

 私が会いたかった人。今、ちゃんとここにいる。

 

 どんな奇跡が起きたのか何て、分からない。

 どうして奇跡が今更起きたのかなんて、分からない。

 けど、どうだっていい。

 

 

 ノアがいれば、わたしはなんだって出来る気がした。

 

 

「──さ、ユウカちゃん。背中は痛むかもしれませんが……もうひと踏ん張りです」

「ぐすっ──まだ、なにがざぜるの……?」

「モモイちゃんを、助けないと」

「ぞれは……」

 

 確かに、やらなきゃいけない。けど、正直どうしていいのかも分からない。

 それでも、ノアがいるから。

 わたしは彼女に肩を貸してもらいながら、前を向いた。

 

 

 

「大丈夫ですよ、ユウカちゃん」

「あ──っ」

「奇跡って、凄いんですよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう笑うノアの笑顔に見とれながら、私はその光景を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこに拡がる光景は、紛れもなく、“奇跡”だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──う、うへへ……なに、これ。ユメ……?」

 

 ホシノは、倒れながらユメでも見ているかの様な気分だった。

 彼女は、これまでに多くのものを失った。

 本当に、失い続ける人生だった。

 

 一年の頃、先輩を失って。

 先生が来て、お金と引き換えに自分の身を犠牲にしようとして、けれど騙されてただ皆との居場所を失いかけて。

 

 そして、7ヶ月前に先生を失った。

 けれど、それだけじゃなかった。

 

 セリカちゃんが行方不明になって。

 ノノミちゃんが実家のネフティスに帰って、そこで自殺して。

 アヤネちゃんがアビドスに逃げてきたゲヘナ生に襲われて昏睡状態になって。

 シロコちゃんは、先生を探しにどこかへと消えてしまった。

 

 1人になった。

 それでも、アビドスを守れるのはもう私しかいなくて、1人で戦った。

 

 手を伸ばす人は居た。

 ユウカっていう変な人が、性懲りもなくまた大人として私の前に現れた。

 

 信じられるはずが無かった。

 それでも、いつしか信じたいと思い始めた。

 

 けど、結局彼女はアビドスでは無かった。

 どう足掻いたって、自分だけの居場所にはなってくれなかった。

 

 だから、ホシノは結局、1人だった。

 そう、1人だったのだ。

 

 

 

「みん、な──」

 

「──ホシノ先輩」

 

 

 

 セリカちゃんが、いた。

 ノノミちゃんが、笑ってた。

 アヤネちゃんが、泣いてた。

 シロコちゃんが、怒られた時の顔してる。

 

 皆、みんないる。私は思わず、痛みなんて忘れて立ち上がって駆け出した。

 それで、皆の1番前に居たセリカちゃんに抱きついた。

 ユメじゃなくて、ちゃんと触れた。

 

 

「ユメ、じゃない……?」

「あ、当たり前でしょ!?」

「ホシノ先ぱ〜い! 私もハグしたいです〜!」

「ホジノせんばい〜!」

「ん……」

 

 皆が、抱きしめてくれた。

 こんな、こんな奇跡が起きちゃっていいの?

 死んだ人が生き返っちゃうような、そんな御伽噺の様な話が現実にあっていいの?

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 

 もう、なんでもいいよね。

 

 

 

 こんなに幸せなら、大歓迎なんだから。

 

 

 

「うへぇ〜〜???」

「ああ!? ホシノ先輩が失血死しちゃう!?」

「アヤネちゃん! 治療! 治療お願いします!」

「は、はい! 今助けます先輩!」

「ん……死なせない。絶対に……」

 

 シロコは銃を構えた。少しでも治療の時間を稼ぐ為に。

 隣にはノノミと、セリカも立つ。

 

 

 

 

 

 

 アビドス対策委員会、ここに、復活。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──アルちゃん。」

 

「─────ッ!!」

 

 

 背後からかけられた声。それに、アルはビクリと身体を揺らした。

 そして、震える。震えが、止まらない。

 

 アルは、振り返ってはいけない気がした。

 もしそれが幻聴だったなら、本当にもう、自分は耐えられない気がしたから。

 

 ゲヘナ─トリニティ間の抗争。それを止める為に戦い、散っていった仲間達の声が。

 死んだ筈の仲間の声が、自分のすぐ後ろから聞こえるなんて──

 

 

 

 

 

「──もー! アルちゃんなんで後ろ向いてくれないのっ!?」

「社長。呼んでるんだけど」

「あっ、、ああ、アル様! 申し訳ありません!申し訳ありません!? い、今まで1人にしてしまって……! し、死んで詫びます!!」

「いやせっかく生き返ったのに何してんのーー?」

 

 

