なまくら娘。   作:にゃあたいぷ。

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11話.くろ執事

 忌々しい程の青空に容赦なく照り付ける太陽。俺は今、大海原に浮かんでいる。

 何故、こうなっているのか詳しい事は分からなかった。覚えているのは海賊に復帰せざるを得なくなった翌日、甲板の方が何か騒がしくなったと思った次の瞬間に海賊船が木っ端微塵に破壊された。兎に角、強い衝撃に船長室から海へと吹き飛ばされて、そのまま気絶してしまった。気付いた時にはもう、周りには僅かな残骸が浮かんでいるだけだった。あの麦わらの小僧に三年間の計画を邪魔されて、海賊稼業に戻ってみれば翌日に壊滅である。もう何もかもが面倒になって、こうして三日ほど海に浮かび続けていた。

 このまま死ぬのも悪くないが、海に浮かび続けるのは意外と苦痛が多いものだ。

 波で顔に海水が掛かるのは鬱陶しい。魚類に食われなければ、空腹と脱水症状で弱り続けるだけであった。かといって自ら首を切る気にもなれなかったので消極的な自殺を続けている。悪党という自覚はある。神とか信じた事は一度もないが、もし仮に運命があるとすれば、楽に死ねる生き方はしていなかった。助かりたいと思った訳ではないが、何度か陸地まで泳ごうかと考えたことはある。しかし、それも面倒だった。そして、もう手遅れでもある。

 いよいよ、全身に力が入らなくなってきた。

 

「死に安寧を見出す人間も居るが、まあ、もし仮に宗教を信じていたとしても俺の死後に安寧はないだろうな」

 

 それなら、いっそ、無の方が良いと瞼を閉じた。

 更に数時間の時を経て「お~い」と頬をペチペチと叩かれる。

 意識を覚醒させて、薄っすらと瞼を開けた。

 

「……誰だ、お前は?」

 

 緑色の長い髪を後ろ手に結んだ小娘が、小舟の上から俺を見下ろしていた。

 

「よしよし生きているね。気配があったから来てみたけど無駄足にならず良かった」

 

 小娘はシャツの上からワの国風の羽織を着ている。

 下に履いているのは、だぼついたズボンだ。

 服のセンスが悪いと思った。

 小娘は、俺の腕を掴むと、見た目とは裏腹の力で俺の身体を引き上げる。

 

「とりあえず、水と食料を分けてしんぜよう」

 

 小娘から保存食と水を手渡される。久し振りの食料を見た俺は、涎が垂れるのをぐっと堪えて、直ぐには口に付けず小娘を睨み付けた。

 

「何の真似だ?」

「助けに来た」

「こんな海の上を漂流してる俺を、わざわざ小舟でか?」

 

 空腹で頭が回っていなかった。

 人間観察を怠り、長年、培ってきた生き方が小娘に対する警戒心を強める。

 しかし、今回に限っては、それは正しかったようで、

「あ、ばれた?」と、小娘はあっけらかんと答えた。

 

「おじさんって執事でしょ?」

 

 問われて、自分の服を見た。

 三日前から、屋敷で着ていた執事服のままだったのを確認し、彼女が勘違いしている事を察する。

 上手い事、利用できるか? と考えた所で小娘が続く言葉を口にした。

 

「そして、とっても悪い人だ」

 

 笑みを深める小娘に、思わず生唾を飲み込んだ。

 そこで彼女の右手は、腰に差した鞘に添えられているのに気付いた。

 今の俺に武器はなかった。

 しかし、小娘一人であれば、押さえつける事は難しくないはずだ。

 

「やめておいた方が良いと思うよ。おじさんって殺気を隠すの下手だからすぐ分かっちゃうんだ」

 

 寝ていても反応できる。と言った後、少女は小舟の上で立ち上がり、鞘から刀を引き抜いた。

 真っ黒で錆びた刀身。少女は片手で握り、ゆっくりと頭上に持ち上げる。

 そして、無造作に振り落とす。

 小さく割れる海面、反動で小舟が大きく揺れた。

 

「歯向かうと斬る」

 

 笑顔で告げられる、その一言に俺はもう、抵抗する気力を失ってしまった。

 

「……名前は?」

「え?」

「お前の名前を聞いている」

 

 苛立ちながら再度、問うと彼女は「エレジアのオネ」と名乗った。

 エレジアといえば嘗て、音楽の都として知られた国の名だ。しかし十年前に赤髪海賊団に滅ぼされた国でもあり、この後、十億円の賞金首だった赤髪の首に数億円の懸賞金が追加されている。元が海賊の身の上で、こんな事は言えた義理ではないが、所詮、海賊は海賊であり、四皇の中では良心的だと云われる赤髪海賊団ですらも粗暴な輩である事には変わりないという訳だ。

 貧乏人は搾取されるだけの今の御時世、真っ当に働いている方がバカを見る。

 大きな計画を動かすのに人手が必要だったので、手っ取り早く手駒を得る為に大海賊時代を利用した。これで海軍から追われるだけならまだ良い。しかし懸賞金を懸けられた途端に名を上げたくて、襲い掛かって来る海賊(バカ)共の相手をするのが厄介だった。当然だが、格上相手に向こう見ずに襲い来る連中に、まともな金銭管理など出来るはずもない。倒したところで旨味はなく、かといって降りかかる火の粉を払えば、それだけで懸賞金が上がる。懸賞金が上がれば、海軍も討伐に力を入れるし、光に集る虫のように海賊共を招く結果となった。

