なぎささまご乱心   作:つきらゆ

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一話目と二話目の温度差が激しいという感想を多数頂きました。
しかし冷静に考えてみてください。
リオ会長が中華してる時点でずっとふざけてるんです、実は。

それはそうと感想、誤字脱字報告かんしゃ〜です。

という訳でカヤの話です。


地下格闘技士不知火カヤ

 

 

 光の届かない薄暗い地下の世界。

 そんな血なまぐさい世界に足を踏み入れるのはそれぞれの自治区で名を馳せた様な違法者たち。

 あるものは違法賭博を。

 あるものは裏取引を。

 そしてあるものは──この地下世界の名物、地下格闘技場へと見世物を見にやってくる。

 

 誰も彼も、ろくな奴はここには一人もいやしない。

 そう、誰一人として。

 

 

『来たぜお前らこの時がァ! どいつもこいつも汚ぇ面しやがって、何しにここへ来た言ってみろォ!』

「うるせーー!」

「良いからさっさと出せこのやろーー!」

「始めろ始めろォ!!」

 

『血の気の多いやつが多くて困るぜ全くよォ! けど結構! ここはそんなお前らの居場所であり実家だ!! 金さえ置いてきゃ文句はねぇ!!』

「前口上なげぇよ!」

「サッサとアイツを出せ!!」

「ピ・ン・ク! ピ・ン・ク!」

 

『しょうがねぇ、これ以上引っ張ったら俺の顔面がひっぱたかれそうだからよォ!お待ちかねの役者の登場だァ!お前ら賭け札の準備は整ってっかァ!?』

「「「Foooooooooooo!」」」

 

 

 遠くから歓声が聞こえた。

 ここに居るやつはみんな狂っていた。

 明日の飯代も無いのに賭けに走る奴。

 指名手配書を見れば普通に顔が載っている奴。

 場外乱闘なんのその。ずっと血の匂いがここには充満していた。

 

『矯正局から抜け出したるは幻の八番目の囚人!!』

「「「woooooooooooooo!!」」」

 

『キヴォトス全土にその名をとどろかせたッ! 一日天下の下克上ッ!』

「「「yeeeeeeeeeeeeeeeee!!!」」」

 

『戦うピンクの頭にはッ! 勝利の方程式が迸るゥッ!』

「「「oooooooooooooooooooo!!!!」」」

 

 

『赤コォーーナァーーーー、元連邦生徒会長代理ッ、不知火─────カ───ヤ────!!!』

「「「ピ・ン・ク!! ピ・ン・ク!!」」」

 

「…………………」

 

 

 不知火カヤは、遠い目で空を見上げた。

 何故こんなことになっているのかと。

 一体どこで間違えてしまったのかと。

 私の計画は完璧だった。全て思いどおりに行くはずだった。

 

 なのに、今は空を見上げても汚いヤニだらけの無骨な天井しか見当たらない。

 もう、いつ青い空を見たのかさえカヤはいまいち分からなくなってきた。

 

「カヤーーー! 今日は何秒持つんだァーーー!?」

「俺は十秒にかけたぞォ!」

「何の! 俺は六秒だァ!!」

 

「なんでですか!! 普通どっちが勝つかでしょう!? なぜ私の負け前提でそこから話が進んでいるんですかっ!?」

 

 カヤは激怒した。意味不明な賭けに、自分の負けを確信した客に、必ず見返してやると決意した。

 しかし、最近は若干この空気に飲まれつつあり、この下品な客たちとの問答も段々と慣れ始めた頃合だった。

 しかし、カヤは現状を何一つ認めてはいない。

 すぐにでもここから抜け出さなければならない。

 故に、まだ前回の激戦の傷も治りきっていないまま、カヤは今日もこの舞台に立っていた。

 

 

 

『対する青コォーーナーーー!! チワ─────ワ─────!!!』

「「「チワワーーーー!!!」」」

 

「チワワ!!??」

「ワン!」

 

 青コーナーから躍り出た四足歩行のかわゆいチワワ。

 ここ、キヴォトスには犬型の人は普通にいる。

 しかし、目の前に居るのは本物のチワワだった。

 チワワはお利口におすわりをしながら舌を出してこちらを見上げている。

 いくらなんでも舐めすぎていた。

 