 アルは、そのやり取りをよく知っていた。

 その幸せの中に、アルはずっと居たから。

 貧乏で、中々上手くいかなくて、それでも皆と一緒にいれば幸せだった。

 ただ一緒にいると言うだけで、他がどうでも良くなるくらいに幸せだった。

 

 

 

「アルちゃんがそのつもりなら──えいっ!」

「────ぁっ………」

「んへへ、眼帯なんかつけちゃってさ、かっこよくなったなーって思ってたけど……」

「ム、ツキ──?」

「やっぱり、アルちゃんはアルちゃんだね。 ただいま、アルちゃん」

 

「……ただいま、社長」

「たた、ただいまです、アル様っ!」

 

 

「カヨコ、ハルカぁ……!」

 

 

 本物だった。

 幻なんかじゃ、無かった。

 

 いつの間にか、アルは両目が見えていた。

 眼帯が風で飛んでいって、その両目に映るのは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の、大好きな家族の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 便利屋68、復活。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他にも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミカ、さん……?」

「な、ミカ………?」

 

「あはは……、うん。ただいま、 2人とも☆」

 

 目の前で、自分を庇った幼馴染。

 目の前で、自分を庇った嘗ての仲間。

 

 

 

「あ、あはは……す、凄い状況ですね……」

 

「ヒフミッ……!?」

「ヒフミさん!」

「えぇ!? な、何で!? ゆ、夢 !?」

 

「──きぇへへへへへへ!!」

 

「わ! びっくりした!? って、ツルギ先輩!? ハスミ先輩も!?」

「私もいるッスよ〜」

 

「……ふふ、2人とも、ずっと見ていましたよ……。マシロ。コハル。私たちのいない正義実現委員会を引っ張ってくださって、本当にありがとうございました」

 

「──ハスミ先輩゛ぃ……っ!」

「──うああああん゛っ!!」

「ふふ……!」

「いやー、あついっすねー……。あついあつい」

 

 パタパタも暑い暑いと言いながら、暑さのせいにして赤い顔を誤魔化すイチカ。彼女の目にも、少なくない涙が貯められていた。

 

 

 

 

 

 

「ハルナ!」

「ハルナさん!」

「会長!」

 

「あ、あら? み、皆さん……!?」

 

「あ! 言っとくけど、これ夢じゃないからね!」

「お腹すいたぁ〜! ハルナ何か持ってないー!?」

「あ……ええと、あ、はい、チョコスティックなら常備して……」

「わーい! いただきまーす!!」

「きゃあ……!?」

 

 ハルナの上に飛び乗って、袋ごと、ハルナの手ごとかぶりつくイズミ。

 指をネトネトにされたハルナは、それでも……その感触に、涙していた。

 

 

「皆、さん……」

「ん〜おいし〜!」

「ちょっと、いい加減どきなさいよ!」

「独り占めは行けませんよ?☆」

「やだねーっ! わたし、今日はハルナを抱いて寝るもん!」

 

 

 

 

 

「みーんなーー! 久しぶりーっ!」

 

「アスナ先輩!? 」

「アスナ!?」

「アスナ先輩……」

 

「──えへへ、皆寂しかった?」

 

「──何言ってんだボケェ!!」

「あいたっ──!?」

 

 

「帰って来れんなら先に言っとけ、バカが……ッ!」

「……えへへ、ごめんなさーい!」

 

 

 

 

 

「なぐざぜんばい゛ぃ!!」

「…………」

「何か言ってやったらどうだ? ナグサ」

「……ユカリを1人にした私なんかが、今更何を……」

「まだんな事言ってんのかよ情けねぇー。ほらユカリ! レンゲ先輩が遊んでやるぞ〜!」

「れんげぜんばい゛ぃぃ!」

「……私もいるんだけど」

「ぎぎょうぜんばい゛ぃぃ!」

「……ユカリで遊ばないで」

 

 

 

 

 他にも、壊滅したはずのシスターフッドが。

 救護騎士団が。

 忍術研究部が。

 ゲヘナ風紀委員会が。

 地図から跡形もなく消えた筈のレッドウィンターの生徒達が。

 

 

 

 死んだはずの人間たちが、続々と現れる。

 これを、奇跡と呼ばずしてなんと言うのか。

 

 

 

 

 

 

 

 その光景をみて、ユウカは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──綺麗……」

「ふふ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女たちが、泣いて、笑って、抱き合う姿。

 その青春の一幕に、思わず声を漏らしていた。

 そして、ユウカは遂に目にすることになる。

 

 

 

 

 その、奇跡の奇跡たる所以を。

 

 

 

 

「ユウカちゃん、あちらを見てください」

「え?まだ何、か───」

 

 

 

 

 

 その先の言葉は、紡げなかった。

 

 

 驚きすぎて、何も言えなかった。

 

 

 そこに居たのは。

 

 

