なまくら娘。   作:にゃあたいぷ。

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17話.ひまつぶし

「目指す針路は、コノミ諸島! ローグタウンへの帰り道で海上レストランのバラティエだ!」

 

 船の目的地を決めるのが船長の仕事だ。

 取った宿の一室に広げた海図、私を含めた乗組員の四人が私の指先を見つめる。洒落た燕尾服を着たクラハドールは、アンティークな椅子に座り、自分で淹れたココアを片手に丸眼鏡のサングラスを掌の根本で押し上げた。釣鐘のような形をした帽子に紫色の長い髪をしまっているカリーナは、床に胡坐を組んだ姿勢で胸元のボタンを外している。そして今日、仲間になったばかりのアルビダは、ベルトを使ったワンピースドレスに身を包んでおり、ベッドに足を組んで座る。

 この女性ばかりの空間にクラハドールは若干、居心地が悪そうにココアを啜った。

 

「何故、海上レストランを通る必要があるんだ?」

 

 潤した唇でクラハドールが問い掛ける。

 

「其処に最高のコックが居るからだよ」

「コック……当てはあるんだな?」

「確約はしてないけど、当てはある」

 

 私が胸を張ってみせる。

 すると女性二人が私の胸を見て、少し悲しい目をした。

 なんでえ?

 

「キッチン周りを改修したのも、それ関係か」

 

 クラハドールが呟き、サングラスを掌で上げる。

 

「アーロンは私が相手をする、クラハドールとアルビダは他をお願いするね」

「……魚人だよ、本当に勝算はあるの?」とカリーナが問い掛ける。

「斬り落としても良い相手なら、もう少しやりようはあったよ」

 

 と私が砥いで貰ったばかりの(なまくら)を彼女に見せる。

 結局、完璧に砥ぎ直す事は出来なかった。あの店では錆を落とすのが限界で、これ以上は良い設備が整った環境で腕の良い職人に打ち直させないといけないようだ。また黒く変色してしまった刀身を元に戻すことはできないようだ。それを捨てるなんてとんでもない。と店主に何度も言い聞かせられる。とりあえず、代刀は店に返した。早く試し切りがしたくてウズウズする。

 その辺に海賊船でも転がってないかなって、思ったり、思わなかったり。

 

「……あの用心棒は、誰かを守りながら戦える相手じゃない」

 

 尤も、あの男は、まともに戦って勝てる相手ではない。

 私はクラハドールとアルビダの二人を見る。

 

「だから二人はカリーナを守ってあげてね」

 

 そう言って笑う私にクラハドールは無言で溜息を零す。

 

「最弱と呼ばれる東の海(イーストブルー)を拠点に持って良い気になってる奴も倒せない程度では、偉大なる航路(グランドライン)を渡る事もできないだろうな」

 

 東の海の出身者で偉大なる航路で名を上げるような人間ってのは、名が知られるようになって数ヶ月で偉大なる航路に出る。

 ローグタウンに着くまでの間、二人で航海している時にクラハドールが独り言を呟くように言っていた。首領・クリークは東の海で時間を掛け過ぎだ。他の海と比べて、比較的平和な東の海は、技術力の面でも他の海に後れを取っている。あそこまで戦力増強に時間を費やすのであれば、さっさと偉大なる航路に入って、そこにある島を拠点にすれば良かったのだ。

 話に聞く偉大なる航路では、有象無象の船は、航海するだけで振り落とされる。白ひげ海賊団のように、全ての船の乗組員が一端の海賊団であればまだしも、船団全体で一端の海賊団では訳が違う。

 偉大なる航路を渡り切れる面子というのは、独自の判断で動ける選りすぐりの精鋭でなくてはならない。

 

「まあ、なんとかなるよ」

 

 クラハドールは完璧主義の気がある。

 楽観しがちな私と合わせて、丁度よくなる感じがあった。

 いずれにせよ、船の行く先を決めるのが船長である私の役目だ。

 出来るか出来ないかではない。

 目指す理由があれば、そこに目的地を設定する。

 その後に方法を考えれば良かった。

 

 にっこにこの私にクラハドールとカリーナの二人が同時に溜息を零した。

 アルビダは目を細めて、私の事を優しく眺めていた。

 

 

 所変わってローグタウンの港、その一角に私達の船が泊められている。

 乗組員十名までを想定した小型の遊覧船、砲撃能力は自衛程度。頑丈に造られた船ではあるけども海戦は想定されていない。

 今の御時世、安全な海なんて何処にもない。故に値段の割に設備が充実している。

 

 クラハドールが主導で船の最後の点検と物資の搬入を進める。

 その間、戦力外の扱いを受けた私は、近場の桟橋に腰を降ろしていた。

 波の音に耳を傾ける。また数日間、刀を振る機会がなかった。

 なんとなしに無銘の刀を引き抜いた。

 鏡のような刀身に白く靄のかかったような刃紋、これが刀だって姿をしている。

 これは、鈍を研いで貰った店主に頂いた刀だ。

 

 鈍を返して貰った時、店主に刀の手入れの仕方について問われた。

 その質問に私は首を傾げる。彼は青褪めた顔で大量の手入れ道具を引っ張り出して私に押し付けた。

 そして、これは手入れの練習用に押し付けられた安物の刀だ。

 頑丈なだけが売りの刀だと話に聞いている。

 五万ベリーの樽から引っ張り出したにしては結構、良い刀な気がする。

 銘はない、初心者向けに造られた数打ちの一振り。

 