 俺には、野心がなかった。海賊稼業も何処かで切り上げて、稼いだ金で慎ましく暮らせれば良かった。

 

 何処かで、この負の連鎖を断ち切る必要がある。

 だから俺は蓄えた金銭を投げ捨て、一計を案ずることにしたのだ。

 その計画も、あの麦わら共のせいで破綻した。

 海賊稼業に出戻りした翌日、知らぬ間に壊滅させられた。

 もう、どうにでもなれ。って人生に諦めも付く。

 

「貴方の名前は?」

「……クラハドールだ」

 

 海賊である事を言う必要はない、と偽名を口にする。

 シロップ村での名前を使ったのは、新しく偽名を考えるのも面倒だった為だ。

 セバスチャンじゃないんだ。と小娘は少し驚いてみせた。

 

「何故、セバスチャンなんだ?」

「だって執事といえば、セバスチャンでしょ?」

「何処の世界での話だ」

 

 大きく溜息を零す。こんな大海原まで小舟一隻で来る変わり者だ、まともに取り合うだけ無駄だと考える事にした。

 

「執事って事は、ある程度の事はなんだって出来るんでしょ?」

「……何をさせるつもりだ?」

偉大なる航路(グランドライン)に行く為の仲間を集っているんだよ」

「…………この小舟でか?」

「失敬な、この先のローグタウンでちゃんと良い船を買うつもりだよ」

 

 そう言って彼女はトランクケースを見せる。

 中には三千万程の金が入っていた。大金だ、一瞬、奪うかどうか考えた。

 しかし、私の前に座る小娘の目を見て、それを諦める。

 少なくとも小娘の目のある場所では裏切れない。

 翻意を見せた瞬間、切り伏せられる未来が見えてしまった。

 

「海賊は御免だ」

 

 俺が呟くと小娘は首を横に振る。

 

「違うよ、私は賞金稼ぎだ」

「……賞金稼ぎか」

 

 まだはっきりとはしない頭で考える。

 海軍に追われる心配がないだけ、海賊狩りの方がまだましか。海賊を始めた時の俺には船一隻を一人で制圧できる戦闘力はなかったが、それが出来る今となっては下手な商船を襲うよりも数百万の賞金首を狩り続ける方が効率が良い。海賊が海軍に賞金首を持って行っても換金できないので、クロネコ海賊団の船長をやっていた時は方針転換できなかった。しかし、その問題も、この小娘に換金させることで解決する。なによりこの小娘、抜けた面をしているが実力は期待できそうなのが良かった。小娘を表に立て、俺は裏方に徹する。そうすることで、少しは安定と安寧の生活に近付けるかも知れない。なにより旅の目的が偉大なる航路ってのも良い。東の海では、俺の顔を知っている人間に何時、存在が露呈するのか分かったものではない。もう、この海では、俺の求める安寧は得られない。

 そこまで考えた俺は一先ず、彼女に付き従う事を決める。

 

「……ところで、だ」

 

 俺は太陽の位置を見て、問い掛ける。

 

「目的地は、何処だと言った?」

「ローグタウンだよ?」

「せめて、西に進路を取れ。今進んでいる方角は東だ」

 

 少しはっきりとしてきた頭で「早計だったかも知れないな」と小さく溜息を零す。

 まあ気に入らなければ、何時でも抜ければ良い。

 それに多少、馬鹿な方が手綱を握りやすいとも考えられる。

 

 零から何かを始めるよりも、元手のある彼女に付き従った方が手っ取り早いのは確かだ。

 

 

 東の海、ポルスター諸島。ローグタウン。

 海賊王ゴールド・ロジャーが処刑された町であると同時にゴールド・ロジャーが行った最後の演説で大海賊時代が始まった町でもある。

 故に、この町は、始まりと終わりの町と呼ばれている。

 

 東の海一番の怪盗であると自称する私は、とある事件を追いかけていた。

 その名も神隠し。真夜中になると老若男女を問わず、人知れず、人一人が消えてしまうという事件だ。

 私が、この神隠し事件を追いかけているのには理由がある。

 それは知人が姿を消してしまったからだ。

 本来、私は海賊を専門とする泥棒だが、知り合いを連れ去られては夢見が悪いと調査を続けている。

 そして辿り着いたのだが、今、私の目の前にある地下カジノへの入り口だ。

 

 事前に調査は済ませてある。世界最大のエンターテインメント船上都市“グラン・テゾーロ”が運営するローグタウン支部カジノだ。東の海の富豪を相手にした最高級のエンターテインメントの提供を謳っており、実際、カジノの中に入っている顔も何処かで見たことあるような著名人ばかりであった。

 

 此処は夢の世界への入り口であり、海軍ですらも手出しが出来ない治外法権にもなっている。

 実際、表向きには単なるカジノである為、不正らしい不正はないようだ。

 しかし、此処にはVIPルームが存在する。

 VIPルームに案内されるのは、必ずしも富豪だけではないという話だ。

 

 そこから先は分からない。

 その先を知る前に知人は姿を晦ませてしまった。

 私は、その事を、知人の家を調べて知った。

 

 そして知人の安否を確かめる為に此処に居る。

 

 私は、覚悟を決めて、地下カジノへと足を踏み入れた。

 そして潜入がバレてしまった。

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