なまくら娘。   作:にゃあたいぷ。

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12話.なまくら御嬢様

 東の海(イーストブルー)、ポルスター諸島。“始まりと終わりの町”ローグタウン。

 海賊王ゴールド・ロジャーを処刑した処刑台が観光名所として設置され続けており、偉大なる航路に挑戦する東の海の海賊共が最後に立ち寄る町としても有名である。そうでなくとも偉大なる航路へ入る為の唯一の道が目と鼻の先にある町であり、海軍本部が治安維持の為に力を入れるのに十分な理由があった。この町の海軍基地、海軍ローグタウン派出所には、本部から派遣された海兵で編成されている。

 私の知人である霜月くいなもまた、此処に所属する海兵だ。階級は、本部中佐である。

 

 でもまあ、そんなことはどうでもよくて、大事なのは此処が都会という事だ。

 海軍本部が最も力を入れている支部という事もあり、東の海では最強と謳われる部隊が控えている。故に大海賊時代で荒れに荒れた御時世では、正義の二文字を背負った武力は土地の価値を高める要素になる。民間船がポルスター諸島の近海で海賊に襲われれば、東の海では最強と謳われる海軍艦隊が出動してくれる為、安心して訪れることが出来るのもローグタウンの価値を高めていった。

 結果として、この町は東の海でも有数の都会へと発展する。

 勿論、海賊による被害が絶えない今、船の需要も増える一方だ。

 

 私がこの町に来た理由のひとつは、偉大なる航路を航海できる船を手に入れる事にある。

 三千万ベリーを元手にし、四、五人で運用できる規模の船を購入する予定だ。キッチンは最新鋭のものに改築する予定なので、実際に出航するのに数日は掛かる予定。それまでに一人か二人は仲間に出来ると良いって考えている。役立たずは困るが、戦力にならなくても良いとは考えている。何故なら戦うのは私だからだ。当てはある。ここは偉大なる航路への窓口、偉大なる航路に行きたいけど燻っている人間が残されているはずなのだ。

 船に仲間。そして、もうひとつ、この町に来た理由があった。

 

「先ずはホテルだ」

 

 近場の浜辺に小舟を寄せるや否や記念すべき仲間一号のクラハドールが、海水で乱れた衣服を正す。

 まあ元がぐずぐずだったので全然、決まってないのだけど。髪をオールバックに直しても、前髪がたらりと垂れ下がる。その事に苛立ちを感じているようでこめかみに青筋を立てていた。まあ数日に及ぶ航海で、私も精神的に疲れちゃったので良いのだけど……とりあえずホテルに入って二部屋借りた。「一部屋でよくない?」って言ったら「あ゛あ゛っ?」と青筋立ててキレられたので大人しく二部屋借りた。別に良いじゃん、どうせ手出しさせないんだし。今の御時世、寝ていても反撃できるくらいじゃないと女の一人旅は無理だよ。

 部屋でシャワーを借りた一時間後、ホテルのロビーで待っていると身嗜みを整えたクラハドールが姿を現した。

 ネクタイのないワイシャツにオールバック、そして丸眼鏡のサングラス。洗濯したとして、どうやって乾かしたのか知らないが、ワイシャツにはアイロンをかけて綺麗に皺を伸ばしてあった。こうやって見ると思っていた以上に整った見た目をしていて、少し呆気に取られてしまった。だって私が見たのは海水でずぶ濡れになった姿だけだったので。

 しかし、それでもまだ彼は不機嫌なままだった。

 

「服からだ」

 

 彼が一方的に告げてホテルを出て行ってしまったので、私もトランクケースを片手に慌てて彼の後ろを追いかけた。

 海の上で彼には、今回の目的を伝えてある。私もそれなりには考えているつもりなのだけど、彼に考えがあるのならそれに乗る方が良いと判断した。少なくとも今の彼が私を裏切る気配はない。

 しかし、この判断によって後の数時間の地獄を見る羽目となる。

 

 適当な服屋に足を運んでは、クラハドールが適当な燕尾服を手に取った。

 彼が見ていたのは生地の質と値段であり、生地の手触りを確認した後、値段を見てから衣服を元あった場所に戻す。そして舌打ちを零し、すぐ次の店へと移った。幾つかの店を巡ることで漸く彼が満足する店を見つけたようで、今は燕尾服の試着を続けている。店を探すだけで三十分、試着にも三十分以上も掛けている。似たような燕尾服とシャツを何着も着て、ネクタイも色んなものを試していた。

