なまくら娘。   作:にゃあたいぷ。

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27話.八つ当たり

 吹き荒れる波の中、灯台の光が偉大なる航路(グランドライン)の入り口を照らす。

 ローグタウンを逃げ延びた麦わらの一味を乗せたゴーイングメリー号は荒波を掻き分け、大粒の雨に打たれながらも光の示す先を目指して駆ける。甲板では、進水式が開催されていた。嵐の中、揺れる船外に大樽を用意して、五人の夢追い人が己が野望を語る。オールブルーを目指す為、海賊王になる為、大剣豪になる為、世界地図を書く為に、そして勇敢なる海の戦士になる為に。五人は誓いを新たに酒樽に乗せた足で酒樽の蓋を割った。

 その背後で荒波の中を一直線に迫る船影がある。

 ゴーイングメリー号と同じキャラベルの遊覧船、暁丸と名付けられた船は荒波の中を勇敢に突き進んでいた。世界有数の航海士であるナミをも上回る速度。勿論、そこには仕掛けがある。船の先端に立つ少女の手には黒い刀身の刀、特徴的な緑色の長髪を靡かせながら刀を構えた。船体を大きく揺らす波を視認した時、少女は無造作に刀を振るう。斬撃は波を斬り、行進も困難な荒波に一瞬の道ができる。そこを彼女が集めた船員達が、帆や舵を駆使して船体を滑り込ませた。

 故に傍から見れば、荒波の中を直進しているように見えるのだ。

 

 リヴァース・マウンテンが近付いて来た。

 赤い土の大陸(レッドライン)の断崖絶壁に弾かれる波が乱流を起こし、それに巻き込まれたゴーイングメリー号が偉大なる航路の入り口に入るのを手間取ってしまった。運河の角に船体をぶつけてしまいそうになった時、船長のルフィが“ゴムゴムの風船”と身を挺して守る。その間隙を突いて、オネが率いる暁丸の船体をゴーイングメリー号に擦り付けた。

 サンジは見た、その緑色の長い髪を靡かせる少女の姿を。遅れてゾロとナミ、ウソップが暁丸の面子と視線を交差する。

 

「ウソ……カリーナっ!?」

「はぁい♪ 泥棒猫、元気にしてた?」

「あの執事野郎は、シロップ村の……確かクロ!」

「……人違いではないか? 俺の名前はクラハドールだ」

「むしろ、その名前の方がシロップ村と縁深いじゃねェか!!」

 

 ウソップが鋭いツッコミを入れる隣で、サンジは擦りつけ合う船体越しにオネを見上げる。

 

「オネちゃん……」

「迎えに来たんだよ、サンジ」

「……ごめん」

 

 サンジの歯を食い縛って謝る姿に、オネは目を細めて見つめる。

 仕方ないなあ、と笑みを深める。納得した訳ではない、自分にも非はある。

 あの時に勧誘できなかったのが全てだ。

 だけど、それとは別に、許せないって思いもあった。

 その感情が八つ当たりに近いことは分かっていたけども、あえて抑えなかった。

 オネは抜き身の刀の切っ先を麦わらの一味に向ける。

 

「野郎共、討ち入りだ!」

 

 駆け上がる海流、リヴァースマウンテンの運河にはもう入っている。

 だけど、そんな事は関係ない。カリーナを船に残したまま、オネ一派はゴーイングメリー号に乗り込んだ。

 それは麦わらの一味とオネ一派の長きに渡る戦いの狼煙が初めて上がった瞬間でもある。

 伝説は、始まった。

 

 

 先ず最初に切り込んだのは辻斬りのオネ。黒い刀身の刀からヤバい気配を感じ取ったゾロは、咄嗟にナミの肩を掴んで引っ張り倒した。咄嗟に“大業物”の和道一文字を引き抜いたのは直感故か、上段から振り落とされた黒刀の一撃を受け止める。見た目からは想像できない剛剣、まるで大槌を受け止めたような一撃にゾロは目を剥いて堪えた。

 膝を突くかどうかの瀬戸際、彼女を横から殴り飛ばそうとしたのは船長のルフィだ。

 彼女の戦闘力はローグタウンの広場で痛感している。ゴムゴムの実の能力を活用した全力のパンチ、ゴムゴムの(ピストル)と叫ばれた一撃をオネは全身の力を抜いて、ルフィの拳を横っ面で受け止める。その場で錐揉み状にギュルンと回転した後、まるで何事もなかったかのようにふわりと着地する。

 

「……どうせ、私達の方が数的不利なんだ。二人同時に相手をしてやる」

 

 辻斬りの少女は、麦わらの男と緑髪の剣士を睨み付けて言い放った。

 

