濡れた小船の破片も指先ひとつで乾燥させられる。
とはいっても私の力は弱くって時間が掛かるものだから、幾つかの木片を確保するので精一杯だった。双子岬の灯台で乾かした木片を組んで、種火用にナイフで木屑を生成し、指先にマッチ程の火を出して焚火を起こす。焚火で起こした火で濡れた木片を乾かす二段構えの作戦で、ずぶぬれの鼠になったウタとバギー、リッチーが青褪めた顔で濡れた木片と一緒に身体を温めている。
この焚火に浸かっている木片は、プチトップ号だったものだ。
小船でリヴァース・マウンテンを超えることは出来ず、山の頂点で打ち上げられた時に物の見事に砕け散ってしまった。そのまま激流に流される能力者二名をなんとか救出できたのは奇跡と呼ぶ他にない。プチトップ号は買い出し用の船である為、少しでも積載量を増やす為に浮力の高いクウイゴスの木片が使われてなければ間違いなく死んでいた。
ちなみに今、焚火として燃やしている木片は、二人と一匹が懐に抱えていたクウイゴスの木片である。
「死゛ぬ゛か゛と゛思゛っ゛た゛ァ゛~!」
「バ゛ラ゛バ゛ラ゛に゛な゛っ゛て゛な゛く゛て゛良゛が゛っ゛だ゛ァ゛~~っ!!」
「が゛う゛が゛う゛が゛う゛が゛う゛っ!」
二人と一匹仲良くだらだらと涙と鼻水を流す姿は見ていて居た堪れない。
いやまあ二人が格好良かったとか、漢気に惚れたとか、そんな感じで付いて来ている訳じゃないから良いんだけどね。
でも歌姫を目指すなら絶対にしちゃいけない顔しているよ。
バルーンもグアーッて呆れた顔してるよ、グアーッて。まるでカルガモみたいな鳴き声だね。
「ま、こんなちんけな力にも使い道はあるもんだね」
私は人差し指に出したマッチ程の大きさの火を、フッと息を吹きかけて消す。
この力は
二人がガチガチと歯を鳴らすので、私は乾燥した木片を焚火に放り投げた。
「どうして私、海賊なんてやってんだろ?」
そう呟いてみたけども、理由なんて分かり切っている。
私の故郷は
全ては六角のシュピールが、私の村に攻め込んで来た事から始まる。
◆
時は遡って、ルフィ達がアーロンパークに襲撃する少し前の話になる。
オルガン諸島にある山を縄張りにしたリッチーは、バギーの部品で作った玉座で猫生の絶頂を感じていた。山を縄張りにしたという事は山に住む獣達の王者という事であり、それは即ち山の獣達を守る義務が生じるという事だ。実際の自然界に、そんなものがあるかどうかは知らないが、バギー海賊団に所属していたリッチーは、船長のバギーが行っていた運営を知っている。上に立つ者として大事なのは、仲間意識と面子である。
御山の大将となったリッチーは嘗て、バギーがしたように山に住む獣達を守る事を己の使命とした。
少女アンの故郷もまたオルガン諸島に存在していた。
リッチーが縄張りにした山の麓にある村がアンが暮らしていた場所であり、近場に出来たオレンジの村に働き盛りの子供を取られる田舎の村でもある。同年代の子供が少なかったアンは偶々海を渡って来たバルーンが怪我していた所を助けて友達になり、そのまま彼女の家で飼われて家族となった。バルーンは、その村の伝承にある怪鳥と同じ特徴を持っていたが、しかし伝承は伝承だと村で本気にする者は居なかった。少なくともバルーンは親しみやすく、怪鳥と呼ぶには人懐こい性格をし過ぎている。
そして怪鳥の血を飲めば、妖力が身に付くという与太話を信じる者も居なかった。
しかし怪鳥を求めて、村まで来た海賊が居る。
その海賊は、六角のシュピール。懸賞金350万ベリーの妖術使いだ。
人懐こいバルーンは最早、村の一員になっていた。
なんとか怪鳥のバルーンを守ろうと村の人達はバルーンを山に隠す。
山の頂上まで飛んだバルーンが見たのは、見知らぬ巨躯の獅子であった。リッチーである、リッチーはバルーンを見るや否や山への侵入者だと考えて威嚇した。戦いが得意ではなかったバルーンは、必死に釈明した。自分は山の麓にある村で暮らしており、昔から山で遊んでいたと身振り手振りも含めて必死に説明した。そこでリッチーは考えた。自分は山を縄張りにする御山の大将だが、果たして縄張りは山の麓まで適用されるのか? バルーンは、山の麓も含まれると断言した。断言されたのでリッチーは納得し、とりあえずバルーンを持て成すことにする。
だけどお腹が空いたな。と涎を垂らすリッチーの視線にバルーンは常に身の危険を感じていた。
そんな時、田舎の村から黒い煙が上がる。
その光景を見たバルーンは、居ても立っても居られず、村を目掛けて飛び出した。リッチーもまた自分の縄張りが荒らされていると感じて、バルーンの後を追いかける。バギーの部品と一緒に、もう二度と奪われて探す羽目になるのは嫌なのだ! 村まで戻ったバルーンが見たのは、焼き討ちされた村と年頃の娘であるアンが戦利品として海賊に捕まっている姿だった。バルーンは、海賊の船長である六角のシュピールに突撃した。
しかし軽く往なされるだけだった。
バルーンの姿が、伝承にある怪鳥の姿と酷似している事に気付いたシュピールは、バルーンを捕まえるように部下に指示を出す。
「がうがうっ!!」
だが、そこで現れたのが御山の大将であるリッチーであった。
リッチーは、バルーンに山へ逃げるように指示を出す。しかしバルーンは断った。リッチーは考える、バルーンが睨み付ける先には人間の女の子が居た。少女はバルーンに逃げてと言っており、バルーンは絶対に助けると意気込んでいる。この光景を見たリッチーは、全てを理解した。バルーンとアンはつがいである!
