「……いやあ、それは無理ってもんだ」
サンジは困った顔で私の誘いを蹴った。代わりに最後のデザートを私の前に置いて、冷えたスプーンを添える。
「フルーツのマチュドニア。これは当店からのサービスです、レディ」
幼い時は、アルコール入りだからと食べさせて貰えなかったものだ。
スプーンで掬って、パクリと一口。果実と砂糖の甘味が見事に調和した高級感のある甘味、歯応えも程よく柔らかい。噛むと果汁が噴き出して、食べる度に味が変わるから何時までだって食べられそうだ。思わず、頬に手を添えて「ん~!」と唸るほどの美味しさである。サンジはニカッと笑って「俺は何時でも此処に居る。美味しい料理が食べたきゃまた来なよ」と話しかけてくれた。
だけど、それだと駄目なのだ。私の目的は
「……確かに今の私に甲斐性はない」
彼を満足させられるだけのキッチンを搭載した船もなければ、船員だってまだ一人も居なかった。
しかし私は決めたのだ。私の船の料理人は彼が良い、理由は幾つかある。船の外で困っていた私に声を掛けてくれた事、私が人見知りだと思って店の端の席へと案内してくれた事。子供と勘違いされている私を一人前のレディとして扱おうとしてくれる気遣いもそうだし、金銭を持っていないと思った私に嫌な顔ひとつもせず、即決で店の中に入れてくれたこともある。ご飯を食べている時も逐一私の反応を窺っていたし、料理を出す順番も都度修正が入れられていた。総評すると、彼は良い人なのだ。
そして何よりも私は、彼の料理に一目惚れならぬ一口惚れをした。
恋はいつでもハリケーンなのだ!
「貴方には偉大なる航路に抱いた夢があるはず」
サンジが僅かに目を見開く。
「船を用意する、船員も集める。次に勧誘する時は、私の目的と、その先にある夢も教えてあげる」
だから、と私はにんまりと笑顔でサンジを見上げる。
「一ヶ月後に、また来るから少し考えといてよ」
サンジは取り繕った顔で静かに問い掛ける。
「……どうして、そこまで俺の事を? あんたと出会ったのは今日が初めてのはずだ」
その問いに対する答えは、もう出ている。
「貴方はどうしようもないほどにヒーローで、そんな貴方に私は一目惚れした」
◆
東の海の何処か。オールで小舟を漕いでいる時、道化の小人であるバギーが顎を撫でる。
「鷹の目の男……確かにバラティエに来たという話を聞いたことはある」
だが、あれはホラ話だぜ。とバギーがない肩を竦めてみせた。
海上レストランのバラティエに鷹の目の男が来たという話を旅の道中で聞いた事がある。鷹の目といえば、エレジアにも名が伝わる程の大剣豪、世界最強の剣士として名を知られる男だ。そんな男の噂を聞けば、あの妹分が行かないはずがないのだ。何故なら、私の妹分は刀が好きなのだ。錆びた刀を手に持っては四六時中、軍艦に刀身を叩き付ける事を十年も続けて来た女である。
その間、私は歌の練習に励んでいた。いずれ、再びエレジアを音楽の都として復活させる為にだ。
私が歌って、妹分が演奏する。
妹分も演奏が得意で、特に弦楽器を好んでいた。
私達の音楽で世界の頂点に立つと何度も指切りげんまんした仲である。
「まあ~~~~その妹分を探す前に先ず、オレンジの町で俺の部品を回収して欲しいんだがな」
「方角はあってるの?」
「たぶんな。自前の航海術で海に出るなんざ久々過ぎて、ちょいと計算が狂ってしまっているかも知れんが……」
偉大なる航路であれば最悪、指針を辿れば良いんだけどな。とボヤいた。
もうすぐ食料も尽きそうだ。えっちらほっちらとオールを漕げば、遠くの方から大きな船が見えた。
その事を私がバギーに伝えれば、彼は慌てて望遠鏡を構える。
そして、だらだらと冷や汗を流す。
「あの黒猫のマーク……くそ、クロネコ海賊団じゃねーか。運が悪ィ……」
「クロネコ……?」
「団員全員が猫の付け耳をする頭のイカれた連中だ。昔は百計のクロっていうやべェ奴が居たんだがな。そいつは処刑されて今は1・2のジャンゴって奴が頭をやっている。ハデ好きな俺とは違って狡猾で計算高い連中だ」
前船長の懸賞金が千六百万ベリーで、今の船長が九百万ベリー。
「大きな戦闘でもあったのか、船首が折れているようだな。いや……」
早く逃げろと促すバギーに、あの人達に道を聞けば良い。と私は直進を続けた。
「今は特製バギー砲もねぇってのに!」と慌てるバギーを尻目に「大丈夫」と笑顔で答える。
私には歌がある、音楽は万国共通の言葉なんだ……!!