 私にはオシャレというものがよく分からない。分かっているのは、そういう礼儀作法があるという事だけだ。

 幼い時から幼馴染のファッションショーに付き合わされて、着せ替え人形にもなっていた経験から私が言えるのは、他人のオシャレに付き合うのは非常に疲れるという事だ。三十分以上も掛けて、漸く彼は購入を決めたようだ。これで漸く本来の目的である船の購入に向かう事ができる。

 そう考えた私が彼の衣装代を支払いに会計まで向かおうとした時の事である。

 

「おい、何処に行く?」

 

 燕尾服を着ているせいか、威厳たっぷりなクラハドールがサングラス越しに私を睨み付ける。

 

「今から交渉に行くんだ、俺だけ身形を整えてどうする?」

 

 本当の地獄は、これからのようだ。

 唐突だが、此処でひとつ着せ替え人形歴十年の私が、この状況になった時の切り抜け方を御教授する。

 それは心を無にする事である。

 

「やはり見た目が幼いのがネックになるようだな。下手に大人に魅せるよりもゴスロリでも着せた方が良さそうだな……おい、次だ!」

 

 心頭滅却すれば火もまた涼しと瞑想すること一時間、非常に負荷の強い精神修行に私もにっこりだ。

 虚無の瞳で私は幼い時を思い出す。こんな事に時間を費やすのであれば、楽曲のひとつも演奏していた方が今後の為になると思うし、世の中にはドレスコードという基準があるのだから、それに則っておくだけで十分じゃないかって常々考えていた。だって可愛く着飾っても演奏は上手くならないし、棒振りが良くなったりもしないのだ。私にとってオシャレは人生のモチベーションには成り得なかった。

 だけどオシャレに理解のある人は何時だって、妥協してくれないものだ。

 

「緑色の髪を活かすには、定番の赤色では駄目だな。やはり黒か緑のどちらかで……」

「……それなりには似合ってるんでしょ? なら良いんじゃない?」

「ああっ?」

「いえ、なんでもないです。はい」

 

 オシャレというのは、興味のある人間に全てを委ねるのが一番である。

 何度か店員に助けを求めたが、彼女も彼女で私の着せ替えを楽しんでいるようで時折、クラハドールと意見を交換していた。この地獄には天より垂らされる蜘蛛の糸ほどの救いもないようだ。絶望を悟った私はスンと心を無の極致へ追いやり、次から次に与えられる衣服を粛々と着替え直す。そういえば、私が鉄を斬れるようになったのもこの極致に辿り着いた後だった。

 感情すらも失いかけた時、漸く解放される。時計を見れば、更に一時間も過ぎている。

 

 用意された鏡に映る自分は、死んだ魚の目で儚げに笑う少女であった。

 違う、そうじゃない。黒を基調とし、緑をアクセントに加えたゴスロリのドレス姿の少女である。

 もしこの場に幼馴染が居れば、黄色い歓声を上げていたに違いなかった。

 

「馬子にも衣装だ」

 

 そんなことを言って気障っぽく笑うクラハドールに少しイラッとした。

 私は一度、大きく深呼吸をした後に「行きましょう」と短く告げる。バイオリンのジュニアコンクールに参加した時と同じ毅然とした態度で歩み出せば、ほう、とクラハドールが息を零す。礼儀作法は父親も同然の国王に叩き込まれている。勿論、舞台上での立ち振る舞いも教育の対象だ。背筋をしっかりと伸ばして胸を張り、堂々とした歩き姿だけで周囲を圧倒する。こういうのは姿勢が大事なのだ。ギターやピアノを演奏する時も姿勢が最初に来るし、棒振りを嗜む時も姿勢が崩れていてはまともな斬撃にならなかった。

 床に置いた三千万ベリーの入ったトランクケースと(なまくら)を持つつもりはない。代わりにクラハドールに視線を送り、持ち運べと顎で指示を出す。

 私が御嬢様で貴方が執事、そういう設定なのでしょう?