 彼女と同時に乗り込んだクラハドールは、オネが執着する料理人と対峙する。

 ローグタウンで猫の手を用意する事はできなかった。必然的に素手での戦闘となり、サンジのゼフ直伝の足技をクラハドールが軽快な身の熟しで回避する。クラハドールは内心では、面倒臭いと考えていた。しかし彼のせいでローグタウンからオルガン諸島の往復で無駄骨を折る事になったのも事実だ。こんな男の何処が良いのかとスウェーで蹴りを躱しながら男を観察する。

 彼女の言う通り、使える男であれば拉致すれば良いと考えていた。

 

「こんな男の何処が良いのか……」

「あァん……? ちょこまかと煩わしい奴だな!」

「口が悪い、顎鬚に剃り残しあり。うちの御嬢様に相応しくない」

「あンだってんだ!」

 

 サンジが攻撃を仕掛ける為に一歩ステップを刻んだ瞬間、クラハドールは懐深くに飛び込んだ。

 それが横蹴りを繰り出したサンジから見れば、急に姿を消したかのように見えた。

 

「落第点だ」

 

 気付いた時には、もう眼前まで伸びた黒手袋で顔面を掴まれた。

 突っ込んだ、速度のままクラハドールはサンジの頭を地面に叩き付ける。

 仰向けに倒れるサンジを見て、クラハドールは溜息を零す。

 

「貴様も所詮、ウス汚い海賊に育てられた息子という訳だ」

「てめェ……」

「今後一切、ウチの御嬢様を誑かすのはやめて頂きたい」

 

 仰向けに倒されていたサンジは、ゆっくりと立ち上がって煙草に火を灯す。

 

「更に減点。煙草の臭いが不快だな。近付く事もやめてくれないか?」

「……随分とオネちゃんの事を気に入っているようだな」

「彼女は君とは違って、きちんと礼儀作法を学んでいる御嬢様なのだ」

 

 クラハドールは、手の付け根で黒眼鏡の位置を直し、告げる。

 

「腕は一流でも、人間として三下の屑は彼女に必要ない」

「言ってやがれ……」

 

 サンジが怒りを露に前蹴りを突き出す。

 しかし先程と同じようにクラハドールは姿を消す。

 抜き足、と呟いた言葉だけが耳に聞こえた。

 クラハドールの革靴の先端がサンジの鳩尾に食い込んだ。

 

「アレはもう私のモノだ」

 

 そのまま船体の端まで吹き飛ばされたサンジは、膝が折れてしまった。

 元より彼には戦意がない、彼には迷いがあった。

 オネと戦う理由を彼は見い出せずにいた。

 

「喧嘩も三流、戦うコックが聞いて呆れる」

 

 サンジが崩れ落ちる横でクラハドールはまた溜息を零す。

 

「あら、終わったのかい?」

 

 二人の戦闘を観戦していた絶世の美女がクラハドールに話しかける。

 彼女もまたオネの仲間のようで二人は親しげに話していた。ルフィとゾロの二人を一人で相手取るオネは美少女で将来が約束されたようなものであり、船にはまだカリーナという名前の女盗賊が居る。サンジはルフィの誘いに乗った事に後悔はしていなかった。まだ夢物語ではあるが、ルフィの旅の行く末を見届けたい気持ちは本物だ。糞マリモはさておき、ウソップもああ見えて根性がある。この一味を骨のある仲間達だと気に入っている。

 そして心のオアシスにナミが居れば、もう文句の付けようがなかった。

 

 だが、何故だ。この心の奥底に残る騒めきは、自分の夢を追いかける為に、とても大きなものを逃してしまった気がするのだ。

 

 サンジは膝を突いた、そして改めてオネ一派の面子を見る。

 それは巡り合わせの問題だった。ほんの少しタイミングが違えば、サンジがオネの仲間になった未来もあった筈だ。三者三様の美人に囲まれて、料理を振舞う未来があった筈だった。だけど、その道はサンジ自身の手で閉ざされた。もう訪れる事のない未来をサンジは夢想し、そして涙する。これは後悔の涙ではない、自分の知らない間に失ってしまった未来の大きさを噛み締めただけだ。三人の美女に男が一人。囲まれる光景を見て、嫉妬がないといえば嘘になる。

 しかし、しかしだ。それを口にする権利をサンジは有していなかった。

 

 力なく崩れ落ちるサンジを誰も受け止めてはくれなかった。

 冷たい甲板に蹲る。俺にはまだナミさんが居る。そんな失礼な開き直りをサンジには出来なかった。

 紳士故に噛み締める事しか出来なかった。

 

 くうっ! と項垂れるサンジ。

 サンジが何を悔やんでいるのか女の直感で理解したナミは、遠くから彼に冷ややかな目を向ける。そんな彼女の隣まで避難していたウソップは、もうひとつの戦いに意識を割いていた。

 オネとルフィとゾロの戦いはまだ続けられている。

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