「困ります! 此処から先は従業員以外は立ち入り禁止となっております!」
グラン・テゾーロのローグタウン出張所の地下カジノでは、女海兵による抜き打ち捜査が行われていた。
彼女、霜月くいなは「地下カジノで人身売買が行われている」という知人からの情報を得た翌日、単身で地下カジノに乗り込んでいた。従業員の制止を振り切って、従業員以外立ち入り禁止のエリアにずんずんと足を踏み入れている。鍵付きの扉が彼女の前に立ち塞がった時、彼女は無言で腰に佩いた二振りの刀の内一振りを鞘から抜いた。良業物、輝針丸。取っ手の横にある扉の隙間に刀を刺し入れた。
鉄扉であろうと関係ない、彼女は斬鉄ができる有数の剣士である。
情報提供者である親友の知り合いが書いた見取り図を手に、どんどん奥へと突き進んだ。
そして、見取り図の印が書かれている大部屋まで辿り着いた。
「………………」
「ね? 何もないと言いましたでしょう?」
つい先程まで私を止めようとしていた黒スーツの男は、してやったりと笑顔を浮かべる。
大部屋は、不自然なほど綺麗に片付けられていた。なんとなしに屈んで地面を確認すると、幾つかの血痕を見つける。そして複数の色の髪を発見した。此処に人が居たのは、確かなようだ。
くいなは、小さく息を零す。
「命拾いをしましたね」
此処にはもう捕えられた人は存在していない。
その事を察したくいなは、もう此処に用はないと来た道を戻ろうとした。
しかし、大部屋の出入口を金色の髭を貯えた筋肉ムキムキのマッチョマンが塞いでいる。
くいなは自分の隣に立つ男を見た。
「濡れ衣を着せられたというのに、ただで帰れると本気でお思いで?」
「そうですか……なら、公務執行妨害ということで全員、叩き伏せさせて貰います」
「はっ? がぺッ!」
とりあえず最も近くに居た男の横っ面を柄の頭で殴り飛ばす。
そのまま男は顔から壁に激突し、「こンの暴力海兵めっ!!」と捨て台詞を残して気絶する。
マッチョマンことダイスは、彼女の様子を見て、にんまりと笑みを深めた。
「最弱と呼ばれる
「いえいえ、私なんて……スモーカー大佐の方が階級が上です」
「あんな見てくれだけの筋肉で満足する能力頼りの男に興味なんてねェよ」
ダイスは両腕を武装色の覇気で纏いながら告げる。
「東の海に来てから出会った相手の中では、お前が一番強い」
「お世辞はいらない」
「強さってのは、覇気だけじゃねえ」
「……フフッ」
くいなが静かに微笑んだ。
霜月くいなは類稀な戦闘センスにより、
くいなは息を吸い込んだ。そして、ゆっくりと吐き出しながら大きく足を開いた。
「……スナッチ」
重心を前に傾ける不退転の構えを取った。
「ん? スナッチ? そりゃどういう意味だ?」
「覚悟完了って意味よ」
「ほう?」
その瞬間、二人が同時に姿を消す。
くいなの剃には欠点がある。それは真正面に突っ込む事しか出来ない事、彼女の技術には後退の二文字がなかった。逃走する事はある。だが、もし仮に彼女が逃げ出すとすれば、それは正面突破だ。前に突き進む事で活路を見い出す。タタタンと複数回に渡って地面を蹴り、高速移動中ですらも地面を叩いて駆け続ける。それは最早、剃とは掛け離れた別のなにか。ダイスもまた強者、六式使いとの戦闘経験もあった。しかし、しかしだ。剃の速度に合わせて、振り落とした黒腕の下を、正義を背負った海軍のコートが潜り抜ける。懐に入り込まれた時、ダイスは鼻先に焦げ臭いにおいを感じ取った。剃の途中で、更に剃を重ねる。無制限の加速は空気を焦がす。音を置き去りに、意識すらも間に合わず、それでもなお駆ける。名前を捨て、知恵を捨てる。故に
肉体が意識を置き去りにし、身を焦がす程の速度の打突を彼女はこう呼んだ。
「
良業物、輝針丸の切っ先がダイスの鳩尾を捉えた。