 

 化粧も必要だな、と呟く彼に私は、んべっと舌を出した。

 

 

 近場の化粧店で化粧を施した私は、造船所に向かう途中で武器屋に入った。

 我が執事は顰めた面を見せたが、こればっかりは譲れない。元々ローグタウンには、これが目的で来たのだ。

 島を出てすぐの事、私が持つ鈍を鍛冶屋に見せた事がある。

 

 しかし鈍は余りにも頑丈過ぎて、錆を落とす以前に砥ぐ事すら儘ならなかった。

 その鍛冶屋は、自分の腕と設備では砥ぐ事は出来ないと判断し、ローグタウンにある腕の良い砥ぎ師の存在を教えてくれた。

 すぐ客を騙そうとするのが難点だが、腕前だけは一級品だと言っていた。

 

 店主は店に入った私の着飾った姿を見た瞬間、鴨を見る目を私に向けた。

 

「はいはい、いらっしゃいましね、うちは創業二百年の老舗だからね。古刀、新刀、新々刀、好きなだけご覧ンになってくださいね」

 

 観賞用は、あちらです。と彼は揉み手で装飾過多の煌びやかな武具の数々が置いてある棚に誘導する。

 

「いいえ、本日は砥ぎを頼みたくて来ました」

「研ぎ、ですか? 磨き仕上げって事でしょうか?」

「実戦向けでお願い致します」

 

 クラハドール。と私は涼しい顔で彼の名を呼んだ。

 一歩後ろに控えていた彼は、すっと前に歩み出る。そして持たせていた鈍を店主に差し出した。

 店主は、おずおずと刀を受け取り、そして鞘から抜いた刀身を見て顔を顰める。

 

「こいつはひでぇな……一体、どんな状態で保存してたらこうなるんだ?」

「親の形見であり、家宝でもあります。しかし、一度、海に攫われてしまって……」

「海に……ああ、道理で。しかし、それにしては随分と使い込まれていますね」

 

 彼は私を一瞥した。そのままクラハドールを見て、首を傾げる。

 

「誰かの依頼で?」

「まあ、そんなとこだ」

 

 店主の問いに答えたのはクラハドールだ。

 店主は少し考えた後、分かった。と告げる。

 

「少し時間は掛かるだろうが構わないか?」

「はい、この町には数日、滞在する予定がありますので」

「ちなみに砥ぎの代金だが……」

「ああ、どれほどになる?」

 

 クラハドールと店主が交渉に入ったので私は武器屋の中を見渡す。

 大きな店ではない、しかし品揃えは良さそうだ。

 武具の質は兎も角、ひとつひとつがきちんと手入れされていた。

 それだけで好感が持てるというもので暫し、店内を歩き回る。

 

「あら?」

 

 一振り五万ベリーと書かれた札が貼られた樽の中には、たくさんの刀が乱雑に差してあった。

 その中に気になる刀があったので手に取る。

 柄を掴んでみただけでも分かる。

 これは良い刀だ。刀身を抜いてみれば、実際、業物の一振りであった。

 

「おい、お前! 何をやってやがる!」

 

 店主が慌てた様子で私を怒鳴りつける。

 

「知っているのか?」

 

 クラハドールに問われて、私は首を横に振る。

 

「いいえ。しかし良き刀です」

 

 鈍の方が良いですが、と軽く刀を振った後で鞘に納める。

 

「……あんた、何者だ?」

 

 その一振りだけで店主に正体がバレてしまったらしい。

 

「私はしがない賞金稼ぎですよ」

 

 オホホと私が答えるとクラハドールは黙って、首を横に振る。後で叱られてしまいそうだ。

 

「これを代刀に持っていても良いかな?」

 

 もう演技するのも面倒になり、素の口調で問い掛けると彼は頭を抱えてしまった。

 

「あんた、それが何か分かっているのか?」

「この店で一番、真面目で活きの良い刀だよね?」

「バカ言ってんじゃねえ、そいつは妖刀だ」

 

 私は、彼の妖刀という言葉に首を傾げる。

 だけど、この刀からは意志のようなものが感じ取れた。

 極端な話、あの鈍と同じ匂いがするのだ。

 

「まあ大丈夫だよ、手懐け方は知っているからね」

 

 三日後に取りに来る。と伝えた後、私とクラハドールは店を出る。

 

「……妖刀の手懐け方ってなんだ?」

「日中、軍艦に叩き続ける」

 

 外に出た時、トランクケースを持ったクラハドールに訊かれたので、答えると彼は頭を抱えてしまった。

 

「此処では絶対にするんじゃねえぞ」

 

 えー? と私が不満げに零すと彼に頭を鷲掴みにされる。

 

「わかったな?」

 

 メリメリと頭蓋骨の軋む音がしたので、私は勢いよく何度も頷く他になかった。

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