なまくら娘。   作:にゃあたいぷ。

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16話.問題児

 ローグタウンにある港で美女が艶めかしい吐息を零す。

 数週間前までは海賊として一団を率いていた彼女は、麦わら帽子を被った男に壊滅させられてしまった。ローグタウンに流れ着いた後は持ち前の美貌で栄華を極めんとしていたが、それもまた道半ばで途絶えて今は無一文となる。それまで貢がせていた男共はグラン・テゾーロにスカウトされた時に切り捨ててしまったので今の彼女には頼れる男が居なかったというか、滑らせる隙間がない程に落ちて来た大量の瓦礫に潰されてしまったので全身、打撲の重傷で会うに会えないといった方が正しい。その時に身に付けていた高価な装飾品の大半が破損してしまった事に加えて、辛うじて無事だった宝石類も全て売り払ってしまった。彼女が今、着ているのは実用性も兼ね備えた上質な生地を使った衣服だけであり、数日前と比較して随分とスッキリとした格好になっている。

 ワンカップの安酒を片手に潮風を浴びる。

 彼女が海賊稼業を始めたのは、自分の可能性を確かめる為だった。とある田舎の島に生まれ落ちた彼女は、田舎娘として一生を終える事を嫌って海に出る。そうだ、彼女もまた浪漫を求めて、海に飛び出した人間の一人であった。近頃、彼女は高級酒ばかりを飲んでいたので久しく忘れていたのだが、ほんの一ヶ月前まではエールを嗜む乙女であった。枝豆をつまみにエールを呷ることでしか得られない栄養素があることを彼女は忘れてしまっていた。そして、その味こそが浪漫を追い求める味だったのだと彼女は思い出す。

 今は一人、仲間はおらず、船もなかった。

 もうあの時と同じ気持ちで海に出られない事を知った時、アルビダは少しセンチメンタルな気持ちになる。

 潮風の味を肴に安酒で呷った。

 

「綺麗なおねーさん、海に未練があるの?」

 

 緑色の長い髪をした芋臭い少女に話しかけられる。

 腰には一振りの刀を差した彼女は、港にある一隻の船を指で差した。

 

「あの船、私の船なんだけど人が足りてないんだ。良かったら話だけでも聞いてかない?」

 

 満たされていた毎日が失われて、原点に立ち返った彼女に空いた心の隙間。

 そんな時、丁度よく現れた少女に誘われたので、ちょっとだけなら、と思ってしまった。

 これが異性であれば警戒もしたが、芋臭い少女であったので無下に断れなかった。

 

「良い男は居るのかい?」

「イケメンが居るよ」

「……そうかい、なら仕方ないね」

 

 騙されたと思って付いて行った宿で、本当にイケメンが居た時は驚いた。

 でもまあ同時に、女の勘で此奴と付き合うのはねェな、とも思った。一目見ただけでも分かる程にクラハドールは信用のならない男である。そして彼女の仲間であるもう一人の女性もまた、腹に一物ある女であることを見抜いた。不安である、非常に不安である。そんな二人を信頼できる仲間だと言い張る少女に対しても不安を抱いた。此処まで来ると不安を通り越して、心配になってきた。

 アルビダは、初めて自分が海に出た時を思い出す。

 自分には、誰も居なかった。たった一人で海へと乗り出し、美貌だけでは周りが付いて来なかったので、腕っぷしで従わせてきた。別に誰か頼れる相手が欲しかったなんて、女々しいことを言うつもりはないが、それでも女一人で成り上がるには厳しい世界であることを彼女は知っていた。

 だから、少しセンチメンタルな気分に落ちていた彼女が、仕方ないねえ、と少女に付き従うのは気紛れだけが理由ではなかった。

 

 それが半ばマッチポンプに近い状況になっていたと彼女が知るのは、数年後の未来。

 この一味が海賊じゃないと知るのは、海に出た後の話になる。

 

 

 東の海(イーストブルー)、オルガン諸島。オレンジの村近郊では、せっせと船長の部品を集める獅子の姿があった。

 バギー海賊団の面子は粗方、海軍に捕えられてしまった。自分の飼い主であるモージやカバジも抵抗したが、二振りの刀を腰に佩いた女には敵わず、ボッコボコに打ちのめされた後に船まで連行されてしまった。そうして彼、リッチーは一人になった。だけどリッチーは諦めなかった! なんだかんだでバギー海賊団で過ごした毎日は、彼にとって満たされた毎日でもあったのだ。また再びバギー海賊団が結成される日を願って、飼い主の飼い主であるバギーの部品をひたすらに集めた。

 時に腹を空かせた猛獣がバギーの部品を狙っても、リッチーは一人で戦った。時に鷲がバギーの部品のひとつを持って行ってもリッチーは必死に追いかけた。そうして戻った後、集めた部品をハイエナどもが散り散りに持ち去ってもリッチーは頑張ってハイエナ共を見つけ出して、叩き伏せた。そんな事を繰り返している内にリッチーはオルガン諸島に住む獣達の王となる!

