ルフィ達が航海を始めた四年前。
此処はアラバスタ王国西部にある夢の街レインベース。
世界でも有数の歓楽街として知られる町であり、町の中心には巨大カジノが建てられている。
巨大カジノの名前は、レインディナーズ。その社長室で一人の男が頭を抱える。
顔に横一文字の傷跡を残した彼の名は、クロコダイル。
アラバスタ王国では、海賊を狩る英雄として王下七武海としての責務を全うする。
しかし彼には裏の顔がある、彼には野心がある。
嘗ては海賊王を夢見て邁進していた。
しかし白ひげ海賊団に挑戦し、惨敗を喫した事で海賊団は壊滅してしまった。
仲間の命を犠牲に辛うじて自分の命だけは助かった。
だが、彼はもう仲間を失った事でポッキリと心の方が折れてしまった。
世界を変える夢を諦めて、代わりに世界に屈しない理想郷を実現しようと考えた。
如何なる勢力にも脅かされない世界最強の軍事国家の樹立。
それこそが彼が掲げる『
しかし、その計画に邪魔が入る。見えない敵の存在をクロコダイルは感じ取っていた。
とある日、彼は交通の中心地として開拓が進められていたユバを砂嵐で襲撃する。
しかし、これには理由がある。グラン・テゾーロの首魁であるギルド・テゾーロがユバの開拓支援に乗り出していたのだ。その条件のひとつが巨大カジノの建設であり、テゾーロは言葉巧みにユバの開拓民を取り込んでいった。クロコダイルは、テゾーロの真の目的を見抜いている。テゾーロは天竜人に恨みを抱いており、天竜人の真似事を始めるようになる。それが合法的な奴隷の調達であり、アラバスタの国民を財政的に破綻させて、借金返済を盾にグラン・テゾーロの労働力として連れ去る計画を立てていた。
王下七武海としての責務も持つ彼は思うように時間が取れず、巧みな手腕で次々とユバの民を取り込む彼を止める事が出来なかった。
故にクロコダイルはテゾーロの計画そのものを潰す為に砂嵐でユバを襲撃する。
勿論、これは同業他社に対する妨害工作でもあるし、ユバがなくなれば、アラバスタ王国西部の交通の中心地が、レインベースになるのも見越しての事だ。ユバが砂嵐で廃村となった事で西部の開発は遅れることになるが、人と物はレインベースに集まるようになった。
そしてクロコダイルがテゾーロの対処に追われている間、自分が扇動した覚えのない反政府運動が頻発するようになる。
自分の国家乗っ取り計画に、乗っかろうとしている奴がいる。
その事に気付いたクロコダイルは、理想郷実現の為に組織したバロックワークスを使って調べさせる。
今は手を打った後で結果待ちの待機中だ。
「俺の邪魔をするのは誰だ? フラミンゴ野郎か? いや、あいつにそんな度胸はねェ……」
クロコダイルにとって、何よりも気に食わなかったのは、やり方が杜撰であった事だ。
コブラ王も馬鹿ではない。お人好しで一度、取り入ってしまえば、簡単に篭絡できる愚か者だ。しかし外に向けられた目は、未だ鋭く侮れない。本質を見抜く瞳はまだ、健在である。クロコダイルは一度、バロックワークスに対抗戦力の妨害を優先するように伝えた。
此処は自分が作る理想郷だ。俺達の仲間になりたいと頭を地面に擦りつけるのであれば、まだしも、タダ乗りさせる趣味はない。
こうして水面下での争いは激化していく事になる。
「……王女が行方不明だァ? ミス・オールサンデー、これはどういう事だ?」
クロコダイルが休憩がてらに新聞紙を手に取った時、ソファで寛いでいた女性に問い掛ける。
「知らないわよ、そんなこと」
黒髪の彼女は、素っ気なく答えた。
◆
一方で、首都アルバーナの宮殿。国王の執務室でコブラ王もまた頭を抱える。
アラバスタ王国を狙う裏組織の暗躍に彼も勘付いていた。身内の誰かが裏切っている。