 そこに、いた、のは───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“大きく息を吸う”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“目を開ける”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“皆!!”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“ただいま!! あとは任せて!!”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先生が、この世界へと、帰ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先生は、自分の掌に乗る“それ”を見つめていた。

 

 “それ”は、真っ黒なネクタイ。

 それは、自分の“先輩”が嘗てつけていたものだった。

 

 

”黒服……“

 

 

 先生は、この奇跡の正体を知っていた。

 自分を再びこの場に立たせてくれた、その存在を確かに知っていた。

 

 

“黒いネクタイを付ける”

 

 

 最初は、敵対していた。

 自分の生徒を傷つけて、相容れないと思っていた。

 

 けれど、自分の命を救ったのは、他でもない彼らだった。

 

 

 マエストロ。フランシス。デカルコマニー。

 

 そして、黒服。

 

 彼らが自分たちの残りの時間、命、経験、それら全てを代償として、完全に消え去ることで人1人の“過去”をねじ曲げた。

 

 

 先生が死んだという事実。

 

 

 それを書き換えて、結果、先生の死から生まれた全ての不幸も消え去った。

 

 

 この奇跡の正体が、これだ。

 

 

 先生は、自分の身体に流れる先輩達の“想い”を、確かに感じて目を閉じた。

 

 

 

 

 ──受け継がなければならない。この想いを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せ、先生っ──!!」

 

”──ユウカ“

 

 先生は、こちらへと駆けてきたユウカの姿を見た。

 先生のいない世界で、本当に、1番頑張ってくれた生徒。

 

 血塗れでぼろぼろで、涙の後も酷くて、それでも、自分の代わりに全てを背負おうと1人奮闘した彼女は……

 

 

 

 

 ──すごく、美しかった。

 

 

 

 

”ユウカ、今までありがとう。本当に、本当にありがとう“

 

「わたしっ! 先生に、もういちど、あいたくでっ……!」

 

”うん。ユウカの気持ちは、ちゃんと先生に届いたよ“

 

「せんせぇっ゛……!」

 

 先生は、ユウカを抱きとめた。そして、強く強く抱き締めた。

 まだ、やらなければいけないことも残っている。けれど、彼女にだってこのくらいのご褒美はあってしかるべきだろう。

 先生は力の限り抱きしめて、そしてその頭を優しく撫でた。

 

 

”ユウカ。行ってくるよ。モモイを、助けてくる“

 

 

「せんせぇ?……ぐす、もう、居なくならないですよね……?」

 

 

”……後は、任せて“

 

 

 先生は、そっと、ユウカを離した。

 

 

 そして、向き直る。この場でまだ、唯一救われていない自身の生徒を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”──皆!!お願いがあるんだ!!!“

 

 

 

 先生は、砂漠中に響き渡るよう声を張り上げた。

 その声に、銃を掲げる事で答える数多の生徒達。

 皆、頼りになる生徒達だ。彼女たちがいれば、きっと何だってできるだろう。

 

 

 

 

 だから────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“皆、下がってて!!”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“ それと、後は任せて!!!”

 

 

 

 

 

 

 

「──え?」

「はい?」

「うそ?」

「ええええ!?」

「先生……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先生は、モモイへと一歩、足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の、奇跡の授業の時間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『F A T A L I T Y』

 

 

 包丁を構えるモモイ。

 その切っ先は、先生に向いている。

 生徒たちには下がってもらった。何かあった時、直ぐに駆けつけられる距離には誰もいない。

 

 

 けど、それでいい。それが良かった。

 

 

“──モモイ。あの日の続きをしようか”

 

 

『S E N S E I !!』

 

 

 飛びかかるモモイ。その攻撃を、シッテムの箱が防ぐ。

 その刃は届かない。しかし、それも時間の問題だ。

 

 

 

 

“前は、変な化け物たちを使ってモモイを追い詰めて、ごめんね”

 

 

 

『AAAAAAAAAA──ッ!!』

 

 

 

“拘束したりなんかして、ごめんね。裏切られたみたいで、辛かったよね”

 

 

 

 モモイの斬撃は止まらない。

 生徒たちですら目に見えない程の、無数に分裂して見える程の斬撃。

 それが、みるみる内にシッテムの箱のリソースを破壊していく。

 そう長持ちする代物ではない。

 

 

 

 

”生徒と対話する何て言っておきながら、磔にしておいてどの口がって思うよね“

 

 

 

『DEATH!! DIE!! DEAD!!!』

 

 

“ごめんね。本当にごめん。……だから、今度こそ、本当にモモイと向き合うよ”

 

 

 

 

 先生は、モモイを抱きしめた。

 

 

 

『AAAAAAAAAA!!』

 

 

 

 当然抵抗される。腕の中で暴れ回る。それでも先生は離さない。

 ──次があるのならば、絶対に救ってみせると誓ったから。

 

 

 

 

“モモイ! 聞いて!!”