 リッチー、とっても頑張った。

 山の頂上で吠えるリッチーの尻に敷かれていたのは、丁度良い高さに積み重ねられていたバギーの部品である。

 バギーの部品は、獣たちの王座となったのである!

 

 

 海軍ローグタウン派出所。司令官室で太い煙草を咥えた白髪(はくはつ)で筋肉質な男が煙と深い溜息を零す。

 司令官用の机越しに彼の前に立つのは、背中に正義を刻まれたコートを羽織った黒髪の海軍将校が笑顔で立っている。

 

「俺ァ何時も行動する前に先ず連絡を入れろと言っているよな?」

「あ、すみません。煙たいので窓を開けても良いですか?」

「……話を聞け」

「すみません。海軍の新兵教育は是非とも別の方にお譲りしたく……」

「記憶力ッ!!」

 

 筋肉質の男が司令官用の執務机に拳を叩き付ける。彼の周囲に控えるたしぎを含めた海兵が、ビクリと身体を強張らせる中、黒髪の海軍将校である霜月くいなは微動だにしなかった。

 

 今回、彼女が呼び出されたのは地下カジノの一件だ。

 海兵がグラン・テゾーロに独断単身で攻め込んだ。その結果、地下カジノを潰す事が出来たのだが決定的な証拠を得ることが出来なかった。もっと入念な準備をし、然るべき証拠を集めてから叩くべきだったのだ。しかし、くいなは聞いた即日で攻め込むべきだったと反省している。グラン・テゾーロの動きが早く、露見してしまった時点で既に撤退を始めていた。翌日にはもうもぬけの殻だ。

 まるで反省をしていない様子の本部中佐に白髪の男、本部大佐のスモーカーが大きく煙草の煙を吸い込んだ。

 白猟のスモーカーは本来、組織に忠誠を誓わず、自身が持つ正義感に忠実な男である。故に素行も悪ければ、組織に従わず、時に逆らうようなこともして来た。その結果、過去に何度も解雇されかけており、今も海軍本部から離れた東の海に配属されている。

 しかし、今、彼は自分が過去にしでかした数々の勝手な行いを反省しつつあった。

 己の正義が間違っていたとは思わない。

 しかし、組織には組織の通すべき筋はあるのだと、部下のケツを拭く側に立って初めて考えるようになった。

 

「今回の件は猛省する所であり、組織と世の皆々様の為にも、次に活かしたいと思います」

 

 にっこりと笑う女将校を前にスモーカーは頭を抱える。

 自分のやってきた事が可愛く思えるような問題児を部下に得て、今まで面倒を掛けてしまった上官に今度、お歳暮を贈ろうとスモーカーは今とは関係のないことを考える。そして問題児を分からせるには、部下に問題児を配置するのが正しいと彼は気付いた。幸か不幸か彼の部下には自分以上の問題児は居なかった、なので彼は自分の信頼できる部下を彼女に付けることを思いついた。

 おい、と隣に立っていたたしぎに声を掛ける。

 

「たしぎ、今日から此奴の世話係だ。何かあったら逐一報告しろ」

「ええっ!?」

「あと何があっても絶対に、この問題児の側を離れるな。もし仮に撒かれたら処罰を下す」

「そんなパワハラですっ!?」

 

 くいなにも人並み程度の倫理観はある。

 であれば、一人で危険な場所に攻め込む事があっても自分よりも弱い人間と一緒なら少しは自重すると考えての決断だった。

 これでもしなにか勝手な行動を起こす時も、すぐに自分に連絡が入る。

 くいなもまた嫌な顔ひとつせず、たしぎを受け入れた。

 

 翌日、問題を起こした女将校を呼び出した時、

 彼の前に現れたのは、眼鏡を外し、将校のコートを羽織ったたしぎであった。

 同じ顔だが、おどおどした態度ですぐ分かった。

 

「あンの不良将校がッ!!」

 

 スモーカーは自分の事を棚に上げて、執務机を叩き潰した。

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