 ヘイローもないチワワに負けるほどキヴォトス人は弱くは無い。

 

 しかしカヤとしてはこの状況は願ったり叶ったりだった。

 色々あって借金をおうことになったカヤ。彼女はここで勝利する事でファイトマネーを稼ぐという契約を結んでいた。

 

 しかし、ここに来て凡そ一月。ファイト数14回。実に2日に1回である。

 しかしカヤは未だに一度も勝利を結べていなかった。

 

 このままでは空を見る日は二度と来ない。

 だからこそ、舐め腐った運営を分からせて、今日という日は確実な一勝を結ぶのだ。

 

「かかってきなさい! 犬畜生に負ける人間様ではありません!!」

「ワン!」

 

『しゃァあったまって来たぜぇ!!行くぜ行くぜ行くぜーーーーっ!!!──────ファイッ!!!』

 

 カーーン

 

 戦いの合図が鳴り響き、カヤは拳を振り上げた。

 相手はかわゆい犬。しかしそれに怯んで手を出し渋るカヤではなかった。

 

 カヤは戦った。それはもう勇敢に。

 己の意志を曲げないために、まだ諦めていない夢をもう一度掴むために。

 

「ああああああああ!!!」

「わふーーーーーん!」

 

 チワワとカヤの拳が交差して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言うと、カヤは負けた。

 

 

 

 

 

 

 

 二秒で。

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

「うぅ……痛い……染みる……」

 

「ハッハーッ! お疲れカヤ代行!!」

「ッ、その名で呼ばないでください! 不愉快です! ……いたた」

 

 カヤは選手待機場で傷の手当をしながら、先程の戦いに思いを馳せていた。

 実に惜しかった。あの時の交差した右ストレート。後二十度角度が下を向いていれば先に当たっていたのは私の拳だった……

 

 当然そんな事を思っているのはカヤだけであった。

 文句の付けようのない圧倒的敗北。客の飼い犬の温厚なチワワにすら負ける彼女は、どう見ても演技では無いのに圧倒的に負けるその姿からここ地下格闘技場で不名誉な人気を手にしていた。

 

 

「はぁ……」

「次も頼むよ!!……ていうか、ほんとにわざとじゃ無いんだよな?」

「違います! 一刻も早くここから抜け出したいのにそんなわけないでしょう!?」

「だよなーー。だから不思議なんだよ。何でそんなに弱いのカヤちゃんは」

「くっ……! そんなの私が知りたいくらいです……!」

 

 カヤはあの日、人生のピークと言っても良いあの代行の日々をわずか数日で下ろされてからというものの、その高く上がった分だけ勢いよく転げ落ちた。

 

 矯正局に入れられ。そしてあの生活にすぐに耐えられなくなったカヤはヴァルキューレの生徒に賄賂を渡す約束をして矯正局を抜け出して八囚人となった。

 

 運が悪かったのだ。もしあの時の門兵が、カヤの口八丁に騙されるような馬鹿でなければこんなことにはならず今頃矯正局で、つまらないもののまだ平穏な日々を送っていた。

 しかし現実は残酷である。

 あの日、矯正局を抜け出したカヤは直ぐに路頭に迷い、ヘルメット団に拾われたかと思えば元連邦生徒会という事で人質となり。

 近くを通ったこの地下施設の住人に助けを求め、その代価としてここの住人として生きる結果となった。

 

 そして、毎日血を滲ませながら賄いをかっ食らい、しかしお金はまだ一クレジットも稼げていない。

 会場をわかせているからまだ賄いが貰えているものの、正直カヤにとってはまだ矯正局の方がマシと思える豚の餌にも劣るものだった。

 

 何とか早く抜け出したい。

 あの空をもう一度仰いで、きれいな空気を思いっきり吸いたい。

 

 いや、違う。違うぞカヤ。

 私がそんなちんけな事を目標にしてどうする。

 私はもう一度返り咲くのだ。

 このキヴォトスの頂点へと──!!