 

 

 

 

 

『F A T A L I T Y!!!』

 

 

 

 

 

“辛い時に、そばにいてあげられなくてごめん!”

 

“ミドリを……モモイを、救ってあげられなくてごめん!”

 

“先生は、先生失格だよ”

 

“モモイが、ミドリが傷ついている時、そんな事も知らずにのほほんと生きていたんだから”

 

“……けどね、先生は、生徒の事を諦めたくないから”

 

“もう一度、モモイの先生でありたいと思うから”

 

“その為なら、何度だって奇跡を起こすから”

 

“そのやり方は知ってるから”

 

“だから……モモイ”

 

 

 

 

 

“もう一度だけ、先生を信じてくれないかな……?”

 

 

 

 

 

 伝えた。伝えたい事は、伝えられた。

 モモイの肌の温もりが伝わる。後悔が、懺悔が、憎しみが流れてくる。

 

 だから、代わりに先生は自分の希望を流し込んだ。

 生徒への信頼を、絆を、期待を、願いを。

 

 

 

 自分が与えられるもの、それらを全部、モモイへと分け与えた。

 

 

 

 

 

 

 

『──S E N S E I』

 

 

 トサ、と包丁が落ちて、モモイの手が力なく揺れた。

 

 届いた。

 モモイに。

 

 

 先生はより強く、もう離さないと、モモイを抱きしめた。

 

 

 

“安心して、モモイ”

 

 

 

『S E N S E I……?』

 

 

 

“私が、全部何とかするから”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、先生は大人のカードを掲げる。

 そして、奇跡を願った。

 

 

 

 

 

 

 この最悪の事件を纏めて何とかしちゃうような、ご都合主義の超展開を。

 

 

 

 

 

 

 

 小説なら三流もいい所の、子供の絵空事の様なハッピーエンドを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カードから、眩い光が溢れ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──反転した者を元に戻す事は出来ない。それは、死んだ人間が生き返らない事と同じように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なら、死んだ人間が生き返ったのなら、反転したモモイを元に戻すことだって、できるだろう──?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

─────────────────────

──────────────────

 

 

 

 

 

 

 

“──あれ?”

 

 

 先生は、目を覚ました。

 

 

 真っ白な、光の世界。上を見ても、下を見ても、どこを見ても白しかない世界。

 先生は、記憶を辿る。ここに至った過程。そして、自分がしようとしていたこと。

 全部、覚えてる。

 生徒たちの苦しみも。

 生徒達の頑張りも。

 

 全部、覚えているから。

 

 

“死んじゃったかな……やっぱり……”

 

 そう、自分が出した結論に、酷く納得した。

 

 

 

 

 

 先生は、自分の先輩達がしてくれた事を、そのまましようとしていた。

 奇跡による、過去のねじ曲げ。

 それが、自分の命を代償にすれば出来ると、身をもって黒服達が教えてくれたから。

 

 だから、大人のカードを使った。先生の持ちうる全てを代償にして、あのエンジニア部とゲーム開発部を中心にして起きた凄惨な過去をなかった事にしようとした。

 

 

“どうしよう……上手くいったかな……みんなは、大丈夫かな……”

 

 

 モモイは、助けられただろうか。

 死んでしまうのは悲しいけど、別にいい。だから、ただそれだけが心残りだった。

 

 

 後考えるとすれば、自分がいなくなった世界で、生徒たちは大丈夫なのか。

 けど、その心配は正直な所あまりしていなかった。

 

 

 人を生き返らせる奇跡。黒服達が教えてくれた、最後の奇跡。そんなものが使えるのなら、先生を生き返らせるのなら、何故黒服はこのタイミングまでしなかったのか。

 先生はそれが分かっていたから。

 

 黒服達は、先生のこの選択を、こうなることを、きっと知っていたからだ。

 

 

 黒服達の命で助ける事が出来たのは、おそらく1人だけ。そこでミドリの死を無かった事にしなかった理由は分からないけど、なにか理由があるんだろうと思った。

 結果彼らは先生を助けて、そして私を助けることで私が原因で死んだ生徒達は生き返った。

 けれど、そうなるとモモイやミドリ、エンジニア部にゲーム開発部は別だ。

 だから、先生が黒服達を真似て同じやり方をすることは、黒服たちにもきっと自然の摂理と言う程にわかっていた筈だ。

 

 だから、彼らは、生徒達が生徒達だけで立ち上がれるという実績が欲しかったんだと思う。

 でないと、どうせまた先生が居なくなるこの世界を救ったところで意味は無いから。

 だから、黒服はユウカ達に契約を交わした。

 

 先生のいない世界で、手を取り合うことができる事を、証明しろと言ったんだ。

 

