なまくら娘。   作:にゃあたいぷ。

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14話.フロストムーン

 巨体の用心棒から逃げた私達は、裏道を抜けた先に見つけた喫茶店に飛び込んだ。

 常に出入口を監視できる奥側の席を取り、丸眼鏡のサングラスを掛けたクラハドールが出入りする客を見張る。同席するのは私とクラハドールの他にもう一人、紫髪の女性。事の発端である彼女は自らをカリーナと名乗る。

 その名前にクラハドールが反応した。

 彼女は、事の経緯を話す前に自分が海賊専門の泥棒である事を明かす。

 

「地下カジノに潜入してたのに海賊専門?」

「グラン・テゾーロのトップ、ギルド・テゾーロは元々海賊として成り上がった男よ」

 

 そう言ってから「今回の件とは関係ないけど」とカリーナが続ける。

 

「あのカジノでは元々胡散臭い噂があったのよ。その真偽を確かめる為に調査をしていた知り合いが忽然と姿を消しちゃったから、知人の足取りを追いかけていたわけ。そしたら大当たりも大当たり、様子見の段階で大当たりを引いちゃったから判断を間違えちゃった」

 

 カリーナは大きく溜息を零し、地下カジノで何があったのかを説明する。

 関係者以外立ち入り禁止の扉の先を進んだ更に先で彼女が見たのは、檻に入れられた人間が巨大な台車で運び出される様子であった。従業員の話を盗み聞きすると檻の中に入れられた人間は、博打で大敗し、返済不可能な程に莫大な負債を抱えた者達であり、この後、奴隷としてグラン・テゾーロに輸送される予定になっているという話である。そして負債者が入った檻を運び出しているのは、金色の髭を貯える筋肉モリモリのマッチョマンであるダイス。市民が奴隷として運ばれる光景に意識が奪われていたカリーナは、赤目フクロウの監視の目に引っかかる。

 忍び込んでいた事がバレた彼女は、地下カジノから逃げ出す他になかった。

 

「……人身売買って犯罪だよね?」

 

 半身を開いて店の出入口を見つめるクラハドールに問い掛ける。

 

人間屋(ヒューマンショップ)は点在しているがな」

「とりあえず海軍にでも伝えておけば良いかな?」

「グラン・テゾーロ相手に海軍が動いてくれると思っている訳?」

「私の知ってる女海兵なら、たぶん動いてくれるよ」

 

 後先考えない人だから、と知人を思い浮かべる。

 これは正義感が強いという意味ではない。

 文字通り、後先を何も考えていないという意味だ。

 

 その後、造船所に行く予定を後回しにし、予定が狂って青筋を立てるクラハドールを宥めながら海軍基地へ向かう事になった。

 海軍ローグタウン派出所。クラハドールは中まで付いて来てくれなかった。

 カリーナも外で待機となり、私一人で行く事になる。

 

「貴女の方から来てくれるなんて珍しい……随分と可愛らしい恰好ね」

 

 私の名前を出すと、知人は直ぐに出て来てくれた。

 仮にも本部中佐の地位にある彼女は、とりあえず、と私に書類を差し出す。

 

「これにサインをしてください」

「海兵志願書って書いてあるけど?」

「履歴書は、あと押印をするだけにしてあります」

「怖いんだけど?」

 

 とりあえず志願書をゴミ箱にポイして、本題に入る。

 

「グラン・テゾーロの地下カジノで人間が檻に入れられた状態で外に運ばれているって話は聞いた事ある?」

「……外で話そっか」

 

 彼女の方から海軍基地の外で話す事を切り出してくれた。

 近場で待機していたカリーナと合流し、近場の喫茶店で事の些末を説明すると「ああ、大通りの騒ぎは貴女達でしたか」と女海兵が頷いた。

 話は進んでカリーナが地下カジノの大雑把な見取り図を書き起こす。

 それを女海兵が受け取り「明日にでも調査してみます」と言って、そのまま立ち去った。

 喫茶店の代金は、置いて行ってくれなかった。

 

「あの人、本当に大丈夫?」

 