 

「フ、フフ……今に見ているがいいでしょう……!今度こそ、今度こそ先生を私の手駒に……! キヴォトスをこの手に……!」

 

「また眠てぇ事言ってんなァ」

 

 そう言って私はロボット人間のオーナーから賄いを受け取ってカッ食らった。腹が減っては戦は出来ぬ。

 カヤは戦う英気を養うために、今日ももやし炒め丼へと箸を突き刺すのだった。

 

 

 

─────────────

 

 

 

 薄暗い路地裏。

 人気のない、道をはずれた底辺が集う最終地点。

 

「う、うぅ……」

「ミッションコンプリート。撤収する」

『了解。お前やっぱり手際いいな』

「……戦闘には自信がある」

 

 そう言って通信を切った黒いヘルメットを被った女性は、今しがた倒した別のヘルメット団を軽く拘束してからその場を後にした。

 後の事はサポート班の仲間がやってくれる。

 だから私はこの場を後にして、無事ヘルメット団同士の抗争を自陣の勝ちへと導いた事に安堵の息を漏らすのだった。

 

(アツコ……ミサキ……ヒヨリ……今、あいつらはどうしているか……)

 

 少女の名前はサオリ。

 錠前サオリ。かつてエデン条約でトリニティとゲヘナを相手取った、アリウススクワッドのリーダー。

 彼女は今は仲間たちと離れて、自分探しの旅をしている真っ最中だった。

 しかし、それがなかなか上手くいかないもので。

 日銭を稼ぐことすらままならず、本当は仲間たちへの仕送りもしたいのにそれが出来ない現状に歯がゆい思いを重ねていた。

 

 そんな折、彼女は見つけた。そんな境遇だからこその、これはある種必然だったのかもしれない。

 

「地下格闘技場……?」

 

 壁に貼り付けられた、ボロボロの一枚のチラシ。

 賞金一勝十万クレジット。

 開催場所……ゲヘナのアビス近郊地下。

 

「これは……」

 

 サオリの目は輝いた。このチラシに運命のようなものを感じる事は、それは仕方のない事だった。

 戦って賞金を得る。それを見て何が楽しいのかサオリには分からなかったが……それでも、戦う側としてはこんなにわかりやすい世界は他にない。

 

 サオリはヘルメットを脱いだ。ここからはヘルメット団としてではなく、一人の錠前サオリとしての凱旋だ。

 

 かくしてこの時、二人が出会う事が運命付られた。

 本来出会う事など無かったはずの、異色のファイトがここに誕生する──

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

「おいカヤ! 次の試合が決まったぞ!」

 

「はぁ、全く少しくらいは休ませて欲しいものです」

 

 カヤはノックもなく扉を開く不躾なロボット人間のオーナーに悪態をつきながら、もし着替え中だったらどうするんだといつか○してやる事を心の中で決意した。

 しかし、試合自体は早いスパンの方が実の所はありがたい。

 傷は痛むとはいえ、前の戦闘の感覚を少しでも忘れない為に、多少の痛みは我慢してでも試合は来れば断らなかった。

 不知火カヤは今成長の真っ只中なのだ。休んでいる暇は無い。

 

 少なくともこの世界でカヤだけはそう信じていた。

 

「で、次はどなたですか? チワワの次はポメラニアンとかですか? ……まさか虫とか言いませんよね?」

「たりめーだ! お前あんなの本来勝つ前提のお遊びマッチだ! あんなチャンス二度とあると思うなよ!?」

「ぐ、ぐぬぬ……!」

 

「次はお前の為じゃなくて、相手さんのためのマッチングだよ! どうも大物みたいでな、気前よくあんたに一勝してもらってここにズブズブになってもらうんだよ」

 

 そう言ってロボット人間はあくどい笑顔を顔文字で表現した。

 何ともイライラする様な話だった。

 

 カヤが負ける前提で話していることもそうだったし、というかこの話をカヤにすること自体意味不明だった。

 

「なんですかそれは? 私に負けろと言っているんですか?」

「あ? ンな心配してねーって!どうせ負けるから!」

「こ、こんの……! 今に見てなさい! 今日こそ勝ち星を上げてみせますので!」

「あーへいへい、期待せずに見とくよォ」

 

 そう言って去っていくオーナーに、カヤは悔しさから布団へと拳を叩き下ろした。

 ここの連中は完全に私を舐め腐っていると。

 