 

 

 

 

 ──正直、寂しい。

 最後と思えば思うほど、彼女達との思い出が溢れて涙が出そうになった。

 

 けどそれ以上に、頑張る生徒達の姿は誇らしかった。

 辛くても、悲しくても、それでも前を見て立ち上がる生徒たちは先生の何よりの宝物だった。

 

 

 

 

 だから、彼女達なら大丈夫。

 きっと、私が居なくてもやって行ける。

 

 

 

 

 

 だから──

 

 

 

 

 

 

 

 

“後は頼んだよ、ユウカ先生”

 

 

 

 

 

 

 

 先生は笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ふと、それに気がついた。

 

 

 真っ白な世界にいる、真っ白な存在。

 よく見ないと分からないくらいこの世界に自然と紛れていて、そんな白い人影が5人集まって先生をじっと見ていた。

 

 

“ゆ、幽霊!?”

 

 先生はびっくりして飛び上がったが、対する白い幽霊たちは微動だにしない。

 ただ、先生の事をじっ、と見ている。

 そして──その口を開いた。

 

 

『あんたは、凄いよ』

 

 

“──え?”

 

 逃げようとして背を向けていた先生は、その言葉に動きを止めた。

 そして、白い影へとゆっくりと振り返った。

 

 

『ずっと見てたよ』

『俺には真似出来ねぇな』

『……チャンスがあれば変わってやろうと思ったけど……』

『この世界の先生は、あんた1人だよ』

『ほら、受け取れ。生徒を泣かすなよアホ』

 

 

 そうして、彼らの白い手が延ばされた。

 

 

 先生の胸に、触れた。

 

 

“君たちは……”

 

 

 先生の胸に触れると、彼らはどこかへと消えてしまった。

 どこへ行ったのかは、何となくわかった。

 胸の中に広がる、暖かいものを感じたから。

 

 

『──よう、あんたがここの先生か』

 

“……うん”

 

 そして、また新たに現れる白い5人組。

 ここまで来れば、先生は何が起きているのかわかった。

 

 黒服が言っていた、ゲマトリアのルール。

 この世界に存在できるのは、5人まで。

 目の前にいる白い影は5人。

 黒服達が居なくなった事で、この世界に干渉できるようになった、いつか出会ったかもしれないゲマトリア達。

 

 

 つまり、別の世界の嘗ての先生たち、だ。

 

 

『ほら、持ってけよ』

『俺のも』

『ファンになりました!』

『俺の、俺のユウカを幸せにしてやってくれ……!』

『お前のじゃねぇよ』

 

 また、消えていく。

 そして、次が表れる。

 

『叶えろよ』

『生徒置いて死ぬんじゃねぇよバカ』

『この世界の先生はあんたじゃなきゃ駄目何だよ』

『諦めんな』

『まだ死なせないからな』

 

 次、次と、どんどんくる。

 消えては、現れて。

 現れては、消える。

 

 少しずつ、少しずつ託されていく。別の世界を生きる、先生の意思が。

 命が、託されていく。

 

 

 

 

“みんな…………”

 

 

 

 

 

『大の大人が泣くんじゃねぇよ、みっともねぇ』

 

 そして、いつしか泣いていた。

 仕方ないだろう……少しくらいは、許して欲しい。

 

 ──だって、生徒の前では泣けないんだから。

 先輩たちの前でくらい、泣いたって良いじゃないか。

 

 

『ほら、俺で最後だ。泣き止まねぇと締まらねぇだろ』

 

 

“うん……ごめん、ありがとう”

 

 

 そうして、最後の白いゲマトリア……先輩が、消える。

 

 

 

 

 

『──行ってこい』

 

 

 

 

 

 

 

“……はい!”

 

 

 

 

 

 

 

 

 先生の視界は、再び白に包まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2023.8.9

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──はい、どうぞ」

「……ありがとう、ございます」

 

 

 エンジニア部。

 

 私は、ウタハ先輩から仲直りの素敵アイテム“ただの赤渕メガネ”を受け取った。

 

 ニコニコと笑うウタハ先輩。

 私はそれをそっと手で包んで、まじまじと見た。

 

 そして、かけた。当然の様に、数値も何もでなかった。

 

 しかも度なしメガネで、本当になんの為に用意していたのか分からなかった。

 

 けれど、少なくとも今の私にとっては宝物。

 

 喧嘩した姉妹すら仲直りさせる最高の素敵アイテム。

 

 それを手に入れた、私は──

 

 

 

 

「───あ! 皆さん!」

 

「どうしたんだい?」

「どうしましたか!」

「どうしたの?」

 

 

 

 

 

 

「──皆さんの頭の上に、100って出てます! 私の事好きすぎですかっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“ああああああああああああ゛!!! みんなあああああああ゛あ゛!!!”