小人が巨人の鬼を身体の内側から退治した時に使用された針の剣。そんな逸話を持つ輝針丸を用いた一撃は、空気を揺るがし、コンクリートの壁に亀裂を走らせた。ダイスの肉体を大部屋の扉を巻き込んで、なおも長い廊下の先まで吹き飛ばす。廊下の先に砂塵が舞い上がる。くいなは残心を解かず、砂塵の先を睨み付けた。手応えはあった、しかし切っ先に血が付いていなかった。くいなには、弱点とは呼べない弱点を抱えている。くいなは武装色の覇気が苦手であった。本来、霜月一心流は竜をも一刀両断する剛剣の流派。彼女は霜月一心流の師範代にはなれたが、免許皆伝を得ることは叶わなかった。
師父コウシロウすらも至れなかった極致、開祖・霜月リューマの剛剣を彼女は会得できなかった。
「キモティーっ!!」
砂塵の中からダイスの巨体が姿を現す、彼のどてっ腹は武装色の覇気を纏った黒色に変色していた。
くいなは記憶を失う以前は父コウシロウに師事を受けていたが、記憶を失って以後は祖父コウ三郎に剣術を学んでいた。その為、刀との向き合い方は実践本位。斬れなかろうが関係ない、斬れるまで斬れば良い。仮に斬れずとも、倒し切れれば、それで良かった。ダイスの武装色の覇気を纏った右腕を「
退くことを知らぬ、くいなの猛攻は着実にダイスを押し込んでいった。
「もっとくれ、もっともっとだッ! キモティーっ!!」
尤も、それはダイスが積極的に相手の攻撃を受けに行っていたことも含まれているのだが、結果的にくいなの優勢で戦闘は繰り広げられていた。
◆
遂にアルビダはVIPルームへの招待を受ける。
本日の夜からは、開かずの間とされる高レート賭場に足を踏み入れる事が出来た。
つまり、グラン・テゾーロの金塊に一歩、近付けたという事である。
その日、アルビダは上機嫌だった
ちょっとした腕試しのつもりでスロットを回してみれば、これがまた大当たりでグラン・テゾーロでのみ使用可能なコインを元手の十倍にまで増やすことができた。麦わらの男に横っ面を殴られたのがケチの付き始め、そう考えていた時期がアルビダにもあった。しかし、しかしだ。彼に殴られたのがきっかけでスベスベの実の能力を得た。その結果、海賊団を失う事になったが所詮、奴らは田舎者である。自分の美しさを理解できるのは都会の人間、つまりはローグタウンの老若男女だ。
彼女は今、順風満帆なモテモテ人生を謳歌している。
ビバ・アルビダ! ビバ・ローグタウン! ビバ・グラン・テゾーロ!!
運気は今、確実に自分に流れている。
アルビダは確信していた、アタシの人生は此処から大躍進を成し遂げる!
何故ならば、そう。彼女は麗しのレディー・アルビダなのだ!!
故に彼女は全財産をコインに変換した。
今夜はVIPルームを堪能する予定であるし、店内のサービスはコインで支払いが可能だ。
アルビダは一万ベリーのコインをスロットに投入する。
回し、回して、五つあるリールの絵柄の内三つが“7”で揃った時、
アルビダは人生の勝ちを悟る。
その時だ。
「キモティーっ!!」
突如、メインホールの壁が破壊される。
粉々になった壁から飛び出したのは巨躯の用心棒ダイス、もう一人は女海兵。一般市民も賭博に興じる店内、二人は周囲への被害も気にせず暴れに暴れ回った。飛び交う悲鳴に撒き散らされるコイン。砕けるカジノテーブルに吹き飛ぶスロット台。そして一般市民もまた宙を飛び交っていた。
アルビダはスベスベの実の能力で余波を受け流していた。
しかし、しかしだ。二人の乱入からメインホールは一分と持たず半壊となり、今は壊滅状態に移行しつつある。目にも止まらぬ速度で戦闘を繰り広げる二人を前にアルビダは呆気に取られるしかなかった。
天井からシャンデリアが落ちて、硝子の砕ける甲高い音が鳴り響く。
「……あっ」
その流れでアルビダは天井を見上げた。
天井には、複数の亀裂が入っており、今にも崩れ落ちそうになっている。
未来視を使えずとも視える未来にアルビダは青褪めた。
無言のダッシュで逃げ出したその時だ。
天井が崩れ落ちる。
此処は地下カジノ。勿論、天井の先には建造物が建っている。
その建造物が今、崩落した。
女海兵とダイスは、こんな状況でも戦い続けている。
程なくして、アルビダは気絶した。
こうしてグラン・テゾーロのローグタウン派出所の地下カジノは無期限休業となる。
そしてアルビダは無一文になった。