 絶対に見返す事を心に誓い、カヤは立ち上がった。

 布団に苛立ちをぶつけたところで強くはなれないのだ。

 

 前を、前だけを見る。そして進む。

 カヤは今日も日課のシャドーボクシングで世界を狙った。

 

 

 

 

──────────────────

 

 

『待ちに待ったぜこの日をヨォ! 今日のゲストはとんでもねェ! 俺も楽しみにしてんだよ!!だから今日ばかりはサクサク行くぜェ!!』

「「「WHOーーーー〜!!!」」」

「いつもそうしろーーーッ!」

「お前の話はどうでもいいッ!!」

 

『赤コォーーナァーーーー! いつもおなじみ不知火─────カ─────ヤ──────!!!』

「「「ピ・ン・ク!! ピ・ン・ク!!」」」

 

「シッ、シシッ!シュッ!!」

 

 カヤは拳で空気を切り裂いた。

 なんと言う軽快さ。なんと言う仕上がり。

 カヤは今日の自分のコンディションに惚れ惚れした。

 

 今日こそ勝てる。今日こそ勝つ。

 脳内ビジョンでは既にチャンピオンを超えて殿堂入りを果たしていた。

 今日のキレは凄まじい。

 いまなら時空だって切り裂けそうだった。

 

『青コォーーーナァーーーー!!! あのエデン条約崩壊を目論んだ組織のリーダー格ッ!!あくどい事は何でもござれの青い猛獣!! 錠前─────サオ───────リ───────!!!』

「「「yeeeeeeeeeeeeeeeeee!!!!」」」

 

「……それはあまり言わないで欲しい。あと本名……しまったな、偽名を使うべきだった」

 

「ぽえ?」

 

 カヤは困惑した。エデン条約、その名は当然聞いた事があった。

 結局それぞれの自治区及びシャーレによる活躍で事は収束したと聞いたが、それでも凄惨な事件だと聞いている。

 それの、何だ?リーダー格?

 オイオイオイ死んだわコレ。

 

 カヤはいつでも放てるよう構えていた両拳をスっと下げた。

 自分より明らかに強い相手には媚びへつらう精神のカヤであった。

 

「お前が対戦相手か」

「はははい、どうもごきげんよう?」

「……悪いが、勝たせてもらう」

 

 カヤはその言葉にピクリと反応した。

 目の前の女に隙は無く、とてもでは無いが勝てるとは思えなかった。

 しかし思った。そんな事はあの時オーナーが対戦を告げに来た時から決まっていたのでは無いか?

 あの時は怖気なかった。

 しかし今は怖気ている。

 その差は何だ?

 

 そんなのただの、まやかしだ……!

 

「いえ、あなたは私に負けます」

「何……?」

「フフ、たしかに今までの私ならあなたに為す術なく負けていたでしょう」

 

 カヤは自信があった。

 これまでもカヤはただ負けてきた訳では無い。

 常に研鑽を。

 常に先を。

 常に明日の勝利を見据えて戦ってきた。

 

 いくら相手が裏の世界で生きてきた強敵だとして、それが自分の努力を比定するものにはなり得なかった。

 故に、カヤは今日勝利を確信していた。

 この拳にやどる神秘を、崇高を解放し、相手に恐怖を刻み込むのだ──!

 

『シャア行くぜファイッ……!!』

 

 カーン!

 

「うおお喰らえ時空裂傷拳ンンンンっ────!!!!」

「──遅い!」

 

「あふんっ」

 

 コツン、とカヤの時空裂傷拳(笑)を少しの動作で避けたサオリは、その顎に拳を落として一撃で勝負を終わらせた。

 

 カヤは膝から崩れ落ち、思った。

 ああ、私、かっこ悪……と。

 

 散々イキっておきながら、結局これかと。

 オッズは元より脅威の1.0。

 十万クレジット掛けてもそのまま十万クレジット帰ってくる何の賭けにもならない癖に遊び半分で賭ける奴の多いこと多いこと。

 

 つまり、この場でカヤの勝利を信じている、または願っているものはカヤを除いて誰一人としていなかった。

 それが、所詮私だった。

 

『ダウーーーン!!』

 