 

 

 

 

 

「──うええっ!?!?」

「せ、先生っ!? どうしてここに!?」

 

 

 

 

 

 

 

“急いで!! 爆発する !!!!お願い逃げてぇ───!!!!!”

 

 

「!?──っ、こっちだ!!」

 

 

 急に現れ先生に、しかし何かを察知したのか直ぐに動き出すウタハ先輩。

 先輩は私の手を取って、そしてコトリとヒビキをせっついて直ぐに先生のいる所へと走り出した。

 

 

 

 

 そして、

 

 

 

 

「───きゃああああああああ!?!?」

「───わ、わああああああああ!?!?」

「───ひぃぃぃいいいいいいい!?!?」

「───きゃああああああああ!?!?!」

 

 

“ウ、ウワーーーーーーーッ!!”

 

 

 爆風、爆音、閃光、衝撃。それらが先程まで私たちがいた所をまとめて吹き飛ばして、跡形もなくかき消した。

 あ、危なかった……! ? せ、先生が来てくれなかったら、一体どうなってしまっていたんだろう……。

 

 何とか直撃は避けたものの、爆風で吹き飛ばされた私たちは尻もちを着きながら崩れるエンジニア部の部室をただ見ていることしか出来なかった。

 火災報知器が嫌なくらいに叫び声をあげていた。

 

 これ、修理とかお金とか、どうするんだろう……

 も、もしかしてこれ、私が邪魔したせい!?

 あわわ……、と1人慌てていると、私は急に誰かに手を掴まれた。

 

 

“──ミドリ! 行こう!”

 

 

「──えっ!? せ、先生どこに!?」

 

 

「ま、待ってくれ先生! 後生だ、セミナーへの説明を手伝ってくれ!!」

「お、置いてかないでくださいぃ! エンジニア部が廃部になってしまいますぅ!」

「……これはヤバイ、折檻じゃ済まない……っ!」

 

 

“ごめん、皆……っ! 先生は、無力だっ……!”

 

 

 せ、せんせぇぇええええ!! と後ろから聞こえてくる助けの声を、しかし先生は無力だと泣きながら振り払った。

 そんな先生にされるがままに手を引かれ、ミドリは嫌な気こそしないもののわけが分からなかった。

 

 

「──せ、先生!? どこに行くのか教えて!?」

 

 

“それはもちろん、モモイのとこだよ”

 

 

「えぇ!? ちょ、先生、それは今……!」

 

 

 モモイとは今ケンカをしているのだ。当然、先生がその事を知る筈はない。

 まだ少し心の準備が必要で、先生と言えどこればっかりは嫌で……! と、足を止めようとして、

 

 

“大丈夫。先生に任せて”

 

 

「ぁ…………」

 

 

 たったその言葉だけで安心して、ミドリは手を引かれるままに着いて行った。

 

 

 それと、左手にまだ握っていた赤ぶちメガネも私に勇気をくれた。

 

 

 

 

 

 

 そして、

 

 

“──モモイ!!”

 

 

「──わひゃあ!?」

 

 先生が、勢いよく扉をあけ、中に居たモモイが驚いた声を上げる。

 そして、画面に移るゲームオーバーの画面。この姉、まだゲームしてたのか……! とふつふつと怒りをわかせるが、すぐに気がついた。

 あれ、1番最初のステージだ。あんな簡単なステージなのに……

 

 

“モモイ! ミドリ!”

 

 

「きゃあ!?」

「ななななに!?何事!?」

 

 そのまま先生に腕を引かれ、先生はお姉ちゃんと私をまとめて抱きしめた。

 2人揃って先生の腕の中に抱き込められて、訳が分からず頭から煙が出る。

 

 

“モモイ! ミドリ! 二人が辛い時に傍にいてあげられなくてごめんね!!”

 

 

 

「つ、辛い時って……!? け、ケンカの話?」

「そ、そんな大袈裟な──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“大袈裟なんかじゃないよ”

 

“つらかったよね……苦しかったよね”

 

“大好きな人と、もう話せないかもって思うと、胸が張り裂けそうになるよね”

 

“けど、もう大丈夫だから。辛い時は、悲しい時は、これからは絶対先生が一緒にいるから”

 

 

 

 

 

“だから、仲直りしよう……? 先生は、2人にずっと仲良くしていて欲しいな”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 耳元で優しく囁く先生。

 それはいつもの姉妹喧嘩にしては少し大袈裟で、きっと忙しいであろう仕事を放り出してまでくる事かと正直思ったけど。

 

 

 

 けど、なんだか不思議と涙が出てきた。

 

 

 

「み、ミドリ……その、ごめん。私が言い出しっぺなのに、遊んでばっかりで……」

「……ううん、私も……その、強く、言いすぎたと思う……」

 

 

 

 

 嬉し恥ずかし、仲直り。今まで何度も繰り返してきて、けれど私はこれからもいつまで経っても慣れないだろうと思った。

 

 メガネをポケットにしまって、先生の手の中で二人手を繋ぐ。

 お互いにもう離さないってくらいに強く握りしめたけど、きっとまたなにかの拍子でまた離れてしまうんだろうと思った。

 つまらない事で喧嘩して、ぐずぐずと周りに迷惑をかけて、その度に悲しい気持ちを抱くんだろう。

 

 でも、大丈夫。

 

 

 

 

 だって、きっとその時は──

 

 

 

 

“うん! これで仲直り! やった! 今日はパーティだ!!”

