コノミ諸島に到着した時、港町であるゴサの町の惨状は否応なく警戒心が高められる。
逆さまになった家屋の中を恐る恐る進んでいけば、「ちょっと待ちな」と私達の前に男二人が立ち塞がった。ヘッドギアに緑色のパーカーを着た男と頬に海の入れ墨を入れて、サングラスを掛け青色のパーカーを着た男。二人の手には、共に菜斬り刀が握られていた。
既に戦闘をした後なのか、二人は全身に包帯を巻いた姿で上陸した私達を睨み付ける。
「この島は海賊の支配から漸く解放されて、輝かしい未来への道を歩み始めたばかりでして……」
「今更、外様にどうこうされたくはねェんでさ!」
「外様のあっしらがいうのもなんだが、この町の行く末に水を差したきゃあっしらを殺して行きな!!」
二人は口上を述べた後、こちらの言い分も聞かずに斬りかかって来た。
敵意はあっても殺意はない。それに狙ったのは私じゃなくて、執事のクラハドールと金棒を手に持ったアルビダである。手袋をしていたクラハドールは、ヘッドギアの男が菜斬り刀を振り回す前に顔面を鷲掴みにし、そのまま地面に叩き付けた。そしてアルビダは相手が振り落とした菜斬り刀ごと、金棒で叩き伏せる。
正に鎧袖一触。私は鈍に添えた手を放し、それ以上、危害を加えない為に二人を下がらせた。
「この人達って島の住民なのかな?」
私が三人に問い掛ける。
「まあ魚人って面じゃないからねえ」とアルビダが金棒を肩に担いで答える。
「外様と言ってたね」とアルビダの背中に隠れていたカリーナが言った。
「だが島側の人間であることは間違いなさそうだ」とクラハドールがサングラスを直す。
三人の考えを聞いた私は気絶した二人を眺める。
「んじゃあ、対応を考えるのは二人が目覚めてからで良いかな」
とりあえず結論は後回しにした。
起きるまで待つのも面倒だったので、アルビダとクラハドールが二人を肩に担いで移動する事になった。
人の居る方角は、なんとなく気配で掴める。
こっちだよ、私が三人を先導する。
そうして辿り着いた家屋は、上下が逆さまになってるって事はなかった。
村は寂れていたけども、
想像していたのと違って住民の雰囲気は明るかった。
とても海賊に支配されているって感じではない。
「ヨサクとジョニー! どうしたんだ!?」
全身に縫合痕が残り、歴戦の風格を持つ男性が驚いた様子で駆け寄って来た。
村の駐在のような衣装を着た彼を見て、アルビダとクラハドールは互いを一瞥し、駐在に差し出すように地面に放り投げる。
ヨサクとジョニーって名前には、なんとなく聞き覚えがあった。
仰向けに倒れた二人は駐在に「大丈夫か!?」と頬を叩かれて、叩き起こされる。
そして、目覚めた二人は開口一番にこう告げた。
「か……か……紙一重か……」
随分と分厚い紙一重もあったものである。
駐在が怪訝な目で私達を見た。
「俺達は、一方的に襲われただけだ」
クラハドールが独特な仕草でサングラスを直しながら答える。
「……この村になんの用だ?」
駐在の問い掛けに私は、カリーナを見た。
「腕利きの海賊狩りを見つけたからアーロンを狩りに来たんだけど……」
言って、カリーナが周囲を見渡す。
何名かの村人は私達を注視しているが、敵対する意思がない事を確認すると祭りかなにかの片付けを再開する。村の中心では、酔い潰れた人間もいる。この村に来た時にも思った事だけど、支配されているにしては気が抜け過ぎていた。
そもそもだ、ヨサクとジョニーと呼ばれた男二人が「賊の支配から漸く解放されて」と言っていた。
「とんだ取り越し苦労だったようね」
カリーナが少し居心地が悪そうに続けた。
◇
「そうか、ナミの友達か……」
駐在ことゲンゾウの家に案内を受けた私達は、淹れたばかりの珈琲を頂いている。
一口、飲んでみると想像していた以上に苦かった。私が顔を顰めたのを見て、駐在が牛乳を足してくれる。それを見たカリーナとアルビダも少量の牛乳を頂いた、クラハドールはブラックのまま珈琲を啜る。ゲンゾウはカリーナがナミという女性の友達だという事を知ると、快く家まで案内してくれた。
彼に話を聞くと、この村は、昨日までアーロンの支配下にあった。
それを麦わら帽子の青年と彼の仲間がアーロンを打ち倒し、壊滅させたようだ。麦わら帽子でオレンジの村で出会った青年を思い出した。その話をゲンゾウにすると「その青年で間違いないだろうな」と彼は感慨深く呟いた。まだ一月と経ってもいないのに、東の海でも有力な海賊団の壊滅にふたつも関わるとは凄い運命力である。