「ぐす……ひぐっ、おえぇ……」

「……泣いているのか?」

 

 珍しくまだ意識のあるカヤ。それは、初手から素人丸出しのカヤに対してサオリが加えた手心によるものだった。

 周囲からは、早くトドメをさせとサオリコールが鳴り止まない。

 カヤは、早くこの場から解放されたかった。

 私は馬鹿だ。

 チワワにすら勝てない私が、こんな猛獣に勝てるはずがなかった。

 

 ああ、私は一緒ここで、笑いものにされながらモヤシをカッ食らいながら生きていくんだ。

 そう思うと、涙がとまらなかった。

 みっともなく、それが観客の笑いをさらに誘っているとしても、それでも止まらなかった。

 

『へいへい錠前サオリちゃーん!? どうしたトドメを刺さないのかーい!?』

 

「……これ以上はもういいだろう。勝敗は決している」

 

『あまーい事言わないのォ、そういうルール何だからさ!サクッと意識を刈っちゃってーー!』

 

「……気が乗らないな」

 

 一向にとどめを刺す気配がないサオリに、しかしカヤはもう一度立ち上がる気力がなかった。

 立とうと思えば立てるのかも知れない。けど、そんな事をしても意味が無い事がわかったから、もう立てなかった。

 

 もう立ちたくなかったのに。

 

「同じ底辺を行くものだ……これ以上、無駄に奪い合う必要も無い」

 

「───」

 

 

 

 

 

 

 底辺。

 ていへん。

 ていへん?

 ……。

 

 今、あの女は私の事を底辺と言ったか?

 ああそうだ、こんな肥溜めに行き着いてその中でも一番弱い立場の私はそれはもう誰が見ても底辺だった。

 

 けど。

 

 ……けど!

 

 

『もー、サオリちゃんは優しいなァ……仕方ない! 今回だけだよ! どうせカヤに勝ち目は無いし! 長引かせるだけ無駄無駄ってね!…………けど次からはちゃんと──』

 

「……待って、ください……」

 

『およ?』

「何……?」

 

 カヤは、立ち上がった。

 自分でもどうしてここまでムキになっているのか分からなかった。

 それでも、今は、今だけは立ち上がらなければいけない気がした。

 でないと、本当に自分が壊れてしまうと思ったから。

 

「どいつもこいつも……舐めるのも、大概にしてくださいよ……」

「無理をするな。さっきので実力差は──」

 

「だから何だと言うんですかッ!!」

 

「──!」

 

 

 サオリは、ふと気がついた。自分が、先程立っていた場所から一歩、ほんの一歩とは言え後ろへと下がっていたことを。

 私が、怖気付いた──?

 サオリはその事実に震え、歯噛みし、そしてもう一度前へと踏み出した。

 何を恐れることがある。

 目の前の相手は一度くだした相手。その実力も、何もかもが自分より劣っていて負けるはずなどなかった。

 だというのに、これは──

 

 

 この、感じは……何だ──?

 

 

 

 

 

 

「私が底辺……? だからなんですかっ!」

 

「チワワにすら勝てない最弱ピンク……? だから何だというんですかっ!」

 

「自分より上の存在に押し付けられて……! 敗北感を突きつけられて……!」

 

「そんなもの、ここに来るずっと前から味わい続けて来ましたっ!!」

 

「ずっとずっと、私は勝てない相手と戦って来たんですっ!!」

 

「それが今更……っ、何ですか!? 勝てないからと諦めろと!?」

 

「底辺だから、もう二度と這い上がれないと!?」

 

「そんな、あなた達の巫山戯た価値観に私を付き合わせないでください!!」

 

「そんな汚れきった目で私を見ないでください!!」

 

 

 

「私は、何度だって這い上がってみせる!!」

 

「どんな犠牲を払おうとも」

 

「どんな不可能な相手だとしても」

 

「知略謀略を張り巡らせて」

 

「敵すらも利用して」

 

「不可能すら味方にして」

 

「私は、私の目的を、何としてでも叶えるんです!!!」

 

 

「だから……」

 

 

「私は……!」

 

 

 

「私が真に負け、真に底辺に落ちる時は、この心が敗北した時、その時だけなんです!!!」

 