黒猫の船に近付くと、猫耳を付けた船員に銃を突き付けられて脅された。
「だから言ったじゃねえか!」と悪態を吐いて、さっさと私の後ろに隠れるバギーを背に「ちょっと話を聞きたいだけなんです」と笑顔を浮かべる。だけど、クロネコ海賊団は話を聞いてくれなかった。私の顔を見た男の一人が奴隷商に売りつけるとか、バギーも珍獣として高く売れるとか、そんな話を始めた。
話を聞いてくれそうにない。
私は大きく溜息を零して、カチッと頭のスイッチを切り替えた。
妹分が海に出た後、私は半年間、修行と勉学に費やした。
必要最低限の航海術を学んで、身を護る為の特訓も頑張った。彼女は偉大なる航路を目指している。ならば、最低でも偉大なる航路でも戦える力を身に付けなければ、一人旅なんて許さないとはゴードンは言った。だから私は偉大なる航路でもやっていく為の力を身に付けた。その為に失ったものもある。だけど私は現実に生きる事を決めたのだ。本当は、あの日の事は全て夢で、何時か迎えに来てくれるんじゃないかって思う事を止めにした。
もう夢は見ない、夢は掴むんだ。と拳を振り上げた。
「~♪」
発声不可能な神代文字を旋律に乗せて、呪文を唱える。
愛と知恵が試される、仲間との絆が要となる。
仲間と共に乗り越えた試練が絆を強くする。
勝利せよ、仲間と勝鬨を上げよ。勝利せよ、仲間と勝鬨を上げよ。
仲間と共に掴んだ勝利が新たな未来を切り開くのだ。
ウタウタの実の能力を用いることで初めて、その文字に隠された意味を知ることが出来る。
「ノーミュージック・ノーライフ。私はもう夢を見ない、音楽は全てを表現できる」
頭上にある空間にヒビが入った。
「ウタウタの実の覚醒条件は、歌が上手いこと。私が夢を見ないって決めた時に能力は覚醒した」
さあ、と私は片手と頭上に掲げる。
「一撃よ」
割れた空間の先から巨大な右腕が飛び出す。
◆
──その日、クロネコ海賊団のべザン・ブラック号は海の藻屑となって消える。
少数の生き残りが海軍の尋問を受けたが、錯乱状態にあったのか、要領を得ず、何を言っているのか分からなかった。巨大な化け物が現れたという話を聞き取ることが出来たので、誤って
海兵が席を立とうとした時、猫耳を付けた男が海兵の服を掴んで必死に訴える。
「魔女が居た、化け物を従える魔女が居たんだ! ボートに乗って、二頭身の珍獣を連れにしていた!」
そんな
他の海賊も魔女だとか、二頭身の珍獣だとか、支離滅裂な発言も多く、集団幻覚ということで決着が付けられている。
偉大なる航路でも時折、そういう事例が発生するのだ。
人は恐怖の許容量を超えた時、
現実に存在しないものが見えてしまうものである。
「あ、あんた、キャプテンは!? キャプテンはどうなった!?」
「キャプテン……ジャンゴの事か? 知らないな」
「違う! 俺達のキャプテンは百計のクロだ!」
「百計? あの海賊なら数年前に処刑されたじゃないか」
とある海軍施設の尋問室、尋問を請け負った海兵が大きく息を零す。
此奴らは同情する価値もない悪党共だが、こうなってしまえば哀れなものである。
こうしてクロネコ海賊団は一夜にして、壊滅した。