我らがバギー海賊団が誇る海賊船ビッグトップ号、それが縦に両断される。
その斬撃は船長室を捉えて、椅子に座っていた船長の俺様すらも真っ二つに斬り分けた。
斬撃を受ける少し前、嫌な予感はあった。
虫の報せとも呼べる直感を、気のせいだと切り捨てた数秒先で俺様自身が切り捨てられた。
割れた船体、割れた船長室の上で、俺は割れた肉体で思いの丈を叫んだ。
「こんなドハデなことをしでかす奴は誰だぁ~ッ!?」
周囲を見渡す、幸いにも船員に怪我はないようだ。
的確に俺様一人を狙った斬撃に、冷静になれと新時代の頂上決戦を生き抜いた経験が熱した頭に囁いた。大きく息を吐く、慌てふためく船員共を一旦、捨て置いて頭を回転させる。ビッグトップ号はロジャー船長のオーロ・ジャクソン号のように特別な素材を用いたり、特別な加工が施された船ではない。戦闘船の一隻なので、流石に値は張るが、何処ででも買えるような船ではある。覇気が使える剣士であれば、両断できない事もないはずだ。覇気は、偉大なる航路であれば、特別に珍しい程でもない。新世界であれば、船に乗る誰かしらが扱える程度の能力である。
能力で二つに割れた体を元に戻す。逆にいえば、この船を斬った人物は、偉大なる航路でもやって行けるレベルの実力者という事になる。
改めて周囲を見渡す。剣士であれば俺様一人でも、なんとか戦える。しかし気の良い仲間達を巻き込むとなれば、話は別だ。船ならまた奪えば良いのだ。大海賊時代、海を往来する海賊なんてアホなほど存在しているし、
そこまで考えた所で口を開いた。
「よぉ~し、野郎ども! ハデに作戦を発表するッ!!」
「船長! あの小娘に報復するんですね!」
「やってやりましょうッ!」
「バカか、てめェらはっ!?」
目の前で海賊船を両断されたのを見ていたにも関わらず、戦意の高い部下共に怒鳴りつける。
「船を斬るような化け物なんて天災のようなもんだ! そういう理不尽に遭ったと思うしかねえ連中がこの世界には五万と居るんだよッ!!」
「だったらどうするんですか……俺、やられっぱなしで悔しいっすよ!」
「……今はまだ、その時ではないってだけだ! この屈辱は、何時かまた力を付けた時にやり返すに決まってらあっ!!」
それが何年後、何十年後になるかは知らねえがなっ!
続く言葉を口にはせず、逸る船員達を宥めた。その裏で東の海で船を斬るような人間の噂がなかったか思い返す。
船の切り口を見る、刃物による鋭いものだ。刀剣と云えば、まず最初に思い浮かぶのは鷹の目だが、あの戦闘狂の暇人も最弱と呼ばれた東の海に来ることはないはずだ。英雄ガープが東の海に里帰りに来たという話は聞いちゃいないし、ガープなら拳で破壊している。船斬りといえばTボーンだが、奴は海軍本部の勤務である。そもそも海軍が船だけ斬って、俺達を見過ごすはずがなかった。
東の海の剣士、思い当たる人物は一人だけ居た。
「おい、そこのお前! さっき小娘と言ったな?」
「はい、その通りです! このままでは赤っ恥です、早く報復してやりましょう!」
「誰が赤っ鼻だクラァアッ!!」
手首から先を飛ばした拳で船員の頭を殴り付けた。
小娘の剣士なら該当する奴が一人いる。確か名前は辻斬りオネ、通りがかりの海賊船を沈めていく事から付けられた通り名である。
黒い刀身の錆びた刀で船を両断したなんて話もあったが、この話を初めて聞いた時は笑い飛ばした。
だって、そうだろう?
黒い刀身の持ち主なんて、新世界も含めて見た事あるのは一人だけだ。
「良いか、その小娘には絶対に手を出すんじゃねェ……フリじゃねえからなッ!!」
東の海からは時折、化け物のような人間が輩出される。
ロジャー船長がそうだし、ガープもそうだ。少し前に七武海を倒したというエースも東の海の出身である。
そういった連中は、気付いた時には東の海から離れている。
だから今回も、航海士が台風を避けるように、小娘から距離を取れば問題はないはずだ。
幸いにも人員に被害は出ていないのだ。
船が両断されてしまったのは、油断した自分に対する手痛い勉強料と思う他にない。
「クソ……随分と差が付いちまったもんだぜ」
大海賊時代が始まる以前より幾度と死線を乗り越えて来た俺様は、無知が死に直結する事を知っている。
同じ釜の飯を食った幼馴染の背中を見て育ったから身の程を知っていたし、身の丈に合った生き方で
あの時、あの裏切り者の手を取っておけば、今頃、四皇の側近になれていたかも知れない。
だが、それはありえない未来だ。
亡きロジャー船長の後を継がない腑抜け者と手を取り合うなんて出来るはずがなかった。
俺様では、ロジャー船長の意思を継ぐことができない。
そんな事は分かっている。俺様は身の程を嫌というほど思い知って来た。
どの口でほざいてんだって話だが、
それでも俺様は、あの野郎を許せる気がしなかった。
「夢も見れねえ俺様だが、見れる夢も見ねえ奴の手なんて取ってたまるかよ……」
心の奥底に根付いた劣等感、自分に従う船員を不安にさせないように道化のメイクで覆い隠す。
俺様の名は道化のバギー。東の海では破格の懸賞金1500万ベリーだ。
それが御山の大将だと分かっていながら、ちんけな功名心を満たし続けている。