 

 

 

 また、先生がそばに居てくれる。

 

 

 

 それだけで、私は未来が明るいものに見えた。

 

 

 

 

 

「あはは! だから先生大袈裟ーー!」

「んふふ、うん、ふふ、先生……!」

 

 

“どうしたの? ミドリ”

 

 

 

 

 

 私の声に、優しい顔で、不思議そうな声を上げる先生。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先生、知ってる?

 

 こんな風に抱きしめて、私だって女の子なんだよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、先生」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、すぐ目の前にある先生の頬に、キスをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エピローグ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2024.3.10

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コポコポとお湯が湧く音が静かに部屋に響き渡る。

 カチッとなって、先生はいつからか置かれていたミレニアム製のポットを使って、2つのコップにお湯を注ぐ。

 いつもなら、コーヒー。けれど、いつの間にか大量に取り置きされていたスティックタイプの紅茶があったので、期限が切れる前に消費しようと紅茶を入れる。

 

 

 デスクも、PCも、窓ガラスさえもいつの間にか新調されている。

 そして、その理由を知っているのは今やこの世界で先生だけだった。

 

 過去が変わった事で、皆の“本当は無いはずの記憶”は段々と薄れていった。

 

 

 けれど、先生だけは何時までも覚えていた。

 

 

 それが何でかは知らない。

 

 

 けど、先生にとっては嬉しい事だった。

 

 

 先生がいない間に、頑張ってくれた子達の事を覚えていられるから。

 

 

 先生は2つのコップを持って、今日の当番の子の元へと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“──はい、ユウカ”

 

 

「あ、ありがとうございます、先生!」

 

 

 その笑顔に、先生は胸がほわーとなって顔がほころぶのを感じた。

 早瀬ユウカ。私の代わりに、皆を導いてくれた生徒。

 

 

「──また紅茶ですか? 最近ハマってるんですか?」

 

“まあ、そんなところかな”

 

 本当は、君が全部用意してくれたんだよ。

 君の努力の結晶なんだよ。

 

 そう言ってあげたかったけど、それは少し野暮というものだ。

 きっと、思い出せば芋づる式に辛い記憶も思い出す。

 じゃぁ、これでいいじゃない。

 生徒の頑張りは、先生が知っていれば充分だ。

 だから、この記憶達は、全部先生の胸に閉まっておく。

 

「あっ、美味しい……」

 

“美味しいね”

 

 ユウカの隣に座る。少し、生徒と先生にしては近すぎる距離。

 ユウカは少し恥ずかしそうにするけれど、それでも離れたりはしない。

 先生はその事に嬉しくなって、つい口走ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

“ユウカって好きな人とかいるの?”

 

「ブーーーーーーッ!?」

 

 げほっ、ごほっとむせるユウカに、ごめん……と謝りながらティッシュを渡す先生。

 ユウカはそれを奪い取って、恐るべきスピードで自分が撒いたものを拭き取った。

 

 

「ななっ何を言い出すんですか先生は!?!?」

 

“いや、ちょっと気になって……”

 

「せせ先生になんの関係が!? セクハラですよ1歩間違えれば!?」

 

 そんなに怒らなくても……と、しゅんとなる先生。

 ユウカはため息をついた。それはもう、大きなため息を。

 

“そういえば、モモイとミドリはどうしてる?”

 

「話変わりすぎじゃないですか!? ……はぁ、もう。……普通に、元気にやってると思いますけど……あ、そういえば最近ミドリが眼鏡を掛け始めてたわね……はぁ、ゲームばっかりしてるから……」

 

“そっか”

 

 それを聞いて、ウンウンと頷く先生。その様子に、何だ、やっぱりさっきのはただの雑談程度かとユウカは段々と冷静さを取り戻していった。

 人の気持ちも知らずに何だこの人は、と内心で悪態付く。

 それでもユウカは先生の事が好きだったから、そんな所も可愛く見えてしまうのだが。

 

 

“もう卒業の季節だねー”

 

「……さっきからコロコロ話が飛びすぎじゃないですか?」

 

“い、いいじゃない別に”

 

 ユウカには、何故か先生が不自然なまでに緊張している様に見えた。

 ソワソワと、それはもう何か気持ち悪いくらいに。

 そしてユウカは訝しんだ。それは経験から基づく正解に近い確信だった。

 あ、この人絶対なにか隠してるな、と。

 

“卒業かー。ネルとかリオとかヒマリとか、卒業したらしばらくミレニアムは慌ただしくなりそうだよね”

 

「……先生?」

 

“え、何?”