 私は立ち上がり、無銘の刀身を片手で頭上まで振り上げる。

 刀から意志が感じられない。鈍を扱っている時は、刀の振り方を教えてくれた。

 他にも刀を試したけど、鈍のような刀は珍しかった。

 今から振り落とす一刀には、何の補助もない。

 だけど、ずっと鈍に教えて貰った振り方だ。

 

「鬼殺し」

 

 十年以上、軍艦を叩き続けて来た経験が身体に沁みついている。

 そのほとんどが身体の扱い方だった鈍の指導の中で、数少ない技と呼べる技が鬼殺し。これは私が船を両断する時に、よく用いている技である。海に切れ目を入れる威力の高い技ではあるのだが、鈍は全然、納得していないようで更なる高みを要求してくる。私もまだ納得している訳ではない。こんな程度では、標的には手が届かない。

 振り上げて、振り落とす。この一連の動作を延々を続ける。試行錯誤を繰り返し、より良い動作を追求する。

 

「振り落とした後に全てが完結するイメージだ」

 

 不意に背後から声を掛けられる、聞いた事のない声だ。

 背中に強い気配だけを感じ取り、だけど敵意は感じられなかったので素振りに意識を集中する。

 彼の今言った事を思考し、考えるのを途中でやめた。

 振ってみれば分かる。一度やって出来ない事は、何度でも繰り返して検証すれば良いのだ。

 気合を込めてから振り落とすイメージから、終わりに全てを持ってくるイメージへ。

 

「────っ!」

 

 その時、スッと空気に切れ目が入ったような感覚があった。

 海が斬れる。何時もの倍近く、深くまで切れ目を入れる事ができた。

 ポンと頭に大きな手が乗せられる。

 

「良い太刀筋だ」

 

 私が振り返るよりも早く、男は私の前に歩み出た。

 背中に担いだ十字架のような大きな刀。貴族風の鍔広帽子、丈の長い黒色のコートを風に靡かせる。

 身の丈以上もある大きな刀を片手に構えた彼は、頭上に振り被って一息に振り落とした。

 無造作にも見える、その一連の動作に。

 私は呼吸するのも忘れる程に目を奪われてしまった。

 斬撃は、誇張なしに海を割る。

 まるで伝承の一節にあるように数百メートルに渡って海が斬れてしまった。

 目を輝かせる私に、髭を貯えた彼は上機嫌に笑みを浮かべる。

 

「偉大なる航路で待っている」

 

 そういうと彼はローグタウンの方へと歩いて行った。

 思わず、私は彼の背中に頭を下げていた。彼の姿が見えなくなるまで、彼の背中を見送る。

 まだまだ果ては遠い。

 笑みを深める。彼の指導のおかげで強くなるイメージが出来た。

 もう一歩先が見えた。

 再度、私が素振りをすると更に深くまで海に切れ目を作ることができた。

 私はもっと強くなれるんだ。

 

「おい、出航の準備が出来たぞ」

 

 無銘の刀でズバズバと水遊びをしていると黒眼鏡のクラハドールが迎えに来てくれた。

 私は満面の笑顔で、うん、と頷き返した。

 

 

 苦節苦難を乗り越えて漸く辿り着いたオルガン諸島オレンジの村。

 融通の利かない身体で辛酸を舐め続けたバギーは感涙する。早速、村で情報収集をしようとするウタに「待て」とバギーが呼び止める。直接、村に危害を加えた覚えはないとはいえ、バギーの悪名は東の海に知れ渡っている。自分の身を護る事の出来ないバギーは情報収集をウタに任せて、バギーは自分が麦わらの男に倒されたオレンジの村近郊の森の調査をすることにした。

 しかし部品が探せど探せど見つからず、夕焼け小焼けの烏が鳴く頃にバギーは森の中で項垂れる。

 今度は、悲痛で泣いてしまった。人は歳を取ると涙もろくなる生き物である。

 そんな折、ガサゴソと森の茂みから何者かが姿を現す。

 

「お前は……!」

 

 それはボロボロの姿になったリッチーであった。

 彼はバギーの姿を見ると感極まって目から涙を溢れさせる。そしてバギーもまた海賊団の生き残りが居た事に泣き喚いた。そうだ、リッチーもまたバギー海賊団の大切な仲間だったのだ! 少し前ならば感動の再会を祝して、ハデに宴を始める所であるが、今のバギーに力もなければ金もなかった。ただただ二人は抱き締め合うことしかできなかった。

 しかし、リッチーの身体はもう限界であった。

 

「リッチーっ!?」

 

 リッチーはバギーを潰さないように倒れ込んだ。

 そして彼の懐からポロリと零れる懐かしの部品達、バギーは己に残された唯一の仲間が傷付いた姿に身を震わせた。怒りのままに部品をドッキングし「ハデに落とし前を付けてやる!」と叫んだのだ。

 その声を聞いて、迷子の小人を探しに来たウタが顔を出す。

 

「バギー? ……うわ、気持ちわるっ」

 

 リッチーの持ってくることができた部品は全てではなかった。

 彼が持ってくることができたのは下半身のみ。本来、腹がある場所にバギーの首が置いてあり、耳から両手首が生えている状態で合体していた。その薄気味悪い彼の姿を見て「トットムジカよりも酷い」と彼女にとって最低級の非難を浴びせた。

 バギーは激怒した。短い期間であっても海の上で苦楽を共にした仲間になんて言い草だと。

 

「いや、だってほら」

 

 とウタが手鏡でバギーに今の姿を見せる。

 

「ハデに気色わりィッ!!」

 

 そしてバギーは己の非を認めた。

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