 

 

 

「だから、私をお前ら底辺なんかと一緒にするなぁぁぁっっ!!!!」

 

 

 

 

 サオリは、震えた。

 目の前の存在に。

 ちっぽけで、弱くて、この場にいる誰よりも何も持っていないはずなのに。

 

 サオリは、目の前の存在がとんでもなく輝いて見えた。

 こんな場には似合わない、もっと陽の光を浴びて然るべき存在。

 

 人を、惹きつけてやまないような……誰かの上に立つ光。

 

「さぁ、第二ラウンドですっ!! 私は貴方に、負けません……!」

 

 そう言って、無策に突撃してくるカヤにしかしサオリは、動けなかった。

 

 あまりの光の強さに目が眩んで。

 あまりの心の強さに、こいつになら負けてもいいと思ってしまった。

 

 だから、サオリはフッと笑って──

 

「お前の、勝ちだ──」

 

 

 

 

「時空……ッ裂傷、拳ッッ───!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「……」

『……』

 

 

 ぺちん、と音がした。

 

 カヤは、涙した。

 サオリも涙した。

 

 というか、会場中が泣いた。

 あまりに残念な結果に、なんか軽く太ももを叩いたような音に。

 勢いの乗った一撃を頬へと一直線に貰ったにも関わらず微動だにしないサオリに。

 

 今のは、勝つところだろッッ……!、と、会場中が涙した。

 

 カヤが勝てば全員がただ金を失う。

 オーナーの一人勝ちだが、会場中がそれでもいいと思えるほどにはカヤは今、この場にいる全員の心を動かしていた。

 

 だからこそ、だからこそ……

 

「た、倒れた方が、良いだろうか……」

「……………………………………いえ」

 

 カヤは迷った。迷った挙句、それは何か違うと思った。

 カウンターが顎に決まる。今度こそカヤは倒れ伏した。

 

『し、勝者……錠前ーさおーりー……』

 

「……」

 

「「「……」」」

 

 サオリは、勝って悲しい事があるんだと初めて知った。

 会場は、何か今日はもう良いかな……って雰囲気になった。

 カヤは、薄れゆく意識の中で思った。

 

 先生……助けて……もう無理かも…………

 

 

 

 果たして、その願いが届いたのか否か。

 このままなんとも言えない感じで終わりを告げようとしていた会場は、別の乱入者によって本当の意味で終わりを告げようとしていた。

 

 

「ゲヘナ風紀委員会だッ! 全員手を上げろ!!」

「違法賭博、違法裏取引、こんなものじゃないぞ! 全て調べは着いている!全員動くな!!」

 

”イオリ、あれがオーナーみたい”

 

「わかった、無力化する! 先生は下がってて!」

 

”うん、任せるよ”

 

 

 ゲヘナ風紀委員会により、どんどん拘束されていくこの地下の住人たち。

 しかし、カヤだって例外ではなかった。

 借金で無理やり従わされていたとは言え、今や立派なこのアンダーグラウンドの住人だった。

 というかそれ以前に、今のカヤは八囚人だった。

 

 先生、来てくれたんですね……

 けど、これでまた矯正局に逆戻りか……

 

 そんな、朦朧とした意識の中で、次目覚めた時は牢屋の中かと自嘲気味に笑って。

 

 自分に覆い被さる影に不思議に思いながら、その意識を深く閉ざした。

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

 

「はっ」

 

 

 カヤは飛び起きた。

 痛む顎を抑えながら、何故か暗くて硬い床で目を覚ました事を不思議に思いながらぼーっとした頭で今の状況を確認した。

 

 ここは、見慣れた矯正局ではなかった。

 どこかの……廃墟、だろうか。

 

 自分の覚えている記憶がこの状況にどうしても結びつかず、カヤは困惑した。

 そしてもしや誘拐かと考えて、自身の体が拘束されていない事に再び首を傾げて困惑した。

 

「ようやく起きたか」

 

「なっ、貴方は……!?」

 

 廃墟の壊れた窓に腰掛けて、こちらを薄く笑いながら横目で見る──錠前サオリの姿がそこにはあった。

 

 そして、ここに連れてきたのは彼女の仕業だと思った。

 一体何が目的かと考えて、しかし何ひとつとして思い浮かばなかった。

 