麦わら帽子の青年の話が出た時、何故かクラハドールは忌々しく歯を食い縛った。
そしてアルビダは、嬉しそうに目を細める。
「まあ、もう退治されちゃったのなら此処に居る意味もないね」
私は座っていた椅子に体重を傾ける。
「私の実力を見る機会が失われちゃったけど、カリーナには出来れば来て欲しいな」
うーん、とカリーナは少し困ったように笑みを浮かべる。
「まあ、適当な海賊に遭遇したら潰すよ」
そう呟くとアルビダが訝しげに首を傾げる。
「どったの?」
「……ねえ、この一団って海賊じゃないのかい?」
「えっ? 海賊のつもりだったの?」
私が驚きに聞き返すと「ならこの一団は何なんだい?」とアルビダも返した。
そりゃあ、と私が口を開いた。そして続く言葉が出て来なかった。
海賊を狩るのは、路銀を稼ぐ手段だ。
そこに私怨が混じっているだけで旅の目的ではない。
少し考え込んだ後、私は顰めた面で珈琲を啜るクラハドールに助けを求める。
「……なんだろ?」
「自分で考えろ」
「偉大なる航路ツアー御一行様?」
「私、とんでもない船に誘われちゃった?」
カリーナが呆れた様子で珈琲を啜る。
しまった。チーム崩壊の危機である。
「そもそも、あんたの目的はなんなんだい?」
アルビダの質問に、私は喋るか悩んだ。
しかし三人の視線に耐え兼ねて観念して答える。
「赤髪海賊団を懲らしめること」
「赤髪って、あの赤髪?」とカリーナが返す。
「四皇のシャンクス、壊滅させたいとまでは思ってないけどね」
でも、と私が言葉を続けた。
「それは、あのバカ親がどうしても許せない事をしたからなんだ」
本当の目標は、復讐の更に先にある。
これを隠す必要はないと思って、軽い調子で答えた。
「私はエレジアのオネ、フロストムーン・E・オネ。エレジアの国王から直接、この名を使っても良いと言われている」
それまで黙って話を聞いていた駐在のゲンゾウにお願いし、壁に掛けてあったウクレレを手に取る。
何度か弾いた後、音程を調律しながら話を進めた。
「私はエレジアの曲を全て覚えている。エレジアの曲を世界中に残し、伝えるのが夢なんだ」
だから、と曲を奏でながら話を続けた。
「私の夢に協力してくれるのであれば、私は皆の夢に協力する」
◆
オネの夢を初めて聞いた時、クラハドールことクロは悪くないと考えた。
彼女の奏でる旋律は、クラシックを嗜む彼を満足させるに足る技量を有している。見た目の素材も良いのはゴスロリ衣装を着せた時に分かっており、プロデュースの仕方を間違えなければ、多額の金を得ることも難しくないと考えた。裏方に回れば、必要以上に顔を表に出す必要はない。面倒になれば、程よく金を稼いだ段階で逃げ出せば良かった。
赤髪に喧嘩を売る事は頂けないが、本来の夢に注力させれば良い。とクロは悪い笑みを浮かべる。
カリーナは赤髪海賊団に一泡吹かせる、という一点に強く惹かれた。
壊滅ではなくて、懲らしめる。なんともスリルがありそうだ。四皇を騙し切って全てを掻っ攫った時、怪盗カリーナ参上の旗を掲げる自分の姿を想像して堪らなく興奮した。正直、オネの夢には興味を惹かれなかった。けども彼女の奏でる旋律が良いものだってのは分かる。
仲間として、赤髪海賊団を騙す道中で寄り道程度に協力するのは吝かではなかった。
アルビダは思考が追い付いていなかった。
海賊団だと思っていた面子が、その実、海賊狩りの一味である。
その上、赤髪海賊団に喧嘩を売るというのだ。理解しろという方が無茶だ。
しかしアルビダは海賊に、そこまで拘りがある訳ではなかった。
ローグタウンで見た一夜の夢、グラン・テゾーロの地下カジノのメインホールで観衆の注目を一身に浴びる快感を覚えていた。
音楽には歌が必要だ、音楽を盛り上げる踊りが必要だ。
ならば仕方ない、この絶世の美女であるアルビダお姉さんが一肌脱いでやるというものだ。
何故ならば、そう、アタシは麗しのレディー・アルビダ!
世界の主役である!!
……とまあ、三者三様、思惑は違えどオネの下に結束したのは確かであった。
その流れを感じ取ったオネは、頭上に拳を突き上げる。
「それじゃあ今日はこの村で休憩して明日、バラティエまでサンジを迎えに行こう!」
まだ考え込んでいる三人を尻目に「おーっ!」と勢いで乗り切ろうと一人で声を張り上げる。
「バラティエのサンジ? ……麦わらの小僧の船に乗っておったな」
頭上に突き上げた拳は、そのまま机を叩き潰した。
海上レストラン編、完。次回からローグタウン編。