フーシャ村を出た後、短期間で多くの強敵を相手にした。
旅先で得た勝利の数は、それまで祖父と二人の兄を相手に負け続きだったルフィに少なからず自信を植え付けさせる。
しかしローグタウンの広場で、とある緑髪の少女と出会った事で一変する。
少女は自分よりも年下であるにも関わらず、自分よりも余程強かった。吹き荒れる嵐の中、濡れた甲板の上を少女が駆ける。自分を狙った黒い刀身の刃を身を屈めて躱せば、背後にあった運河の崖壁が斬られた。激流を駆け上がっているので、斬られた崖壁の破片はゴーイングメリー号の遥か後方に落ちる。
水飛沫の音を遠くに聞いて、冷や汗を垂らす。
薙ぎ払った余波で、この威力だ。東の海に君臨していたクリークやアーロンとは別格の強さである。ゾロと決闘した鷹の目ほどではないが、それでも今のルフィ達の上の存在であることが理解できる。ルフィは、自分が特別に強い事を理解していた。同時に上には上が居る事も理解している。なので自分よりも年下だからって、相手を見縊る様な真似はしなかった。
ルフィは、相手が女だからといって格上に手を抜く必要はない、と覚悟を決める。
「技で敵わないなら手数で勝負だっ!」
ルフィがゴムの反動を利用した連続パンチの素振りを始めた時、オネは技の成立前に潰そうと駆け出す。しかし、それを三刀流に構えたゾロが阻んだ。横から割り込んだ影にオネが足を止める。ゾロは相手に先手を取らせない、と闘牛を模した構えを取った。
それはゾロが咄嗟に放てる技の中で最も手数が多く、防ぎ難い技だ。
「“牛針”っ!」
その技は、突撃しながら放つ超高速の乱突きだ。
「その程度の突き技なんてっ!」
しかし技は成立しなかった、オネは最初の二撃を的確に打ち払った。
左右に打ち払われた両腕、無防備に晒された懐にオネが一歩で踏み込んだ。斬るよりも打撃の方が早い、そう判断したオネは
だが、それは致命的な隙でもある。オネは、ゾロを捨て置いてルフィに向かって駆け出していた。
「ゴムゴムのォ…………っ!」
ゾロが身体を張った数秒の足止めがルフィの技を成立させる。
「…………
咆哮を上げるルフィの大技を目の当たりにしたオネの前に何者かが庇うように飛び込んだ。
「スベスベボディ!」
絶世の美女が、その身を晒す。
無数の残像が見える程の拳の速度を利用した連続攻撃、身を逸らすだけでは避けられない制圧打撃が彼女の肢体に叩き込まれる。しかし彼女に当たる拳は全て、つるりと滑り、彼女の身体を避けるように拳の雨を潜り抜けた。妙な感触にルフィは攻撃を止める。両腕を元の長さに戻した次の瞬間、棘付きの巨大な金棒がルフィの顔面を捉えた。
金棒を軽々と片手で振り回す膂力での、両腕を用いた力一杯のフルスイングはルフィを船外まで弾き飛ばす。
「アルビダ……!」とオネが驚きに声を上げる。
「長鼻と小娘を軽く揉んでやろうと思ったんだが逃げるばかりでね、最近の子は気概がないっ!」
「アルビダ……金棒……あのアルビダか?」
強力な一撃も打撃であれば、ゴム人間にダメージを与える事が出来ない。
船外まで飛ばされたルフィは咄嗟に腕を伸ばして、なんとかゴーイングメリー号の柵を掴むことで戻る事が出来た。アルビダは無言でルフィと対峙し、オネは少し不満に思いながらもアルビダに背中を委ねる。
オネの矛先はゾロへと向けられていた。
「皆、早く戻って来て!」
その時、カリーナの声が皆の耳に届いた。
「もう頂上に着いちゃう! 私一人じゃ船を制御できない!!」
リヴァース・マウンテンを駆け上がる海流には勿論、頂点がある。四つの海から流れ込んだ海流は、リヴァース・マウンテンの頂上で衝突し、打ち上げられた海流は偉大なる航路へと一気に降る。
カリーナとクラハドール、ウソップとナミが船体にしがみ付いた。サンジはナミを庇う為に駆け出した時、衝突した海流に船体が空へと打ち上がる。ルフィとゾロ、そしてオネとアルビダは対峙したまま微動だにしなかった。空に上がり、そして落下する最中、地面を失って尚も四人は戦闘を継続する。先ず最初にルフィがオネに放ったゴムゴムの
ゴーイングメリー号が着水する。と同時に三人が甲板に降り立つとオネは間を置かず、ゾロへと斬りかかった。
「タイムアップだ」
だが、それはクラハドールの抜き足で阻止される。
クラハドールはオネの胴体に片腕を絡ませたまま、彼女達の母船である暁丸の甲板に戻った。それを見て、アルビダもまたスベスベ・シュプールの加速で暁丸へと飛び込んだ。ゴーイングメリー号では、戦闘の余韻も感じる暇もなく、ナミの指示で船員達が動き出していた。その忙しない攻撃をオネは、恨めしく睨み付ける。
そんな彼女の頭を「何をのんびりしてやがる」とクラハドールは儂掴みにした。
「この海流を越えたらまた戦闘を継続するんだろ?」
「……うん!」
クラハドールの言葉にオネは元気よく頷いた。
操船の指示はカリーナが出す。ナミ程ではないにせよ、彼女も一人で東の海を渡り歩いた強者だ。指示出しは船長の経験のあるクラハドールとアルビダの方が上だったが、全てを一人でやってきたカリーナの航海士の腕前は二人を上回る。二人の泥棒が阿吽の呼吸で互いの船に干渉しないように船を操縦する中、二隻の船の乗組員が前方の真っ黒な山を確認する。獣の唸る声が山に響いた。それは山ではなかった、巨大な鯨が運河の出口を塞いでいたのだ。
山ほどもある鯨の大きさに、ナミは言葉を失ってしまった。
だがカリーナは驚愕の事実よりも、目の前の問題に対処する方が先だと頭を切り替える。鯨と岸壁に挟まれた僅かな隙間へと暁丸を導いた。偉大なる海へと飛び出した瞬間、背後では大砲の発砲音が聞こえる。しかし、それよりも早く鯨から距離を取る為に船を動かした。
オネは周囲を見渡す、あるはずの影がない。
「麦わらの一味が、どっかに行っちゃった!」
「アタシ達とは反対側に行ったんじゃないのかい?」
「それって逃げられたって事?」
「そういう事になるのかね」
オネの問い掛けにアルビダは肩を竦めてみせる。
戦闘を継続する為にオネは周囲の気配を読み取ろうとした。
しかし、此処はもう偉大なる航路。四つの海での常識が通用しない海域だ。
オネは遠くから時化の気配を肌身に感じ取る。
先程の嵐なんて比にならない大きさだ。
もう、麦わらの一味を探している場合ではなかった。
「こんにゃろ~! 覚えとけ~!!」
賞金稼ぎにとって海賊に逃げられる事は敗北と同じだ。
オネの精一杯の負け惜しみが双子岬に響き渡り、一行は針路を決める間もなく次の島へと急ぐ事になった。
これで東の海・ローグタウン編が終わりです。
次回から偉大なる航路編ですが、その前にウタの話を挟みます。