 

 ユウカはゆらりと立ち上がった。

 先生はそのユウカを知っていた。

 鬼だ。鬼のユウカだった。

 

「先生……? 今度は何、買ったんですか……?」

 

“エッ!? なんのコト!?”

 

「急にコロコロ話後変わるし、挙動もちょっとおかしいし、そんな時の先生は絶対何かを隠しているときです! さあ吐いてください!! ロボットですか!? DVDですか!? エッチなものとかだったら本気でタダじゃ起きませんからね!?」

 

“まままって!? か、買った! 買ったけどこれは必要なものでぇっ!?”

 

「やっぱり買ってた! ほら買ってた!! 何を!? いくら!? 言ってみなさい!?」

 

 

“……お給料、3ヶ月ぶん……”

 

 

「──ヒュっ…………」

 

 

 ユウカは立ちくらみがした。

 今何て言ったこの人は?

 さんかげつ? さんかげつって、3ヶ月?

 

 何それ、経費で落ちるの? 落とすつもりなの?

 

 ──ユウカの目が、光った。

 ゴゴゴ、と纏う覇気は地面を揺らし、下手すればユウカはこの部屋を破壊し尽くしそうな雰囲気だった。

 お願いだからやめて欲しいと願って、遂に先生は、覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

“いや! 待って、説明するから!!”

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ! やってみなさいよ!! 私が! 納得の! いく! せ・つ・め・い・を!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“ユウカ!! 卒業したら、結婚しよう!!!”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぇ?」

 

 

 

 

 

 ポカン、とした顔で固まるユウカ。先生は、襟を掴まれながら何とか胸ポケットから給料3ヶ月分の“それ”を取り出した。

 

 

”気が早いとは思うんだけど……ユウカはすごく素敵な子だから、誰かに取られちゃわないようにって……“

 

 

「──え? え? え?」

 

 

”えっと! 流石に先生と生徒だから恋人とかは駄目だけど! こ、婚約! 婚約なのでセーフかと!!卒業するまでちゃんと先生は待ちます!!“

 

 

「うぇ? えと、ぁえ?」

 

 

 ユウカは混乱した。何ひとつとして真面目に頭が働かなかった。

 結婚。結婚!? 誰と!? 先生と!? 私が!?!?!?

 

 これ夢? いや夢でしょ。絶対夢。

 ユウカはおめ目をぐるぐるしながら、先生の襟を離して後ろに倒れ込んで──

 

 

 

“──危ない!!”

 

 

 

「きゃあ!?!?」

 

 

 

 そして、先生に抱き抱えられた。

 目の前に迫った先生の顔に、思わず顔がぼしゅっ、と赤くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

“……返事、聞かせてくれないかな”

 

 

 

 

 

 

 

「ぅあ、え、ええとぉ……」

 

 

 

 答えなんて、決まってる。

 でも、何か流石に恥ずかしくて、上手く言葉に出来なかった。

 というか、生徒に迫る先生ってなんなんだ。ふ、普通に駄目じゃない?

 そんな冷静な思考は、生まれては直ぐにどこかへと飛んでいってしまう。

 

 

 

 ……私だって、同じ穴のムジナみたい。

 だって、私は今、すごく女の子の顔をしていると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“絶対に幸せにする。誓うよ”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………よろしく、お願いしますぅ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“───やったーーーーーーー!!!!!”

 

 

 

 結局、私はうなづいた。

 真っ赤な顔で、先生に抱きしめられて、シャーレの執務室の中を2人でクルクルと回った。

 

 なんか、よく分からない内に人生で1番幸せな日になってしまった。

 

 ……まあ、でも、あれだけ頑張ったんだから、この位はしてもらわないとね。

 

 

 ……? 私、何か頑張ったっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“──ユウカ。いつもありがとうね”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふふ、先生の為なら、私、結構頑張れるんですよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うん、知ってるよ。何て言う先生に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっと彼は、約束を守って卒業まで手を出さないだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛してますって言って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は彼に、キスをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 fin

 

 

 

 

 

 

 

 




白い世界で先生に命を分けてくれた何処かの世界の先生達。
そう、それは貴方です。
お陰で彼はハッピーエンドを迎えられました。
ありがとうございます。

誰かこの話映画にしてくんない? 見に行くから。
漫画もいいな。誰か書いてよ。買うから。

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