 カリーナの不安げな声に「仕事には熱心な人だよ」と苦笑いする。

 その後、道中で何度か逃げようとしたカリーナの首根っこを掴んだりして、

 先程まで私達が居た喫茶店とは、別の喫茶店で待機していたクラハドールと合流する。

 出入口を見張っていたクラハドールは私達の姿を見た時、

 パタンと手に持っていた小説を閉じる。

 

「……やっとか」

 

 頗るお怒りのようで彼の眉間には、何時もより深い皺が寄っていた。

 

「なんで、こいつにそこまでしてやる必要がある?」 

 

 どうどうと彼を宥める。

 

「もう彼女とは仲間なんだし、そんな言い方駄目だよ」

「……あの話って本気だったの?」

 

 首根っこを掴んだ状態のカリーナに「本気だよ」と答える。

 

「助けられた借りくらいは返すけど……」

「まあ、お試しってことで良いじゃん。今すぐに偉大なる航路(グランドライン)に入る訳でもないんだし」

「分かった、なら俺は……」

「クラハドールは駄目、私は命の恩人だ」

 

 私は満面の笑顔を彼に送った。

 彼は反論をせず、ただ深い溜息を零す。

 

「貴方達の目的地は?」

「とりあえず今は偉大なる航路には入る予定」

「他の仲間は?」

「あと一人くらい欲しいよね」

 

 今度はカリーナの方が溜息を吐いた。

 

「海賊でも始めるつもり?」

「海賊なんて悪党に成り下がるつもりはない」

「ふうん?」

 

 カリーナが初めて私達を見る目に好奇の色が混じった気がした。

 しかし、それも束の間ですぐ彼女は冷静さを取り戻す。

 

「行って欲しい場所があるの」

 

 呟くように吐き出された彼女の言葉にクラハドールが顔を上げる。私もまた耳を傾けた。

 

「コノミ諸島っていうんだけど、そこに偉大なる航路級の強さを持った海賊がいる。そいつをどうにかできるのなら考えても良いわ」

「元魚人海賊団のアーロン一味か」

 

 クラハドールが丸眼鏡のサングラスを掌の付け根で押し上げる。

 

「知ってるの?」

「ああ、魚人がコノミ諸島を縄張りにしてるってのは有名な話だ」

「ふうん? そこに行けば良いんだ」

 

 なら話は早いね、と私が答える。そんな私をクラハドールが睨み付けた。

 

「なんで俺達がそんな腕試しに付き合わなきゃならん?」

「なんでって……そこで困ってる人が居るから?」

「このご時世、海賊の縄張りに入るなんて話は珍しくもない」

「まあ、私も普段なら相手の本拠地に攻め込むなんて馬鹿はしないけどさ」

 

 カリーナを見る、彼女は値踏みするような目で私達のやり取りを観察していた。

 

「……助けたい人が居るんでしょ、そこに」

「どうしてそう思うの?」

「まあ私達の実力を知りたいのも本当、船を購入したら慣らし運転も兼ねて目指してみよう」

 

 試運転が偉大なる航路は、流石にね。と私は二人に笑いかけた。

 

 

 “ARMS SHOP”と書かれた看板の武器屋、そのカウンターで店主のいっぽんマツは青褪めた顔で頭を抱えている。

 カウンターに置かれた一振りの刀、数時間前にゴスロリの小娘から預かったものである。店主の辛気臭い唸り声が零れる店内に一人の女性が足を踏み入れる。いっぽんマツは力なく顔を上げた。桃色の縁の眼鏡を掛けた女剣士。今日は花柄のシャツを着ており、両手には大切に愛刀を握り締める。彼女は此処の常連であり、数ヶ月に一度、愛刀を磨きに預けに来る。彼女は海兵で、本部曹長の地位にあった。

「刀のメンテナンスをして貰いに来ました」と告げる彼女に「置いていけ」と力なく呟いた。

 

「えっと、どうか致しましたか?」

「お前には関係のないことだ」

「そうですか……あと、その刀! 新しく入荷したものでしょうか!?」

「早く帰れっつってんだよ!!」

 

 怒鳴りつけて追い返そうとしたが、いや、と彼は彼女の刀オタクっぷりを思い出す。

 

「……少し、その刀を見てくれないか?」

「えっ? 良いんですか?」

「傷つけるなよ、預かりものなんだ」

 