「あの、これは一体どういう……?」

「受け取れ」

「?……こ、これは!?」

 

 目の前に放り投げられたのは、五万クレジット。

 あの闘技場の一勝の賞金が十万クレジットで、ついぞ一度もカヤが手にできなかったそれの半額だった。

 

「あの違法闘技場は潰れたが……勝ちは勝ちだ。これくらいは貰ってもバチは当たらないだろう」

「なぜ、その半額を私に……?」

 

 カヤはサオリと今日が初対面だった。だからこそ、親切にされる筋合いもなければ媚びを売られる身分も無かった。

 まさか、

 

「哀れみですか……?」

「違う。投資だ」

 

 哀れみならば、カヤは突っぱねようと思った。

 そんな事をされても嬉しくは無いし、そもそも哀れまれる状況を受け入れたくなどない。

 特に、絶対に負けられない相手だと一度思ったから。

 しかし、サオリは投資だと言った。

 

「投資、ですか……?」

「ああ、投資だ」

 

 投資。その華美な響きに酔いしれる。

 そうだ、私は未来ある存在。投資されるべきであって、そして投資を受け入れるべき責務があった。

 

「な、ならば、これは受け取っておきましょう……」

「フ、ああ、そうしてくれ」

 

 そうして、カヤはふらつきながらも立ち上がった。

 あの時綺麗に無駄なく意識を刈り取られたおかげ、顎以外に痛むところはどこもなかった。

 

「貴方がここへ連れてきたんですか?」

「ああ。あのまま捕まるのを放置するのも何だと思ってな」

 

 それも投資の内のひとつだと、サオリは言った。

 カヤは少し気分が良くなった。

 

 ようやく自分を認めてくれる相手。

 あの場末で散々バカにされたおかげで、カヤは今まで以上にちょろくなっていた。

 

「そうですか。では、期待しておいて下さい」

「ん?」

 

 

「私は、いつかこのキヴォトスの頂点に立つ存在です!!」

「……大きく出たな」

 

「いえ、決して大きい事なんてありません! 何せ一度は上り詰めた頂ですから!」

「ほう……そうだったのか?」

「……貴方は少しニュースを見た方が良いですよ」

 

 そう言ってカヤは肩を竦めた。そんな調子のいい様子に、サオリはどこか懐かしいものを感じて優しげに笑った。

 

「ああ、お前ならきっと遣り遂げる。私はお前に、その光を見た」

「ええ! ええ! そうでしょうとも! 貴方はとても話がわかる方です! 素晴らしい審美眼と言えましょう!」

 

 カヤは、手を差し出した。

 サオリはその手を見て、不思議そうな顔をしてカヤの顔を見返した。

 

「握手ですよ、握手」

「……なぜ?」

「今は返せるものが何も無いので。いつかこの世界を支配する超人との握手です。ご利益があるかもしれませんよ?」

「フ……本当に調子がいいなお前は」

 

 二人は手を取った。

 サオリは、初めてアリウススクワッド以外で普通に話せる存在と。

 カヤは、あの場末から自分を助け出し、なおかつ自分を認めてくれた存在と。

 

 強く、強く握手を交わした。

 

「私が頂点に返り咲いた暁には、貴方を専属の護衛として雇ってあげましょう」

「ああ、楽しみにしている」

 

 そうして、今度こそ二人は別れた。

 別々の道へ。それは決して今まで、そしてこれからも交わることのなった筈の道で。

 しかしいずれ目的を果たした時はまた一緒に集まろうと。

 

 サオリは去っていった。

 カヤはここがどこなのかも分からない。どうしていいのかも分からなかった。

 ただ、それでも。

 

 

「今日は、いい天気ですね──」

 

 

 廃墟を出て、空を仰いだ。

 空は青くて、輝いていた。

 まるで2人の門出を祝福しているかのように、優しく風が凪いでどこかへと消えていった。

 

 

 

 




次はまたミレニアムの話かなぁ
ユウカの太ももがミレニアムプライス金賞とる話とか、どう?
後考えてるのはアコの横乳に意思が宿る話とか。

狂ってんね。自覚はあるよ
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