◆
刻一刻とオレンジの町に戦火が近付いている。
バギーが送り出した斥候は、船長を追いかけているという緑髪の男に捕まり、小舟と共にオレンジの町の港に戻ろうとしていた。
同時期に泥棒猫のナミがオレンジの町に辿り着いて、船体に残された荷物を陸に運び出している所に遭遇する。そして偉大なる航路の海図を奪い取るも、運悪くバギー海賊団の船員に見つかってしまった。時を同じくして空を飛んでいた鳥に連れ去られたルフィという青年が陸を見つけたので、空高くから飛び降りる。ナミを追いかけていたバギーの一味の上に運が良いのか、悪いのか、ルフィが落下した。これを見て、機転を利かせてナミはルフィに追いかけて来るバギーの一味を擦り付けた。
ルフィはバギーの一味を一蹴する。これを見て、ナミはルフィに共闘を持ちかける。
そうして気付いた時には、ルフィはナミに縄で縛り上げられており、ルフィを親分と呼んでバギーに売り渡したのである。
◆
なんやかんやあって檻に入れられたルフィは、街の港の海の傍に置かれる。
彼の目の前には大砲の砲口が向いており、その隣には青褪めたナミが立ち尽くしていた。
処刑場に港を選んだのは、あの辻斬り娘を刺激しない為だ。
流石に町に手を出さなければ、斬りかかって来ることもないと自分に言い聞かせて、海に向けて大砲を設置する。
正直、リスクの大きな行動であった。
しかし実際に船を両断してのけた辻斬り娘であれば、まだしも、コソドロを相手に尻尾を巻いて逃げたとあっては統制を保てなくなる。
これは身内を引き締める意味でも、必要な処刑であった。
「さて、ナミ……お前の元親分をバギー玉で消し飛ばし、俺様への忠誠を誓うのだ!」
即席の処刑場が設置されるまでの間、ナミの頭の中は真っ白になっていた。
(あいつを殺す? 私が?)
ナミは泥棒を生業とする裏側の人間ではあったが、人殺しをする覚悟までは持っていなかった。
それは自分にとって、越えられない一線である。
理不尽に殺された親代わりの恩人の最期を思い出し、どうしても、その一歩を踏み切れずに居た。
人の人生を理不尽に踏み躙り、略奪する。
それがナミの描く海賊像、延いては悪党の姿なのだ。
「私は結構です! それより……そうだ、歓迎パーティーを開いてくださいよ! 料理の腕には自信があるんです!」
だから咄嗟に言い繕った。
悪党が死ぬ分には、なんとも思わないが、自分の手で殺すことには強烈な忌避感がある。
それに、いくら相手が海賊だからといって、自分のせいで捕まった相手の命を奪うことなんて出来るはずもなかった。
しかしバギーは告げる。
ただ一言、やれ、と有無を言わさず命令した。
彼にも彼で引けない理由がある。この結束は海賊団の結束を固めるのに丁度良い見世物になる。
両者の価値観と利害が衝突する。
そして、圧倒的に不利なのがナミであった。
命が惜しいのであれば、もう自分の手で捕えて、危機に陥ったルフィを殺す以外の道はない。
「手が震えているぞ」
麦わらの青年が笑って告げる。
「中途半端な覚悟で、海賊を相手にするから、そうなるんだ」
覚悟を問われたナミは問い返す、海賊の覚悟は何たるかを。
「人を簡単に殺してみせることがそうなの?」
「違う、自分の命を賭ける覚悟だ」
かくしてナミはバギーを相手に反逆する。
業を煮やした男の一人が、ナミからマッチを奪い取って大砲の縄に火を灯そうとした。
瞬間、ナミは棒で男を叩き伏せてしまった。
衝動的な行動だった。叩き付けてから、しまった、と思うと同時に殺さずに済んだ安堵がある。
危機的状況から脱した訳ではないと気を引き締めて、
たった一人で港に集まった数十人のバギー一味と対峙する。
「ナミ、てめェどういうつもりだ!」
東の海では、破格の千万超えの大物を相手に逆らった事に後悔した。
それでも身体が勝手に動いてしまった、私の大切な人の命を奪った大嫌いな海賊と同類になりたくなかったから意志に反して叩き伏せる。
それがナミの譲れない一線だった。
「人をおちょくるのも大概にしろ、小娘! ハデに殺せ!」
バギーの指示に一味が一斉に襲い掛かる。
その時、視界の端で大砲の紐に火が点いているのを見つけてしまったから反撃するよりも先に大砲の火を消そうと動き出した。
両手で火を握り締める。火傷の苦痛に顔を歪めた。
背後では、自分に襲い掛かる一味の声。死を覚悟した、無駄な事をしたと後悔する。
どうせ、私が殺された後に彼も殺される。
無意味だと分かっていても、己の一線を守る為、ナミは助けずにはいられなかった。
「女一人に何人がかりだ?」
その時、緑髪の剣士が鞘に納めた刀二本で行進を止める。
ルフィの唯一の仲間であるゾロがタイミング良く海の小舟から飛び出した。
◆
一方、その頃。辻斬りと呼ばれるオネは宿屋の一階でピアノを演奏していた。
午前中の鍛錬を終えて帰ったオネは、食堂にピアノが置いてあったので、なんとなしに弾いてみた。それだけの事、自分が奏でる旋律に意識を集中させていたので外の喧騒なんて気付きもしなかった。親同然の国王に手解きを受けた演奏、周囲の音を打ち消す程の集中力で音楽を奏でる。
故に彼女はまだ動かずにいた。