しかし身内を疑う事が苦手なコブラ王は、誰が裏切り者なのか分からなかった。
コブラ王が根拠を以て信頼出来るのは、護衛隊の面々だけになる。
というよりも護衛隊ですらも敵の手に落ちていたとすれば、彼ではもう手の打ちようがないと言った方が正しかった。
コブラ王は、情報を持って来た護衛隊長のイガラムに真相究明の指示を出す。そして彼はビビと共にバロックワークスに潜入する。
勿論、ビビの事をコブラ王は承知していなかった。
同時期の深夜。月の光が出ない頃、反乱軍の拠点に一人の隼が降り立った。
護衛隊の副隊長であるペルは、反乱軍のリーダーであるコーザの寝室に忍び込んで一枚の便箋を届ける。
コーザは突然、枕元に置かれた手紙を発見し、驚愕して冷や汗を垂らす。警備の強化をしなくてはならないな、と考えながら封を切れば、中に入っていた手紙には、香水が振りかけられていた。コーザは内容を見るよりも先に香りを嗅いだ。それは今よりも古い時代に護衛隊で使われていた符丁のひとつであり、コーザが砂々団を結成していた時に今の護衛隊副隊長のペルに遊び半分で教えて貰ったものだった。ちなみに護衛隊で使われなくなった理由は、匂いは残りやすいからである。
あえてこれを使う事にコーザは唾を飲み込んだ。
俺の知らないところで何かが起きている。そこまで察したコーザは二つ折りの手紙を開いた。
“われらの敵がいる。”
ただ、それだけだった。
コーザはマッチで封筒と手紙に火を点けて、灰皿の上に置いた。
そして頭を抱える。
「俺の戦うべき相手は何処に居る……」
反乱軍を解散するのは悪手だ。
この情報が本当だとすれば、既に自分は敵が作った流れの中に居る。
こうやって危険を冒してまで秘密裏に行動を起こし、自分にだけ伝わるやり方で情報を伝えて来た事には理由がある。
だが、これも反乱軍を分裂させる策なのかも知れない。
罠だった可能性も考慮すると自分が反乱軍を解散させる事は出来なかった。
「……国外に敵が居るとすれば、俺達の支援者だな」
コーザは直ぐ反乱軍の帳簿を側近に持って来させた。
その中から幾つかに目途を付けて、信頼できる者達に調査を依頼する。
なるべく、誰にもバレないように少人数でだ。
そして高額の支援者の幾つかに実体がない事を知る。
「……これは、どういうことだ?」
側近の一人、シルクハットを被ったエリックが驚愕し、目を見開いた。
もう一人の側近である巨体のファラフラが「直ぐに調べさせよう」と動いた。
しかしエリックは「待て」と彼を制止する。
「どうして調べさせないんだ?」
「俺達は諜報活動の素人だ。これ以上は痛手を負いかねない」
「なら、どうするんだ?」
「これまで通り、やっていくしか……」
エリックの言葉にコーザは唇の端を噛んだ。
血が垂れる。己の不甲斐なさと屈辱に身を震わせるコーザにエリックが問い掛ける。
「コーザ、情報源は何処だったんだ?」
「ペルだ」
「ペル? 護衛隊のか?」
「そうだ」
沈痛な顔で俯く三人の間に沈黙が流れる。
反乱軍には、裏組織と戦う下地がない。かといって深入りすれば、返り討ちに遭うのは目に見えていた。それで此処に居る三人が死ぬだけならば、まだ良い方だ。しかし指導者を失った反乱軍をまとめるのは誰だ。それは、裏組織の誰かである。
以後、四年間。国王軍と反乱軍は見せかけだけの小競り合いを続ける。
その間も裏組織の工作活動により、国王の権威は失墜し続ける。横暴を働く国王軍を捕えて、裏組織との繋がりがある事をコーザ達は知った。だが裏工作を働いていた人間は、死ぬ最後まで口を割らなかった。
アラバスタ王国を狙う敵は確かに存在する。
しかし、コーザは不思議に思う事がある。
「俺達の敵はひとつだけではない?」
裏組織同士による小競り合いの痕跡が幾つか確認されていたのだ。