そこまで察したリッチーは、男を見せるバルーンに手を貸さない訳にはいかなかった。
海賊は面子と人情で出来ている。少なくともリッチーから見たバギーとは、そういう男だった。
だがシュピールという男は見た目とは裏腹に強かった。
妖術使いである彼は、妖術で炎や武器を呼び出したり、箒で空を飛ぶことが出来る。その戦い方に翻弄されたリッチーは、満足に力も発揮できないままボロボロにされてしまった。バルーンは自分の為にボロ鼠になるまで戦ってくれたリッチーを見過ごすことができなかった。捕まっていたアンが「逃げて!」と懸命に叫んでいた事もあり、バルーンは涙を飲んでリッチーと共に森まで逃げ帰った。
その後、安全な場所まで逃げた後、バルーンはアンを助けに戻った。
ボロボロのリッチーは暫く身体を休める事にした。肉を食えば治る、バギーよりも強い麦わらの男がそんな事を言っていた気がする。強いは偉い、偉いは賢い。つまりルフィはバギーよりも知恵者なのだ。故にリッチーは肉を食えば治るのだと思った。近場の獣でも狩るかと思った時、リッチーは気付いた。身体を休める為に尻に敷いた王座の厚みが減っている事に、即ちバギーの部品の半分が消えていた。
リッチーにとって、バギーの部品を守る事は使命も一緒だ。
故にリッチーはボロボロの身体でバギーの部品を探しに行かなければならなかった。
山を降りた時、偶然、出会ったのが小人のバギーとウタであった。
リッチーは道を間違えたのである。
その後、バギーとウタのコンビでシュピールは倒された。
余りにも余裕だったので、特筆すべき点が本当にない。
精々事の成り行きで、アンがバルーンの血を舐めたくらいだ。
◆
私、アンが海賊になったのは、私が弱いからだ。
私一人ではバルーンを守り切れないので、バルーンを守ってくれる二人に付いて来た。海賊の二人を信用したのは、リッチーがバギーを慕っていたからだ。動物に好かれる人に悪い人はいないはずなので、たぶん大丈夫。良い噂とかないけど、たぶん、うん、大丈夫、な、はず、です。
道化のバギーといえば、懸賞金千五百万ベリーと東の海では、大物なんだよね。
「しかし双子岬とは、懐かしいな」
「来たことあるの?」
ウタの疑問に「あァ、そうだな」とバギーが呟く。
「此処にはクロッカスさんっていう名医のおっさんが居たんだがな、もう何十年と前の話だから今はもう居ないのかも知れないなあ」
「ふぅん? どんな人だったの?」
「見た目が奇抜でな、頭に花が咲いたような髪飾りを付けたおっさんでなあ。一見すると不愛想なんだが……」
「おい、貴様ら。こんなとこで何をしている?」
「そうそう、丁度、あんな感じで……」
バギーが指を差した先を見れば、アロハなシャツを着た陽気な服装で不愛想な顔のおじいさんが立っていた。
「その赤鼻……まさか、あの時の小僧か」
「誰が赤っパナだァっ!?」
「この騒がしい感じは間違いない。バギーだな、元気にしていたか?」
「クロッカスさんこそ元気そうで何よりだ!」
「赤髪の小僧はどうした? 一緒じゃないのか?」
「あんな野郎とは決別したよ、ばっきゃろー!!」
「ふむ、そうか……」
クロッカスが神妙な顔をした背後から麦わら帽子を被った男が姿を現す。
「あ、お前はバギーっ!」
「なんで糞ゴムがこんなところに!?」
「ウタも居るのか」
「ルフィじゃん、ルフィ達も船を壊しちゃったの?」
「壊してねェよ、食われてたんだ」
「無視すんじゃねェ!!」
ルフィの背後から続々と彼の仲間と思われる者達が崖下から這い上がってくる。
「どうしたんだ、ルフィ?」とサンジが問い掛ける。
「ああ、幼馴染なんだよ。ウタってんだ」
「おお! 素敵な美女が二人も!」
目をハートにして二人に駆け寄るサンジを、ナミは白けた目で眺める。
ゾロは顎を撫でながら私達を見て、ああ、と何かを思い出したかのように呟いた。
「あの広場でルフィを助けてくれた……」
「おい、糞マリモ! 俺様を忘れるんじゃねえ!」
「バギー? ああ、そんなのも居たわね!」
「小娘まで!? なんで俺様はこんな扱いなんだよ!」
ダンダンと地面を叩くバギーの横で「既に火が点いているのか」とサンジが口にする。
「この火を使って料理に使わせて貰っても良いかな?」
「それは良いけど」とウタが答えた時、ぐうっとお腹が鳴った。
「ははッ、皆の分も一緒に作っちまおうか」
それで良いよな、とサンジがルフィに問い掛ける。
「別に良いぞ。あ、でもバギーは駄目だ」
「なんでだよ!」
「腹を空かせた奴にゃ、どんな悪党だろうと食わせるのが俺の矜持だ」
サンジの言葉に「ちぇっ」とルフィが舌打ちを口にする。
ゾロとウソップが船から鍋と食材を持ち出し、サンジは机の上で手際よく料理の下処理を始める。
その手際の良さを見て、私達三人と二匹は「おーっ」と目を奪われたのだった。