 愛刀の時雨をカウンターに置いた彼女は、わあ、とウキウキで刀を手に取った。

 彼女は重度の刀オタクである。懐には刀剣のカタログを常備しており、刀の形状と特徴に関しては武器屋の店主である自分よりもよく知っていた。

 キン、と彼女が鯉口を切る音が店内に響いた。

 

「黒刀……?」

 

 刀身を見て、彼女は小さく零す。

 錆びた刀身に眉間に皺を寄せつつも鞘から刀身を全て引き抜いた時、頬に冷や汗を垂らした。

 震え出す手で、なんとか彼女は刀をカウンターに置き直す。

 

「……あの、これって、いや、なんで、この刀がここに?」

「何も言うな、聞きたくない」

「いやいやいやいや、何もいうなって方が無理ですよ!」

「俺は何も知らねえ……磨け、と渡されただけだ」

「これ、国際問題にもなりますよ!?」

 

 この刀の所在が知れた時、とある国が全面戦争を仕掛けて来る可能性がある程の代物。

 それを知っていたので、いっぽんマツは頭を抱えており、眼鏡の女海兵は狼狽している。

 

「なんでワの国の国宝がこんなところにあるんですか!? それも状態最悪で!!」

「ば、ばかっ! 大きな声を出すんじゃねえ!!」

「いやだって……!」

 

 叫ぶ女海兵に店主が怒鳴り付ける。

 拵えは黒刀、乱刃、大逆丁字。大業物21工の一振りに数えられる程の名刀で、恐竜に踏まれても1ミリも曲がらないと言われる程の圧倒的な硬度を誇る。女海兵は半ば自分の記憶違いを願いながら震える手で刀剣カタログをパラパラと捲る。

 ボロボロに擦り切れた頁に、その刀の銘が記載されていた。

 

「やっぱり秋水じゃないですかっ!?」

「あああああああ!! 聞きたくねえ、聞きたくねえっ!!」

 

 いっぽんマツの叫びも虚しく、紛失したはずの国宝級の代物が錆びた状態で見つかったのだ。

 

「どうするんですか、これ……!?」

「どうするって、砥ぐしかねえだろ……請け負った仕事だ、砥ぐしかねえんだけど……手が、手が震えちまってよおっ!!」

「こんな状態で世に知られたら本当に、戦争が起きてもおかしくないですって!!」

「だからって生半可な砥ぎじゃ俺が殺されちまうっ!!」

「研げるのは貴方しかいないじゃないですか! この町一番の砥ぎ師じゃないですか!!」

「うちの本業は武器屋だ! 失伝しちまってることも多いんだよ!!」

 

 今日も賑やかな大通り、幸いにも二人の会話は町の喧騒に掻き消された。

 

 

 造船所。へくち、と小さいくしゃみをする。

 私は契約書を前に座っており、両隣には執事のクラハドールと泥棒のカリーナが同席する。

 目の前には、造船所のオーナーが揉み手で私を見つめていた。

 

 見せて貰ったカタログから中古で手頃な船を見つけた。

 当初は三千五百万ベリーと予算から足が出てしまっていたのだが、状態を確認したクラハドールが粗を見つける度に値段交渉をし、結果として二千七百万ベリーまで値下げをして貰えることになった。余った三百万ベリーでキッチン周りの改装を計画し、結果的に残ったのは百万ベリーとなる。だけどまあ予算の三千万ベリーなんて、私が海を彷徨い続けて半年間で稼いだ金額だ。また海賊を狩って稼げば良い、と契約書にペンを走らせる。

 その途中で、ふと思ったことがあったのでクラハドールに問い掛けた。

 

「こういうのって姓も書いといた方が良いのかな?」

「エレジアのオネってのは、やめておけ」

「違うよ。あれは義父の姓のを名乗ってるだけだからね、ちゃんとした姓もあるよ」

 

 そう言いながら名前の記入欄に姓込みの名前を書き記す。

 フロストムーン・オネ。これが私のフルネーム、顔も名前も知らない親から与えられたものなので愛着とかないんだけどね。

 まだ物心が付く前だったので、どういう事情があったのか知らないけど、

 一応、忘れないようにしている。

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